君がいてくれて。

私が倒れてから2ヶ月が経った。
もうこの部屋から出ても大丈夫だと先生から伝えられて今日から1週間、心臓移植の相談を両親とするために一時退院することになった。
「ご両親には連絡がついているけれど迎えに来られるのはおばあ様だから病院の表口の所で先生と待っていましょうか。」
1週間家に帰れる事は私にとって少し勇気のいる事だった。
もうどれぐらい会っていないかも分からないほどの両親。
いつも面会に来てくれていたのは母方の祖母だったけれど両親と住んでいるところは別。
つまり1週間は両親と3人で生活すると言うこと。
私の心の中は不安しかなかった。

軽く荷物をまとめて星川先生と外に出るとタクシーを停めて待っていてくれていたおばあちゃんの姿があった。
「おばあちゃん……!」
「優花ちゃん。待ってたよ。星川先生。ありがとうございます。」
おばあちゃんは私に優しく声をかけると先生の方に向き直って頭の深く下げた。
「いえいえ。1週間、優花ちゃんとしっかり話し合ってあげてください。」
「はい。では、失礼致します。」
そういうとおばあちゃんは私にタクシーに乗るように促す。
私とおばあちゃんが乗り込むと星川先生はお辞儀をして私にいつもの優しい笑顔で手を振ってくれた。
手を振り返すとタクシーはゆっくりと走り始める。
私は先生が見えなくなるまで心の中の不安をかき消すように手を振り続けた。

「帰りました……。」
おばあちゃんが家のドアを開けてくれて深呼吸をした後、1歩家の玄関に足を踏み入れる。
「おかえりなさい。優花ちゃん。」
「優花。待ってたぞ。」
奥の部屋から歩いてきたスーツ姿の両親。
この後もお仕事なのかな……。
そう思って顔を少しあげると笑顔の2人が立っていた。
その笑顔までもが怖いと思ってしまう私に嫌気がさす。
ずっと会っていなかった両親に優しくされると怖いと思ってしまうのは私だけ……?
「遅くなりました...。」
「いいのよ。でも、私達この後もお仕事があるから今日はあまり話せないけれど許してね。」
その言葉に静かに頷いてリビングに続く廊下を2人の後に続いて歩く。
「さ、座って。」
「はいっ……。」
怖い……。
何を言われるか分からない恐怖とどうしていいか分からない不安が混じってお母さん達の方を向けない。
「治療の事だけど。お金は払うわ。予定は先生とかおばあちゃんと決めてね。私達はいつでもいいから。」
「父さん達は忙しいから何かあったら先生に連絡してもらうようにするよ。多分当日は行けないからね。」
え……?話……、勝手に決まって……。
「えっと……私まだにも……。お、お母さん、私の話は……。」
まだ私の中ではやるかもちゃんと決まっていないのに
どんどん話を進めていく両親に私がそう尋ねると不思議そうな顔をしてお母さんは私にこう告げた。
「え?だってやるんでしょ?お母さん達忙しいから時間かけて決めてる時間ないの。他に決める事あったら先生達と決めてちょうだい。」
「え……?」
私が次の言葉を発する前に立ち上がった2人。
「それじゃあ、お母さん達この後仕事が入ってるから。ご飯は適当に食べて。」
それだけ言い残すと肩下げのカバンを持って2人ともリビングを出ていった。
ガシャンと玄関のドアが閉まる音がして家の中は一気に静かになる。
「樹くん……どうしたらいいの……。」
そう言っても答えてくれる人はここにいない。
怖くなって目から涙が溢れそうになった時、家のインターホンがなった。
「誰……?」
少し戸惑いながらも外が映し出された画面を見るとそこには先程別れたはずのおばあちゃんが写っていた。
なんで……。
「おばあちゃん……!」
私はそう叫びながら玄関のドアを開ける。
「優花ちゃん。……やっぱり……。ごめんねぇ。迎えに来たからおばあちゃんの車に乗りんさい。」
「うんっ……。」
少し安心して助っ席に乗り込むとおばあちゃんは運転席に座って私の方を向いた。
「優花ちゃん。今からおばあちゃんが言うどちらかを選んでね。まず1つ目。おばあちゃん家に今日から1週間泊まる。2つ目。今から病院に戻る。どっちがいい?優花ちゃんが選びなさい。」
そう言ったおばあちゃんの表情は真剣だった。
「えっと……。」
自分の気持ちを言っていいのかが分からなくて黙っているとおばあちゃんは微笑んで私の頭の優しく撫でた。
「自分の気持ちを言いなさい。誰も優花ちゃんの言葉を否定しないわ。」
その言葉に涙が溢れてきて涙をポロポロ流しながら私はおばあちゃんに小さな声で呟いた。
「……病院、戻りたい……。」
「うん。ありがとう、答えてくれて。」
そのままおばあちゃんは車を病院へと走らせてくれる。
病院の入口が見えた頃、その近くに見覚えのある人が2人、こちらを見て立っていた。
樹くん……!紘くん……!
2人の姿が見えた瞬間また目から涙が溢れ出す。
「……優花ちゃんは優しいお友達を持ったのねぇ。おばあちゃん嬉しいわぁ。」
車がゆっくりと停止すると私はドアを勢いよく開けて2人の方に全力で走り樹くんに抱きついた。
「優花……!?なんでここに……。え、紘どういう状況なの。」
そう言いながらも樹くんは私を優しく受け止めて私を慰めるように背中を撫でてくれた。
「後から説明する。……優花、おかえり。」
紘くんも表情は見えないけれどそう言葉をかけてくれて私の頭にぽんっと手を置いた。
「優花ちゃん、戻ってきた……!?」
大きな声がして少し顔をあげると星川先生も駆けつけてくれたみたいで焦ったような少し安心したような表情の先生がそこに立っていた。
「良かった……。」
先生はほっとした顔に変わると見守っていたおばあちゃんの方へと歩いて行った。
「すみません。ありがとうございました。」
「いえいえ。先生、こちらこそすみませんでした。うちの息子達にもしっかり言っておきますから。治療の事で何かあれば私が対応します。また連絡して貰えるとありがたいです。」
「はい。ありがとうございます。」
先生がおばあちゃんに頭を下げるとおばあちゃんはかえすように頭を下げた後、私の方を見て微笑み車の方へと歩いて行った。
「優花。1回落ち着こうっ。大丈夫?」
樹くんの言葉に何も返せないでいると泣き止まない私をなだめるように頭を撫でてくれた。
「泣きたい時もあるよね。大丈夫だよ。僕達ちゃんとここにいるから。」
私はきっと自分の話を両親に聞いて欲しかった訳じゃない。誰かに気持ちを聞いて欲しかった訳でもない。
ただ、大切な人に寄り添ってもらいたかっただけ。