「すいません、ちょっとお手洗いに行ってきます。」
わたしは柳田課長にそう一声掛けると、デスクを立ち、静かに事務所を出た。
あんな話を聞いた後で仕事になんて集中出来るわけがない。
前回のようなミスをしたくなかったわたしは、一度気持ちを切り替える為に一時給湯室で小休憩を挟む事にした。
「はぁ······」
給湯室から窓の外を眺め、溜め息ばかりが零れる。
窓の外は今日も雨が降っている。
そして匠海もまた、今日もトールガーデン社へと行っていた。
(わたし、何してるんだろ。仕事中なんだから、気持ちを切り替えなきゃ。私情を持ち込んじゃダメだ。)
そうは思うものの、天気のせいもあるのか、なかなか気持ちが切り替えられず、給湯室の窓の傍から動く事が出来ないわたし。
すると、後ろから給湯室のドアが開く音がして、ふと振り返った。
振り返った先に立っていたのは、「椿沙、大丈夫か?」と心配そうな表情を浮かべる大知だった。
大知は給湯室の中へ入って来ると、ゆっくりとわたしの方へ近付いて来た。
「え、何が?」
「何がって···、さっきの小林さんと田中さんの話、聞こえてたんだろ?」
そう言う大知の言葉にわたしは何も言い返せず、黙り込んでしまう。
そんなわたしの様子に大知は「あのおばちゃんたち、本当噂話大好きだよなぁ!」と、わざと明るい口調で言った。
「···あれは、噂話じゃないよ。きっと、小林さんが見掛けたんじゃない?」
「でも、椿沙···、それが本当だとしたら···、どうすんだよ。腹立たないのかよ。雨笠さん、宝生さんと腕組んで歩いてたって、取引先の相手と腕組んで歩くのおかしいだろ!」
「そんなの、分かってるよ······」
わたしが呟くようにそう言うと、少しの沈黙が流れ、それから大知は「椿沙。」とわたしの名前を呼んだ。
「俺は···、俺なら、絶対!椿沙を悲しませるような事しないよ。だからさ···、今からでも···、雨笠さんなんてやめて、俺にしとけよ!」
大知は真っ直ぐにわたしを見つめながらそう言った。
わたしはあまりの驚きに、目を見開いて大知を見上げる。
大知の瞳は澄んでいて、真剣以外の何物でもなかった。
「俺、やっぱり椿沙が好きだ。」



