危険すぎる恋に、落ちてしまいました。番外編2

一方、その頃。

椿の職場――総合病院。

消毒液の匂いと、機械音と、足音が反響する廊下。
白い蛍光灯の下を、看護師たちが忙しなく歩いている。
その中で、ひときわ異質な空気が生まれていた。

「ねえ……気づいた?」

「うん……」

看護師たちは、視線をそっと同じ方向へ向ける。
廊下の奥から、医師の北条椿が歩いてくる。

白衣。
きっちり整えた髪。
相変わらず無愛想な顔――

……の、はずなのに。

「……なんか、今日、北条先生機嫌よくない?」

「ねえ、さっき……鼻歌、歌ってたって!」

「え、まじで?」

「北条先生が!?あの北条先生が!?」

「嘘でしょ……」

「幻聴では……?」

ざわざわ。ひそひそ。
そして、椿はその噂の中心を、何事もない顔で通過していく。

「おはようございます!」

看護師が声をかける。

椿は「……おう」と短く返し――
ほんの一瞬だけ、口元が緩んだ。

「……今、笑った?」

「笑ったよね!?」

「え、怖っ!?」

「マジで!?」

看護師たちはざわつきながらも、
なぜか頬を赤くしている人もいて。

椿はナースステーションの前でカルテを受け取り、
ペンを回しながら、淡々と言った。

「今日の回診、予定通りだ」

「は、はいっ!」

看護師が返事をする。
でも目は泳いでいる。

「北条先生……」

一人の看護師が恐る恐る聞いた。

「その……何か、いいことでもあったんですか?」

椿は一瞬だけ、動きを止めた。
そして――

「別に」

そっけなく言って歩き出す。
その背中に、看護師たちの声が飛ぶ。

「絶対あるでしょ!」

「だって鼻歌うたってたのよ!」

「何かあったんだわ!」

「え、やっぱり?奥さんかな?!」

「えー!!奥さんと何かあったの!?」

「なんたって新婚だものね!!」

「きゃー!!」

椿は、背中越しに、ため息を吐いた。

……が。
ほんの少しだけ、耳が赤い。

(美羽……)

胸の中で名前を呼んだだけで、昨夜の温度が蘇ってくる。

(朝、赤くなってるだろうな、あいつ)

想像すると、また口元が緩みそうで――
椿は自分の頬を軽く叩いた。

仕事だとクールに言い聞かせる。
でも、その足取りは少しだけ軽い。

窓の外は、澄んだ青空。
病院のガラスに太陽が反射して、キラッと白く光った。

「…~♪」

椿の鼻歌は、誰にも聞こえないくらい小さく――
それでも確かに、幸せの形をしていた。