一方、その頃。
椿の職場――総合病院。
消毒液の匂いと、機械音と、足音が反響する廊下。
白い蛍光灯の下を、看護師たちが忙しなく歩いている。
その中で、ひときわ異質な空気が生まれていた。
「ねえ……気づいた?」
「うん……」
看護師たちは、視線をそっと同じ方向へ向ける。
廊下の奥から、医師の北条椿が歩いてくる。
白衣。
きっちり整えた髪。
相変わらず無愛想な顔――
……の、はずなのに。
「……なんか、今日、北条先生機嫌よくない?」
「ねえ、さっき……鼻歌、歌ってたって!」
「え、まじで?」
「北条先生が!?あの北条先生が!?」
「嘘でしょ……」
「幻聴では……?」
ざわざわ。ひそひそ。
そして、椿はその噂の中心を、何事もない顔で通過していく。
「おはようございます!」
看護師が声をかける。
椿は「……おう」と短く返し――
ほんの一瞬だけ、口元が緩んだ。
「……今、笑った?」
「笑ったよね!?」
「え、怖っ!?」
「マジで!?」
看護師たちはざわつきながらも、
なぜか頬を赤くしている人もいて。
椿はナースステーションの前でカルテを受け取り、
ペンを回しながら、淡々と言った。
「今日の回診、予定通りだ」
「は、はいっ!」
看護師が返事をする。
でも目は泳いでいる。
「北条先生……」
一人の看護師が恐る恐る聞いた。
「その……何か、いいことでもあったんですか?」
椿は一瞬だけ、動きを止めた。
そして――
「別に」
そっけなく言って歩き出す。
その背中に、看護師たちの声が飛ぶ。
「絶対あるでしょ!」
「だって鼻歌うたってたのよ!」
「何かあったんだわ!」
「え、やっぱり?奥さんかな?!」
「えー!!奥さんと何かあったの!?」
「なんたって新婚だものね!!」
「きゃー!!」
椿は、背中越しに、ため息を吐いた。
……が。
ほんの少しだけ、耳が赤い。
(美羽……)
胸の中で名前を呼んだだけで、昨夜の温度が蘇ってくる。
(朝、赤くなってるだろうな、あいつ)
想像すると、また口元が緩みそうで――
椿は自分の頬を軽く叩いた。
仕事だとクールに言い聞かせる。
でも、その足取りは少しだけ軽い。
窓の外は、澄んだ青空。
病院のガラスに太陽が反射して、キラッと白く光った。
「…~♪」
椿の鼻歌は、誰にも聞こえないくらい小さく――
それでも確かに、幸せの形をしていた。
椿の職場――総合病院。
消毒液の匂いと、機械音と、足音が反響する廊下。
白い蛍光灯の下を、看護師たちが忙しなく歩いている。
その中で、ひときわ異質な空気が生まれていた。
「ねえ……気づいた?」
「うん……」
看護師たちは、視線をそっと同じ方向へ向ける。
廊下の奥から、医師の北条椿が歩いてくる。
白衣。
きっちり整えた髪。
相変わらず無愛想な顔――
……の、はずなのに。
「……なんか、今日、北条先生機嫌よくない?」
「ねえ、さっき……鼻歌、歌ってたって!」
「え、まじで?」
「北条先生が!?あの北条先生が!?」
「嘘でしょ……」
「幻聴では……?」
ざわざわ。ひそひそ。
そして、椿はその噂の中心を、何事もない顔で通過していく。
「おはようございます!」
看護師が声をかける。
椿は「……おう」と短く返し――
ほんの一瞬だけ、口元が緩んだ。
「……今、笑った?」
「笑ったよね!?」
「え、怖っ!?」
「マジで!?」
看護師たちはざわつきながらも、
なぜか頬を赤くしている人もいて。
椿はナースステーションの前でカルテを受け取り、
ペンを回しながら、淡々と言った。
「今日の回診、予定通りだ」
「は、はいっ!」
看護師が返事をする。
でも目は泳いでいる。
「北条先生……」
一人の看護師が恐る恐る聞いた。
「その……何か、いいことでもあったんですか?」
椿は一瞬だけ、動きを止めた。
そして――
「別に」
そっけなく言って歩き出す。
その背中に、看護師たちの声が飛ぶ。
「絶対あるでしょ!」
「だって鼻歌うたってたのよ!」
「何かあったんだわ!」
「え、やっぱり?奥さんかな?!」
「えー!!奥さんと何かあったの!?」
「なんたって新婚だものね!!」
「きゃー!!」
椿は、背中越しに、ため息を吐いた。
……が。
ほんの少しだけ、耳が赤い。
(美羽……)
胸の中で名前を呼んだだけで、昨夜の温度が蘇ってくる。
(朝、赤くなってるだろうな、あいつ)
想像すると、また口元が緩みそうで――
椿は自分の頬を軽く叩いた。
仕事だとクールに言い聞かせる。
でも、その足取りは少しだけ軽い。
窓の外は、澄んだ青空。
病院のガラスに太陽が反射して、キラッと白く光った。
「…~♪」
椿の鼻歌は、誰にも聞こえないくらい小さく――
それでも確かに、幸せの形をしていた。



