「魔法乙女でありんすって? ……そうか。そういうことかい、杏子」
あたしたちの変身を呆然と眺めていたクウミさんは、すぐ気を取り直し、扇子を広げつつ大見得を切った。
敵ながら、カッコいい!
「あ、ちょいとあんたたち、やっちまいなんし!」
「あいあいさーー! 野狐の皆さん、お願いしまぁぁぁぁあす!」
モコ太の召喚に応じ、野狐たちが崖の上にズラっと並んだ。
野狐はちょっと大柄なキツネの妖怪で、その尾は二本。
下っぱとはいえ妖怪だけあって、ちょっとした木ならへし折れるほどの攻撃力を持っている。
あたしは迎え撃つべく、柏手を打った。
「法具顕現、水鉄砲!」
右手首につけたブレスレットが光を放ちつつ高速回転すると、右手にオモチャの水鉄砲が現れた。
押し寄せてくる野狐に狙いを定めて撃つと、これが見事に当たって、一匹また一匹とその場に倒れ……グダる。
見たこともない武器を使うあたしに、野狐軍に動揺が広がる。
「ただの水鉄砲じゃないの!?」
「ただの水鉄砲だよ? ただし、濡れると半端なく脱力感が襲う」
「考えたわね。ならわたしも!」
そう言ってルナも水鉄砲を出した。二丁。
「ちょっとルナ、ズルい!」
「ふっふっふ。わたしの二丁拳銃を受けてみろ!」
ルナが、まるで人が変わったように、生き生きと水鉄砲を撃ちまくっている。怖っ!
あたしのとルナのと、都合三丁で狙われた野狐は一匹また一匹とその場に倒れていく。
ところが、いつの間にか後ろに回ったものがいたらしい。
「ルナ、後ろ!」
「え!?」
死角から飛びかかってきた野狐たちがルナに爪を立てようとしたそのとき――。
バシュゥゥゥゥゥウウウ!!
沼のほうからいきなり放たれた水流によって野狐たちがことごとく吹っ飛ばされた。
もう完全に放水レベル。あたしたちの水鉄砲とは威力が段違いだ。
『ほっほ。余計なお世話だったかな? 可愛らしいお嬢さんたち』
声の主を探して沼を見ると、なんと水面を悠々と巨大な龍が泳いでいた。
蒼く光るウロコ。神々しいそのお姿。
それは青龍だった。
水面近くを、蒼いウロコに覆われた巨大な龍が、行ったり来たりしている。
あまりのことにしばらく見入ってしまっていたが、やがてルナがポツリと言った。
「ね、水がきれいになってない? 浄化されているっていうか……」
「ホントだ。なんかすでに、沼っていうより湖のような……」
そう。
いつのまにやら水面は澄み渡り、青い空や白い雲が写っていた。
それはもはや、沼ではなく湖だった。
「ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ。むふぅぅぅぅぅぅぅうう」
湖水がきれいになって満足したのか、龍は特大の鼻息を吹くと、やがて湖に潜り、姿が見えなくなった。
「これで、東を守護する青龍が復活したってことでいいのよね?」
「どう見ても青龍だしねぇ……」
ほこらを見てみると、アンコちゃんに持たされたお札は真っ白になっていた。
「ルナ、札が真っ白だ。字が消えちゃってる。どうなっているんだろ」
「おそらくだけど、術が正常に発動してお札が役目を終えたってことなんでしょう。とりあえず回収しておきましょ」
「だね」
ルナがお札をほこらからはがすのを見ていてふと我に返ったあたしは、キョロキョロと辺りを見回した。
さっきまでいたあの子たちがいない。気配もない。少なくとも見える位置にはいない。
「あの子たち、帰っちゃったのかな」
「すっかり忘れていたわ。ちょっと、上まで様子を見に行ってみようか」
あたしたちは水鉄砲を消すと、充分に警戒しつつ坂を上ってみた。
すると、崖上では驚きの光景が展開されていた。
「はい、本日のお手当です。また何かありましたらお願いします!」
「お疲れさまでしたぁ!」
そこにいたのは子猫サイズの白ネズミの兄妹と、野狐たちだった。
どちらも器用に二足歩行している。
先に帰ったのか、妖狐クウミの姿はない。
野狐たちは水をしこたま浴びて毛がモワモワになっただけだが、子どもの姿だった鉄鼠の兄妹は、完全にネズミの姿になっている。
おそらく青龍さまの放水に清浄な力が込められていて、そのせいで人化の術が解けてしまったのだろう。
真っ白でふわっふわの毛並みをした子ネズミが二匹、キツネたちの間をチョロチョロと走り回っている。
「なにあれ、なにあれ。めっちゃ可愛いんですけど!」
