茜色に染まる空の下、ススキの海の中に女の子が一人立っていた。
この子、どこかで見た覚えがある。そうか、お祭りの日に……。
『あれからもう百年も経ってやすえ。なんで……会いにも来てくれねえのさ』
季節が流れ、鉛色の空から白いかたまりがチラホラと降ってきている。
雪だ。
『指折り数えて二百年……。ずっと待っているのに……。明日には、明日には会えるよね? きっと迎えに来てくれるよね……。信じているから……』
空を見上げる女の子の頬を、ひとすじ涙が伝う。
そしてまた季節が流れ、今度は激しい雨が地面を叩きつけている。
そんな中、傘を差すでもでもなく、全身びしょ濡れになりながら女の子が立っている。
女の子がゆっくりと口を開く。
『……どうして! どうして! どうして!!』
女の子が叫んだ。
感情の行き場を求めて激しく足を踏み鳴らす。
『あぁぁぁぁああああああああ! 来るって言ったのに! 約束したのに! あちきをだましたな! 裏切ったな! うあぁぁぁああああああああああああ!!!!』
号泣とともに呪詛の叫びが響き渡る。
『許さない……絶対に許すもんか! 恨んでやる! 呪ってやる! この世の全てを破壊しつくしてやる!!』
女の子の圧倒的な哀しみがあたしを――世界を染めあげる。
そうか、これはクウミさんの記憶なんだ。
五百年の孤独。
絶望に心をむしばまれ、闇に堕ちて――。
救ってあげたい。
この悲しみを癒してあげられたら……。
気づくと、あたしたちはいきなり地面に突っ伏していた。
空気が重い。身体が重い。指一本動かせない。
「がっ、あっ……。身動きが……とれない……」
「何なのこれ。重力? くっ、息が……できない……」
バシィィィン!!
クウミさんの身体を這っていたルナの光の輪が一斉に弾け飛んだ。
クウミさんがゆっくりと目を開く。
「この程度で終わると……」
地の底から響いてくるかのような、低くしわがれた声。
空気が震える。
あれだけ咲いていた花たちがしぼんでいく。枯れていく。
そして、減らしたはずのクウミさんのしっぽがみるみる増えていく。
まるで、あたしたちの頑張りなど無意味だと言わんばかりに——。
「……本気で思っていたのか?」
「あ、あぁぁ……」
「くっ、あぁ!!」
両手のブレスレットがとんでもない速さで回っている。クウミさんの力に全力で抗っているのだ。
だが――。
ピシっ。
異音が響いた。
ヒビが入った!?
「ごめんね、アサヒ……」
「ルナ!?」
地面に突っ伏したまま振り返る。
そこには、見えない力によって押し潰され、息も絶え絶えのルナがいた。
「ルナ! しっかりして、ルナ!!」
「もう……限界。わたしは……ここまで」
「ルナ!」
「でも……あんたならできる。わたしは信じてる」
「ルナ!!」
ルナが右手をゆっくりと動かし、あたしの左手に重ねた。
ルナの青いブレスレットとあたしの赤いブレスレットが並ぶ。
「救うって決めたんでしょ? なら最後まで……その意思を……信念を貫きなさい」
ルナの手が落ちた。
ブレスレットに大きなヒビが入り、変身が解ける。
見ている前で、ルナの姿が薄れて消えた――。
「ルナ! ルナぁぁあ!」
思わず絶叫するも、あたしの変身も解ける。
猫耳にしっぽ。分身体だ。
両手のブレスレットが光を失っている。
それだけじゃない。
あたしの手が透けている。
存在が消えかかっている!?
ググッ!
慌てるあたしの背中に、更なる圧力がかかる。
クウミさんだ。
まるで、猫がネズミを狩るがごとく、巨大なキツネに踏みつけられている!
熱い! 背中が焼けるように熱い!
「杏子に教わらなかったかい? 分身体は魂だ。死ねば本体も死ぬんだよ」
あたしの身体が地面にめり込む。
圧し潰される! 息ができない!
