五月の気持ちの良い月曜日、放課後。
私たちの青春の一ページ(一日目)がはじまる。
ちなみに〈青春〉とはイコールで〈麻雀〉という意味になりますのであしからず。
放課後。教室に残っていた私たち仲良し四人組は、一度職員室へ向かった多井先生の帰りを待っていた。
「部室、どんな感じかな」
「広いと良いな」
「狭くても良いからきれいだと良いわ」
四人、思い思いの部室を想像する。私はそれよりも、早く麻雀を打てるようになりたいと思ってやまない。昨日、家に届いた新しい麻雀牌を思い出すたびに、あの艶やかな牌をまた触りたいと思っていた。キレイに並んだ牌を眺めたい。触りたい。
「アンコ、気持ち悪い笑い方になってる」
カンカンが引くように私の顔を見て言った。
「おーい、そこの四人。部室のカギ借りてきたから、部室に行くぞ!」
ろうかから多井先生が教室の私たちを呼ぶ。私たちは「はーい」と元気よく返事をするとカバンを引っ提げて教室を出た。
「部室ってどこですか?」
「何階?」
私たちが後ろから尋ねると、多井先生はすこし視線を逸らすように「一階」と素っ気なく返すだけ。私たちはお互いに首をかしげていると、階段を降りだした。
「一階には理科室と美術室と職員室で、空き教室ってないですよね?」
かみちゃが私たちにも確認するように尋ねると、多井先生は「それはな、空き教室は、そうだな」とやはり歯切り悪く返事をするだけ。
階段を降りると、多井先生は立ち止まった。私たちも階段の途中で立ち止まる。
「多井先生、危ないよ」
「どうしたんですか?」
すると多井先生は「あー、部室なんだが……」と言いづらそうに口をすぼめたり閉じたりしながら話し出した。
「使う予定だった部室なんだが、今ほかの複数の部活が一緒に物置にしててなぁ。その片付けとかそうじで、ひと月ふた月は使えそうにないんだ」
多井先生はそう言うとカギを取り出した。
「だから、今はここしか使えなくてな。まあ、お前たち四人と先生の五人だったら入れるが、狭いんだ」
そう言うと多井先生はカギを階段下の小さなトビラに差し込んだ。
私たち四人はそろって「え」とおどろきが漏れた。
「それで、緊急の麻雀研究部の部室がここってわけだ」
「いや、ここって……」
そこは階段下の小さな部屋。しかも半地下なそこはなんとも不気味な小部屋だった。
「まあ、ここしかないっていうんだから、しょうがないよね」
「部室がないから活動できないよりは、まあね」
私とカンカンは笑いながらパイプ椅子に腰かけた。チーもパイプ椅子のサビや汚れを気にしながらもそっと椅子に座る。きれい好きのかみちゃだけがしばらく内なる自分と葛藤するように顔をしかめていた。
「かみちゃ、つらい?」
「ううん。みんながいるし、だいじょうぶ」
かみちゃは意を決するように深くうなずくと私が選んだ比較的きれいなパイプ椅子に腰かけた。そんな四人の様子にすこし安堵気味の多井先生も入り口近くでパイプ椅子を広げて座った。
「半地下だが窓があるから換気できるし、住めば都って言葉もあるからな。なじむころに出ることになるだろうが、まあこの人数なら悪くはないだろ」
そう言うと多井先生はわきに抱えていたファイルから一枚の紙を取り出した。それを五人の中心に置かれた一つのつくえの上に置く。
「今日は部長と副部長を決める。それから年間計画と年間目標も決めたい。それを部活の総括をしてる担当の先生と教頭、校長先生の了承とハンコをもらって、正式に部活となる。四人からはもう入部の届けはもらっているが、最後にこの申請の書類を仕上げれば、晴れて正式な〈麻雀研究部〉の発足となる」
私たちは「わかりました」とうなずいた。
「で? 部長と副部長はどうする? くじ引きか? それとももう決めてるのか?」
多井先生の質問に、かみちゃが「まだそういう話はしてませんでした」と答えると、ほかの三人もうんうん、とうなずいた。
「だれかやりたい奴いるか? べつにルールを知らなくても部長になって構わないぞ。だれがなってもやれるだろ、このメンツなら」
多井先生の言葉に、私たちはお互いを見合った。そして視線が私の方に集まるのを感じた。
なぜかこういうときって、私がリーダーになるんだよなあ。
昔から、班長決めとかリーダーを決めるとかになると、みんなが私にやらせるんだ。
べつに、イヤじゃないけど、今回はな……。
「多井先生」
「なんだ、東野」
私はふと本田先輩のことを思い出した。
「本田先輩に入部してもらって部長になってもらいたいです」
するとカンカンが「本田先輩ってだれ?」と首をかしげた。
チーが「土曜日に麻雀打ちに来てた先輩だよ」と注釈する。
そしてかみちゃが「ああ、アンコが惚れてた人ね」とイヤそうな顔でうなずいた。
