「臨時のおこづかいで財布の中もほっかほか。さぁ、いざ戦場へ赴かん! にゃっはは!!」
そう言って、あたし――橘朝陽・十一歳・小学五年生は、さっそうと自転車から降りると、神社の大鳥居をくぐって階段を上り始めた。
ここ神楽町は都心から電車で一時間強という、そこそこ都会でほどほど田舎という、絶妙に中途半端な町だ。
普通ならベッドタウンとして重宝されるのだろうけど、快速が停まらないという致命的な欠点のおかけで、人口も増えないし発展もしないときている。
当然、町全体で年中過疎っているのだが、一年に一度、夏祭りの今日だけは別だ。
観光客の目的は、もちろんこの神社。
道は渋滞、駐車場はパンパン、参道だって歩くの大変なんだから。
なんでも町の中央にあるこの神社は、結構古くからある稲荷神社なんだって。
うん、興味ない。
いやいや、あたしたち地元の小学生だって、初詣と夏祭りの日以外はこんな場所こないってば。
だってさ、この神社、町を見下ろす山のてっぺんにあるのよ?
千段越えなんて馬鹿みたいに長い直線階段を普段っから登る気になる? ないない。
ってことで、他の観光客同様息を切らせながら階段を上り切ったあたしの目の前に、光あふれる大量の屋台群が出現した。
行き交う人々。喧騒。そして鼻孔をくすぐる美味しそうな匂いの数々。
「おおぅ、天国じゃぁ……」
目をらんらんと輝かせたあたしは、さっそくズラリと並んだ屋台群に突入した。
ジャガバタ、からあげ、お好み焼き、焼きそば。
リンゴ飴にかき氷、わたあめにフランクフルト。
学校の友だちも来ると思うけど、そのうちどこかで会えるっしょ。
まずは一人で、と屋台を覗いていたあたしは、とある屋台から目が離せなくなってしまった。
左はチョコバナナ屋さん、右は焼きイカ屋さんで、おのおの結構な列ができているのに、挟まれているこのお店には人が全然いなくて、紺色のダボシャツを着た店員のおじさんが大あくびをしている。
ツカツカっと近寄ったあたしは財布から千円札を抜き出すと、おじさんに話しかけた。
「おじさん、そこのピンクのヤツを一つ」
「お? おぉおぉいらっしゃい、お嬢ちゃん! えっとね……うん、千円ね」
「りょ!」
「待ちなさい!!」
不意に横から伸びてきた手に千円札を持った左手をむんずとつかまれたあたしは、手の主を見た。
ここまで走ってきたのか、ロングヘアの美少女が肩で息をしている。
「月奈じゃん。早かったね」
「下にアサヒの自転車があったから、慌てて登ってきたのよ。あんたに無駄づかいさせないためにね!」
それはクラス委員の成宮月奈だった。
ルナとは幼稚園からの付き合いになる。あたしの一番の友だち。
っていうか、ボケとツッコミというか……保護者?
ショートボブに白のデザインTシャツ、ピンク色のスカートの下に黒の七分丈レギンスと、よくいる普通の小学生女子のあたしと対照的に、ルナはサラっサラのロングヘアに黒のティアードワンピースで、実に美少女然としていた。
どうせどこかで会えるだろうとは思っていたけれど、ずいぶんと早い遭遇だったな。
「お嬢ちゃん、買うんかい? 買わないんかい?」
「あ、そうそう。えっとね、ピンクの……」
「買いません!」
「買うってばぁ! だってほら、めっちゃ可愛いじゃん!」
あたしは屋台に置いてある輪っかを指差した。
『スターライトブレスレット』と書かれたソレは、輪っかの部分に空気のつぶつぶの入った光るブレスレットだった。
色はピンク、ブルー、イエロー、グリーン、パープル、ホワイトの六種類。
暗いところで光らせると空気のつぶが星みたいに見えて、とってもきれいだ。
「あんた馬鹿なの? こんなの百円ショップで買えるじゃない」
「いや、買えないって。アレは単色だし、サイリウムでしょ? これは電池」
「電池交換できるの? 使い切りタイプじゃないの?」
「……さぁ」
「ほぉらごらんなさい! 今夜一晩で終わっちゃうようなものに千円も使ってどうするのよ!」
「嫌だ、買うぅぅぅ!! あ、そうだ。ルナも買わない? ほら、色違いで。友情の証ってやつ。ね? ね?」
「はぁ? 千円よ!? 買うわけないでしょ!」
「そんなこと言わずにさ、お友だち! フレンド! ズッ友! 幼なじみ!」
「買わないったら!!」
「まいどありぃ!」
ほおづえをつきながらあたしとルナのやりとりを見ていた店のオッちゃんは、五分後、ニコニコしながらあたしたちに光る輪っかを渡してくれた。
千円札二枚と引き換えに。
五分間あたしの説得を受け続けたルナが、あえなく陥落したのだ。
ミイラ取りがミイラになるとはよく言ったものだよね、あっはっは。
ちなみにあたしはピンク。ルナはブルー。
二個セットだから、両手首にピンク色の輪っかが光っている。
見ると、ルナがめっちゃ悔しそうな顔をしている。
「あーもぅ! わたしってばなんでこんなに流されやすいんだろう! こんな子供だましに千円も使うだなんて!」
「いいじゃん、子どもなんだから。ほら、キラっキラだよ? かっわいぃねぇぇ! あ、パインだ。パイン売ってるよ? パイン買おう!」
あたしは次の店で冷やしパインを買うと、早速かじった。美味しい!