「魔法乙女の戦いは遊びじゃない。死と隣り合わせの危険な戦いなんだ。小娘が興味本位でやっていいことじゃないんだ」
怖い、怖い、怖い!
死ぬ? こんなところで?
イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ!!
死にたくない!!!!
「うあぁぁぁぁああああああん……」
絶望があたしの心を真っ黒に染め上げる。
あたし、無力だ。何もできない。
涙があふれ出す。
そのとき――。
あたしの頭の中に、なぜだかある女の子の映像がありありと浮かんだ。
豪雨の中、絶望して号泣する女の子――。
なぜだか、あの子の悲しみが痛いほどよくわかる。
これが……水晶眼?
感じ取れる。怪異の悲しみも、孤独も。
だから——あたしはここにいるんだ。悲しみにくれる怪異を癒すために。味方になってあげるために。
なら、怖くても! 逃げたくても! あたしが盾にならなくってどうする!!
「うおぉぉぉぉぉっぉおおおお!」
地面に伏したまま、あたしは天にも届かんとするほどの雄たけびをあげた。
「救うって、決めたんだ!」
ブレスレットが稲妻をともなって高速回転する。
目も眩むほどの光とともに一瞬で魔法乙女に戻ったあたしは、クウミさんの足を全力で跳ねのけた。
ひざが笑う。力が入らない。全身の震えが止まらない。それでも!
あたしは地面に手を当て、無理やり立ち上がった。
「立ち上がったか。大したものだ。だがどうする?」
高重力に膝をつきそうになりながらも、あたしはクウミさんの目をまっすぐに見た。
もう逃げないんだから!
「クウミさん、もういい。もういいんだよ。あたしがそばにいる。ずっとそばにいるから!」
「……なんでそんな目であちきを見るんだ」
クウミさんの目にいら立ちが浮かぶ。
「あんたに何が分かりんす!」
「分からないよ! でも寄り添うことはできる!」
クウミさんの顔が一瞬で怒りの色に染まる。
「あちきの五百年の孤独を! たかだか十年かそこらしか生きていない小娘に分かられてたまるかぁ!!」
絶叫とともに、クウミさんの妖気が瞬時にふくらんだ。
来る!
あたしは、脚に魔力を集中させ、空を目指して一気に跳んだ。
重力を振り切り、高く――高く――。
地上が遠ざかり、クウミさんの姿が小さく見える。
空気が薄くなる。
魔法はデタラメ。
想いの力が理論も理屈も超えて魔法を――奇跡を生む。
あたしは残った魔力を全て、ピコハンに注ぎ込んだ。
祈りの力に応えて、ピコハンが金色に変わる。
同時に、あたしの後ろにとんでもなく巨大な、光り輝くハンマーが現れた。
もちろん実体じゃない。幻影だ。でも、魔力のこもった幻影だ。
あたしめがけて遥か下から、巨大な火焔が迫ってくる。
今までで最大レベル。
見ただけで分かる。
まともに食らったら一瞬で消し炭と化すレベルの、本気の一撃だ。
ピコハンを振りかぶる。
幻影の巨大ハンマーがあたしの動きを正確にトレースする。
大丈夫。あたしがあなたを一人にしないから!
あなたがあなたでいられる場所をつくるから!
