拳よりも、強いもの〜俺たちはいつも『曇天』の中に光を掴んだ

ページの向こうで、立ち止まる

彼女は、
その章を読み終えて、
すぐに次のページをめくらなかった。



派手な出来事は、
何も書いていない。

殴り合いも、
怒号もない。



それなのに、
胸の奥が、
静かに痛んだ。



バスケのコートに立つ、
悠矢。

歓声。
汗。
勝利。



その裏側で、
駅前を歩く、
愁也。

夕焼け。
短い会話。
同じ時間。



彼女は、
そこで初めて気づく。

この物語は、
強い男たちの話じゃない。



選ばなかったものの話だ。



前に出なかった理由。
目立たなかった理由。
勝ちを取りに行かなかった理由。



それは、
逃げじゃない。



愁也は、
守る場所を選んだ。

悠矢が前に立てるように。
誰かが帰ってこられるように。



彼女は、
キーボードに手を置いたまま、
動けなくなる。



自分は、
どちらだろう。

前に立つ人間か。
後ろに立つ人間か。



答えは、
すぐに出ない。

でも、
一つだけ分かった。



どちらも、
同じ強さを持っている。



彼女は、
メッセージを打つ。

短く。



「ねえ」

「愁也って人、
 すごく優しいね」



少し間があって、
返事が来る。



「だろ」



それだけ。

でも、
その一言に、
すべてが詰まっていた。



彼女は、
画面を閉じる。

そして、
この章のタイトルを、
もう一度読む。



選ばなかったコート、
 選んだ時間。



彼女は思う。

この章があるから、
物語は崩れない。



強さが、
一つじゃなくなる。

友情が、
殴り合いだけにならない。



そして、
悠矢が語りすぎてしまう理由も、
少しだけ分かった。



語りたかったのは、
 自分じゃなくて、
 相棒だった。



彼女は、
小さく息を吐く。



この物語に、
恋は書かなくていい。



これは、
二人の友情に送る話だから。



そうして彼女は、
次の章へ進む。



相棒という名前の、
居場所へ。