私の名前は東野杏子。
ひがしのきょうこ、と読むけれど、友だちからは〈アンコ〉って呼ばれてる。
杏子で〈アンズ〉って読めるから、アンズに〈子〉を足して、アンコ。
私には幼稚園からずっと仲が良い友だちが三人もいる。
一人目は南郷知美(なんごうともみ)。あだ名は〈知美〉からチー。
四人組で一番、運動ができる子。でも男っぽいとかそんなことはなくて、私たちの中じゃ一番〈美容〉に気を使っているし、休日はお化粧もしているおしゃれさん。
二人目は西浦みかん。あだ名は〈みかん〉から、カンカン。
おっとりした子なんだけど、たまに関西弁が出ちゃう変わった子。
「あかんあかん!」って言って走っているのをよく見る。だから〈カンカン〉って呼ばれてるんだ。
そして三人目が北条実夏子(ほうじょうみかこ)。あだ名はかみちゃ(ん)。
北条医院という私たちの地元で知らない人はいないぐらいの大きな病院の三女で、お嬢様。頭もめっちゃいいし、お家でいろんな習い事の家庭教師を雇っていて、バイオリンとかピアノができる。意外な特技とか技をたまに見せては私たちをおどろかせるすごい子。
この中だと私が一番目立たなそうだけど、なぜかグループのリーダーだって言われてる。
なんの特技も自慢できるものもない、ヘイボンな女の子なんだけどね。
この物語は私たち四人の〈青春〉の記録。
ちなみに〈青春〉とかいてこのお話では〈まーじゃん〉と読むよ。
その理由は、これから……。
☆☆ ☆
ゴールデンウイーク明けの登校日。
帰りのホームルームでぼんやり窓の外を見ていたら、担任の多井先生が「聞いてるのか、東野!」と私の名前を呼んだ。
「ほ?」
「ほ? じゃない。おまえと南郷、西浦と北条の四人は放課後職員室まで来るように、って言ったんだ」
「なんで?」
「なんで? 自分の胸に手を当てて聞いてみろ」
私は自分の胸に両手を当てて目を閉じた。
一、二、三……。三秒考えた、でも。
「わかりません!」
私はすがすがしいとびっきりの笑顔で答えた。
多井先生は教壇からずっこけた。
「次の数学の宿題、おまえだけ倍にするからな」
多井先生はじょうだんか本気か分からないことを言うと「号令」と言った。
号令係が「起立、気を付け、礼!」と流れるように言う。私たちも流されるままに立ってお辞儀をした。
(……私、なにか悪いことでもしたのかな?)
私はまだ胸に手を当てていたけれど、やっぱり思い当たらなかった。
多井先生がさっさと職員室に行ってしまったので、私は三人と合流して一緒に教室を出た。
「私たち、何かした?」
私がカンカンに聞くと、カンカンも「してないよねー?」と首をかしげて見せた。するとかみちゃとチーが「やれやれ」と笑う。
「どうせあれだろ? な、かみちゃ」
「だろうね、チー」
二人には分かっているようだった。
「なになに?」
「うちらにもわかるように教えてー」
かみちゃとチーは顔を見合わせてから「部活」とそろって答えた。とたんに私とカンカンはゲッソリとした顔で「……ああ……」と合点した。
私たち四人はいつも一緒。当然、中学校からはじまった部活動も一緒に入ろう、と決めていた。でも、どの部活を見学しても「ここに入ろう」と意見が一致することがなかった。お互いに譲りあうところもあれば譲れないところもあって、部活が決まらないままズルズルと来て、五月。
多井先生が私たち四人を呼び出したのは「早く部活に入れ」という意味だったのだ。
「なんで部活に入らないといけないんだろうね」
「そうそう。勉強がんばれば良いじゃんね」
「アンコは勉強もがんばってないけどな」
私はチーにするどいことを言われてしまい「ぐう」とうなる。
そうこう話しているうちに職員室へ着いてしまった。
「おまえたち、遅いぞ」
職員室から出てきた多井先生は、職員室内の先生方に「指導室借りますね」と言って手に持っていたカギをかかげた。何人かの先生が「どうぞ」「はーい」と返事をしたところで多井先生は職員室の数歩となりにある〈生徒指導室A〉のカギを開けて私たちに入るよううながした。
「さて。なんで呼ばれたか分かっているか?」
私たちは顔を見合わせてから「部活」と答えた。多井先生は「そうだ」とうなずく。
「入部届を出していないのはもうお前たち四人だけだ。そろそろ決まったか?」