そしてあたしは――思いっきりピコハンを振り抜いた。
コンマ一秒遅れて、地上のクウミさん目がけて巨大ハンマーが振り下ろされる。
ほどなく、クウミさんの巨大火焔と幻影のハンマーとが激突する。
爆風が駆け抜け、空を舞うあたしの髪や服を激しくはためかせる。
だが、ハンマーはその勢いを殺すことなく、炎を割った。
通り道を開けるかのように、火焔が無数の火の粉を散らしつつ淡雪のようにほどけ、空に消えていく。
避けられないと悟ったか、クウミさんは上空から迫りくる巨大ハンマーを見つめつつ、ゆっくりと目をつぶった。
その頬をひとすじ、涙が伝う。
そして――。
世界から音が消え。
幻影のハンマーはゆっくりとクウミさんに当たると、霞のように消え去った。
着地と同時に変身が解ける。
手首にはまった赤いブレスレットが割れている。
だがそれよりも――。
あたしは足元に落ちていた、ヒビの入った青いブレスレットを拾った。
ルナのブレスレットだ。
あたしはブレスレットを抱きしめ、その場に崩れ落ちた。
「こんなことって……。ルナ……やだよ。ルナぁぁ……」
涙がボロボロとこぼれ落ちる。
そのとき――。
ルナのブレスレットが光を放ったかと思うと、あたしの手から離れ、宙に浮いた。
光が集まりだす。
呆然と口を開くあたしの前で、光が集結し、人の形になる。
ゆっくりと目を開く。
「ア……サヒ?」
「ルナ? ルナぁぁぁあ!」
力いっぱい抱きしめようとして突進したあたしは、ギリギリの位置でヒョイっとルナに避けられた。
タタラを踏む。
「ちょっとルナ、感動の再会のシーンじゃんよ!」
「いやぁよ。手加減なしのあんたのタックルなんて受けられるわけないでしょ、馬鹿ね」
とそこで、多少冷静に戻ったあたしは、ルナの身体のあちこちをポンポンと叩いた。
「ルナ、身体は? 問題なさげ?」
「それが……」
ルナが両の手のひらを見せる。
「……右手がしびれてうまく動かせないの。なんでかしら」
その指先がかすかに震えている。
違う。なぜたかわからないが、あたしには見えた。
分身体がかすかにブレている。何かの流れが途切れている。
「なんか……流れがブツンって切れているみたいに見える。放っておけば戻りそうではあるんだけどさ。ん-、よくわかんないや。とりあえず、しばらくは無理しないほうがいいんじゃないかな」
「アサヒ、あんたの左目……」
「左目?」
いきなり何を言いだしたかと首をかしげる。
「ほんの一瞬だけど、金色の六芒星が浮かんでいたわ。多分それが水晶眼なのね」
「そっか。でもとりあえずそれはいい。ルナが生きてる。それで充分」
「そうね。……ごめん、アサヒ。最後、一人にさせて」
「ううん。『無事終わったし、きっと良いことあるでしょう』だよ!」
「それを言うなら『終わりよければすべてよし』でしょ!」
ひとしきり笑って落ち着いたあたしは、ルナに割れたブレスレットを見せた。
ルナも自分のブレスレットを見せる。
両方とも見事に割れている。
「残念だけど、これで変身ヒロインも引退ね。でも、クウミさんも無事無力化できたし、それでよしとしましょう」
あたしたちの視線の先には、アンコちゃんとクウミさんがいた。
遥か遠くまで広がったお花畑の中で、キツネ状態のクウミさんが大の字になってゼェハァと荒い呼吸をしている。
妖気が散らされたからか、クウミさんは子犬なみの大きさになっており、すでに脅威は感じない。
「想いが奇跡を生む、か……。あの子たち、やるわね」
「ギリ及第点ってとこかね。だが、まだまだこんな程度で満足してもらっちゃ困る。魔法乙女の名は重いんだ」
「手伝ってくれるの?」
「初代としちゃ、その名を汚させるわけにはいかないだろうに」
「素直じゃないんだから」
「ほれ、しっかり背負え。こちとら力を使いすぎて動けねぇんだ」
「はいはい」
アンコちゃんはひざまずくと、疲労困憊といった感じのクウミさんを拾い上げ、両手でギュっと抱きしめた。
クウミさんがアンコちゃんの肩に頭をもたせかけ、目をつぶる。