「うーん、ネズミさんたちはクウミの直の手下っぽかったけど、野狐たちはバイトだってことなのかしら」
見ていると、妹が唐草模様の風呂敷から何かを取り出して兄に渡し、兄がひと言ふた言しゃべりながらそれを野狐に渡している。
受け取った野狐たちが、三々五々帰っていく。
「あ!」
野狐たちが一匹残らず去って、風呂敷を畳んでいた鉄鼠の妹があたしたちに気づいて声をあげた。
おびえる妹をかばうように、兄が妹の前に立つ。
キュンキュンくるくらい可愛い二人にがまんできなくなったあたしは、ツカツカっと近寄ると、問答無用で二匹を拾い上げた。
妖怪だけあって普通のネズミよりちょっと大きいが、それでも重さなんてたかがしれている。
それよりも、もこもこでふわっふわの毛の感触に、あたしは思わず二匹をギュっと抱きしめた。
「可愛い!」
「わわわわわ! 兄さま、兄さま! どうしよどうしよ、アヤ、可愛がられちゃってるよぉぉ!」
「や、やめろぉ! お前たち、敵だろうが! おいらたちを撫でるな! 頬をすりすりするな! 顔をうずめて吸うんじゃなぁぁぁい!」
ひとしきり可愛がった後、あたしたちは地面に座った。
妹はあたしの膝の上。兄はルナの膝の上だ。
いい感じに日向ぼっこをしているのだが、可愛がりすぎてしまったからか、兄妹は二匹そろって顔に疲労の色を浮かべている。
「お館さまは孤独な方なんだよ。九尾ってのは大妖怪だからさ。妖力がデカいわ、半端なく長寿だわで、知り合いなんて一人もいなくなっちゃってさ。昔を知ってる人なんて、今じゃ最果ての魔女くらいじゃないのかな」
「そっか。アンコちゃんとクウミさんは知り合いだったか」
「敵として、だけどな。ただ、しょうがないんだよ、これは」
「と言うと?」
「妖狐は九尾にまで進化しちまうと、望む望まざるとに関わらず、勝手に周囲から生命力を吸い取っちまうんだ。そういう生き物なんだよ。人間に空気吸うなって言ったって無理だろ? それと同じさ」
「そっか。生きるためには何らかのかたちで栄養補給しなきゃならない。とはいえ犠牲者を出すのを容認できるかというと……うーん」
ふと気づくと、あたしの膝の上で撫でられるがままになっていた妹が寝息を立てていた。
ずっと撫で続けられたからか、顔がとろけてよだれを垂らしている。
それを見たあたしとルナ、モコ太は苦笑した。
ルナに背中を撫でられながらモコ太が続ける。
「遥か昔、戦国時代。行き場をなくしたおいらたちはお館さまに拾われたんだ。一宿一飯の恩義ってものがある。あんたたちと戦うのは本意じゃないけど、命令されたらやらなきゃならない。あまりこの島には近づくな。いっそのこと逃げちまったほうがいいかもしれないぜ? ほこらから遠ざかってしまえばお館さまの影響は無視できると思うし」
「あら? 心配してくれるの?」
ルナが真上から膝の上のモコ太を覗きこむと、なぜかモコ太が顔を真っ赤にする。
「おいらは争いがきらいなの! 仕方なくやっているけどさ。お前らがこっち側に来なけりゃ争わずに済むんだよ! さぁ、帰れ帰れ!」
人間形態になったモコ太はグッスリ寝入っているアヤを背負うと、あたしたちに向かってペコっと頭を下げた。
「まぁなんだ。妹を傷つけないでいてくれてその……ありがとう。戦わずに済む道が見つかればいいけどな」
「そうね。わたしもできればそうしたいわ。またね、モコ太」
「おうよ」
「ばいばい、モコちゃん」
妹を背負って帰っていくモコ太を見送ったあたしたちは、やがて青龍のほこらから離れた。
◇◆◇◆◇
「はい、ご苦労さま。疲れたでしょう。二人とも今日はもう家に帰ってゆっくり休みなさい。明朝また同じ時間に」
「はーい。またね、アンコちゃん」
「おやすみなさい、アンコさん」
無事ミッションをこなして九尾の島から帰還したあたしたちは、夕焼けに染まる神社の階段を降りた。
考えることがいっぱい。
いつもは頭脳担当のルナにおまかせっきりだけど、あたしだって少しは考えなくっちゃね。
誰も傷つけずに八方丸くおさまるいい手はないのかな。
「またね、ルナ!」
「また明日、アサヒ!」
自転車に乗ったあたしは、こうして魔法乙女としての初日を終えたのでした。
あたしたちの変身を呆然と眺めていたクウミさんは、すぐ気を取り直し、扇子を広げつつ大見得を切った。
敵ながら、カッコいい!
