「なに!?」
「まぶしい!!」
いきなり光に飲みこまれたあたしは、あわてて目を覆った。
それこそ、車のライトを正面から当てられたときくらいのまぶしさだった。
でも、光っていたのはそれほど長い時間ではなかったと思う。
せいぜい三十秒ってとこ。
「「どこここ……」」
まぶしさが去って目を開けたあたしとルナの声がかぶった。
おそるおそる周囲を見回して絶句する。
なぜかあたしたちは、ただ広いだけの、草ぼうぼうの野っ原に立っていた……。
ふくらはぎがすっかり隠れるくらい草が伸びている。
そして、風が妙に生暖かい。
ほこらはある。両隣の灯籠にも火は灯っている。これは変わっていない。
なのに周りは草ぼうぼうの野っ原。
ほこらの下は土の地面だったのに。
ほこらの周囲は木で完全に閉じられていたのに。
どう考えても、さっきまでいた場所とは思えない。
真っ暗闇の中、灯篭の灯りのあるここだけが唯一の世界であるかのようだ。
あたしはゴクリとつばを飲み込むと、誰が聞いているわけでもないのに小声でルナに話しかけた。
「ルナ、どうなっているんだと思う?」
「分かるわけないでしょ。でも、とりあえず移動したほうが良さそうよ? 雨が降りそうだもん」
「ほんとだ……」
空を見ると、月がまん丸に輝いていた。
でも、雲の流れるスピードが早い。風に吹かれた足元の草のなびき方が徐々に激しくなっている気がするし、風も湿ってきたような気もする。
何はともあれ現状の確認をと思ったあたしは、スカートのポケットからピンク色のキッズ携帯を取り出した。
時刻は十八時。まだ遅いってほどの時間じゃない。
晩ご飯は屋台で済ませると言って出てきたし、クラスメイトを含めて町内のほとんどの人がお祭りに来るだろうから、親はそれほど心配していない。
お祭り終了の二十一時までに帰宅していなければさすがにさわぐだろうけど、まだ遭難の心配はしなくていいと思う。
携帯が圏外になっていることが引っかかるけど――。
見ると、ルナも同じように携帯を見ていた。
手の中の青い携帯も圏外を示しているみたい。
ってことは、やっぱり自力で何とかするしかなさそうだ。
「ねぇ、ルナ。とりあえず進んでみようよ。そんなに大きな山じゃないから多分すぐ下りになると思うし、強引に下っていけばいずれ県道に出るんじゃないかな」
「そうね。山を下りたあと、自転車を止めた表口まで歩いて戻るのがタルそうだけど。ま、焦らずに行きましょ」
チリリィィィン……。
二人して移動しようとしたそのとき、またも風鈴の音が響いた。
不意に聞こえた音に、あたしとルナはびっくりして顔を見合わせた。
「風鈴だ。ほら、さっきと同じ音」
「……わたしにも聞こえた」
「行ってみよう、ルナ」
「そうね。風鈴をかざっている家なり、何かしらの建物があるのかもしれないわね。もしかしたら道のそばに建っているかも」
あたしたちは、ポケットから懐中電灯を取り出すと、音のするほうに向かって歩き始めた。
これで暗い道でも安心。
ほら、お祭り会場はともかく、帰りに懐中電灯がないと不用心でしょ? だから持ってきたの。
ちなみにあたしのは最近オープンしたばかりの家電量販店で買った安いヤツ。それでも結構強力な光が出る。
ルナのに至っては、黒い凶悪そうなヤツ。多分、すんごい光が出る。
そうして足元を照らしながら歩くこと五分。
延々と野っ原を歩いたあたしたちは、やがて巨大な木の前に辿り着いた。
樹高は十メートルを優に越えているし、直径なんか五メートルくらいありそうで、ご神木と呼んでいいレベルの大きさだ。
だが、それよりも気になったのは、ご神木の根っこに挟まるように建つ建物――ほこらだった。
さっきの石製のものは本当に小さくて、ミカン箱くらいの大きさだったけど、今度のはもうちょっと大きくて、大型犬のケージくらいの大きさがある。
屋根はちゃんと切妻造りで、建物自体も木製。ただ、木の色からすると、結構年期が入っていそうではある。
「アサヒ、あれよ、風鈴」
ルナがほこらを指さした。
ほこらの屋根に、よくあるタイプの南部鉄器の風鈴がぶら下がっている。
そっと近づいて耳を澄ませてみる。
うん、やっぱりこの音だ。
でも、こんなところで鳴っている音が表の参道まで届くものかなぁ。
「風鈴、気に入ったんでありんすか?」
「「だれ!?」」
不意に聞こえた声に、あたしとルナは身体を固くした。
だが、待つこともなく、案外あっさりと声の主は姿を現した。
ご神木の裏から平然と人が出てきたのだ。
多分、隠れるつもりもなかったのだろう。
それは着物姿の女性だった。
腰まで伸びた銀髪に、頭のてっぺんから生える獣の耳。赤と白を基調とした着物に一本歯の下駄。
これ、テレビで見たことがある。花魁の着物だ。
頭に耳がついているように見えるけど、あれ、カチューシャだよね?