私はすかさず「はいっ!」と挙手をした。
「センセイ、帰宅部って選択肢は――」
「東野。それはもう三回目の質問だな。そして答えるのも三回目だ。――ダメだ」
私は「ケチ」とつぶやく。
「ケチ? お前たちが正式に帰宅部として部を設立して週に一度レポート提出、長期休みでも学校に来て下校するというなら考えても良いぞ」
するとカンカンが「それじゃあ帰宅部じゃないよ、ふつうに部活だよ」と泣きそうな声で言った。ただでさえ悲しいほどに八の字のまゆが、もっと下がっていく。
多井先生もつりまゆがつられて下がっていく。
「おまえたちなあ……。楽な部活はあるんだし、とりあえずどこかに入るだけで良いんだぞ?」
「それがそうなんですけど、四人とも意見の合う部活がなかなかないんです」
かみちゃがそう言うと、ほかの三人が「そうそう」とうなずいた。
「お前たちの仲の良さは認めるが、部活ぐらい離れても良いじゃないか」
「ダメです!」
私とカンカンが声をそろえて否定した。それをチーとかみちゃが申し訳なさそうにうなずいた。
かみちゃとチーは高校進学で他県へ行くことがほぼ決まっていた。
つまり、四人でいられるのはこの中学の三年間が最後。
大学で再会できる保証もない以上、この三年間でできるかぎり多くの思い出を作りたかった。
だから、部活動も絶対に四人が一緒じゃないといけない。
……でも、だれかが興味のないこと、イヤなことを強要するのもイヤだった。
それが、私たちの部活がなかなか決まらない一番の理由だった。
「地域ボランティア部とかどうだ?」
「そういうの、性に合わないし……」
「ね……」
チーと私が多井先生から顔を反らすように向き合って苦笑する。
「英語スピーチ部とか、討論研究部は?」
「うち、英語苦手やし」
「カンカンは英語に触れるとジンマシンが出るんです」
「どういう体質なんだ……」
多井先生はガックリと肩を落としてしまった。
まるで私たちが問題児で手を焼いている、と言いたそうだ。
「四人とも成績は悪くないし素行も悪くないのに、まるで問題児だな」
ありゃりゃ、言われてしまった。
「囲碁部とか将棋部はダメなのか?」
「男子ばっかなので」
チーがそう言うと、かみちゃが激しくたてに首を振った。
かみちゃは父親以外の男の人が苦手だ。クラスメートといえど、男子には決して近づかない。男性恐怖症というより、男子に対する潔癖症のようなものを持っていた。当然、家庭教師は全員女性だ。
「センセイ」
私は前のめりになった。
「どうか、私たちのことを見逃してくれませんか」
「真面目そうに不真面目なことを言うな」
「じゃあ、どうしろっていうんですか」
「…………」
多井先生は一瞬だけ絶望したような表情を見せた。けれど次の瞬間には目をかがやかせて言った。
「実は昔、麻雀研究部というのがあったんだ」
「麻雀?」
四人の頭上には〈はてな〉マークが浮かぶ。
「でも、当時は麻雀といえば賭け事、子どものすることじゃない……と一年も経たずに廃部にさせられてしまったんだ。部員も集まらなかったしなぁ」
「それが……?」
「おまえたちでこの〈麻雀研究部〉を復活させてみないか?」
私たちの頭上の〈はてな〉はまだ消えない。
「麻雀、やったことないです」
「わたしも」
私とかみちゃが恐る恐る手を挙げた。対してチーとカンカンは「家族と遊んだことあるけど、ルールとかはちゃんと知らない」と答えた。
多井先生はうでを組んで言った。
「先生が教えるよ。開いている部室はあるし、麻雀牌は昔の部の設立時に買ったものがまだある。おまえたちさえ週に一度でも集まって麻雀のゲームをしたりルールを勉強してくれれば、先生がいろいろ手伝うよ。どうだ?」
私たちは顔を見合わせた。
「週に一度でいいなら」とかみちゃが最初にうなずいた。
「頭を使いそうだね。いいよ、やってみたい」とチーもうなずく。
「うちも! いつも家族に負けてて悔しかったから!」カンカンも乗り気になった。
ここまでくれば、私の意見次第だ。
私はすこしだけ考えたけど、麻雀はしょせんゲームだよね、という気持ち、そして三人とも乗り気なのを見て「やります!」と手を挙げた。
「よし、決まりだな」
