「お父さーん、お母さーん、そろそろ行くね!」
「分かった。私たちも後で入学式に行くからね」
黒く光る新品の革靴に足を入れる。隣においてある全身鏡で自分の姿を改めて見る。
胸くらいまで伸びる長い黒髪、憧れていた学校の制服、真っ白の靴下には中学校のマークがさりげなく入っている。
本当に今日から憧れの中学生なんだ。
似合ってるかな。変……じゃないかな。どうしよう、本当にこれでいいのかな。
「制服、似合ってるぞ」
「えへへ、嬉しい」
親に心配されないように頑張って笑顔を顔に浮かべる。
あんなに憧れていたのに、なんで素直に喜べないんだろう。
私は革のカバンを手にする。
「じゃあ、行ってきます」
玄関の扉を開ける。
私は頑張って始まりの一歩を踏み出した。
のはいいものの……。
「はあー、どうしよう」
しばらく歩き、周りに誰もいないのを確認して、深く息を吐いた。
私、真白ありなは今日から絹丘学園中等部の1年生になる。
ちなみにこの絹丘学園中等部というのはこの地域でも特に頭がいいといわれている学校で、試験を受けないと入学できない。
もちろん、私は試験を突破したから入学できるんだけど……。
試験を受けたとき、周りに美男美女しかいなくてやっていけるかすごく不安! みんな頭良さそうだし、髪サラサラだし、顔整ってるし。
私なんか、髪はくせ毛だし、前髪で目は隠れてるし、笑顔がなくて周りに怖がられるし、顔も良くない。
こんな見た目なうえに自分に自身が持てないで、本当にやっていけるのかなあ……。
心配を胸に、私は桜がにぎやかに舞う大通りを通る。この通りを抜けて、少し歩いたら学校に着くはずだ。
1本の広い道の左右には食べ物、ファッション、雑貨など、さまざまな種類の店が構えられている。
おしゃれなお店が多い中、時々見覚えのあるハンバーガー屋さんやドーナツ屋さんのロゴが目に入り、少し心が軽くなる。
歩いていると、あちこちから街の人達の賑やかな会話が耳に入ってきた。
「佐々木さんおはよう。今日もいい野菜がたくさんあるねえ」
「今日も頑張ってたくさん作品作るぞー!」
「来週までに新作のお弁当考えないとな!」
まだ朝が早いためやってるお店は少ないが、行き交う人たちだけを見ていてもこの場所の雰囲気の良さが感じられる。
ここにいる人は皆、笑顔が眩しくて元気だな。
新鮮な景色にきょろきょろと目を動かしながら歩いていると、突然、ショーウインドウに飾られた白色のフリフリでかわいいワンピースが目に入った。私には似合わない、と思いながらもなぜか服に引き寄せられ、近づいてしまった。
胸についた大きなリボンが特徴的な膝丈のワンピース。腰より下がドレスのようにふわっとしていて、後ろにも大きなリボンがついている。まるでお姫様が着ていそうな華やかなものだった。
近寄ってみると、遠くからは見えなかった、リボンやキラキラで繊細なパーツがたくさんついていた。
「かわいい……」
けど、やっぱり私には似合わないだろうな。
見なかったことにして、早く学校に行こう。
私はショーウインドウを横に学校へと歩こうと思った。
その時。
「やっぱかわいいよな、これ」
「……えっ!?」
後ろから知らない人に声をかけられびっくりして、変な声を上げてしまった。
「ごめんごめん、びっくりさせちゃったな。この服を見てくれてたのが嬉しくてさ」
「いえ、こちらこそすみません!」
私は振り返って声の主だと思われる人に頭を下げながら謝った。少しして顔を上げると、ワンピースをまっすぐ見つめる若くてかっこいいお兄さんが目の前に立っていた。
少し茶色がかった黒髪に、銀色のイヤーカフをしている。身長は私よりも頭2つ分くらい高いのではないだろうか。顔を見た感じ年もそこそこ近そう。
こんなかっこいい人がどうしてかわいいワンピースを見ているのだろう。
「この服、実は俺がデザインしたんだ」
こんなにフリフリでふわふわでキュートなワンピースをこの人が!?