「今、灯りをつけんすからね。少々お待ちを」
そう言って花魁がパンパンと手を叩くと、神木のあちこちに灯りが灯った。
リンゴか何かのように見えるけど、あれ、火の玉だ。どういうこと?
「よしよし。これで明るうなりんしたかね」
花魁が周囲を見回し後ろを向いたそのとき、あたしは妙なモノを見た。
しっぽだ。花魁の着物のお尻のあたりに穴が開いて、そこから真っ白の、もふもふの長くて太いしっぽが……一、二、三、四……五本も生えている。
花魁は振り返ると、いきなり近寄ってきてあたしたちをギュっと抱きしめた。
突然すぎてあたしたちは棒のように固まった。
「ようここまで来れんしたねぇ。えっと、前に人間に会ったのは……あら、かれこれもう五百年は前のことでありんすか。その間、ずっと一人でありんしたから、喋っても誰も返事を返してくれなくて寂しゅうござりんしたのなんの。いやぁ嬉しゅうござりんす。ほんと嬉しゅうござりんす」
二人そろってホッペにキスされたことで正気に戻ったルナが、あたしの手を引っ張って、慌てて花魁から離れた。
「それはどうも……」
キョトンとするあたしと対照的に、ルナがあからさまに警戒態勢をとっている。
それを見て花魁が笑う。
「自己紹介しんしょうか。あちきは妖狐。名は空魅。いわゆる九尾のキツネというヤツでありんすね。膨大な魔力を操り世界に混沌をもたらす大妖怪でありんす。本当は尾が九本あるはずなんでありんすが、妖力が散らされたせいで少のうなっちまっていますがね」
……妖狐? 今、妖狐って言った? え? コスプレじゃ……ない?
「この感じだと、音に呼ばれたのはそっちの活動的なお嬢さんのほうでありんすね? 怪異を感じ取れる素養のある魂は、そりゃあ美味でありんすからね。楽しみ楽しみ。そっちの髪の長い子のほうは一緒についてきちまったって感じでありんすかね。そこまで腹は減ってござりんせんが、妖力回復の足しにはなりんしょう」
「ん? ん? 何の話?」
「クウミ……さん。五百年もここにいたの? たった一人で?」
「そうでありんすね。なにせ封じられているもんで出るに出られねえ。あっはっは」
「それは大変ですね。心中お察しします」
妖狐クウミとルナが笑顔で会話を交わしているけど、あたしには何を意図した会話かさっぱり分からない。
社交辞令ってやつ?
