特に示し合わせたわけじゃない。
阿吽の呼吸ってやつ? まぁ長い付き合いだからさ。
あたしとルナは、手に持っていた懐中電灯を同時にクウミの顔に向けた。もちろん、灯りのレベルを最強にしてだ。
「ぎゃぁぁぁああああ!!」
あたしのもそうだけど、ルナの懐中電灯はあたしの想像以上に性能が良かったようで、とんでもなくまぶしい光がクウミの顔を染めた。
多分、車のハイビームを正面から浴びせられたレベルの光だ。
妖狐さんってば、五百年間誰にも会わずに閉じこもっていたんでしょ? この明るさは想像だにできない現象だったんじゃないかな。
「くぅ! 目が! 目が! 待ちなんし! 逃げても無駄でありんすよ!!」
クウミはくらんだ目を抑えつつその場でしゃがみこみながら、あたしたちに向かって叫んだ。
そんなこと言われて、はいそうですかと待つ人はいないって。
当然、あたしたちはきびすを返すと、全力で走って逃げた。
「ルナ! 方向、分かる!?」
「何となくしか分からないわ! でも、方向が合っていれば灯籠の灯りが見えてくるはず! とりあえず信じて全力で走るわよ!」
「りょ!」
月明かりと手持ちの懐中電灯だけを頼りにあたしたちは無我夢中で走った。
追いつかれたら妖狐のお腹の中にレッツゴーだ。
クウミはあんな動きづらそうな格好をしていたけれど、仮にも妖怪だ。運動神経はとんでもなくいいはず。
だいたい、一度見た懐中電灯攻撃がもう一度当たるとは思えないもん。
つまり、今のあたしたちには撃退手段がない。
ザザザザザザザザ……。
「逃がしんせんよ!」
クウミの声だ。
姿は見えないけれど、草をかき分け近寄ってくる音がする。近くまできている!
だが救いも一つ。
前方に二個、灯りが見える。目当てのほこらがそこにあるはず。
走りながらルナと会話する。
「アサヒ! ほら、前方に光!! あれ、石灯籠の火だわ!」
「ちょっと待って、ルナ。灯籠のところ、誰か人がいるよ!」
「巫女……さん? でもどう見ても味方っぽい!」
白衣に緋袴、足袋草履。典型的な巫女装束で、右手に金色の独鈷を持っている。
腰まで伸びるつややかな黒髪にオーバルフレームの眼鏡をかけた二十歳くらいの美人巫女さんが、わたしたちに向かって叫んだ。
「あなたたち! 私の後ろへ!!」
「「はい!!」」
あたしたちが巫女さんの後ろに走って回り込むと同時に、草を割って妖狐クウミが飛び出した。
服は先ほど同様花魁だが、顔が完全にキツネのそれへと変わっている。怖っ!!
巫女が叫んだ。
「急急如律令! 雷よ、かの者を撃て! 雷霆!!」
ドドドォォォォン!!
「ギャン!!」
まばゆい光を放ちつつ、空から落ちた雷がクウミを撃ち、吹っ飛ばした。
ゴロゴロと地面を転がったクウミは、憎々し気な表情をしながら立ち上がった。
それなりにダメージがあったのか、花魁衣装のあちこちから、ブスブスと小さな煙があがっている。
「最果ての魔女め、邪魔をするつもりか!」
「私はそのためこそ、ここにいるのです! 妖狐よ、お前はかつて、命を吸い取る怪異として村をいくつも滅ぼしかけた! あの惨劇を二度と繰り返させません!!」
「おのれおのれおのれ! 燃え尽きなんし! きつね火!! 百花繚乱!!」
クウミが右手を高くかかげると、その身体から燃え盛る火の玉がいくつも飛び出した。
多い多い多い多い!
数えきれないほどの火の玉が空を舞う。
「「すっご……」」
あたしとルナは、CGもドローンも使っていない不思議現象を目の当たりにして口をあんぐりと開けた。
いや、だって意味分かんないもん。
クウミが右手を振り下ろすと、空を舞っていた火の玉が一斉に、巫女さんに向かって飛んできた。
巫女さんが指を複雑に動かして印を作りながら呪言を唱える。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
詠唱が終わると同時に、巫女さんの前にぼんやりと光る盾が現れた。
間髪入れず、クウミの火の玉が盾に当たる。
ドドドドッドドドドドドドド!!!!!!!!