ルナは冷やしキュウリだ。チョイスが渋い。
ルナは学級委員をやるだけあって普段とてもしっかりしているが、往々にしてあたしのお願いに屈する。
情に訴えるとコロリといくタイプだ。浪花節ってーの?
将来悪い男に引っかかったりしないか、あたしゃ今から心配だよ。なーんて。
チリリィィィィン……。
「ん?」
不意に風鈴のような澄み渡った音が聞こえた。
人ごみによる雑音がこれだけあふれているなか、澄んだ風鈴の音がピンポイントであたしの耳に入ってきたのだ。
ルナがいぶかしげな顔を向ける。
「どうかした?」
「いや、風鈴の音がね。どこだろ。ほら、かすかに聞こえる」
「……何も聞こえないわよ? 聞き間違いじゃない?」
「そんなことない。この音色は確かに風鈴だよ。でもガラスじゃないな。多分、鉄とかのやつ。……風鈴屋さんでもあるのかな」
「鉄? 南部鉄器とかの? さすがにそんな風流な屋台はないと思うわよ」
あたしは目をつぶって耳を澄ませた。
うん、確かに聞こえる。
「こっち。行ってみる」
「そっちは山よ? お店なんてあるわけないじゃない」
あたしは人があふれている参道からそれると、藪をかきわけ、山の中に入った。
誰かしら通る者がいるのか、かすかに踏み固められている感じがある。
細くて、どちらかというと獣道に近いけれど。
ルナが文句を言いつつ後ろからついてくる。
「これ本当に道? どこにも行きつかないかもよ? ねぇアサヒ、いい加減帰らない?」
「確かに道かどうかは微妙だよね。でもなーんか気になるんだ。ルナ、帰っていいよ?」
「そういうわけにはいかないわよ。アサヒのお母さんに頼まれているもの」
「それは幼稚園のときの話でしょ? あ、出た」
雑草をかきわけて進んだあたしたちは、ほんの数分で年季が入っていそうな石畳の階段に出た。
二人すれ違うのがやっとってくらい苔むした細い階段だけど、枯れ葉は落ちていない。
ってことは、それなりに誰か――おそらくは神社の関係者が整備しているってことだ。多分ここも神社の敷地内だろうし。
とりあえず下るのは後回しにして階段を上がってみると、すぐにちょっとした空き地に出た。
広さは六畳間くらいで土の地面。
空き地の周囲はぐるりと丈高い木で囲われており、中央にミカン箱程度の小さな石製のほこらが置かれている。
ほこらにはちゃんとしめ縄が張られているし、四手も思った以上に綺麗だ。
ほこらの両隣の灯篭には、ちゃんとろうそくの明かりが灯っている。
「ほらルナ、これ見て。ほこらに小さなおキツネさまの像が飾られてる。ってことは、ここもお稲荷さんなんだね」
「ほんとだわ。でもこんなとこ初めてきたわ。歩いてきた感じからすると、本堂の裏手の辺りなんだろうけど」
二人してほこらをまじまじと覗きこんだそのとき、突如としてほこらを中心にまばゆい光が発生し、あたしたちを飲み込んだのだった。
そう言って、あたし――橘朝陽・十一歳・小学五年生は、さっそうと自転車から降りると、神社の大鳥居をくぐって階段を上り始めた。
ここ神楽町は都心から電車で一時間強という、そこそこ都会でほどほど田舎という、絶妙に中途半端な町だ。
普通ならベッドタウンとして重宝されるのだろうけど、快速が停まらないという致命的な欠点のおかけで、人口も増えないし発展もしないときている。
当然、町全体で年中過疎っているのだが、一年に一度、夏祭りの今日だけは別だ。
観光客の目的は、もちろんこの神社。
道は渋滞、駐車場はパンパン、参道だって歩くの大変なんだから。
なんでも町の中央にあるこの神社は、結構古くからある稲荷神社なんだって。
うん、興味ない。
いやいや、あたしたち地元の小学生だって、初詣と夏祭りの日以外はこんな場所こないってば。
だってさ、この神社、町を見下ろす山のてっぺんにあるのよ?