「あ、ちょいとあんたたち、やっちまいなんし!」
「あいあいさーー! 野狐の皆さん、お願いしまぁぁぁぁあす!」
モコ太の召喚に応じ、野狐たちが崖の上にズラっと並んだ。
野狐はちょっと大柄なキツネの妖怪で、その尾は二本。
下っぱとはいえ妖怪だけあって、ちょっとした木ならへし折れるほどの攻撃力を持っている。
あたしは迎え撃つべく、柏手を打った。
「法具顕現、水鉄砲!」
右手首につけたブレスレットが光を放ちつつ高速回転すると、右手にオモチャの水鉄砲が現れた。
押し寄せてくる野狐に狙いを定めて撃つと、これが見事に当たって、一匹また一匹とその場に倒れ……グダる。
見たこともない武器を使うあたしに、野狐軍に動揺が広がる。
「ただの水鉄砲じゃないの!?」
「ただの水鉄砲だよ? ただし、濡れると半端なく脱力感が襲う」
「考えたわね。ならわたしも!」
そう言ってルナも水鉄砲を出した。二丁。
「ちょっとルナ、ズルい!」
「ふっふっふ。わたしの二丁拳銃を受けてみろ!」
ルナが、まるで人が変わったように、生き生きと水鉄砲を撃ちまくっている。怖っ!
あたしのとルナのと、都合三丁で狙われた野狐は一匹また一匹とその場に倒れていく。
ところが、いつの間にか後ろに回ったものがいたらしい。
「ルナ、後ろ!」
「え!?」
死角から飛びかかってきた野狐たちがルナに爪を立てようとしたそのとき――。
バシュゥゥゥゥゥウウウ!!
沼のほうからいきなり放たれた水流によって野狐たちがことごとく吹っ飛ばされた。
もう完全に放水レベル。あたしたちの水鉄砲とは威力が段違いだ。
『ほっほ。余計なお世話だったかな? 可愛らしいお嬢さんたち』
声の主を探して沼を見ると、なんと水面を悠々と巨大な龍が泳いでいた。
蒼く光るウロコ。神々しいそのお姿。
それは青龍だった。
水面近くを、蒼いウロコに覆われた巨大な龍が、行ったり来たりしている。
あまりのことにしばらく見入ってしまっていたが、やがてルナがポツリと言った。
「ね、水がきれいになってない? 浄化されているっていうか……」
「ホントだ。なんかすでに、沼っていうより湖のような……」
そう。
いつのまにやら水面は澄み渡り、青い空や白い雲が写っていた。
それはもはや、沼ではなく湖だった。
「ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ。むふぅぅぅぅぅぅぅうう」
湖水がきれいになって満足したのか、龍は特大の鼻息を吹くと、やがて湖に潜り、姿が見えなくなった。
「これで、東を守護する青龍が復活したってことでいいのよね?」
「どう見ても青龍だしねぇ……」
ほこらを見てみると、アンコちゃんに持たされたお札は真っ白になっていた。
「ルナ、札が真っ白だ。字が消えちゃってる。どうなっているんだろ」
「おそらくだけど、術が正常に発動してお札が役目を終えたってことなんでしょう。とりあえず回収しておきましょ」
「だね」
ルナがお札をほこらからはがすのを見ていてふと我に返ったあたしは、キョロキョロと辺りを見回した。
さっきまでいたあの子たちがいない。気配もない。少なくとも見える位置にはいない。
「あの子たち、帰っちゃったのかな」
「すっかり忘れていたわ。ちょっと、上まで様子を見に行ってみようか」
あたしたちは水鉄砲を消すと、充分に警戒しつつ坂を上ってみた。
すると、崖上では驚きの光景が展開されていた。
「はい、本日のお手当です。また何かありましたらお願いします!」
「お疲れさまでしたぁ!」
そこにいたのは子猫サイズの白ネズミの兄妹と、野狐たちだった。
どちらも器用に二足歩行している。
先に帰ったのか、妖狐クウミの姿はない。
野狐たちは水をしこたま浴びて毛がモワモワになっただけだが、子どもの姿だった鉄鼠の兄妹は、完全にネズミの姿になっている。
おそらく青龍さまの放水に清浄な力が込められていて、そのせいで人化の術が解けてしまったのだろう。
真っ白でふわっふわの毛並みをした子ネズミが二匹、キツネたちの間をチョロチョロと走り回っている。
「なにあれ、なにあれ。めっちゃ可愛いんですけど!」
