時を縫う英雄譚

午前九時。曇天。

教室の窓際。
芽吹は、一ノ瀬透を見つめていた。

机に突っ伏して眠る姿。
だが――違和感がある。

疲労ではない。
中身が削れたような静けさ。


「……一ノ瀬、起きて。先生来るよ」


肩を叩く。
触れたところは、人間らしい温度があった。


「……ん……あれ、イインチョー?」

「はいはい、イインチョーですよー。
 ていうか、その反応、失礼じゃない?」

「いや……“灯”が起こしてくれた気がして」


芽吹の心臓が、一拍止まる。


「……今、なんて?」

「いや、なんでもない」


笑って誤魔化す透。
その目は、曇った鏡みたいだった。



放課後。校舎裏。
フォールが芽吹を待っていた。


「や。朝倉さん。透、最近おかしいだろ」

「……やっぱり。そうなんだ」

「脳波に“時間逆流パターン”。
 記憶が、少しずつ巻き戻ってる」

「治るの?」

「理論上はね。
 “今の透”を強く引き留める感情があれば」


フォールは、淡々と言った。


「で、でも…失敗したら?」

「……俺が切る」


芽吹は息を呑む。


「それが、兄としての愛情だ」


感情じゃない。
選択としての愛だった。