触れられた手の感触だけが、まだ残っている夜

触れられた手の感触だけが、まだ残っている夜
好きだった。
それは疑いようがない事実だ。

誰かに「ちゃんと恋した?」と聞かれたら、
私はきっと頷く。
上手だったかどうかは分からないけど、
確かに心は動いていた。

声が好きだった。
低くて落ち着いた声も、
甘えるように少し高くなる声も。
もう二度と、その声を
私に向けて聞くことはないのだと思うと、
胸の奥が静かに痛んだ。

手を握られたとき、
指がゆっくり動いた。
髪や頬に触れる仕草は、
どこまでも優しかった。

だから、余計に残酷だった。
「来ないでほしい」
「二人では会わない方がいい」

そんな言葉と、
恋人の距離の触れ方は、
あまりにも噛み合っていなかった。

嫌いになれればよかった。
でも、なれるならとっくにそうしている。

頭では理解している。
心だけが、追いついていない。

一緒に行った店。
泊まった宿。
交わした言葉。
もう、全部できない。

夜が明けることも、
時間が経てば楽になることも、
知っている。

それでも今は、
ぽっかり空いた穴に
冷たい空気が流れ込む。

好きだった。
だから、失った。

その事実を、
今はまだ、
静かに抱えているだけだ。