私は「でへへ」と照れ隠しのように笑う。
多井先生は「ああ、本田な。先生からも誘ってはみたんだ」とむずかしい顔をしながらうでを組んだ。
「もともとバスケ部に入ってるんだ。兼部がそもそもむずかしい」
「そんなあ……」
「が、それは建前でだ。麻雀研究部には入りたくない、って言われたよ」
「えー?」
私は思わず残念さ百パーセントの声を上げてしまう。
多井先生も「な、残念だよな」とうなずいた。
なんでも「僕は麻雀には本気なんです。上を目指しているんです。新人を教えるとか、そんなレベル低いことをするぐらいなら英単語を覚える方が有意義です」と多井先生相手にもばっさりだったそうだ。
でも、私は多井先生からその言葉を聞かされて「カチン」ときた。
「多井先生」
「うん?」
「本田先輩、バスケ部って言ってましたよね?」
「ああ」
「活動日は?」
「月水木だったかな」
「じゃあ、今日はバスケ部あるんですね」
「あ、ああそうだが――」
私はおもむろに立ち上がると、両隣に座っていたチーとカンカンのうでを引いてその小部屋を荒々しく出て行った。何事かとかみちゃと多井先生も後を追う。
私たちはバスケ部が活動中であろう体育館へと向かった。
「たのもう!」
私は体育館に入ると、バスケ部らしき人たちをみつけると「本田先輩はいらっしゃいますか!」と大声で尋ねた。
バスケ部の男子生徒たちは一年生の指導中だったのか、そろって床に座っていた。その中でひときわかがやいている生徒――本田先輩が「僕だけど」と言って立ち上がった。
訳が分からない周りのバスケ部員たちは誤解をしているのか「ヒューヒュー」と口笛を吹いて煽るが、私は無視して本田先輩のもとに向かった。
「本田先輩。私、麻雀研究部の東野杏子って言います」
「麻雀研究部……ああ……そういう……」
本田先輩は私のうしろでうろたえている多井先生を見上げながら何かを察したようにうなずいた。
「本田先輩に麻雀研究部との兼部をお願いしたいです!」
「多井先生にも誘われたけど、僕はもう断ったよね」
「なので私からお願いに来ました」
「僕は君を知らないし、恩があるわけでもないよね。入らないよ」
「どうしてもですか?」
「どうしても」
「どうしても、どうしてもですか?」
「しつこいよ。そもそも――」
本田先輩は多井先生を見ながら「初心者ばかりの麻雀部に入るのは時間の無駄」とはねつけた。
言葉こそは多井先生に向かって言っているようで、でも私の心に直接打ち込んでくるような鋭い言葉に、私も思わず「くぅ」と顔をしかめた。
バスケ部の男子部員が「女の子を泣かせたぁ」とからかうが、本田先輩は「うるさい」とその部員へも冷たくあしらう。
「なあ、本田。初心者初心者というけどな。こいつらも真剣なんだ。一ヵ月特訓したら、そこそこできるようになると思うんだ」
「それが? 僕は小学校に入ってからずっとやってきました。彼女たちと七年ぐらいのへだたりがあります。それが一ヵ月で埋まりますか?」
「だから、それを本田自身で見て決めてほしい」
多井先生は私をかばうように前に立って「提案なんだが……」と本田先輩の正面に向かった。
「こいつらを一ヵ月で先生が麻雀を打てるようにする。この四人のうち三人と本田が麻雀をして、一人でも本田に勝てたら、どうだ? 部員になってくれないか?」
「…………」
本田先輩はその提案すら「時間の無駄」と思っているように私は感じた。
けれど本田先輩は「半荘だけなら」としぶしぶうなずいた。
うしろでかみちゃが「ハンチャンってなに?」とチーに尋ねているのがみえた。
すると本田先輩は「クスっ」と笑う。
「多井先生、先は大変そうですが、せいぜいがんばってください」
「ああ、がんばるよ。――日にちが決まったらまた知らせるな」
多井先生はそう言うと私たちの背を押しながら体育館を出るようにうながした。
私はふと心のスイッチが入った音がした。
多井先生のうでをすり抜けると、大声で「本田先輩!」と叫んだ。
本田先輩はもう用が済んだとばかりに床に座ろうとしていて中途半端な姿勢になっている。それでもかまわず私は言った。
「私はそのとき、絶対に一緒に麻雀打ちます。本田先輩と麻雀がしたいから!」
すると私の意図に気づいた周りの男子部員が「おお!」と歓声が上がり、口笛がヒューヒューと吹きならされた。
本田先輩は「よっこいしょ」とゆっくり立ち上がると、不敵に笑った。
「どんなに麻雀が運の要素が強くても、君が勝つには二十年早いと思うよ」
「それでも! 私はがんばりますから!」
鼻息の荒い私は、そのままドシドシと体育館をあとにする。多井先生たちを置いてきぼりにして。
