拳よりも、強いもの〜俺たちはいつも『曇天』の中に光を掴んだ

【プロローグ】

強い人間の話を書こうと思ったわけじゃない。

勝ったとか、負けたとか、
拳が速かったとか、
そういうことを残したかったわけでもない。

ただ――
忘れられなかったのだ。

彼が語る、
「相棒」の話を。



夜遅く、
画面越しに聞いた声は、
いつも少しだけ楽しそうで、
少しだけ誇らしげだった。

最初は名前も知らなかった。
掲示板でも、SNSでもない
ただの匿名の場所。
ネットの向こうで、出会った二人。

彼の名前は悠矢(ゆうや)
私が憧れに誓い好意をもった彼は10歳年下。
私の謎かけのポエムの答えを最も簡単に解いて、一番にメッセージをくれたのが悠矢だった。
気さくな感じで、柔らかさもあって相手への思い遣りができる今時にいない方だなって思ったのが第一印象。
たわいも無いやり取りをしていくうちに、私は彼の中にある熱いものを感じ興味を持つようになっていった。
もっと知りたい。

そして今夜もいつもの様に話をするのだ。

「俺さ、高校の頃――」

その一言で始まる話は、
だいたいいつも同じ結末に向かう。

喧嘩。
仲間。
勝ち負け。

そして、
必ず最後に出てくる名前。

愁也(しゅうや)

彼は、自分のことよりも、
相棒の話をする時の方が、
ずっと饒舌になる。

まるで、
その時間だけ、
高校生に戻っているみたいに。



私は、
喧嘩とは無縁の人生を生きてきた。

争うことも、
拳を振り上げることも、
誰かと背中を預け合うこともないまま、
ここまで来た。

それでも――
彼らの話は、
なぜか胸に残った。

強さとは何か。
守るとは何か。
前に立つとは、
後ろに立つとは、
どういうことなのか。

その答えが、
二人の間には、
ちゃんと存在している気がした。



「我捨楽ってさ」

ある夜、
彼はそう言って笑った。

「我を捨てて、楽しむ、って意味なんだ」

その言葉を聞いた瞬間、
私は、
この話を書こうと決めた。

誰にも知られなくてもいい。
派手じゃなくてもいい。

これは、
彼らの友情に、
遅れてきたエールを送るための物語だ。



この物語の主人公は、
二人いる。

前に立った男と、
後ろに立った男。

そして、
その背中を、
少し離れた未来から見つめている、
もう一人。

――これは、
強さを競った話じゃない。

我を捨てて、
それでも前に進んだ、
二人の青春の記録だ。