危険すぎる恋に、落ちてしまいました。番外編2

朝の空気はまだ冷たいのに、陽射しだけがやけに明るかった。

冬の終わりと春の入り口が混ざる季節――駅前の風が、制服の襟元をくすぐっていく。

黒薔薇学園の最寄り駅。
出勤途中の美羽は、改札へ向かう人の流れの中で、ふと足を止めた。

「……え?」

駅の柱にもたれて、へなへなと座り込みそうになっている男がいた。
見慣れた顔。
だけど、見慣れない“元気のなさ”。

「……ゆ、悠真くん!?」

いつもなら「美羽ちゃ〜ん!」って駅全体に響くレベルで叫んでくる悠真が、今日は――声が出ていない。

顔色は、白というより、もう“灰色”に近い。
美羽は駆け寄ってしゃがみ込む。

「どうしたの!?大丈夫!?救急車!?それとも……あ、交番!?っていうか悠真くんが警察官だった!」

悠真は、かすれた声で言った。

「……だい、じょうぶ……」
「ただ……おなか……すいた……」

「え、そこ!?そこなの!?」

悠真は涙目のまま、情けないほど小さくうなずいた。

「……昨日、夜勤で……徹夜で……」
「朝ごはん……食べる時間なくて……」
「今……空腹で……昇天しそう……」

「昇天しないで!!」

美羽は大きく息を吐いて、額を押さえる。

「はぁ……もう……わかった。
今日、放課後――うちに来なよ!
ごはん作ってあげるから。」

その瞬間、悠真の目がぱあっと輝いた。
“人間って空腹でここまで変わるんだ”と学べるレベルの変化だった。

「……え、ほんと……?」
「美羽ちゃん……女神……」

そして次の瞬間。

「うう〜〜!!美羽ちゃん大好きだよぉぉぉ!!」

悠真が勢いよく抱きつこうとした。

「ちょ、ストーーップ!!」

美羽は反射で悠真の頭をガシッと掴み、一定距離を保つ。

「はいはい、抱きつかないの〜!!」
「ここ駅!公共の場!やめなさい!」

悠真は涙をぼろぼろ流しながら、感動の声を震わせる。

「美羽ちゃん…………」
「俺……美羽ちゃんのご飯のために生きる……」

「いや、生きるのハードル低すぎ!」

美羽は思わず笑ってしまい、でもその笑いが少しあたたかくて、胸の奥がくすぐったくなった。

(……悠真くん、無茶しすぎだよ。ほんとに)

美羽は立ち上がり、悠真の肩をぽんぽんと叩く。

「とりあえず、仕事行くから。悠真くんも、ちゃんと水飲んで。倒れたら許さないからね」

「うん……!」

「……美羽ちゃんのために……倒れない……」

「私のために倒れないって何!?」

ツッコミながら、美羽は職場である黒薔薇学園へ走った。
朝の風が頬を撫で、ヒールの音が、いつもより少しだけ遠くに聞こえた。