私と彼だけの通話

「苺谷(いちごだに)さん、お願い。野球部に戻ってきてくれ」




「ごめん、野球よりもやりたいことができたから」






 このやりとりを教室で聞くようになって、何回目だろうか?




 少なくとも3回以上私は聞いているので、うんざりしてしまう。そこでいつものようにスルーして、帰宅する。






 帰宅してからすぐにトークアプリを開く。そしてアプリをログインしたままにしつつ、作業を行う。




「こんにちは。もう動画完成した?」




 その声が聞こえるとともに、作業をやめる。






「終わった、終わった。あとで送るね、データを。ところで今日も勧誘すごかったね、びっくりした」



 私は答えつつ、用意していたデータを送る。




「あっありがとう。今のぼくにとって甲子園出場よりも歌い手活動が大事だからいいんだよ」






 あっさりとした答えが返ってきた。



 苺谷さんは中学の時に全国大会優勝のチームでピッチャーをしていたほど、野球が上手だ。



 でも高校では野球にはいっていない。






 高校受験の時からMIX師としての活動を始め、高校入学と同時に歌い手活動もスタートした。



 しかも高校1年生の6月に歌い手グループに所属もしているのだから、これはもう歌い手として活動していくのが苺谷さんにとって当たり前なんだ。







「そりゃそうだよね」



 私は落ち着いて答えつつ、少しほっとする。



「あっデータありがとう。これでアップするね」



「どういたしまして」






 私の返事とともに、通話を切る苺谷さん。どうやら動画をアップする準備に入ったらしい。



 私はイラストを描いて、動画の編集もしている。それで今は苺谷さんの歌ってみた動画の作成に関わっている。



 だから私は苺谷さんに歌い手活動を辞めてほしくない。なぜならこれからも苺谷さんの歌い手活動に関わっていきたいから。







「でもこれがただしいのかな?」



 私と苺谷さんが通っている高校は、甲子園常連校だ。でも甲子園で、優勝したことはない。




 だから苺谷さんが野球部に入るのは、学校にとっていいことだ。私にとって嫌なことなんだけど。