「燃えてきた! 早く麻雀がやりたいです!」
場所はもどって半地下の小部屋。
私は一人、メラメラと燃えているが、ほかの三人も……そして多井先生でさえ呆然としていた。
「今日は麻雀やれないんですか?」
「あ……ああ、すまない。今日は部長と副部長を決めて、年間目標と年間計画を立てて終わる予定だ」
「明日から?」
「明日から」
私は武者震いしながら「明日が楽しみです!」と興奮していた。
「それならさっさと決めちゃおう、な? 部長はとりあえず東野で良いか?」
私は「はい! やります! やったりますよぉ!」と堂々挙手をする。
三人も「異議なし」と拍手を送ってくれる。
「副部長は? 二人まで決められるが、一人でもだいじょうぶだ」
するとかみちゃがそっと手を挙げた。
「お、北条がやるか?」
「そうじゃなくて……私、習い事で金曜日は部活に出られないんです。ほかの曜日も場合によっては部活早抜けするかもなので、できたら私以外の二人から決めてほしいです」
そう……かみちゃは主要五科目の家庭教師に加えて、バイオリンやピアノも習っているハードスケジュールなお嬢様。本当は部活も週に一度ぐらいしか出られないところを〈みんなで過ごしたい!〉という彼女の熱い気持ちと「成績をトップでキープする」ことを条件に麻雀研究部の週四の集まりのうち週三日出られるように親を説得したのだった。
だからこれ以上、彼女に負担は掛けられない。
「それなら、あたしがやります」
チーが手を挙げた。私もカンカンも「文句なし!」と拍手をする。
多井先生は書類の紙の、部長と副部長の名前を書く欄に私とチーの名前を書いていく。
「年間目標と計画だが、これは先生があらかじめ決めておいた。年間目標は〈麻雀を通じて地域交流や他校との交流をはかる〉。意義は?」
私たち四人はちらっと顔を見合わせてから「ないです」と声をそろえた。
「年間計画。これは夏までに部員全員が麻雀の基礎を覚えて、夏休みの中学生対象の大会に出ることが第一目標。出ること、が今の目標だ。勝つことより交流が主な目的だが、でも勝てたら良いよな」
私は「勝ちたいです!」と両手を強くにぎってうなずいた。
「二学期三学期ではほかの中学や高校の麻雀クラブや麻雀研究部に当たって、交流対戦したいと考えている。いざ実現するとなると土日もあつまることになるが……」
多井先生がかみちゃの方をちらりと見る。当然、忙しいかみちゃは土日もスケジュールが埋まっている。部活どころか私たちと個人的に会うこともむずかしいだろう――それをかみちゃはどう説明しようかと口元をもぞもぞとしているのを見て、察した私が手を挙げた。
「本田先輩が入ってくれるので大丈夫です」
「ははっ、そうだな」
多井先生も笑ってうなずく。
かみちゃが私の方をみて小さく「ありがと」とつぶやいたのが聞こえた。私は親指を立てて「良いってことよ」とほほ笑んで見せる。
「それじゃあ、この予定で進めていくつもりだ――」
多井先生が書類を書き上げたタイミングで、半地下の小部屋のとびらを叩く音が聞こえた。
「どうぞ?」
多井先生が半開きだったとびらを押すと、ものすごく背の高い男子生徒が体をかがめて「はじめまして」と小部屋をのぞき込んだ。体操服を着ているから、運動部だろうか? 多井先生に用があるのかもしれない。
「まるで不思議の国のアリスでアリスが大きくなっちゃって小さな部屋をのぞいているみたい」
カンカンがファンタジックながら的確なたとえをつぶやく。
「おまえは……四組の竹中だったか?」
「はい」
「どうした?」
「えっと……ここが麻雀研究部ですか?」
「そうだ……なんだなんだ、入部希望か?」
多井先生がニヤッと笑いながら竹中という男性生徒のうでを半地下の内部へ引っ張る。
百八十センチはありそうな長身で、がっしりした体格。柔道部やラグビー部にいそうな人だ、と私は思った。
「はい。テニス部と兼部になるんですが、良いですか?」
「ああ……あ? え、本当に入るのか?」
「はい、入りたいです」
すると竹中という生徒はちらっと私の方をみて笑った。
「グラウンドからでも体育館のあの堂々としたすがたが見えたよ。気になって探しに来ちゃいました」
はにかむ竹中くんに、私はようやく自分が体育館でしでかしたことを思い出しては恥ずかしくなってしまった。
「でも、竹中って麻雀できるのか?」
「ええ、まあ、ちょっとは……」
「そうか。まあ部員は大いに越したことはない。入部希望は大歓迎だ」
体を縮こませながら多井先生から入部届を受け取って説明を受ける、一年四組の竹中健太郎くん。
彼が後に麻雀研究部を引っ張っていく、本田先輩にも負けない麻雀の打ち手であることを、私たちはまだ知らない……。