ルナが花魁に笑顔を向けながら、あたしに向かってささやき声でそっと言った。
「アサヒ、いつでも走れるよう準備なさい」
「え? うん」
だがそれは花魁にも聞こえていたようだ。
さっきまで笑顔で美しかった花魁の顔がみるみる変わっていく。
口が耳まで裂け、目が吊り上がる。
それは明らかに人間ではないモノだった。
背筋に氷を突っ込まれたときのようなゾっとする感覚が身体を襲う。
叫ぶことさえ忘れるほどの恐怖。
これが妖怪なんだ……。
そんなこちらの心情を知ってか知らずか、クウミがニタリと笑う。
「久しぶりのご飯でありんすからね。逃がしんせんよ?」
クウミの両手の爪が伸びる。長さ二十センチはある、鋭く尖った真っ赤な爪。
クウミは裂けた口でニマァっと笑うと、凶悪そうな爪を振り上げつつ、あたしたちに向かって飛びかかってきたのだった。
「まぶしい!!」
いきなり光に飲みこまれたあたしは、あわてて目を覆った。
それこそ、車のライトを正面から当てられたときくらいのまぶしさだった。
でも、光っていたのはそれほど長い時間ではなかったと思う。
せいぜい三十秒ってとこ。
「「どこここ……」」
まぶしさが去って目を開けたあたしとルナの声がかぶった。
おそるおそる周囲を見回して絶句する。
なぜかあたしたちは、ただ広いだけの、草ぼうぼうの野っ原に立っていた……。
ふくらはぎがすっかり隠れるくらい草が伸びている。
そして、風が妙に生暖かい。
ほこらはある。両隣の灯籠にも火は灯っている。これは変わっていない。
なのに周りは草ぼうぼうの野っ原。
ほこらの下は土の地面だったのに。
ほこらの周囲は木で完全に閉じられていたのに。
どう考えても、さっきまでいた場所とは思えない。
真っ暗闇の中、灯篭の灯りのあるここだけが唯一の世界であるかのようだ。
あたしはゴクリとつばを飲み込むと、誰が聞いているわけでもないのに小声でルナに話しかけた。
「ルナ、どうなっているんだと思う?」
「分かるわけないでしょ。でも、とりあえず移動したほうが良さそうよ? 雨が降りそうだもん」
「ほんとだ……」
空を見ると、月がまん丸に輝いていた。
でも、雲の流れるスピードが早い。風に吹かれた足元の草のなびき方が徐々に激しくなっている気がするし、風も湿ってきたような気もする。
何はともあれ現状の確認をと思ったあたしは、スカートのポケットからピンク色のキッズ携帯を取り出した。
時刻は十八時。まだ遅いってほどの時間じゃない。
晩ご飯は屋台で済ませると言って出てきたし、クラスメイトを含めて町内のほとんどの人がお祭りに来るだろうから、親はそれほど心配していない。
お祭り終了の二十一時までに帰宅していなければさすがにさわぐだろうけど、まだ遭難の心配はしなくていいと思う。
携帯が圏外になっていることが引っかかるけど――。
見ると、ルナも同じように携帯を見ていた。
手の中の青い携帯も圏外を示しているみたい。
ってことは、やっぱり自力で何とかするしかなさそうだ。
「ねぇ、ルナ。とりあえず進んでみようよ。そんなに大きな山じゃないから多分すぐ下りになると思うし、強引に下っていけばいずれ県道に出るんじゃないかな」
「そうね。山を下りたあと、自転車を止めた表口まで歩いて戻るのがタルそうだけど。ま、焦らずに行きましょ」
チリリィィィン……。
二人して移動しようとしたそのとき、またも風鈴の音が響いた。
不意に聞こえた音に、あたしとルナはびっくりして顔を見合わせた。
「風鈴だ。ほら、さっきと同じ音」
「……わたしにも聞こえた」
「行ってみよう、ルナ」
「そうね。風鈴をかざっている家なり、何かしらの建物があるのかもしれないわね。もしかしたら道のそばに建っているかも」
あたしたちは、ポケットから懐中電灯を取り出すと、音のするほうに向かって歩き始めた。
これで暗い道でも安心。
ほら、お祭り会場はともかく、帰りに懐中電灯がないと不用心でしょ? だから持ってきたの。
ちなみにあたしのは最近オープンしたばかりの家電量販店で買った安いヤツ。それでも結構強力な光が出る。
ルナのに至っては、黒い凶悪そうなヤツ。多分、すんごい光が出る。
そうして足元を照らしながら歩くこと五分。
延々と野っ原を歩いたあたしたちは、やがて巨大な木の前に辿り着いた。
樹高は十メートルを優に越えているし、直径なんか五メートルくらいありそうで、ご神木と呼んでいいレベルの大きさだ。
だが、それよりも気になったのは、ご神木の根っこに挟まるように建つ建物――ほこらだった。
さっきの石製のものは本当に小さくて、ミカン箱くらいの大きさだったけど、今度のはもうちょっと大きくて、大型犬のケージくらいの大きさがある。
屋根はちゃんと切妻造りで、建物自体も木製。ただ、木の色からすると、結構年期が入っていそうではある。
「アサヒ、あれよ、風鈴」
ルナがほこらを指さした。
ほこらの屋根に、よくあるタイプの南部鉄器の風鈴がぶら下がっている。
そっと近づいて耳を澄ませてみる。
うん、やっぱりこの音だ。
でも、こんなところで鳴っている音が表の参道まで届くものかなぁ。
「風鈴、気に入ったんでありんすか?」
「「だれ!?」」
不意に聞こえた声に、あたしとルナは身体を固くした。
だが、待つこともなく、案外あっさりと声の主は姿を現した。
ご神木の裏から平然と人が出てきたのだ。
多分、隠れるつもりもなかったのだろう。
それは着物姿の女性だった。
腰まで伸びた銀髪に、頭のてっぺんから生える獣の耳。赤と白を基調とした着物に一本歯の下駄。
これ、テレビで見たことがある。花魁の着物だ。
頭に耳がついているように見えるけど、あれ、カチューシャだよね?
