女が立ち去ったあとも、喫煙所には雨の匂いが残っていた。
煙草の火を消す音だけが、やけに耳に残っている。
俺は、しばらくその場を動けなかった。
追いかける理由はない。
声をかける立場でもない。
それなのに、視線が自然と、灰皿へ落ちる。
そこに、忘れられたものがあった。
一本の煙草と、
年季の入ったライター。
拾い上げた瞬間、違和感が走る。
——銘柄が、渋すぎる。
流行りでもない。
軽くもない。
長く吸ってきた人間が、惰性で選ぶ煙草。
裏の人間が好む、
誤魔化しのきかない味だ。
ライターを裏返す。
角が、わずかに欠けている。
落としたんじゃない。
叩いた痕だ。
現場慣れしている手の癖。
咄嗟に使って、無事でいる人間の癖。
そして、何より。
——女が持つには、重すぎる。
物理的な話じゃない。
これは、誰かの人生が染みついた重さだ。
思い出す。
煙を吸い込む彼女の横顔。
泣いてはいなかった。
けれど、悲しみよりも深いものを抱えていた。
喪服。
雨。
形見のような煙草。
——堅気じゃない。
そこまでは、はっきりしている。
だが同時に、確信もあった。
——俺の組の人間でもない。
もし身内なら、
この煙草を、こんなふうに放っていかない。
ライターを握り直す。
火をつけるか、一瞬だけ迷って、やめた。
吸う資格はない。
これは、
誰かを守って死んだ男のものだ。
ポケットに入れる。
返すつもりで。
——いや。
調べるためだ。
女の正体を。
この煙草の持ち主を。
そして、
あの視線の意味を。
雨は、もう小降りになっていた。
煙草の火を消す音だけが、やけに耳に残っている。
俺は、しばらくその場を動けなかった。
追いかける理由はない。
声をかける立場でもない。
それなのに、視線が自然と、灰皿へ落ちる。
そこに、忘れられたものがあった。
一本の煙草と、
年季の入ったライター。
拾い上げた瞬間、違和感が走る。
——銘柄が、渋すぎる。
流行りでもない。
軽くもない。
長く吸ってきた人間が、惰性で選ぶ煙草。
裏の人間が好む、
誤魔化しのきかない味だ。
ライターを裏返す。
角が、わずかに欠けている。
落としたんじゃない。
叩いた痕だ。
現場慣れしている手の癖。
咄嗟に使って、無事でいる人間の癖。
そして、何より。
——女が持つには、重すぎる。
物理的な話じゃない。
これは、誰かの人生が染みついた重さだ。
思い出す。
煙を吸い込む彼女の横顔。
泣いてはいなかった。
けれど、悲しみよりも深いものを抱えていた。
喪服。
雨。
形見のような煙草。
——堅気じゃない。
そこまでは、はっきりしている。
だが同時に、確信もあった。
——俺の組の人間でもない。
もし身内なら、
この煙草を、こんなふうに放っていかない。
ライターを握り直す。
火をつけるか、一瞬だけ迷って、やめた。
吸う資格はない。
これは、
誰かを守って死んだ男のものだ。
ポケットに入れる。
返すつもりで。
——いや。
調べるためだ。
女の正体を。
この煙草の持ち主を。
そして、
あの視線の意味を。
雨は、もう小降りになっていた。