「ずいぶんと待たせちゃったわね」
「……甘いもんが食いてぇ」
「用意しましょう」
「しょっぺえものもだ。交互に食うんだ」
「はいはい。……おかえり、クゥ」
「……ただいまでありんす」
そうして、二人はどちらからともなく笑ったのでした。
この子、どこかで見た覚えがある。そうか、お祭りの日に……。
『あれからもう百年も経ってやすえ。なんで……会いにも来てくれねえのさ』
季節が流れ、鉛色の空から白いかたまりがチラホラと降ってきている。
雪だ。
『指折り数えて二百年……。ずっと待っているのに……。明日には、明日には会えるよね? きっと迎えに来てくれるよね……。信じているから……』
空を見上げる女の子の頬を、ひとすじ涙が伝う。
そしてまた季節が流れ、今度は激しい雨が地面を叩きつけている。
そんな中、傘を差すでもでもなく、全身びしょ濡れになりながら女の子が立っている。
女の子がゆっくりと口を開く。
『……どうして! どうして! どうして!!』
女の子が叫んだ。
感情の行き場を求めて激しく足を踏み鳴らす。
『あぁぁぁぁああああああああ! 来るって言ったのに! 約束したのに! あちきをだましたな! 裏切ったな! うあぁぁぁああああああああああああ!!!!』
号泣とともに呪詛の叫びが響き渡る。
『許さない……絶対に許すもんか! 恨んでやる! 呪ってやる! この世の全てを破壊しつくしてやる!!』
女の子の圧倒的な哀しみがあたしを――世界を染めあげる。
そうか、これはクウミさんの記憶なんだ。
五百年の孤独。
絶望に心をむしばまれ、闇に堕ちて――。
救ってあげたい。
この悲しみを癒してあげられたら……。
気づくと、あたしたちはいきなり地面に突っ伏していた。
空気が重い。身体が重い。指一本動かせない。
「がっ、あっ……。身動きが……とれない……」
「何なのこれ。重力? くっ、息が……できない……」
バシィィィン!!
クウミさんの身体を這っていたルナの光の輪が一斉に弾け飛んだ。
クウミさんがゆっくりと目を開く。
「この程度で終わると……」
地の底から響いてくるかのような、低くしわがれた声。
空気が震える。
あれだけ咲いていた花たちがしぼんでいく。枯れていく。
そして、減らしたはずのクウミさんのしっぽがみるみる増えていく。
まるで、あたしたちの頑張りなど無意味だと言わんばかりに——。
「……本気で思っていたのか?」
「あ、あぁぁ……」
「くっ、あぁ!!」
両手のブレスレットがとんでもない速さで回っている。クウミさんの力に全力で抗っているのだ。
だが――。
ピシっ。
異音が響いた。
ヒビが入った!?
「ごめんね、アサヒ……」
「ルナ!?」
地面に突っ伏したまま振り返る。
そこには、見えない力によって押し潰され、息も絶え絶えのルナがいた。
「ルナ! しっかりして、ルナ!!」
「もう……限界。わたしは……ここまで」
「ルナ!」
「でも……あんたならできる。わたしは信じてる」
「ルナ!!」
ルナが右手をゆっくりと動かし、あたしの左手に重ねた。
ルナの青いブレスレットとあたしの赤いブレスレットが並ぶ。
「救うって決めたんでしょ? なら最後まで……その意思を……信念を貫きなさい」
ルナの手が落ちた。
ブレスレットに大きなヒビが入り、変身が解ける。
見ている前で、ルナの姿が薄れて消えた――。
「ルナ! ルナぁぁあ!」
思わず絶叫するも、あたしの変身も解ける。
猫耳にしっぽ。分身体だ。
両手のブレスレットが光を失っている。
それだけじゃない。
あたしの手が透けている。
存在が消えかかっている!?
ググッ!
慌てるあたしの背中に、更なる圧力がかかる。
クウミさんだ。
まるで、猫がネズミを狩るがごとく、巨大なキツネに踏みつけられている!
熱い! 背中が焼けるように熱い!
「杏子に教わらなかったかい? 分身体は魂だ。死ねば本体も死ぬんだよ」
あたしの身体が地面にめり込む。
圧し潰される! 息ができない!