「すごいです……」
「だろ?」
お兄さんは私の方を見ながらニヤッと歯を見せて笑った。
「特にこだわったのはワンピースの裾だな」
私は言われるように、ワンピースの裾を見る。
細い一列のフリルから二重の布が外に広がって、小さなリボンが等間隔で付いていた。
「かわいいだろ?」
「……はい! フリルとかリボンがたくさんついていてかわいいです! それに、二重になっている裾の布の下の方、上のものと少し色が違いませんか?」
「分かってくれる!? 全部同じ布でもよかったんだけどさ、面白くしたいじゃん? ちなみにこの布と同じ布で背中の大きいリボンも作ってるんだぜ。ほかにも……」
「へえ……」
彼は楽しそうにひとつひとつ、細かく服の説明をしてくれた。それを聞いて、私も心が弾むような気がした。
「ところで君、絹丘中の新入生?」
「はい、そうですけど……?」
「やっぱり? その制服いいよな。黒のふわっと広がるフレアスカートが特徴のジャンパースカートに同色のジャケット。セーラー襟のジャケットにはシルバーのボタンが輝いている。胸についたピンクの大きなリボン、所々に入ったシルバーのラインがエレガントさがありつつおしゃれにまとめてるんだよな」
「わ、私もそう思います! この制服が着たいから絹丘に入りたかったんです」
私は自分が着ている制服を見ながら答えた。改めて、この制服が着られたことに感謝したいくらいだ。
でも……。
「私には似合わないですよね、この制服。もっとかわいい子が着ないと。私みたいなのが着ても変なだけですし……」
なぜか涙が溢れてきた。
ずっと着たかった、憧れてた制服なのに。
なんで涙が出てくるの?
「もう、ほら泣くなって」
お兄さんは私の頭をそっと撫でる。
「あー、ちょっと店入ろう。確か入学式までまだ時間あるだろ」
私はお兄さんに手を引っ張られながらお店の中に入った。
「……うわぁ〜!」
一歩お店の中に入ると、かわいいものやかっこいいものなど、様々なジャンルのお洋服に囲まれた素敵な空間が広がっていた。
「ちょっと瀬那くん! 女の子連れちゃってどうしたの!? 彼女!?」
裏からポニーテールをした一見チャラそうな女の人が出てきた。
「か……!?」
「ちげえわ!」
女の人は私からお兄さんの手を振りほどき、お兄さんから遠ざけるように引き剥がした。
「大丈夫? こいつに何もされてない?」
私の肩に手を置きながら聞いてきた。
「……あ、えっと、はい。大丈夫です」
「というかこの子泣いてるじゃない! 瀬名くんやっぱり……」
「するわけねえだろ。店の前で泣き始めたから連れてきたんだよ」
「こんなかわいい子を泣かせたってこと!?」
「だから違うって!」
仲良いなあ。兄弟みたい。私はクスッと笑う。
「ごめんね、疲れたでしょ。よかったらこの椅子に座ってて」
「はい。ありがとうございます」
お兄さんは女の人に店の裏へと連れて行かれた。
私は椅子に座って背もたれにもたれかかる。
お店の中を見渡すと服だけでなく靴や小物、アクセサリーなども揃っていた。
こんな夢みたいな空間があったんだな。
いつの間にか流れていた涙は止まっていて、目にはむしろ夢が溢れていた。
このトップスにあのスカートを合わせたら可愛いかな? あっ、あのワンピースにあのイヤリング合わせたらいい感じかも!
ずっとここにいたいなあ。
そんな事を考えていると裏から女の人が「こっちおいで」と私のことを手招きした。
私は呼ばれた方に行く。そこではお兄さんと女の人が櫛やドライヤーを持って構えていた。
「ここに座ってね」
そう案内され目の前に机と大きめの鏡がある椅子に腰を掛ける。ソファーだったので、ふかふかですぐに寝てしまいそうだ。しかし女の人にすぐに櫛で髪の毛をとかされ、緊張で体がこわばる。
「そういえば名前を言ってなかったわね。私はリコ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
「瀬名くんはもう言ってるんだよね?」
「いや……」
顔をそらしながら女の人に返事をする。
「言っていないのにつれてきたの!? だめじゃない! ほら早く!」
「あっ、瀬那です……。よろしく」
「よろしくお願いします……」
本当に仲がいいのかな?