「今、灯りをつけんすからね。少々お待ちを」
そう言って花魁がパンパンと手を叩くと、神木のあちこちに灯りが灯った。
リンゴか何かのように見えるけど、あれ、火の玉だ。どういうこと?
「よしよし。これで明るうなりんしたかね」
花魁が周囲を見回し後ろを向いたそのとき、あたしは妙なモノを見た。
しっぽだ。花魁の着物のお尻のあたりに穴が開いて、そこから真っ白の、もふもふの長くて太いしっぽが……一、二、三、四……五本も生えている。
花魁は振り返ると、いきなり近寄ってきてあたしたちをギュっと抱きしめた。
突然すぎてあたしたちは棒のように固まった。
「ようここまで来れんしたねぇ。えっと、前に人間に会ったのは……あら、かれこれもう五百年は前のことでありんすか。その間、ずっと一人でありんしたから、喋っても誰も返事を返してくれなくて寂しゅうござりんしたのなんの。いやぁ嬉しゅうござりんす。ほんと嬉しゅうござりんす」
二人そろってホッペにキスされたことで正気に戻ったルナが、あたしの手を引っ張って、慌てて花魁から離れた。
「それはどうも……」
キョトンとするあたしと対照的に、ルナがあからさまに警戒態勢をとっている。
それを見て花魁が笑う。
「自己紹介しんしょうか。あちきは妖狐。名は空魅。いわゆる九尾のキツネというヤツでありんすね。膨大な魔力を操り世界に混沌をもたらす大妖怪でありんす。本当は尾が九本あるはずなんでありんすが、妖力が散らされたせいで少のうなっちまっていますがね」
……妖狐? 今、妖狐って言った? え? コスプレじゃ……ない?
「この感じだと、音に呼ばれたのはそっちの活動的なお嬢さんのほうでありんすね? 怪異を感じ取れる素養のある魂は、そりゃあ美味でありんすからね。楽しみ楽しみ。そっちの髪の長い子のほうは一緒についてきちまったって感じでありんすかね。そこまで腹は減ってござりんせんが、妖力回復の足しにはなりんしょう」
「ん? ん? 何の話?」
「クウミ……さん。五百年もここにいたの? たった一人で?」
「そうでありんすね。なにせ封じられているもんで出るに出られねえ。あっはっは」
「それは大変ですね。心中お察しします」
妖狐クウミとルナが笑顔で会話を交わしているけど、あたしには何を意図した会話かさっぱり分からない。
社交辞令ってやつ?
ルナが花魁に笑顔を向けながら、あたしに向かってささやき声でそっと言った。
「アサヒ、いつでも走れるよう準備なさい」
「え? うん」
だがそれは花魁にも聞こえていたようだ。
さっきまで笑顔で美しかった花魁の顔がみるみる変わっていく。
口が耳まで裂け、目が吊り上がる。
それは明らかに人間ではないモノだった。
背筋に氷を突っ込まれたときのようなゾっとする感覚が身体を襲う。
叫ぶことさえ忘れるほどの恐怖。
これが妖怪なんだ……。
そんなこちらの心情を知ってか知らずか、クウミがニタリと笑う。
「久しぶりのご飯でありんすからね。逃がしんせんよ?」
クウミの両手の爪が伸びる。長さ二十センチはある、鋭く尖った真っ赤な爪。
クウミは裂けた口でニマァっと笑うと、凶悪そうな爪を振り上げつつ、あたしたちに向かって飛びかかってきたのだった。



