魔法乙女(マジカル☆メイデン) ~最果ての魔女と九尾の島~

 いやすごいすごい。野生動物だから? 妖怪だから? とはいえ、足場の出っ張りを探しながらなので言うほど上昇速度は速くない。
 野狐たちはあくまでキツネの妖怪であってヤギじゃないもん。
 ルナが木につかまりながら、追手の位置を確認する。

「どうする? アサヒ!」
「どうしようったって、こんな足場の悪いところじゃ戦闘なんて……あ、ひらめいた! えっと、形がこうで性能がこんなもんで……にゅにゅにゅにゅにゅ! いでよ、魔法のハンマー(マジカルピコハン)!!」

 右手のブレスレットが回転すると、そこに赤いピコピコハンマーが出現した。
 ()が黄色、ハンマー部分が赤の、どこからどう見ても百円ショップで売っているプラスチック製のおもちゃだ。

「そんなもの出してどうしようってのよ」

 あたしは下を覗きこみながら、照準(あたり)をつけた。

「にゅっふっふっふ。そぉれ、アタァァァック!!」
 ポキュゥゥゥゥン!!

 下を覗きこみながら思いっきりピコピコハンマーを振ると、当たってもいないのに、気の抜けるようなおかしな音が響き渡った。
 次の瞬間、なぜか野狐の頭に落下傘(らっかさん)つきの黄色いヘルメットが現れ、野狐が遥か下の地面までゆっくりと落ちていく。

 首をつままれた子ネコのように力なく落ちていった野狐は、着地すると同時にフラフラと歩き去っていく。
 よく見ると、野狐のしっぽが減っている。
 それを見たルナが血相を変える。 

「何? 何? アサヒ、何をしたの!?」
「ピコハンに『叩かれると妖力が放出される』ってイメージしたんだ。おかげで着地したときには、妖力を失って無力化しているってわけ。一時的かもしれないけど、これでしばらくは敵になることもないでしょ」
「……あんたってば、すごいのね。普段からそれくらいできる子ならわたしも苦労しないのに」
「うっさい! さ、ルナも一緒にやるよ! 怪我一つさせずに、野狐たちを帰すんだ」
「オーケー、オーケー。その作戦、乗った!」

 こうして下をにらみつつ競ってピコハンを振るうこと数分。
 妖力を失った野狐たちが一匹、また一匹と、身体を引きずりつつ帰っていく。
 それを見届けたあたしたちは、ピコハンを消すと、勝利を祝って右手同士をパチンと叩き合わせた。

「さて。んじゃ、クライミング再開しよっか」
「先は長いわね。頑張りましょ」

 ◇◆◇◆◇

 段々と慣れてきたのか、そこからほんの三十分ほどで崖を登り切ったあたしたちを待っていたのは、普通に土の広場だった。
 学校の運動場くらいある。
 だがそれだけではなく――。

「「すっご……」」

 思わず言葉を失う。
 青い空と白い雲。そして遠くに見える海とのコントラストがまぁ綺麗なこと、綺麗なこと!

 広場の奥側の崖の手前に、雄大な景色を一人占めするかのように、コケとほこりで汚れた石のほこらが置いてあった。
 薄っすらと見える溝の跡を見る限り、どうやらこれが玄武さまのほこららしい。

 休憩用なのか、ほこらの近くには古びた木製のベンチが置かれており、そこに例の鉄鼠(てっそ)兄妹が行儀よく座っていた。
 その手に持つのは陶器の湯飲み。くつろいでるぅ。
 だが、肝心のクウミさんの姿はない。

「モコ太、クウミさんは?」

 見た目以上に熱いのか、モコ太が湯呑みに息をフゥフゥ吹きかけながら肩をすくめた。

「ありゃダメだ。昨日打ちつけたお尻が()れあがって、布団でウンウン(うな)ってる。なにせ仰向けで寝られないってんだから」
「お大事にって言っておいて。それとこれ。アンコちゃんから」

 あたしが小さなビンを渡すと、モコ太が首をかしげる。

「なにこれ」
「痛み止めの軟膏。クウミさんのお尻に塗ってあげて」

 呆然(ぼうぜん)とビンを見つめるモコ太を放って、あたしたちはさっそく玄武さまのほこらの掃除をし始めた。
 水流がコケを洗い流し、石の表面がみるみるきれいになっていく。
 しばらく黙っていたモコ太がポツリとつぶやく。

「……自分の立場、分かってんのかよ。あんたたち、お館さまにマーキングされているんだぞ? それがどういう意味か分からないわけじゃないだろ?」

 ルナがきれいになったほこらの表面にペタリとお札を貼る。
 これで玄武さまが復活するはずだ。

「まぁねぇ。あたしたちの生気を吸って復活したクウミさんが、封印を破って現世に出てくる未来はできれば遠慮したい。……でもね。本当はクウミさんとも争いたくないんだ。どうすればいい感じに軟着陸(なんちゃくりく)できるかずっと考えてる」
『ほっほ。その手だてはすでに持っておるであろうに』
「「「「誰!?」」」」