「あなたは?」
「わ、私ですか? 私は真白ありなです」
「ありなちゃんね! よろしく!」
「はい」
お兄さんが瀬那さんで、女の人がリコさん。よし、覚えた。
というか、私はここに座ってるけど今から何をされるんだろう……?
「髪の毛綺麗ねえ。癖はあるけど巻いてるみたい」
「だよな。オイルとかつけてもう少し巻きを強調したらもっとかわいくなりそう」
オイル? 巻く? もしかして私、今から料理されちゃうの!?
「ありなちゃん、少しだけ髪の毛いじってもいい?」
「……はい」
私がかわいくないから、初対面のこの人たちに髪の毛をおいしくされるんだ……。
うう……。さよなら私の髪の毛……。
なんて考えていたけど、リコさん達はそんなことはせず、ただひたすら丸い金属の棒を優しく私の髪の毛に当ててくれていた。
「リコさん、その棒は何ですか?」
「ああこれ?」
私の髪の毛をいじる手を一旦留めて、道具の説明をし始めた。
「これは『コテ』っていう、髪の毛を巻く道具なの。熱で髪の毛の形を変えているのよ」
そんな機械があるんだ。確かに少し私の髪の毛の形が変わったかも。モサモサふわふわって感じだったのがツヤツヤくるくるって感じに。
説明を聞いてもあまり良くわからなかったけど、髪の毛の内部の髪を固定する成分を熱で切って、形を変えた後、冷めるときにまた結びつく、という仕組みらしい。
「まだ熱いし、やけどするかもしれないからコテと髪には触っちゃだめよ」
「はい」
全体が終わったら次は匂いのする液体を髪の毛につけ始めた。
「柑橘っぽいいい香りがしますね」
「これは『ヘアオイル』。髪の毛にまとまりを持たせたり、艶を与えたりするものなの」
「確かにツヤツヤです!」
頭を動かすたびに光の筋が上下左右に移動する。
もうこれだけで十分なくらい、私の髪の毛はもとのものから変わっていた。
「ねえ瀬名くん、ヘアアレンジしたらもっとかわいくなると思わない?」
「確かに」
「じゃあちびゴムとありなちゃんに似合いそうなリボン持ってきて」
「はーい」
瀬那さんはどこかに何かを取りに行った。
そして次にリコさんは『ワックス』というものを私の髪の毛の一部に薄くつけた。髪の毛が崩れにくくなったり、髪の毛がぴょこぴょこ飛び出てくるのを防いでくれるんだって。
ワックスを塗った部分を三つ編みして、少し編み目をほぐす。そして最後に小さなゴムで結んだ。このゴムはリコさんは『ちびゴム』と言っているけれど、正式名称は『モビロンバンド』というらしい。私がいつも使っているヘアゴムよりも小さくて透明だった。
「前髪を少し流したほうがいいかな。瀬名くんヘアアイロンどこー?」
「目の前の机の上においてるだろ」
「ほんとだ! センキュー!」
ヘア……アイロン……? 髪の毛にあのアイロンを掛けるってこと!? でも机の上にアイロンなんてどこにもないよね? かわりにあるのはトングみたいな何か。
だがリコさんが手に取ったのはまさにそのトングみたいな何かだった。これがヘアアイロンか。
「ちょっと前失礼するよ〜」
リコさんは私の前側に移動して、前髪にもその器用な技を施してくれた。
前髪を少し持ち上げてトングではさみ、横にすうーっと流す。肌に落ちる前髪がほんのり温かい。
ヘアアイロンもコテと同じ仕組みなのかな?