「うーん、ネズミさんたちはクウミの直の手下っぽかったけど、野狐たちはバイトだってことなのかしら」
見ていると、妹が唐草模様の風呂敷から何かを取り出して兄に渡し、兄がひと言ふた言しゃべりながらそれを野狐に渡している。
受け取った野狐たちが、三々五々帰っていく。
「あ!」
野狐たちが一匹残らず去って、風呂敷を畳んでいた鉄鼠の妹があたしたちに気づいて声をあげた。
おびえる妹をかばうように、兄が妹の前に立つ。
キュンキュンくるくらい可愛い二人にがまんできなくなったあたしは、ツカツカっと近寄ると、問答無用で二匹を拾い上げた。
妖怪だけあって普通のネズミよりちょっと大きいが、それでも重さなんてたかがしれている。
それよりも、もこもこでふわっふわの毛の感触に、あたしは思わず二匹をギュっと抱きしめた。
「可愛い!」
「わわわわわ! 兄さま、兄さま! どうしよどうしよ、アヤ、可愛がられちゃってるよぉぉ!」
「や、やめろぉ! お前たち、敵だろうが! おいらたちを撫でるな! 頬をすりすりするな! 顔をうずめて吸うんじゃなぁぁぁい!」
ひとしきり可愛がった後、あたしたちは地面に座った。
妹はあたしの膝の上。兄はルナの膝の上だ。
いい感じに日向ぼっこをしているのだが、可愛がりすぎてしまったからか、兄妹は二匹そろって顔に疲労の色を浮かべている。
「お館さまは孤独な方なんだよ。九尾ってのは大妖怪だからさ。妖力がデカいわ、半端なく長寿だわで、知り合いなんて一人もいなくなっちゃってさ。昔を知ってる人なんて、今じゃ最果ての魔女くらいじゃないのかな」
「そっか。アンコちゃんとクウミさんは知り合いだったか」
「敵として、だけどな。ただ、しょうがないんだよ、これは」
「と言うと?」
「妖狐は九尾にまで進化しちまうと、望む望まざるとに関わらず、勝手に周囲から生命力を吸い取っちまうんだ。そういう生き物なんだよ。人間に空気吸うなって言ったって無理だろ? それと同じさ」
「そっか。生きるためには何らかのかたちで栄養補給しなきゃならない。とはいえ犠牲者を出すのを容認できるかというと……うーん」
ふと気づくと、あたしの膝の上で撫でられるがままになっていた妹が寝息を立てていた。
ずっと撫で続けられたからか、顔がとろけてよだれを垂らしている。
それを見たあたしとルナ、モコ太は苦笑した。
ルナに背中を撫でられながらモコ太が続ける。
「遥か昔、戦国時代。行き場をなくしたおいらたちはお館さまに拾われたんだ。一宿一飯の恩義ってものがある。あんたたちと戦うのは本意じゃないけど、命令されたらやらなきゃならない。あまりこの島には近づくな。いっそのこと逃げちまったほうがいいかもしれないぜ? ほこらから遠ざかってしまえばお館さまの影響は無視できると思うし」
「あら? 心配してくれるの?」
ルナが真上から膝の上のモコ太を覗きこむと、なぜかモコ太が顔を真っ赤にする。
「おいらは争いがきらいなの! 仕方なくやっているけどさ。お前らがこっち側に来なけりゃ争わずに済むんだよ! さぁ、帰れ帰れ!」
人間形態になったモコ太はグッスリ寝入っているアヤを背負うと、あたしたちに向かってペコっと頭を下げた。
「まぁなんだ。妹を傷つけないでいてくれてその……ありがとう。戦わずに済む道が見つかればいいけどな」
「そうね。わたしもできればそうしたいわ。またね、モコ太」
「おうよ」
「ばいばい、モコちゃん」
妹を背負って帰っていくモコ太を見送ったあたしたちは、やがて青龍のほこらから離れた。
◇◆◇◆◇
「はい、ご苦労さま。疲れたでしょう。二人とも今日はもう家に帰ってゆっくり休みなさい。明朝また同じ時間に」
「はーい。またね、アンコちゃん」
「おやすみなさい、アンコさん」
無事ミッションをこなして九尾の島から帰還したあたしたちは、夕焼けに染まる神社の階段を降りた。
考えることがいっぱい。
いつもは頭脳担当のルナにおまかせっきりだけど、あたしだって少しは考えなくっちゃね。
誰も傷つけずに八方丸くおさまるいい手はないのかな。
「またね、ルナ!」
「また明日、アサヒ!」
自転車に乗ったあたしは、こうして魔法乙女としての初日を終えたのでした。



