「俺さ、前に両親が居なくて、祖父母に育てられたって言っただろ?でも本当は···、母親は居たんだ。」
そう話し出す匠海の表情は切なげで、どこか昔の自分と重なる部分があった。
匠海には、お母さんは居たようだが、父親の顔は知らないと言った。
しかし、匠海が小学5年生の時、お母さんが突然帰って来なくなってしまったらしい。
匠海を置いて、出て行ってしまったのだ。
それに気付いた近所の人が児童相談所に通報し、匠海は一時保護された。
その時に迎えに来てくれたのが、育ての親である母方の祖父母だと匠海は言った。
お祖父さんは物静かで優しく、お祖母さんは厳しい人だったようだ。
しかし、お祖母さんはピアノの先生をしており、そんな環境で育った匠海は自然とピアノに触れ、弾けるようになっていったようだった。
その頃流行っていたのが『エバー·ファンタジーIII』で、匠海は『WHITE ROSE』を弾けるようになる為に必死に練習したと言った。
そして高校生になると、匠海は色んな女子から声を掛けられるようになったと言った。
しかし、母親の印象から女性というものが信じられなかった匠海は、なかなか恋愛に前向きになれなかったらしい。
そんな高校2年生のある日、周りの男友達のススメもあり、とある女子と二人きりになる機会があったらしく、周りからの押しも強く、その彼女と付き合う流れとなったようだ。
自分を変えるきっかけになるかもしれないと思った匠海は、その彼女との付き合いを始めたが、一ヵ月もしない内に彼女から別れの言葉を告げられてしまった。
理由は、"思ってたよりつまらない人だった"から···――――
そこから匠海は、再び恋愛に消極的になり、社会人になってからも言い寄って来る女性はいたが、信用出来ずに断り続けてきたと言った。
「でもさ、初めて椿沙と話したあの日···、初めて自然に女性と話せたんだ。」
その時の事を思い出すように言う匠海。
わたしは「クリスマスイブの日だよね。」と言った。
「うん。今まで、色んな人の前で"WHITE ROSE"を弾いてきたけど、それに気付いてくれたのは、椿沙が初めてだったんだ。だから、凄く嬉しかったのを覚えてる。」
匠海はそう言うと、わたしの方を見て照れくさそうに微笑んだ。