光の盾が、クウミの放った火の玉をことごとく弾く。
「きぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!!」
凄まじい怒りの表情をたたえながら絶叫した次の瞬間、クウミの身体が一気にふくらんだ。
巨大化だ。
一軒家レベルの大きさになったクウミは、はるか高みからあたしたちを見下ろした。
「青龍・白虎・朱雀・玄武! 汝らが守護を持ちて、かの地への道を開け! 転移の門!!」
巫女さんが右手で光の盾を維持しつつ、左手をあたしたち――の横にあるほこらに向けた。
ほこらの前の空間に光で描かれた五芒星が浮かぶと、そこから向こうの世界が覗き見えた。
帰り道が開いたのだ。
「さぁ、行きなさい!! 早く!!」
「「は、はい!!」」
巫女さんの邪魔をしちゃいけないと思ったあたしたちは、慌てて門を潜った。
出てみると、風に、向こうで感じた生暖かさがない。
お祭りの喧騒が遠くからかすかに聞こえてくる。
「「戻れた!?」」
ホっと胸を撫でおろした次の瞬間――。
ドドドォォォォォォォォォンンン!!
「きゃぁぁああああああああああ!!」
まだ開いていたポータルの向こうから巫女さんが吹っ飛んできて、地面をゴロゴロと転がった。
見ると、クウミが目を吊り上げ、ポータルめがけて駆けてくる。
「なにかないか、なにかないか……。これだぁ!!」
プシューーーーーーーー!!
ポータルギリギリまで駆け寄ったあたしはポケットの中から小さなスプレーを取り出すと、今まさにこっち側に顔を突っ込もうとしているクウミの鼻先めがけて思いっきり噴射した。
ほら、相手、動物じゃん? 人間より何倍も優れた嗅覚を直撃だもん、そりゃ効くよね。
「ぎゃぁぁぁぁあああああああああ!! おのれ小娘ぇぇぇぇええええ!!!!」
一転、クウミがポータルの向こうで地面に転がってのたうち回っている。
クウミの異変に驚きつつ、ルナが寄ってくる。
「アサヒ、あんた何したの?」
「へっへ。蚊取りスプレー、鼻先にかけたった。にゃはは!」
とそこで起き上がった巫女さんが、身体がひどく痛むのか、顔を歪めながらも指を複雑に組んだ。
「転移の門、閉鎖!! あ、くっ……」
「「巫女さん!!」」
ポータルが揺らぎ、フっと消えた。
クウミの気配もない。どうやら、あちらとの通路は完全に閉じたようだ。
立ち上がった巫女さんは、疲労困憊といった表情であたしたちを見た。
クウミの放った火の玉のせいか、巫女装束があちこち焦げている。
「あなたたち、無事だったようね。そこまで送るわ」
「ありがと、お姉さん。さっきのアレ、なんです?」
「妖狐って言ってましたよね。キツネですか?」
巫女さんは大きくため息をつくと、それ以上何も言わず、ほこら前の坂道を降り始めた。
これ以上、何も教えてくれないみたい。
仕方なくついていく。
あたしたちが合流した場所の更に先まで降りていくと、道の左わきに小さな平屋建ての一軒家があった。
家の横にはプロパンガスのボンベが二本。細いながらも電柱も立っている。
巫女さんはそこで立ち止まると、あたしたちの前でパンっと両手を叩いた。
途端にあたしの頭の中に薄っすらとモヤがかかる。
あたしとルナはうつろな目で互いを見た。
……フリよ、フリ。忘れるわけないじゃん、にはは。
「いい? 二人とも。このままこの坂を降りていけば参道に出られるわ。そして今起こった記憶が消える。忘れなさい。そして小学生らしく夏休みを楽しみなさい。おやすみ、お嬢さんたち」
「「はい」」
しゃがんで解けた靴ひもを結び直すルナを待って、あたしは坂を下りた。
言われたとおり坂を降り切ると、そこは参道だった。
振り返るとそこはなぜか雑木林になっていて、さっきまで降りてきたはずの坂がなくなっていた。
まさにキツネにつままれたみたい。
時計を見る。まだ十九時時半だ。
「ルナ、さっき何した?」
「あら目ざとい。靴ひもを結ぶフリをしながらね、携帯を置いてきたの」
「さっすが、ルナ! んじゃ、明日はあたしのGPSを使って巫女さんの家に押しかけるとして、今日のところはお祭りを楽しむとしようよ。お腹もすいたし、焼きそばとか食べない?」
