危険すぎる恋に、落ちてしまいました。番外編2

その瞬間。

秋人が、すっと箸を置いて、さらっと言った。

「まぁ、そんな椿の奥さんとのドライブデートは楽しかったけどね?ねぇ……美羽ちゃん?」

にやり。
ほんの少しだけ、悪戯っぽい笑み。
それだけで空気が凍るのだから、秋人という男は罪深い。

「……は?」

椿が固まった。

「……今、なんつった?」

「えっ、ちょ、秋人くんんん!!?」

美羽は慌てて両手をぶんぶん振る。

「言い方!!言い方ぁあ!!買い出し行ってただけ!!ただの買い出しだから!!」

「何だそれ、聞いてねぇぞ美羽」

椿の声が低くなる。
背筋に冷たいものが走る。

「ひぇぇ……」

美羽は椿から一歩下がった。

「ごめんなさい!!だって、秋人くんが手伝うって言ってくれたから……!」

秋人は涼しい顔で微笑んでいる。

「だって事実だし?」
「運転したしー」
「助手席に美羽ちゃん乗せたし~」

「全部言わないでぇぇ!!」

美羽が叫ぶ。
椿はゆっくり立ち上がり、じろりと美羽を見る。

「美羽。後で、覚えてろよ?」

「こわいこわいこわい!!」

莉子は興奮して、遼の腕をばしばし叩く。

「きゃーー!!なにそれ!!」
「新婚の修羅場!?ドラマ!?」
「痛い痛い、莉子ちゃん」

遼は笑いながらも、そっと莉子の手を止めて頭を撫でた。

「ほら、帰ろ。巻き込まれる前に」

「えー、もっと見たい……」

「だめです」

遼は優しい声で言いながらも、完全に抱き寄せて離さない。

「夫婦の領域って見えないようであるからね~」

悠真は空気を読まずに言った。

「え?椿、嫉妬してんの?みっともな――」

椿が静かに睨んだ。
悠真はすっと目を逸らした。

「……帰ります」
「僕、今すぐ帰ります!ごちそうさまでした!!」

早い。判断が早い。

「じゃぁ、俺達は帰るとしますか!」

遼が爽やかに立ち上がり、莉子も渋々ついていく。

「美羽!まったね〜!」

莉子が振り返って手を振った。

「え、まって!?もう帰るの!?」

美羽が慌てる。

「ちょっとー!?まだデザートも――!」

しかしその声を置き去りに、玄関のドアがぱたぱたと閉まっていく。

最後に秋人が靴を履きながら、振り返った。
そして爽やかなウインク。

「美羽ちゃん、椿と仲良くね?」

「秋人くーーーーん!!」

(あなたがそれ言いますぅ!??)

美羽の叫びが、廊下に吸い込まれていった。

そして――
静かになったリビング。
取り残されたのは、美羽と椿だけ。

テーブルの上には、食べかけのカレーと、
片づけ途中の皿と、
そして――消えない“さっきの空気”。

椿はため息をついて頭の後ろをがしがし掻き、無言でベランダへ出た。

夜風がカーテンを揺らす。
冬の名残が少しだけ残った冷たい風。
遠くで車の音がして、空には星がぽつぽつと灯っている。

美羽は恐る恐る、椿の背中に声をかけた。

「……椿くん?」

椿は振り返らず、ため息を落とした。

「……妬いたら、悪ぃかよ」

その一言が、子どもみたいで。
不器用で。

でも、痛いほど真っ直ぐで。
美羽の胸が、きゅっと鳴った。

「ごめんね」

美羽はゆっくり近づく。

「ほんとに、秋人くんとは何もないから」

椿は星空を見上げたまま、静かに言う。

「わかってる」
「お前を信じてるから」

その言葉に、美羽の喉の奥が熱くなる。

(……私、何をドキドキしてたの)
(秋人くんに、ちょっとだけ……なんて)
(だめだ、ほんとにしばきたい……私!!)

美羽が自己反省に沈んでいると、椿がちらりと横目で見た。

「……なんだ、考え事か?」
「えらく余裕そうだな?」

「え!?」

美羽が顔を上げた瞬間――
椿が、にやりと笑った。

「……っ」

次の瞬間、ふわっと視界が浮く。

「え、椿くん?」

椿は美羽を、いとも簡単にお姫様抱っこしていた。

「な、なに!?何々何々!?」

椿は余裕の声で言う。

「もう俺しか見れねぇようにしてやる」

「……まぁ、夜は長ぇしな~?」

「ええええ!?待って待って待って!!」

顔を真っ青にした美羽は腕の中でじたばたする。

「その言い方!!怖い怖い!!怖いんだけど!!」

椿は笑って、寝室の方へ歩き出す。

「ほら、暴れんな」
「落ちるぞ」

「ちょっとまって!!椿くん!!落ちていて?!」

「ていうか、私まだお皿片づけ――」

「明日でいい」

「えええー!!」

美羽の叫び声が家に響いた。

「まってぇぇぇぇ!?!?!?」

椿はチラリと美羽を見て、ただ低い声で言った。

「……美羽、ドロドロに愛してやる」

「……~~っ!!」

そしてドアが閉まる直前。
窓の外で――星がひとつ、すうっと流れた。

まるで「お幸せに」とでも言うみたいに。


夜は静かで、長くて、でもきっと、あっという間に過ぎていく。


黒薔薇メンバーがいなくなったリビングには、
カレーの香りと、笑い声の余韻だけが残っていた。