熱いシャワーを浴びて、ようやく体の震えが止まった。
バスルームの脱衣所の籠には、彼が用意してくれた着替えが置かれている。
「……これ」
それは、淡いベージュ色のルームウェアだった。
肌触りの良さそうな、モコモコとした素材。
けれど、違和感があった。それはビニールのパッケージに入ったままで、値札のタグすら付いたままの「新品」だったのだ。
(新品? わざわざ私のために買ってくる時間なんてなかったはずだし……)
不思議に思いながらも、濡れたままでいるわけにもいかない。私はパッケージを破り、その柔らかな布に袖を通した。
サイズは少しゆったりしているけれど、驚くほど着心地が良い。
ドライヤーで髪を乾かし、恐る恐るリビングへ戻る。
折原さんはキッチンカウンターで、また新しいグラスに酒を注いでいた。
「あ、あの……お借りしました」
私が声をかけると、彼はグラスを持ったまま振り返り、私を一瞥した。
その目が、私の姿を捉えた瞬間、わずかに――本当にわずかに見開かれた気がした。けれど、すぐに興味なさそうに視線を逸らされる。
「サイズは合ったか」
「はい、ぴったりです。……でも、これ」
私は袖口を少し掴んで見せた。
「新品でしたけど……よかったんですか? 開けちゃって」
男性の一人暮らしの部屋に、女性物の、しかも未開封のルームウェアがある。
その意味を考えたくないけれど、考えてしまう。
彼は琥珀色の液体を一口飲むと、無感情に答えた。
「構わない。どうせ捨てるつもりだったゴミだ」
「ゴミって……こんなにいいものなのに」
「半年前に出て行った同居人が、忘れていったものだ。いつか使うかもしれないと置いていたらしいが、結局一度も封を開けることなく消えた」
同居人。
さっき彼が言っていた、別れた恋人(と私が思い込んでいる人)のことだろうか。
彼女のために用意された服を、私が着ている。その事実に、なんだか悪いことをしているような、そして少しだけ胸の奥がチクリとするような感覚を覚えた.
「……彼女さんの、だったんですね」
「訂正しておくが」
彼はグラスを置き、冷たい声で遮った。
「そいつは俺の女じゃない。ただの……救いようのないバカな身内みたいなもんだ」
「身内……?」
「……詮索はやめろ」
彼はそれ以上語ることを拒絶するように、ソファにドカッと腰を下ろした。
「嫌なら脱げ。その辺に裸で立ってろ」
「い、嫌じゃないです! 借ります、着させてください!」
私は慌てて自分の体を抱きしめた。
彼の言葉は乱暴だけれど、その「同居人」に向けられた感情が、単なる嫌悪ではないことくらい、鈍感な私にも分かってしまった。
未開封のまま残された服。それを半年間も捨てられずにいた彼。
(……この人は、まだその人のことが忘れられないんだ)
私はそう勝手に解釈し、切なさと、少しの羨ましさを感じながら、彼の向かいのソファに浅く腰掛けた。
ふわりと香る新品の服の匂いが、今の私には少しだけ苦かった。