「いいわね。それじゃ、屋台を探しにいきましょうか」
あたしたちは顔を見合わせて笑うと、祭の喧騒の中に帰っていったのでありました。
阿吽の呼吸ってやつ? まぁ長い付き合いだからさ。
あたしとルナは、手に持っていた懐中電灯を同時にクウミの顔に向けた。もちろん、灯りのレベルを最強にしてだ。
「ぎゃぁぁぁああああ!!」
あたしのもそうだけど、ルナの懐中電灯はあたしの想像以上に性能が良かったようで、とんでもなくまぶしい光がクウミの顔を染めた。
多分、車のハイビームを正面から浴びせられたレベルの光だ。
妖狐さんってば、五百年間誰にも会わずに閉じこもっていたんでしょ? この明るさは想像だにできない現象だったんじゃないかな。
「くぅ! 目が! 目が! 待ちなんし! 逃げても無駄でありんすよ!!」
クウミはくらんだ目を抑えつつその場でしゃがみこみながら、あたしたちに向かって叫んだ。
そんなこと言われて、はいそうですかと待つ人はいないって。
当然、あたしたちはきびすを返すと、全力で走って逃げた。
「ルナ! 方向、分かる!?」
「何となくしか分からないわ! でも、方向が合っていれば灯籠の灯りが見えてくるはず! とりあえず信じて全力で走るわよ!」
「りょ!」
月明かりと手持ちの懐中電灯だけを頼りにあたしたちは無我夢中で走った。
追いつかれたら妖狐のお腹の中にレッツゴーだ。
クウミはあんな動きづらそうな格好をしていたけれど、仮にも妖怪だ。運動神経はとんでもなくいいはず。
だいたい、一度見た懐中電灯攻撃がもう一度当たるとは思えないもん。
つまり、今のあたしたちには撃退手段がない。
ザザザザザザザザ……。
「逃がしんせんよ!」
クウミの声だ。
姿は見えないけれど、草をかき分け近寄ってくる音がする。近くまできている!
だが救いも一つ。
前方に二個、灯りが見える。目当てのほこらがそこにあるはず。
走りながらルナと会話する。
「アサヒ! ほら、前方に光!! あれ、石灯籠の火だわ!」
「ちょっと待って、ルナ。灯籠のところ、誰か人がいるよ!」
「巫女……さん? でもどう見ても味方っぽい!」
白衣に緋袴、足袋草履。典型的な巫女装束で、右手に金色の独鈷を持っている。
腰まで伸びるつややかな黒髪にオーバルフレームの眼鏡をかけた二十歳くらいの美人巫女さんが、わたしたちに向かって叫んだ。
「あなたたち! 私の後ろへ!!」
「「はい!!」」
あたしたちが巫女さんの後ろに走って回り込むと同時に、草を割って妖狐クウミが飛び出した。
服は先ほど同様花魁だが、顔が完全にキツネのそれへと変わっている。怖っ!!
巫女が叫んだ。
「急急如律令! 雷よ、かの者を撃て! 雷霆!!」
ドドドォォォォン!!
「ギャン!!」
まばゆい光を放ちつつ、空から落ちた雷がクウミを撃ち、吹っ飛ばした。
ゴロゴロと地面を転がったクウミは、憎々し気な表情をしながら立ち上がった。
それなりにダメージがあったのか、花魁衣装のあちこちから、ブスブスと小さな煙があがっている。
「最果ての魔女め、邪魔をするつもりか!」
「私はそのためこそ、ここにいるのです! 妖狐よ、お前はかつて、命を吸い取る怪異として村をいくつも滅ぼしかけた! あの惨劇を二度と繰り返させません!!」
「おのれおのれおのれ! 燃え尽きなんし! きつね火!! 百花繚乱!!」
クウミが右手を高くかかげると、その身体から燃え盛る火の玉がいくつも飛び出した。
多い多い多い多い!
数えきれないほどの火の玉が空を舞う。
「「すっご……」」
あたしとルナは、CGもドローンも使っていない不思議現象を目の当たりにして口をあんぐりと開けた。
いや、だって意味分かんないもん。
クウミが右手を振り下ろすと、空を舞っていた火の玉が一斉に、巫女さんに向かって飛んできた。
巫女さんが指を複雑に動かして印を作りながら呪言を唱える。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
詠唱が終わると同時に、巫女さんの前にぼんやりと光る盾が現れた。
間髪入れず、クウミの火の玉が盾に当たる。
ドドドドッドドドドドドドド!!!!!!!!