そして前髪で隠れていた世界が明るく広がった。
「前が明るくなりました!」
「でしょ?」
顔周りの毛(触角というらしい)も少し巻いたりしてふわふわにしてくれた。
「じゃあ少し目をつむっててくれる?」
私は目を閉じた。「シュー」という音が聞こえてきて、それが終わると最後にパチンという音がなった。
「はい! 完成! 目を開けていいよ!」
「はい……うわあ……!」
かわいい!
鏡に映るのは自分だけど、自分じゃない誰かのようだった。
ふわっとつややかに巻かれた髪、片側に垂らした三つ編み、三つ編み側へと流された前髪。
すごい!
あれ、よく見たら三つ編みの先に白いリボンがついてる。
「あの、このリボン……」
「それは私たちからの入学祝い」
「それも俺が作ったんだぜ」
二人が口を揃えて言った。
「「入学おめでとう」」
かわいくないし、自信もなかった私のことを、こんなにすてきにしてくれた。その上このリボンまで……。
「あ、ありがとうございます……ううっ……」
「また泣いてる! 瀬奈君また!」
「ちげえわ!」
「違います……。こんなにかわいくしてくれたのがうれしくて」
「そうなの!? 気に入ってくれてよかった〜!」
瀬那さんが頭に手をポンと乗せ、私とリボンを見ながら言う。
「リボンと真白の可愛さをみんなに自慢するんだぞ」
「はい!」
カバンを持って外に出た。2人も見守ってくれている。
「瀬那さん、リコさん、ありがとうございました!」
「一人で学校行ける? 大丈夫?」
「リコさん真白のお母さんかよ」
「だって心配なんだもん!」
「大丈夫です! 行けます!」
だって入学する前から何回も行く練習してたもん。
「じゃあね」
「またな」
「はい!」
私は2人に背中を向けて、自信を胸に、始まりの一歩を踏み出した。
いい人たちだったな。また、会えるかな……。
「あの……!」
私は振り返った。
「またお店に行ってもいいですか……?」
「もちろん!」
「いつでも待ってるぞ」
私は自分でもわかるくらいの笑顔を顔に浮かべる。
「ありがとうございます! いってきます!」
「「いってらっしゃい」」
私の夢の中学校生活が今、始まるんだ!
「分かった。私たちも後で入学式に行くからね」
黒く光る新品の革靴に足を入れる。隣においてある全身鏡で自分の姿を改めて見る。
胸くらいまで伸びる長い黒髪、憧れていた学校の制服、真っ白の靴下には中学校のマークがさりげなく入っている。
本当に今日から憧れの中学生なんだ。
似合ってるかな。変……じゃないかな。どうしよう、本当にこれでいいのかな。
「制服、似合ってるぞ」
「えへへ、嬉しい」
親に心配されないように頑張って笑顔を顔に浮かべる。
あんなに憧れていたのに、なんで素直に喜べないんだろう。
私は革のカバンを手にする。
「じゃあ、行ってきます」
玄関の扉を開ける。
私は頑張って始まりの一歩を踏み出した。
のはいいものの……。
「はあー、どうしよう」
しばらく歩き、周りに誰もいないのを確認して、深く息を吐いた。
私、真白ありなは今日から絹丘学園中等部の1年生になる。
ちなみにこの絹丘学園中等部というのはこの地域でも特に頭がいいといわれている学校で、試験を受けないと入学できない。
もちろん、私は試験を突破したから入学できるんだけど……。
試験を受けたとき、周りに美男美女しかいなくてやっていけるかすごく不安! みんな頭良さそうだし、髪サラサラだし、顔整ってるし。
私なんか、髪はくせ毛だし、前髪で目は隠れてるし、笑顔がなくて周りに怖がられるし、顔も良くない。
こんな見た目なうえに自分に自身が持てないで、本当にやっていけるのかなあ……。
心配を胸に、私は桜がにぎやかに舞う大通りを通る。この通りを抜けて、少し歩いたら学校に着くはずだ。
1本の広い道の左右には食べ物、ファッション、雑貨など、さまざまな種類の店が構えられている。
