着替えたばかりの私に、折原さんはソファに座るよう促した。
彼は向かい側の席に深々と腰掛け、氷の溶けたグラスをテーブルに置く。
部屋の空気が、急に張り詰めたものに変わった気がした。
「その彼氏とやらとは、どこで知り合った」
尋問のような口調だった。私は膝の上で手をギュッと握りしめ、正直に答える。
「……仕事関連のセミナー、です」
「ふぅん。何の仕事をしてるって?」
「会社を、経営してるって言ってました。ベンチャー企業の、若手社長だって」
折原さんの眉がピクリと動く。その反応が怖くて、私は慌てて付け加えた。
彼ー彰のことを悪く言われたくなかった。私が彼を信じた理由を、わかってほしかったから。
「……すごく、努力家に見えて。毎日遅くまで仕事をして、夢を語ってくれて……だから私、彼を応援したいって……思いました」
「応援、か」
彼は冷たく鼻で笑った。
「その『応援』という名の搾取で、君は彼に金を渡したのか?」
「違います! 貸しただけです。会社が軌道に乗るまでの一時的な運転資金だって……」
「でも、金をたまに無心される」
彼の言葉が、鋭い刃物のように私の言い訳を切り裂く。
「……おかしいとは、本気で思わなかったのか」
「……っ」
言葉に詰まった。
本当は、何度も思った。「おかしい」と。
デート代がいつも割り勘なのも、私の家には来るのに自分の家には呼んでくれないのも、そしてお金の話ばかりするのも。
でも、その違和感に蓋をしていたのは、紛れもなく私自身だった。
私が俯くと、折原さんはふっと息を吐き、窓の外の闇を見つめた。
その瞳の奥には、私ではない誰かの影が映っているようだった。
「……昔、君と似たような馬鹿が知り合いにいた」
静かな声だった。けれど、そこには隠しきれない激情が渦巻いていた。
「無垢で、人を疑うことを知らない。世の中に底なしの悪意というものがある事を知らない、お花畑に住む住人だ」
「……その人は、どうなったんですか」
聞くのが怖かった。でも、聞かなければいけない気がした。
折原さんはグラスを強く握りしめ、ポツリと言った。
「そいつがどうなったか?」
彼は私の方を向き、残酷な結末を淡々と告げた。
「人生が台無しになるほどの借金を背負わされて、挙句の果てに――線路に身を投げた」
「え……」
血の気が引いた。
線路。自殺。
彼の言葉が、生々しい映像となって脳裏をよぎる。
「残念ながら、よくある話だ」
彼は表情を消して続ける。
「騙した側は何の罪にも問われず、のうのうと次のカモを探して生きる。その一方で、騙された側は一生を棒に振るか、命を絶つ」
「そんな……」
「理不尽だろ? だが、それがこの世の仕組みだ」
折原さんは立ち上がり、私の前に立った。
見下ろす彼の顔は、死神のように冷たく、けれどどこか泣いているようにも見えた。
「だが、奴らには共通の手口がある。……知識さえあれば、痛い目を見ずに済む」
彼は私に手を差し出した。
救いの手なのか、それとも地獄への招待状なのか。
でも、今の私には他に縋るものはなかった。
私は震える手で、その冷たい指先を握り返した。
「――教えてください」
私の声に、彼は小さく頷いた。