「魔法乙女の戦いは遊びじゃない。死と隣り合わせの危険な戦いなんだ。小娘が興味本位でやっていいことじゃないんだ」
怖い、怖い、怖い!
死ぬ? こんなところで?
イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ!!
死にたくない!!!!
「うあぁぁぁぁああああああん……」
絶望があたしの心を真っ黒に染め上げる。
あたし、無力だ。何もできない。
涙があふれ出す。
そのとき――。
あたしの頭の中に、なぜだかある女の子の映像がありありと浮かんだ。
豪雨の中、絶望して号泣する女の子――。
なぜだか、あの子の悲しみが痛いほどよくわかる。
これが……水晶眼?
感じ取れる。怪異の悲しみも、孤独も。
だから——あたしはここにいるんだ。悲しみにくれる怪異を癒すために。味方になってあげるために。
なら、怖くても! 逃げたくても! あたしが盾にならなくってどうする!!
「うおぉぉぉぉぉっぉおおおお!」
地面に伏したまま、あたしは天にも届かんとするほどの雄たけびをあげた。
「救うって、決めたんだ!」
ブレスレットが稲妻をともなって高速回転する。
目も眩むほどの光とともに一瞬で魔法乙女に戻ったあたしは、クウミさんの足を全力で跳ねのけた。
ひざが笑う。力が入らない。全身の震えが止まらない。それでも!
あたしは地面に手を当て、無理やり立ち上がった。
「立ち上がったか。大したものだ。だがどうする?」
高重力に膝をつきそうになりながらも、あたしはクウミさんの目をまっすぐに見た。
もう逃げないんだから!
「クウミさん、もういい。もういいんだよ。あたしがそばにいる。ずっとそばにいるから!」
「……なんでそんな目であちきを見るんだ」
クウミさんの目にいら立ちが浮かぶ。
「あんたに何が分かりんす!」
「分からないよ! でも寄り添うことはできる!」
クウミさんの顔が一瞬で怒りの色に染まる。
「あちきの五百年の孤独を! たかだか十年かそこらしか生きていない小娘に分かられてたまるかぁ!!」
絶叫とともに、クウミさんの妖気が瞬時にふくらんだ。
来る!
あたしは、脚に魔力を集中させ、空を目指して一気に跳んだ。
重力を振り切り、高く――高く――。
地上が遠ざかり、クウミさんの姿が小さく見える。
空気が薄くなる。
魔法はデタラメ。
想いの力が理論も理屈も超えて魔法を――奇跡を生む。
あたしは残った魔力を全て、ピコハンに注ぎ込んだ。
祈りの力に応えて、ピコハンが金色に変わる。
同時に、あたしの後ろにとんでもなく巨大な、光り輝くハンマーが現れた。
もちろん実体じゃない。幻影だ。でも、魔力のこもった幻影だ。
あたしめがけて遥か下から、巨大な火焔が迫ってくる。
今までで最大レベル。
見ただけで分かる。
まともに食らったら一瞬で消し炭と化すレベルの、本気の一撃だ。
ピコハンを振りかぶる。
幻影の巨大ハンマーがあたしの動きを正確にトレースする。
大丈夫。あたしがあなたを一人にしないから!
あなたがあなたでいられる場所をつくるから!
