なつかしい桜の中で、君を感じた


 あの日、家に帰った私は、抑えきれない思いを朱里に電話で吐き出した。
 自分から「別れよう」と言ったくせに、引き止められなかったことが、どうしようもなく苦しかった。

 今になって、自分の言葉を何度も思い返してしまう。
 後悔ばかりが、胸の中を巡っていた。

 けれど――。
 好きだと言ってくれなかった。
 それが、あの夜のすべてだった。

 朱里は、私が一方的に話すのを遮らず、ただ何度も頷きながら聞いてくれた。
 相槌も、慰めの言葉も少ない。
 それが、かえって救いだった。

 気を許せる相手だからなのか、私は久しぶりに、声を上げて泣いた。

 ――あぁ、私。

 ――春樹のこと、こんなにも好きだったんだ。

 今更、気づくなんて。
 そんな自分が嫌になって、また涙が溢れた。

 そして、次の日。

 学校で見かけた春樹は、いつもと変わらない様子だった。
 友達と話し、笑って、普段通りの時間を過ごしている。

 ただひとつ違ったのは――
 私と、目が合わなかったこと。

 廊下ですれ違っても、教室にいても。
 まるで、最初からそこにいなかったみたいに。

 胸が、ちくりと痛んだ。

「……目、腫れてるねー」

 不意にかけられた声に、私ははっと顔を上げた。

「やっぱり?」

 その一言で、全部ばれた気がして肩の力が抜けた。

「……うん」

 朱里は大げさにため息をついて、私の机に肘をつく。

「昨日、電話切ったあとも泣いてたでしょ」

「……切ったあとまで監視しないでよ」

「声でわかるって」

 朱里はそう言って、小さく肩をすくめた。

「で? 春樹は?」

「……いつも通り」

 そう答えながら、私は無意識に教室の奥を見てしまう。

「避けられてる?」

「……たぶん」

 朱里は少しだけ黙ってから、私の方を見た。

「でも、それってさ」

 言いかけて、やめる。

「……やめとく。今は聞きたくないよね」

「うん」

 本当は聞きたかった。
 でも、聞いてしまったら、また泣いてしまいそうだった。

 チャイムが鳴り、教室がざわつく。

 私は席に着きながら、前を向いた。

 背中の向こうに、春樹の気配を感じる。

 授業中、何度も視線がそっちにいきそうになるのを必死でこらえた。

 ――話しかけない。

 昨日、自分で決めたことだ。

 当てられて立ち上がる春樹の声が、やけに近く感じる。

 変わらない声。
 変わらない仕草。

 それなのに、私と春樹の間だけが、昨日で止まってしまったみたいだった。

 春樹が席に戻るとき、一瞬だけ、目が合った。

 すぐに逸らされて、胸の奥が嫌な音をたてる。

 ――やっぱり、終わったんだ。

 自分から離れることを選んだくせに、私はまだ、春樹の言葉を待っている。

 そんな自分が、情けなくて。

 帰りのチャイムが鳴ったとき、小さな諦めが落ちていくのを感じた。