千段越えなんて馬鹿みたいに長い直線階段を普段っから登る気になる? ないない。
ってことで、他の観光客同様息を切らせながら階段を上り切ったあたしの目の前に、光あふれる大量の屋台群が出現した。
行き交う人々。喧騒。そして鼻孔をくすぐる美味しそうな匂いの数々。
「おおぅ、天国じゃぁ……」
目をらんらんと輝かせたあたしは、さっそくズラリと並んだ屋台群に突入した。
ジャガバタ、からあげ、お好み焼き、焼きそば。
リンゴ飴にかき氷、わたあめにフランクフルト。
学校の友だちも来ると思うけど、そのうちどこかで会えるっしょ。
まずは一人で、と屋台を覗いていたあたしは、とある屋台から目が離せなくなってしまった。
左はチョコバナナ屋さん、右は焼きイカ屋さんで、おのおの結構な列ができているのに、挟まれているこのお店には人が全然いなくて、紺色のダボシャツを着た店員のおじさんが大あくびをしている。
ツカツカっと近寄ったあたしは財布から千円札を抜き出すと、おじさんに話しかけた。
「おじさん、そこのピンクのヤツを一つ」
「お? おぉおぉいらっしゃい、お嬢ちゃん! えっとね……うん、千円ね」
「りょ!」
「待ちなさい!!」
不意に横から伸びてきた手に千円札を持った左手をむんずとつかまれたあたしは、手の主を見た。
ここまで走ってきたのか、ロングヘアの美少女が肩で息をしている。
「月奈じゃん。早かったね」
「下にアサヒの自転車があったから、慌てて登ってきたのよ。あんたに無駄づかいさせないためにね!」
それはクラス委員の成宮月奈だった。
ルナとは幼稚園からの付き合いになる。あたしの一番の友だち。
っていうか、ボケとツッコミというか……保護者?
ショートボブに白のデザインTシャツ、ピンク色のスカートの下に黒の七分丈レギンスと、よくいる普通の小学生女子のあたしと対照的に、ルナはサラっサラのロングヘアに黒のティアードワンピースで、実に美少女然としていた。
どうせどこかで会えるだろうとは思っていたけれど、ずいぶんと早い遭遇だったな。
「お嬢ちゃん、買うんかい? 買わないんかい?」
「あ、そうそう。えっとね、ピンクの……」
「買いません!」
「買うってばぁ! だってほら、めっちゃ可愛いじゃん!」
あたしは屋台に置いてある輪っかを指差した。
『スターライトブレスレット』と書かれたソレは、輪っかの部分に空気のつぶつぶの入った光るブレスレットだった。
色はピンク、ブルー、イエロー、グリーン、パープル、ホワイトの六種類。
暗いところで光らせると空気のつぶが星みたいに見えて、とってもきれいだ。
「あんた馬鹿なの? こんなの百円ショップで買えるじゃない」
「いや、買えないって。アレは単色だし、サイリウムでしょ? これは電池」
「電池交換できるの? 使い切りタイプじゃないの?」
「……さぁ」
「ほぉらごらんなさい! 今夜一晩で終わっちゃうようなものに千円も使ってどうするのよ!」
「嫌だ、買うぅぅぅ!! あ、そうだ。ルナも買わない? ほら、色違いで。友情の証ってやつ。ね? ね?」
「はぁ? 千円よ!? 買うわけないでしょ!」
「そんなこと言わずにさ、お友だち! フレンド! ズッ友! 幼なじみ!」
「買わないったら!!」
「まいどありぃ!」
ほおづえをつきながらあたしとルナのやりとりを見ていた店のオッちゃんは、五分後、ニコニコしながらあたしたちに光る輪っかを渡してくれた。
千円札二枚と引き換えに。
五分間あたしの説得を受け続けたルナが、あえなく陥落したのだ。
ミイラ取りがミイラになるとはよく言ったものだよね、あっはっは。
ちなみにあたしはピンク。ルナはブルー。
二個セットだから、両手首にピンク色の輪っかが光っている。
見ると、ルナがめっちゃ悔しそうな顔をしている。
「あーもぅ! わたしってばなんでこんなに流されやすいんだろう! こんな子供だましに千円も使うだなんて!」
「いいじゃん、子どもなんだから。ほら、キラっキラだよ? かっわいぃねぇぇ! あ、パインだ。パイン売ってるよ? パイン買おう!」
あたしは次の店で冷やしパインを買うと、早速かじった。美味しい!