そしてあたしは――思いっきりピコハンを振り抜いた。
コンマ一秒遅れて、地上のクウミさん目がけて巨大ハンマーが振り下ろされる。
ほどなく、クウミさんの巨大火焔と幻影のハンマーとが激突する。
爆風が駆け抜け、空を舞うあたしの髪や服を激しくはためかせる。
だが、ハンマーはその勢いを殺すことなく、炎を割った。
通り道を開けるかのように、火焔が無数の火の粉を散らしつつ淡雪のようにほどけ、空に消えていく。
避けられないと悟ったか、クウミさんは上空から迫りくる巨大ハンマーを見つめつつ、ゆっくりと目をつぶった。
その頬をひとすじ、涙が伝う。
そして――。
世界から音が消え。
幻影のハンマーはゆっくりとクウミさんに当たると、霞のように消え去った。
着地と同時に変身が解ける。
手首にはまった赤いブレスレットが割れている。
だがそれよりも――。
あたしは足元に落ちていた、ヒビの入った青いブレスレットを拾った。
ルナのブレスレットだ。
あたしはブレスレットを抱きしめ、その場に崩れ落ちた。
「こんなことって……。ルナ……やだよ。ルナぁぁ……」
涙がボロボロとこぼれ落ちる。
そのとき――。
ルナのブレスレットが光を放ったかと思うと、あたしの手から離れ、宙に浮いた。
光が集まりだす。
呆然と口を開くあたしの前で、光が集結し、人の形になる。
ゆっくりと目を開く。
「ア……サヒ?」
「ルナ? ルナぁぁぁあ!」
力いっぱい抱きしめようとして突進したあたしは、ギリギリの位置でヒョイっとルナに避けられた。
タタラを踏む。
「ちょっとルナ、感動の再会のシーンじゃんよ!」
「いやぁよ。手加減なしのあんたのタックルなんて受けられるわけないでしょ、馬鹿ね」
とそこで、多少冷静に戻ったあたしは、ルナの身体のあちこちをポンポンと叩いた。
「ルナ、身体は? 問題なさげ?」
「それが……」
ルナが両の手のひらを見せる。
「……右手がしびれてうまく動かせないの。なんでかしら」
その指先がかすかに震えている。
違う。なぜたかわからないが、あたしには見えた。
分身体がかすかにブレている。何かの流れが途切れている。
「なんか……流れがブツンって切れているみたいに見える。放っておけば戻りそうではあるんだけどさ。ん-、よくわかんないや。とりあえず、しばらくは無理しないほうがいいんじゃないかな」
「アサヒ、あんたの左目……」
「左目?」
いきなり何を言いだしたかと首をかしげる。
「ほんの一瞬だけど、金色の六芒星が浮かんでいたわ。多分それが水晶眼なのね」
「そっか。でもとりあえずそれはいい。ルナが生きてる。それで充分」
「そうね。……ごめん、アサヒ。最後、一人にさせて」
「ううん。『無事終わったし、きっと良いことあるでしょう』だよ!」
「それを言うなら『終わりよければすべてよし』でしょ!」
ひとしきり笑って落ち着いたあたしは、ルナに割れたブレスレットを見せた。
ルナも自分のブレスレットを見せる。
両方とも見事に割れている。
「残念だけど、これで変身ヒロインも引退ね。でも、クウミさんも無事無力化できたし、それでよしとしましょう」
あたしたちの視線の先には、アンコちゃんとクウミさんがいた。
遥か遠くまで広がったお花畑の中で、キツネ状態のクウミさんが大の字になってゼェハァと荒い呼吸をしている。
妖気が散らされたからか、クウミさんは子犬なみの大きさになっており、すでに脅威は感じない。
「想いが奇跡を生む、か……。あの子たち、やるわね」
「ギリ及第点ってとこかね。だが、まだまだこんな程度で満足してもらっちゃ困る。魔法乙女の名は重いんだ」
「手伝ってくれるの?」
「初代としちゃ、その名を汚させるわけにはいかないだろうに」
「素直じゃないんだから」
「ほれ、しっかり背負え。こちとら力を使いすぎて動けねぇんだ」
「はいはい」
アンコちゃんはひざまずくと、疲労困憊といった感じのクウミさんを拾い上げ、両手でギュっと抱きしめた。
クウミさんがアンコちゃんの肩に頭をもたせかけ、目をつぶる。
「ずいぶんと待たせちゃったわね」
「……甘いもんが食いてぇ」
「用意しましょう」
「しょっぺえものもだ。交互に食うんだ」
「はいはい。……おかえり、クゥ」
「……ただいまでありんす」
そうして、二人はどちらからともなく笑ったのでした。



