その瞬間。
秋人が、すっと箸を置いて、さらっと言った。
「まぁ、そんな椿の奥さんとのドライブデートは楽しかったけどね?ねぇ……美羽ちゃん?」
にやり。
ほんの少しだけ、悪戯っぽい笑み。
それだけで空気が凍るのだから、秋人という男は罪深い。
「……は?」
椿が固まった。
「……今、なんつった?」
「えっ、ちょ、秋人くんんん!!?」
美羽は慌てて両手をぶんぶん振る。
「言い方!!言い方ぁあ!!買い出し行ってただけ!!ただの買い出しだから!!」
「何だそれ、聞いてねぇぞ美羽」
椿の声が低くなる。
背筋に冷たいものが走る。
「ひぇぇ……」
美羽は椿から一歩下がった。
「ごめんなさい!!だって、秋人くんが手伝うって言ってくれたから……!」
秋人は涼しい顔で微笑んでいる。
「だって事実だし?」
「運転したしー」
「助手席に美羽ちゃん乗せたし~」
「全部言わないでぇぇ!!」
美羽が叫ぶ。
椿はゆっくり立ち上がり、じろりと美羽を見る。
「美羽。後で、覚えてろよ?」
「こわいこわいこわい!!」
莉子は興奮して、遼の腕をばしばし叩く。
「きゃーー!!なにそれ!!」
「新婚の修羅場!?ドラマ!?」
「痛い痛い、莉子ちゃん」
遼は笑いながらも、そっと莉子の手を止めて頭を撫でた。
「ほら、帰ろ。巻き込まれる前に」
「えー、もっと見たい……」
「だめです」
遼は優しい声で言いながらも、完全に抱き寄せて離さない。
「夫婦の領域って見えないようであるからね~」
悠真は空気を読まずに言った。
「え?椿、嫉妬してんの?みっともな――」
椿が静かに睨んだ。
悠真はすっと目を逸らした。
「……帰ります」
「僕、今すぐ帰ります!ごちそうさまでした!!」
早い。判断が早い。
「じゃぁ、俺達は帰るとしますか!」
遼が爽やかに立ち上がり、莉子も渋々ついていく。
「美羽!まったね〜!」
莉子が振り返って手を振った。
「え、まって!?もう帰るの!?」
美羽が慌てる。
「ちょっとー!?まだデザートも――!」
しかしその声を置き去りに、玄関のドアがぱたぱたと閉まっていく。
最後に秋人が靴を履きながら、振り返った。
そして爽やかなウインク。
「美羽ちゃん、椿と仲良くね?」
「秋人くーーーーん!!」
(あなたがそれ言いますぅ!??)
美羽の叫びが、廊下に吸い込まれていった。
そして――
静かになったリビング。
取り残されたのは、美羽と椿だけ。
テーブルの上には、食べかけのカレーと、
片づけ途中の皿と、
そして――消えない“さっきの空気”。
椿はため息をついて頭の後ろをがしがし掻き、無言でベランダへ出た。
夜風がカーテンを揺らす。
冬の名残が少しだけ残った冷たい風。
遠くで車の音がして、空には星がぽつぽつと灯っている。
美羽は恐る恐る、椿の背中に声をかけた。
「……椿くん?」
椿は振り返らず、ため息を落とした。
「……妬いたら、悪ぃかよ」
その一言が、子どもみたいで。
不器用で。
でも、痛いほど真っ直ぐで。
美羽の胸が、きゅっと鳴った。
「ごめんね」
美羽はゆっくり近づく。
「ほんとに、秋人くんとは何もないから」
椿は星空を見上げたまま、静かに言う。
「わかってる」
「お前を信じてるから」
その言葉に、美羽の喉の奥が熱くなる。
(……私、何をドキドキしてたの)
(秋人くんに、ちょっとだけ……なんて)
(だめだ、ほんとにしばきたい……私!!)
