日曜14時の落ち着いた雰囲気のカフェ。
私は、手元のメモを見ながら彼氏ーーだと私が思い込んでいただけなのかもしれない男性を待っていた。
『やたらに言葉だけは甘い言葉を使う』
『初めは小さな頼み事をする』
折原さんから教えてもらったことは、彼の特徴をこれでもかというほどに捉えていた。
「お待たせ、佳奈ちゃん」
現れた彼は、『事業が上手くいっていない』という普段の話の割に、綺麗なスーツに綺麗な靴、そして高そうな腕時計をしていた。
(……折原さんの言う通りだ。本当にお金に困っている経営者は、あんなにピカピカの靴を履かないし、見栄を張るための高級時計なんて真っ先に手放しているはずだ)
冷たく淡々と事実を指摘する折原さんの声が、私の頭の中で再生される。
向かいの席に座り、「ごめんね、仕事のトラブルで少し遅れちゃって」と甘く微笑む彰。以前の私なら、その憂いを帯びた笑顔だけで胸がときめいて、疑うことすら申し訳なく感じていただろう。
折原さんとは、ただ一度偶然、会っただけだ。
けれど彼は、無知な私を呆れながらも色々なことを教えてくれて、一度も私に見返りなんて要求しなかった。
ただ、過去の取り返しのつかない後悔を埋めようとするような、切実で、ひどく傷ついた目をしていたことだけが強く焼き付いている。
何度もデートを重ねて、楽しい時間を過ごしたはずの目の前の彼よりも。
なぜか、たった一度会っただけのあの弁護士の言葉のほうが、ずっと深く信頼できる気がした。
私はテーブルの下でギュッと拳を握り締め、意を決して口を開いた。
「あの……ね、いきなりで申し訳ないんだけど……この間貸した10万円、結局……どうなったの?『1ヶ月でなんとかするから』って……」
私の言葉に、彰の笑顔がほんの一瞬だけ、ピクリと引きつった。
「ああ、あれね。ごめんごめん、まだちょっと資金繰りが厳しくてさ。でも佳奈ちゃんのおかげで、なんとか最悪の事態は免れたんだ。本当に感謝してる。君は僕の女神だよ」
メモに視線を落とす。『息を吐くように歯の浮くようなお世辞を言う』。
「……そう、なんだ。でも、今月には返せるって言ってたよね?」
「うん、そのつもりだったんだけど、取引先の入金が遅れててさ。
あ、そうだ。実は今、その件でもう少しだけ繋ぎの資金が必要なんだ。佳奈ちゃん、あと5万……いや、3万でいいから、なんとかお願いできないかな? これを乗り切れば事業も軌道に乗るし、そしたら二人でハワイにでも旅行に行こうよ」
次なる要求。未来の約束による誤魔化し。
頭の中にある『折原京一監修・詐欺師チェックリスト』に、また一つ、綺麗に丸がつく音がした。
「……3万」
「そう! 3万でいいんだ。僕を信じてくれないかな?」
私が俯いて押し黙ると、彰は身を乗り出し、私の手を優しく包み込もうと手を伸ばしてきた。
「ーーその『取引先の入金が遅れている』という事実を証明する請求書と、御社の直近のキャッシュフロー計算書を見せてもらおうか。ハワイ旅行の計画を立てるのはそれからでも遅くはないだろう」
その時。
私の隣の席から、氷のように冷たいバリトンボイスが響いた。



