色褪せて、着色して。~黒薔薇編~

 老人の名前はトムと言った。
「トム様ですわね」
 とさっそく人たらし全開でバニラが言うと。
「とんでもない! 私のことはトム爺とでも呼んでください」
 随分と腰の低い人だなと思ったのが第一印象。
 ハガネが乱暴をしたことに対して謝罪した後。
 怪我はないかと尋ねた。
「ああ、大丈夫です。これくらい」
 とトムじいは言ったけど。
「まあ、ボタンが取れかかってますわ!」
 と目ざとくバニラが気づいて。
 ボタンを取り付ける間、スズメの服を貸して着てもらうことになった。
 バニラは高速でお茶の用意をする。
「なんだか…申し訳ありませんなあ」
「いえいえ。こちらこそ、護衛が失礼なことをしまして。どうぞ、召し上がりください」
 私が紅茶に手をつけると。
 トムじいは、ゆっくりとティーカップを手に持った。
 丸眼鏡に立派な顎髭。
 どう見ても、サンタクロースのようだ。
「トムじいは、スペンサー侯爵家専属の調律師なのですか?」
「いいえ。私は隠居の身でして。もう調律師は5年ほど前に引退したのですが。今回、スペンサー侯爵様から是非にと期間限定でお声がかかりまして」
「…そうですか」
 侯爵家のことだから、専属の調律師はいるはずだ。
 だけど、あえて引退した人間を私の元によこすというのは、何を意味するのか…
 悪い想像をしたくはないけど、やっぱり嫌な気持ちに染まっていく。
「しかし。私が調律しなくても、エアー様自身が調律なさっているとは知りませんで」
「いえいえ。私は独学で調律を勉強しただけですので。トムじいに色々と教わりたいです」
 ちらっとトムじいが私を見る。
 ずーと脅えた目で見ているのは、やっぱりこのフェイスベールのせいなのか。
「あの、ごめんなさい。私、事情があって素顔を見せられなくて」
 初めに言うべきだったのに。
 フェイスベールに慣れてしまったせいか、説明が足りなかった。

「おい、じいちゃん。あるじはな、顔が不細工だから突っ込んじゃいけねえんだからな」
「不細工じゃないわ!!!」
 大声を出すと。トムじいがフフフと笑った。