美羽が自己反省に沈んでいると、椿がちらりと横目で見た。
「……なんだ、考え事か?」
「えらく余裕そうだな?」
「え!?」
美羽が顔を上げた瞬間――
椿が、にやりと笑った。
「……っ」
次の瞬間、ふわっと視界が浮く。
「え、椿くん?」
椿は美羽を、いとも簡単にお姫様抱っこしていた。
「な、なに!?何々何々!?」
椿は余裕の声で言う。
「もう俺しか見れねぇようにしてやる」
「……まぁ、夜は長ぇしな~?」
「ええええ!?待って待って待って!!」
顔を真っ青にした美羽は腕の中でじたばたする。
「その言い方!!怖い怖い!!怖いんだけど!!」
椿は笑って、寝室の方へ歩き出す。
「ほら、暴れんな」
「落ちるぞ」
「ちょっとまって!!椿くん!!落ちていて?!」
「ていうか、私まだお皿片づけ――」
「明日でいい」
「えええー!!」
美羽の叫び声が家に響いた。
「まってぇぇぇぇ!?!?!?」
椿はチラリと美羽を見て、ただ低い声で言った。
「……美羽、ドロドロに愛してやる」
「……~~っ!!」
そしてドアが閉まる直前。
窓の外で――星がひとつ、すうっと流れた。
まるで「お幸せに」とでも言うみたいに。
夜は静かで、長くて、でもきっと、あっという間に過ぎていく。
黒薔薇メンバーがいなくなったリビングには、
カレーの香りと、笑い声の余韻だけが残っていた。
秋人が、すっと箸を置いて、さらっと言った。
「まぁ、そんな椿の奥さんとのドライブデートは楽しかったけどね?ねぇ……美羽ちゃん?」
にやり。
ほんの少しだけ、悪戯っぽい笑み。
それだけで空気が凍るのだから、秋人という男は罪深い。
「……は?」
椿が固まった。
「……今、なんつった?」
「えっ、ちょ、秋人くんんん!!?」
美羽は慌てて両手をぶんぶん振る。
「言い方!!言い方ぁあ!!買い出し行ってただけ!!ただの買い出しだから!!」
「何だそれ、聞いてねぇぞ美羽」
椿の声が低くなる。
背筋に冷たいものが走る。
「ひぇぇ……」
美羽は椿から一歩下がった。
「ごめんなさい!!だって、秋人くんが手伝うって言ってくれたから……!」
秋人は涼しい顔で微笑んでいる。
「だって事実だし?」
「運転したしー」
「助手席に美羽ちゃん乗せたし~」
「全部言わないでぇぇ!!」
美羽が叫ぶ。
椿はゆっくり立ち上がり、じろりと美羽を見る。
「美羽。後で、覚えてろよ?」
「こわいこわいこわい!!」
莉子は興奮して、遼の腕をばしばし叩く。
「きゃーー!!なにそれ!!」
「新婚の修羅場!?ドラマ!?」
「痛い痛い、莉子ちゃん」
遼は笑いながらも、そっと莉子の手を止めて頭を撫でた。
「ほら、帰ろ。巻き込まれる前に」
「えー、もっと見たい……」
「だめです」
遼は優しい声で言いながらも、完全に抱き寄せて離さない。
「夫婦の領域って見えないようであるからね~」
悠真は空気を読まずに言った。
「え?椿、嫉妬してんの?みっともな――」
椿が静かに睨んだ。
悠真はすっと目を逸らした。
「……帰ります」
「僕、今すぐ帰ります!ごちそうさまでした!!」
早い。判断が早い。
「じゃぁ、俺達は帰るとしますか!」
遼が爽やかに立ち上がり、莉子も渋々ついていく。
「美羽!まったね〜!」
莉子が振り返って手を振った。
「え、まって!?もう帰るの!?」
美羽が慌てる。
「ちょっとー!?まだデザートも――!」
しかしその声を置き去りに、玄関のドアがぱたぱたと閉まっていく。
最後に秋人が靴を履きながら、振り返った。
そして爽やかなウインク。
「美羽ちゃん、椿と仲良くね?」
「秋人くーーーーん!!」
(あなたがそれ言いますぅ!??)
美羽の叫びが、廊下に吸い込まれていった。
そして――
静かになったリビング。
取り残されたのは、美羽と椿だけ。
テーブルの上には、食べかけのカレーと、
片づけ途中の皿と、
そして――消えない“さっきの空気”。
椿はため息をついて頭の後ろをがしがし掻き、無言でベランダへ出た。
夜風がカーテンを揺らす。
冬の名残が少しだけ残った冷たい風。
遠くで車の音がして、空には星がぽつぽつと灯っている。
美羽は恐る恐る、椿の背中に声をかけた。
「……椿くん?」
椿は振り返らず、ため息を落とした。
「……妬いたら、悪ぃかよ」
その一言が、子どもみたいで。
不器用で。
でも、痛いほど真っ直ぐで。
美羽の胸が、きゅっと鳴った。
「ごめんね」
美羽はゆっくり近づく。
「ほんとに、秋人くんとは何もないから」
椿は星空を見上げたまま、静かに言う。
「わかってる」
「お前を信じてるから」
その言葉に、美羽の喉の奥が熱くなる。
(……私、何をドキドキしてたの)
(秋人くんに、ちょっとだけ……なんて)
(だめだ、ほんとにしばきたい……私!!)
美羽が自己反省に沈んでいると、椿がちらりと横目で見た。
「……なんだ、考え事か?」
「えらく余裕そうだな?」
「え!?」
美羽が顔を上げた瞬間――
椿が、にやりと笑った。
「……っ」
次の瞬間、ふわっと視界が浮く。
「え、椿くん?」
椿は美羽を、いとも簡単にお姫様抱っこしていた。
「な、なに!?何々何々!?」
椿は余裕の声で言う。
「もう俺しか見れねぇようにしてやる」
「……まぁ、夜は長ぇしな~?」
「ええええ!?待って待って待って!!」
顔を真っ青にした美羽は腕の中でじたばたする。
「その言い方!!怖い怖い!!怖いんだけど!!」
椿は笑って、寝室の方へ歩き出す。
「ほら、暴れんな」
「落ちるぞ」
「ちょっとまって!!椿くん!!落ちていて?!」
「ていうか、私まだお皿片づけ――」
「明日でいい」
「えええー!!」
美羽の叫び声が家に響いた。
「まってぇぇぇぇ!?!?!?」
椿はチラリと美羽を見て、ただ低い声で言った。
「……美羽、ドロドロに愛してやる」
「……~~っ!!」
そしてドアが閉まる直前。
窓の外で――星がひとつ、すうっと流れた。
まるで「お幸せに」とでも言うみたいに。
夜は静かで、長くて、でもきっと、あっという間に過ぎていく。
黒薔薇メンバーがいなくなったリビングには、
カレーの香りと、笑い声の余韻だけが残っていた。



