執行猶予の恋人




妹からもらった最初で最後の手紙は、どこまでも綺麗な文字で綴られていた。

震える手で封を開けたとき、インクの匂いと共に、彼女の几帳面な性格がそのまま紙の上に滲んでいるようだった。

“大好きなお兄ちゃんへ”

視線が落ちる。呼吸が浅くなる。

“こんなことになってしまってごめんなさい”
“馬鹿な妹でごめんね”
“大学に行かせてくれてありがとう”

警察からの報告によると、借金の額は600万円に上ったらしい。

俺が、今の職場で数ヶ月働けば稼げる額だ。
俺からすればなんてことはない金額で、でも社会に出たばかりの彼女にとっては、一生かけても返せない絶望的な数字に見えたのだろう。
その認識のズレが、事実が、なんとも滑稽で、吐き気がするほど残酷だった。

俺に相談してくれれば。

たった一言、「助けて」と言ってくれれば。
小切手一枚で済んだ話じゃないか。

なんで死ぬんだ。なんで、金なんかで。


6歳離れた妹は、自分にとって手は掛かるにしても最愛の存在で、唯一の「救い」だった。

両親を早くに亡くした俺たちにとって、俺は兄であり、父親代わりでもあった。彼女は純粋で、人を疑うことを知らない無垢な性格に育った。

……だからこそ、こうなってしまったのかもしれない。

ワンルームマンション投資詐欺。

よくある話だ。弁護士になってから何度も相談を受けたような、あまりにテンプレすぎる内容。

手口も、契約書も、脅し文句も、全てが陳腐なシナリオ通り。

けれど、自分の妹に限って。

そう思った時には、全てが遅かった。

『看護師になりたい』

そう夢を語る彼女に対し、『学費なら自分が出す』と即答したのは、何より彼女に幸せになって欲しかったからだ。

人の痛みに寄り添える彼女なら、きっといい看護師になる。そう信じて疑わなかった。

線香の煙が、視界を白く濁らせる。
祭壇に飾られた遺影と目が合う。

遺影は、看護学校の卒業式の時に俺が撮ったものだ。
桜の下、未来への希望に満ち溢れていた笑顔。

こんな時に使うはずじゃなかったのに。
これは、結婚式や、家族のアルバムのために撮ったはずだったのに。

「……ッ」

こみ上げる嗚咽を飲み込み、思わず血が滲むほど唇を噛んだ。
鉄の味が口の中に広がる。

この痛みだけが、これが現実なのだと俺に突きつけていた。