光の盾が、クウミの放った火の玉をことごとく弾く。
「きぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!!」
凄まじい怒りの表情をたたえながら絶叫した次の瞬間、クウミの身体が一気にふくらんだ。
巨大化だ。
一軒家レベルの大きさになったクウミは、はるか高みからあたしたちを見下ろした。
「青龍・白虎・朱雀・玄武! 汝らが守護を持ちて、かの地への道を開け! 転移の門!!」
巫女さんが右手で光の盾を維持しつつ、左手をあたしたち――の横にあるほこらに向けた。
ほこらの前の空間に光で描かれた五芒星が浮かぶと、そこから向こうの世界が覗き見えた。
帰り道が開いたのだ。
「さぁ、行きなさい!! 早く!!」
「「は、はい!!」」
巫女さんの邪魔をしちゃいけないと思ったあたしたちは、慌てて門を潜った。
出てみると、風に、向こうで感じた生暖かさがない。
お祭りの喧騒が遠くからかすかに聞こえてくる。
「「戻れた!?」」
ホっと胸を撫でおろした次の瞬間――。
ドドドォォォォォォォォォンンン!!
「きゃぁぁああああああああああ!!」
まだ開いていたポータルの向こうから巫女さんが吹っ飛んできて、地面をゴロゴロと転がった。
見ると、クウミが目を吊り上げ、ポータルめがけて駆けてくる。
「なにかないか、なにかないか……。これだぁ!!」
プシューーーーーーーー!!
ポータルギリギリまで駆け寄ったあたしはポケットの中から小さなスプレーを取り出すと、今まさにこっち側に顔を突っ込もうとしているクウミの鼻先めがけて思いっきり噴射した。
ほら、相手、動物じゃん? 人間より何倍も優れた嗅覚を直撃だもん、そりゃ効くよね。
「ぎゃぁぁぁぁあああああああああ!! おのれ小娘ぇぇぇぇええええ!!!!」
一転、クウミがポータルの向こうで地面に転がってのたうち回っている。
クウミの異変に驚きつつ、ルナが寄ってくる。
「アサヒ、あんた何したの?」
「へっへ。蚊取りスプレー、鼻先にかけたった。にゃはは!」
とそこで起き上がった巫女さんが、身体がひどく痛むのか、顔を歪めながらも指を複雑に組んだ。
「転移の門、閉鎖!! あ、くっ……」
「「巫女さん!!」」
ポータルが揺らぎ、フっと消えた。
クウミの気配もない。どうやら、あちらとの通路は完全に閉じたようだ。
立ち上がった巫女さんは、疲労困憊といった表情であたしたちを見た。
クウミの放った火の玉のせいか、巫女装束があちこち焦げている。
「あなたたち、無事だったようね。そこまで送るわ」
「ありがと、お姉さん。さっきのアレ、なんです?」
「妖狐って言ってましたよね。キツネですか?」
巫女さんは大きくため息をつくと、それ以上何も言わず、ほこら前の坂道を降り始めた。
これ以上、何も教えてくれないみたい。
仕方なくついていく。
あたしたちが合流した場所の更に先まで降りていくと、道の左わきに小さな平屋建ての一軒家があった。
家の横にはプロパンガスのボンベが二本。細いながらも電柱も立っている。
巫女さんはそこで立ち止まると、あたしたちの前でパンっと両手を叩いた。
途端にあたしの頭の中に薄っすらとモヤがかかる。
あたしとルナはうつろな目で互いを見た。
……フリよ、フリ。忘れるわけないじゃん、にはは。
「いい? 二人とも。このままこの坂を降りていけば参道に出られるわ。そして今起こった記憶が消える。忘れなさい。そして小学生らしく夏休みを楽しみなさい。おやすみ、お嬢さんたち」
「「はい」」
しゃがんで解けた靴ひもを結び直すルナを待って、あたしは坂を下りた。
言われたとおり坂を降り切ると、そこは参道だった。
振り返るとそこはなぜか雑木林になっていて、さっきまで降りてきたはずの坂がなくなっていた。
まさにキツネにつままれたみたい。
時計を見る。まだ十九時時半だ。
「ルナ、さっき何した?」
「あら目ざとい。靴ひもを結ぶフリをしながらね、携帯を置いてきたの」
「さっすが、ルナ! んじゃ、明日はあたしのGPSを使って巫女さんの家に押しかけるとして、今日のところはお祭りを楽しむとしようよ。お腹もすいたし、焼きそばとか食べない?」
「いいわね。それじゃ、屋台を探しにいきましょうか」
あたしたちは顔を見合わせて笑うと、祭の喧騒の中に帰っていったのでありました。