おしゃれなお店が多い中、時々見覚えのあるハンバーガー屋さんやドーナツ屋さんのロゴが目に入り、少し心が軽くなる。
歩いていると、あちこちから街の人達の賑やかな会話が耳に入ってきた。
「佐々木さんおはよう。今日もいい野菜がたくさんあるねえ」
「今日も頑張ってたくさん作品作るぞー!」
「来週までに新作のお弁当考えないとな!」
まだ朝が早いためやってるお店は少ないが、行き交う人たちだけを見ていてもこの場所の雰囲気の良さが感じられる。
ここにいる人は皆、笑顔が眩しくて元気だな。
新鮮な景色にきょろきょろと目を動かしながら歩いていると、突然、ショーウインドウに飾られた白色のフリフリでかわいいワンピースが目に入った。私には似合わない、と思いながらもなぜか服に引き寄せられ、近づいてしまった。
胸についた大きなリボンが特徴的な膝丈のワンピース。腰より下がドレスのようにふわっとしていて、後ろにも大きなリボンがついている。まるでお姫様が着ていそうな華やかなものだった。
近寄ってみると、遠くからは見えなかった、リボンやキラキラで繊細なパーツがたくさんついていた。
「かわいい……」
けど、やっぱり私には似合わないだろうな。
見なかったことにして、早く学校に行こう。
私はショーウインドウを横に学校へと歩こうと思った。
その時。
「やっぱかわいいよな、これ」
「……えっ!?」
後ろから知らない人に声をかけられびっくりして、変な声を上げてしまった。
「ごめんごめん、びっくりさせちゃったな。この服を見てくれてたのが嬉しくてさ」
「いえ、こちらこそすみません!」
私は振り返って声の主だと思われる人に頭を下げながら謝った。少しして顔を上げると、ワンピースをまっすぐ見つめる若くてかっこいいお兄さんが目の前に立っていた。
少し茶色がかった黒髪に、銀色のイヤーカフをしている。身長は私よりも頭2つ分くらい高いのではないだろうか。顔を見た感じ年もそこそこ近そう。
こんなかっこいい人がどうしてかわいいワンピースを見ているのだろう。
「この服、実は俺がデザインしたんだ」
こんなにフリフリでふわふわでキュートなワンピースをこの人が!?
「すごいです……」
「だろ?」
お兄さんは私の方を見ながらニヤッと歯を見せて笑った。
「特にこだわったのはワンピースの裾だな」
私は言われるように、ワンピースの裾を見る。
細い一列のフリルから二重の布が外に広がって、小さなリボンが等間隔で付いていた。
「かわいいだろ?」
「……はい! フリルとかリボンがたくさんついていてかわいいです! それに、二重になっている裾の布の下の方、上のものと少し色が違いませんか?」
「分かってくれる!? 全部同じ布でもよかったんだけどさ、面白くしたいじゃん? ちなみにこの布と同じ布で背中の大きいリボンも作ってるんだぜ。ほかにも……」
「へえ……」
彼は楽しそうにひとつひとつ、細かく服の説明をしてくれた。それを聞いて、私も心が弾むような気がした。
「ところで君、絹丘中の新入生?」
「はい、そうですけど……?」
「やっぱり? その制服いいよな。黒のふわっと広がるフレアスカートが特徴のジャンパースカートに同色のジャケット。セーラー襟のジャケットにはシルバーのボタンが輝いている。胸についたピンクの大きなリボン、所々に入ったシルバーのラインがエレガントさがありつつおしゃれにまとめてるんだよな」
「わ、私もそう思います! この制服が着たいから絹丘に入りたかったんです」
私は自分が着ている制服を見ながら答えた。改めて、この制服が着られたことに感謝したいくらいだ。
でも……。
「私には似合わないですよね、この制服。もっとかわいい子が着ないと。私みたいなのが着ても変なだけですし……」
なぜか涙が溢れてきた。
ずっと着たかった、憧れてた制服なのに。
なんで涙が出てくるの?
