時を縫う英雄譚


横になったまま、針をいじっていると、


「クロノス」

と声をかけられた。
振り向くと、研究班の職員が立っている。


「医務室へ」


透は動かなかった。
いつもなら芽吹…ヴァインが声をかけるはずだ。


「ヴァインは?」


沈黙。
その沈黙が答えだった。

透の胸の奥で何かが落ちた。


医務室。
ドアを閉めて、そのまま寄りかかる。

時計の音だけが響く。


カチ
カチ
カチ

空回りせず、一定のリズムでなっている。

透は針を握る。

強く。
血が滲むほど。


「俺のせいだ」


誰に言うでもなく呟く。


「灯を助けようとして」


笑う。
乾いた笑いだった。


「世界壊して」

「兄貴死なせて」


拳が震える。


「芽吹まで消えた」


壁を殴る。
鈍い音。
拳から血が落ちる。

それでも止まらない。


「なんで俺なんだよ」


声が震える。


「なんで俺がクロノスなんだよ」


針が床に落ちた。

転がる。
チリン。
その音がやけに大きく響いた。

透はそれを拾う。
フォールの針。
静かに呟く。


「……やめりゃよかった」


灯を救うことも
時間を縫うことも
全部。


「俺がいなければ」


そのとき、針が微かに光った。

透の瞳が揺れる。
赤い糸の残光。
ほんの一瞬だった。

フォールの声が聞こえた気がした。


『バカだなぁ』


透は息を止める。


『勝手に終わらせんな』


幻かもしれない。
ただの残響かもしれない。

それでも、透は針を握り直した。

さっきよりも、強く。


「……終わらせねぇよ」


立ち上がる。
目の奥に初めて炎が宿った。
自分が起こした火の種だ。

妹をたすける。
そのためにここまで生きてきたんだ。


「絶対、二人とも取り戻して、灯も救う」


そのときだった。
端末が赤く光る。


《ECHO反応確認 湾岸第七区》


透はゆっくり振り向く。
港の向こうで、黒い雲が渦を巻いていた。

その場所で、彼は新しい仲間と出会う。


湾岸第七区――
かつてECHO中枢の実験拠点があった場所で。