ルナは冷やしキュウリだ。チョイスが渋い。
ルナは学級委員をやるだけあって普段とてもしっかりしているが、往々にしてあたしのお願いに屈する。
情に訴えるとコロリといくタイプだ。浪花節ってーの?
将来悪い男に引っかかったりしないか、あたしゃ今から心配だよ。なーんて。
チリリィィィィン……。
「ん?」
不意に風鈴のような澄み渡った音が聞こえた。
人ごみによる雑音がこれだけあふれているなか、澄んだ風鈴の音がピンポイントであたしの耳に入ってきたのだ。
ルナがいぶかしげな顔を向ける。
「どうかした?」
「いや、風鈴の音がね。どこだろ。ほら、かすかに聞こえる」
「……何も聞こえないわよ? 聞き間違いじゃない?」
「そんなことない。この音色は確かに風鈴だよ。でもガラスじゃないな。多分、鉄とかのやつ。……風鈴屋さんでもあるのかな」
「鉄? 南部鉄器とかの? さすがにそんな風流な屋台はないと思うわよ」
あたしは目をつぶって耳を澄ませた。
うん、確かに聞こえる。
「こっち。行ってみる」
「そっちは山よ? お店なんてあるわけないじゃない」
あたしは人があふれている参道からそれると、藪をかきわけ、山の中に入った。
誰かしら通る者がいるのか、かすかに踏み固められている感じがある。
細くて、どちらかというと獣道に近いけれど。
ルナが文句を言いつつ後ろからついてくる。
「これ本当に道? どこにも行きつかないかもよ? ねぇアサヒ、いい加減帰らない?」
「確かに道かどうかは微妙だよね。でもなーんか気になるんだ。ルナ、帰っていいよ?」
「そういうわけにはいかないわよ。アサヒのお母さんに頼まれているもの」
「それは幼稚園のときの話でしょ? あ、出た」
雑草をかきわけて進んだあたしたちは、ほんの数分で年季が入っていそうな石畳の階段に出た。
二人すれ違うのがやっとってくらい苔むした細い階段だけど、枯れ葉は落ちていない。
ってことは、それなりに誰か――おそらくは神社の関係者が整備しているってことだ。多分ここも神社の敷地内だろうし。
とりあえず下るのは後回しにして階段を上がってみると、すぐにちょっとした空き地に出た。
広さは六畳間くらいで土の地面。
空き地の周囲はぐるりと丈高い木で囲われており、中央にミカン箱程度の小さな石製のほこらが置かれている。
ほこらにはちゃんとしめ縄が張られているし、四手も思った以上に綺麗だ。
ほこらの両隣の灯篭には、ちゃんとろうそくの明かりが灯っている。
「ほらルナ、これ見て。ほこらに小さなおキツネさまの像が飾られてる。ってことは、ここもお稲荷さんなんだね」
「ほんとだわ。でもこんなとこ初めてきたわ。歩いてきた感じからすると、本堂の裏手の辺りなんだろうけど」
二人してほこらをまじまじと覗きこんだそのとき、突如としてほこらを中心にまばゆい光が発生し、あたしたちを飲み込んだのだった。