 いつの間にか、時代劇で見るご隠居さんのように墨色の着物を着たお爺さんがベンチに座っていた。
 頭が禿げあがった結構なお歳のお爺さんがニコニコと微笑んでいる。
 
「お爺さん、ひょっとして……玄武さま?」
『正解。聖獣形態で出ても良かったんじゃが、ワシは亀じゃから、あれじゃと会話がしづらいでの。あ、ワシにもお茶をくれるかい? ネズミの兄さんや』
「は、はい」

 モコ太がいそいそとお茶を()れると、アヤちゃんが恐る恐るといった表情で玄武さまに湯飲みを渡した。
 白虎さまに襲われたことがトラウマにでもなってしまったか、湯飲みを渡すや否や、アヤちゃんがササっとあたしの後ろに隠れる。

『おぉ、久しぶりのお茶は美味いの。ありがとうよ、ネズミの兄さん。そちらのお嬢さんたちは魔法乙女(マジカルメイデン)かい。いや実になつかしいのう』
「懐かしい? お爺さん、魔法乙女を知っているんですか!?」

 そんなはずはない。魔法乙女はアンコちゃんがつけてくれたあたしたちだけのユニット名だ。玄武さまが知っているはずがない。

『知っているのは初代のほうさね。魔法乙女のキョーコちゃんと相棒(マスコット)のクウミちゃんの活躍は、そりゃもう見事なもんじゃった。ファンも大勢おったよ。当時を知る者は、もうほとんどおらんがの』
「アンコちゃんとクウミさんが相棒だった!?」
「初代魔法乙女ですって!?」

 あたしとルナは同時に声をあげた。
 玄武さまが美味そうに、ズズっとお茶をすする。 

『なんじゃ、知らんで魔法乙女やっとったんかい。専用のマスコットを連れておるくせに』

 あたしとアヤちゃんが。ルナとモコ太くんが目を合わす。
 
「そっか。それもアリかもね。アヤちゃん、おいで」
「なぁに?」
 
 あたしはポケットから赤いスカーフを取り出すと、アヤちゃんの首に巻いた。
 隣ではルナがモコ太クンに青いスカーフを巻いている。
 ほら、忍者っていえば、たなびくスカーフじゃん?
 昨日の帰り、異界(こっち)に持ち込むべく、ルナと二人して選んだんだ。 

「どう? 可愛いっしょ」

 アヤちゃんが目を輝かせる。

「わぁ! アサヒお姉ちゃん、大好き!!」
「あたしも!」

 素直に喜ぶアヤちゃんが可愛くて、思わずギューっと抱きしめる。

「こんな……おいら……」
「すてきよ、モコ太」

 だが、そんなあたしたちの横では、首に巻かれたスカーフを大切そうに触りながらも、モコ太が苦しそうな表情を浮かべていた。

「でも、相棒なんて言われたって、おいらの主君(しゅくん)はお館さまだ。どこにも行けず途方に暮れていたおいらたちを拾ってくれたんだ。裏切るなんでできねぇ!!」
「兄さま! ご、ごめんね、アサヒお姉ちゃん!!」

 泣きそうな顔をしつつ、モコ太が走り去っていく。
 それを、アヤちゃんがこっちに向かってペコペコと頭を下げながら追いかける。
 二人の後ろ姿を見送ったルナが、ため息をつきつつあたしを見た。

時期尚早(じきしょうそう)だったかしら」
「うんにゃ。いい機会だったと思うよ? あの子たち以外にあたしたちの相棒なんて考えられないし。それより玄武さま、なんで相棒だったアンコちゃんとクウミさんが決別するハメになっちゃったのさ」
『それこそ知っておるだろうに』
「クウミさんが妖怪化しちゃったから? でもクウミさんは妖怪を退治する側だったんでしょ?」
『うむ。じゃが、ある程度高位になった妖怪は、意図せず倒した妖怪の気を取りこんでしまうんじゃ。クウミは魔法乙女の相棒として妖怪を退治しすぎた。そのせいで、許容量を超え、九尾にまで進化してしまったのじゃ』
「その気がないのに?」
「でもそれって事故みたいなものじゃないですか」
『さよう。じゃが結果は結果。進化しすぎて周りからも生命力を吸い取らざるを得なくなり、クウミは退治される側になってしまったというわけなのじゃよ』
「そういうことか……。ありがと、玄武さま。解決方法がなんとなく分かってきた」
『そいつは良かった。楽しみにしておるよ』

 玄武さまがベンチに座ったまま目を細める。
 だけど、ルナはまだ解決方法を見い出せていないみたい。
 わぉ、優等生のルナがめずらしー。

「アサヒ?」
「ルナ、あたしたちは魔法乙女だよ? 奇跡を起こしてやろうじゃないのさ!」

 そう言って、あたしはルナに向かってニカっと笑ってみせたのでした。