地味な僕の隣の席は、心の声がダダ漏れな学園の歌姫でした

僕の人生の目標は「透明人間」として平穏に生きることだ。  


佐藤駆、十六歳。趣味は読書と、存在感を消すこと。  


クラスの集合写真ではだいたい誰かの影に隠れ、出欠確認では先生に飛ばされ、自動ドアには無視される。


そんな僕にとって、高校生活は「いかに目立たず、波風を立てずに卒業するか」というクエストに過ぎなかった。


そう、あの日。隣の席に「彼女」が座るまでは。


白鳥結衣。  


この学園の誰もが知る「高嶺の花」だ。


さらさらの黒髪、人形のような整った顔立ち。学年トップの成績を誇り、吹奏楽部ではソロを任される「歌姫」。  


彼女は窓際、僕のすぐ隣の席で、いつも涼しげな顔をして外を眺めている。

(……あ、やばい。隣の佐藤くん、今日も絶妙な地味さ。……最高。あの後頭部のハネた髪、一生愛でていたい。なにあれ小動物? 保護したい。今すぐ養いたい)

……まただ。  


僕が教科書を開こうとした瞬間、空耳のような、けれどはっきりとした「声」が頭の中に響いた。


いや、頭の中というか、彼女の唇がわずかに動いて、吐息のような小声が漏れているのだ。

「あの、白鳥さん……?」


「……なにかしら、佐藤くん」

彼女はゆっくりと僕を振り向いた。


その表情は、氷のように冷たく、けれど凛として美しい。


クラスの男子が見たら、それだけで心臓を射抜かれるようなクール・ビューティー。

(しゃ、喋ったぁあああ! 声のトーンが低音域で最高。バイノーラル録音したい。今の『あの』だけで白米三杯いけるわ。結婚して。お願いだから式場予約させて!)

……声と顔が、一致してなさすぎる。  


白鳥さんは真顔のまま、シュッとした指先で僕のノートを指した。

「そこ、公式が間違っているわよ。……教えてあげましょうか?」

「あ、本当だ。ありがとう」

「いいえ。気にしないで(……ひぃい、お礼言われた! 今の笑顔、一瞬だけど国宝指定されるべき! 尊すぎて視界がホワイトアウトしそう。あぁ、このまま佐藤くんの成分を摂取して光合成したい)」

彼女は再び窓の外を向いたが、漏れ聞こえる「心の声」はさらに熱を帯びていく。  


どうやら彼女は、自分の本音が口から漏れていることに全く気づいていないらしい。


しかも、その全方位への「好き」が、なぜか透明人間であるはずの僕に向けられている。


僕は確信した。


このままでは、僕の平穏な「透明人間ライフ」が崩壊する。  


昼休み。僕は誰もいなくなった旧校舎の渡り廊下で、彼女を待ち伏せした。

「白鳥さん、ちょっといいかな」

「……佐藤くん。私に何か用?(やだ、二人きり!? これってもしかして告白のターン? 婚姻届ならいつでも書けるように懐に忍ばせてあるわよ!)」

忍ばせているのかよ。  


僕は意を決して、彼女の美しい瞳をまっすぐ見つめた。

「白鳥さん。……君の声、全部漏れてるよ」

「え……?」

彼女が初めて、その鉄面皮を崩した。  


ぱちくりと目を瞬かせ、頬がじわじわと林檎のように赤く染まっていく。

「な、何のことかしら……。私、何も言って――」


「『佐藤くんの睫毛に住みたい』とか、『今すぐ養いたい』とか。……全部、聞こえてる」

数秒の間。  


静まり返った廊下で、白鳥さんはガタガタと震え出した。


そして、今までに見たこともないような「真っ赤な顔」で僕に詰め寄ってきた。

「……全部? 私の……全部、聞こえてたの?」

「うん、全部」

彼女は僕を壁際に追い詰めると、逃がさないように両腕を突いた。


いわゆる「逆壁ドン」というやつだ。至近距離。彼女の甘い香りが鼻をくすぐる。

「……バレたなら、仕方ないわ。覚悟して、佐藤くん」


「えっ、何を……」

彼女は僕の耳元に顔を寄せた。  


冷たいはずの彼女の唇から、熱い吐息が漏れる。

「私はあなたのことが、たぶん、世の中の全員が引くぐらい好きなの。今日から私の『心の声』の聞き役は、あなたに決定。……一生、逃がしてあげないから」

(――っしゃあ! 開き直ったもん勝ち! 今日から佐藤くんへの愛を全力全開フルスロットルで叫んでやるわ! 覚悟しなさいよ、私の推し!)

彼女の「本音」が爆音で頭に響く。  


僕の静かだった日常が、彼女のうるさすぎる愛の告白によって、派手な音を立てて崩れ始めた。


――こうして、僕と「心の声」がダダ漏れな歌姫の、おかしな放課後が幕を開けたんだ。