「もう、ほら泣くなって」
お兄さんは私の頭をそっと撫でる。
「あー、ちょっと店入ろう。確か入学式までまだ時間あるだろ」
私はお兄さんに手を引っ張られながらお店の中に入った。
「……うわぁ〜!」
一歩お店の中に入ると、かわいいものやかっこいいものなど、様々なジャンルのお洋服に囲まれた素敵な空間が広がっていた。
「ちょっと瀬那くん! 女の子連れちゃってどうしたの!? 彼女!?」
裏からポニーテールをした一見チャラそうな女の人が出てきた。
「か……!?」
「ちげえわ!」
女の人は私からお兄さんの手を振りほどき、お兄さんから遠ざけるように引き剥がした。
「大丈夫? こいつに何もされてない?」
私の肩に手を置きながら聞いてきた。
「……あ、えっと、はい。大丈夫です」
「というかこの子泣いてるじゃない! 瀬名くんやっぱり……」
「するわけねえだろ。店の前で泣き始めたから連れてきたんだよ」
「こんなかわいい子を泣かせたってこと!?」
「だから違うって!」
仲良いなあ。兄弟みたい。私はクスッと笑う。
「ごめんね、疲れたでしょ。よかったらこの椅子に座ってて」
「はい。ありがとうございます」
お兄さんは女の人に店の裏へと連れて行かれた。
私は椅子に座って背もたれにもたれかかる。
お店の中を見渡すと服だけでなく靴や小物、アクセサリーなども揃っていた。
こんな夢みたいな空間があったんだな。
いつの間にか流れていた涙は止まっていて、目にはむしろ夢が溢れていた。
このトップスにあのスカートを合わせたら可愛いかな? あっ、あのワンピースにあのイヤリング合わせたらいい感じかも!
ずっとここにいたいなあ。
そんな事を考えていると裏から女の人が「こっちおいで」と私のことを手招きした。
私は呼ばれた方に行く。そこではお兄さんと女の人が櫛やドライヤーを持って構えていた。
「ここに座ってね」
そう案内され目の前に机と大きめの鏡がある椅子に腰を掛ける。ソファーだったので、ふかふかですぐに寝てしまいそうだ。しかし女の人にすぐに櫛で髪の毛をとかされ、緊張で体がこわばる。
「そういえば名前を言ってなかったわね。私はリコ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
「瀬名くんはもう言ってるんだよね?」
「いや……」
顔をそらしながら女の人に返事をする。
「言っていないのにつれてきたの!? だめじゃない! ほら早く!」
「あっ、瀬那です……。よろしく」
「よろしくお願いします……」
本当に仲がいいのかな?
「あなたは?」
「わ、私ですか? 私は真白ありなです」
「ありなちゃんね! よろしく!」
「はい」
お兄さんが瀬那さんで、女の人がリコさん。よし、覚えた。
というか、私はここに座ってるけど今から何をされるんだろう……?
「髪の毛綺麗ねえ。癖はあるけど巻いてるみたい」
「だよな。オイルとかつけてもう少し巻きを強調したらもっとかわいくなりそう」
オイル? 巻く? もしかして私、今から料理されちゃうの!?
「ありなちゃん、少しだけ髪の毛いじってもいい?」
「……はい」
私がかわいくないから、初対面のこの人たちに髪の毛をおいしくされるんだ……。
うう……。さよなら私の髪の毛……。
なんて考えていたけど、リコさん達はそんなことはせず、ただひたすら丸い金属の棒を優しく私の髪の毛に当ててくれていた。
「リコさん、その棒は何ですか?」
「ああこれ?」
私の髪の毛をいじる手を一旦留めて、道具の説明をし始めた。
「これは『コテ』っていう、髪の毛を巻く道具なの。熱で髪の毛の形を変えているのよ」
そんな機械があるんだ。確かに少し私の髪の毛の形が変わったかも。モサモサふわふわって感じだったのがツヤツヤくるくるって感じに。
説明を聞いてもあまり良くわからなかったけど、髪の毛の内部の髪を固定する成分を熱で切って、形を変えた後、冷めるときにまた結びつく、という仕組みらしい。
「まだ熱いし、やけどするかもしれないからコテと髪には触っちゃだめよ」
「はい」
全体が終わったら次は匂いのする液体を髪の毛につけ始めた。
「柑橘っぽいいい香りがしますね」
「これは『ヘアオイル』。髪の毛にまとまりを持たせたり、艶を与えたりするものなの」
「確かにツヤツヤです!」
頭を動かすたびに光の筋が上下左右に移動する。
もうこれだけで十分なくらい、私の髪の毛はもとのものから変わっていた。
「ねえ瀬名くん、ヘアアレンジしたらもっとかわいくなると思わない?」
「確かに」
「じゃあちびゴムとありなちゃんに似合いそうなリボン持ってきて」
「はーい」
瀬那さんはどこかに何かを取りに行った。
そして次にリコさんは『ワックス』というものを私の髪の毛の一部に薄くつけた。髪の毛が崩れにくくなったり、髪の毛がぴょこぴょこ飛び出てくるのを防いでくれるんだって。
ワックスを塗った部分を三つ編みして、少し編み目をほぐす。そして最後に小さなゴムで結んだ。このゴムはリコさんは『ちびゴム』と言っているけれど、正式名称は『モビロンバンド』というらしい。私がいつも使っているヘアゴムよりも小さくて透明だった。
「前髪を少し流したほうがいいかな。瀬名くんヘアアイロンどこー?」
「目の前の机の上においてるだろ」
「ほんとだ! センキュー!」
ヘア……アイロン……? 髪の毛にあのアイロンを掛けるってこと!? でも机の上にアイロンなんてどこにもないよね? かわりにあるのはトングみたいな何か。
だがリコさんが手に取ったのはまさにそのトングみたいな何かだった。これがヘアアイロンか。
「ちょっと前失礼するよ〜」
リコさんは私の前側に移動して、前髪にもその器用な技を施してくれた。
前髪を少し持ち上げてトングではさみ、横にすうーっと流す。肌に落ちる前髪がほんのり温かい。
ヘアアイロンもコテと同じ仕組みなのかな?
そして前髪で隠れていた世界が明るく広がった。
「前が明るくなりました!」
「でしょ?」
顔周りの毛(触角というらしい)も少し巻いたりしてふわふわにしてくれた。
「じゃあ少し目をつむっててくれる?」
私は目を閉じた。「シュー」という音が聞こえてきて、それが終わると最後にパチンという音がなった。
「はい! 完成! 目を開けていいよ!」
「はい……うわあ……!」
かわいい!
鏡に映るのは自分だけど、自分じゃない誰かのようだった。
ふわっとつややかに巻かれた髪、片側に垂らした三つ編み、三つ編み側へと流された前髪。
すごい!
あれ、よく見たら三つ編みの先に白いリボンがついてる。
「あの、このリボン……」
「それは私たちからの入学祝い」
「それも俺が作ったんだぜ」
二人が口を揃えて言った。
「「入学おめでとう」」
かわいくないし、自信もなかった私のことを、こんなにすてきにしてくれた。その上このリボンまで……。
「あ、ありがとうございます……ううっ……」
「また泣いてる! 瀬奈君また!」
「ちげえわ!」
「違います……。こんなにかわいくしてくれたのがうれしくて」
「そうなの!? 気に入ってくれてよかった〜!」
瀬那さんが頭に手をポンと乗せ、私とリボンを見ながら言う。
「リボンと真白の可愛さをみんなに自慢するんだぞ」
「はい!」
カバンを持って外に出た。2人も見守ってくれている。
「瀬那さん、リコさん、ありがとうございました!」
「一人で学校行ける? 大丈夫?」
「リコさん真白のお母さんかよ」
「だって心配なんだもん!」
「大丈夫です! 行けます!」
だって入学する前から何回も行く練習してたもん。
「じゃあね」
「またな」
「はい!」
私は2人に背中を向けて、自信を胸に、始まりの一歩を踏み出した。
いい人たちだったな。また、会えるかな……。
「あの……!」
私は振り返った。
「またお店に行ってもいいですか……?」
「もちろん!」
「いつでも待ってるぞ」
私は自分でもわかるくらいの笑顔を顔に浮かべる。
「ありがとうございます! いってきます!」
「「いってらっしゃい」」
私の夢の中学校生活が今、始まるんだ!