多井先生が気持ち悪いほどニヤリと笑ったのを見逃さなかった。でも、それが私たちの三年という短くも濃い〈青春〉のはじまりになった。
☆ ☆ ☆
さっそくその週の土曜日に私たち四人は多井先生に呼び出された。
なんでも「まずは本物の麻雀を見学しよう」ということだった。
私たち四人と多井先生は中学校の校門前で集合すると、そこから駅の方へと向かった。駅の近くに雀荘があり、そこに今日多井先生の知り合いを呼んでいるとのことだった。
「多井先生の知り合いだと、おじさんだよね」
「おじいさんかもよ」
私とカンカンがそんなことを話していると、多井先生は不敵な笑みを浮かべた。
「見ておどろくなよ? 先生に負けないイケメンだからな」
するとチーが「なんだ」と言った。
「多井先生と同じぐらい、ってことなら普通のおじさんってことだ」
「おまえらなぁ。後悔しても知らないぞ」
かみちゃだけが「男の人ばっかなのかな、ヤダなぁ」とげんなりしている。そんな彼女を見て多井先生が「そんなことないぞ」と言った。
「女性……若い人もそこそこの年の人もいるから、心配するな」
まもなく雀荘〈ヨコスーカン〉についた。ビルの二階にあるらしい。
「あ、多井さん」
私たちが階段をのぼろうとしたところで、男性の声が聞こえた。五人そろって振り返ると、髪色が明るく、さわやかな笑顔の青年が立っていた。
「おお、早乙女じゃん。今着いたの?」
「遅かったかと思ったけど、間に合ったみたいっすね」
「ぜんぜん。こいつらが話した例の部員だよ」
「まさか、多井さんが野望を遂行するとは……しかも全員女子ですか」
「男子もいずれはなー」
カンカンがこらえきれず多井先生のわきを小突いた。
「だれですか、このイケメンは!」
カンカンがめずらしいくらい大きく目を見開いている。しかもランランとかがやかせて。
……カンカン、イケメンとかアイドルとか好きな面食いだもんなぁ。
そう思っている私も、目の前に立つこの青年にすこしときめいていた。
「紹介するよ。プロ雀士の早乙女葉月だ」
「すごい名前……」
チーがつぶやくと、青年もとい早乙女さんはニッと笑って「そうだよね」とうなずいた。「よく言われる。芸名ですか? とかね。本名なのに」
「え、本名なんですか!」
私がおどろくと、また早乙女さんはくすっと笑った。
「新鮮な反応だなあ。そう、本名で活動してる。応援よろしくね」
笑顔がまぶしい。太陽ほど……というと言い過ぎかもしれないけれど、一等星ぐらいはかがやいていた。
「多井さんに呼ばれてね。〈これから麻雀をはじめる中学生に本物の麻雀をみせてやれ〉ってね。ちょうど今週末は仕事の予定もなかったから、東京からはるばるやってきたってわけ」
「来週から大会もあるのに、悪いな」
「悪いって思ってないくせに」
早乙女さんはあきれたようにまた笑う。
「でも、気にしてません。だって今日は一日フリーです、夜は焼肉でもおごってもらうつもりできましたから」
「げ」
多井先生はおしりのポケットに手をあてた。そこに財布があるのを私たちは知っている。
「多井先生。お昼は食べてこいって言ってましたけど、夜はどうするか聞いてませんでしたよね?」
チーがあやしく笑った。私たちは無言でコクコクとうなずく。
「……と、とりあえず雀荘に入ろうぜ」
多井先生は逃げるように階段をかけあがっていく。私たちはそのうしろを「待ってくださいよー」と追いかけていった。
その雀荘〈ヨコスーカン〉でのルールを雀荘のオーナーというおじさんはいろいろ教えてくれた。
「本当は立ち見はダメなんだ。でも、キミたちは初心者だっていうから、特別だよ」
私たちは笑顔で「ありがとうございまーす!」と声をそろえて言った。多井先生はそのうしろで「値段も特別価格にしてくれればいいのに」とぼやいている。
「どうせ経費で落ちるんでしょ?」
「これが自腹なんです」
「お昼はどう? 食べていく?」
「遠慮します!」
多井先生は「な? お腹いっぱいだよな?」と私たちに笑顔(ただし汗がダラダラ流れている)をみせてたずねた。チーとかみちゃは「まあ……」とあいまいにうなずいたけれど、私とカンカンは「空いてます」と答えた。
「ウソは良くないぞ。ウソつきはドロボウのはじまりだ」
「訂正します、満腹ではないです」
カンカンが正直に言うと、私たちは笑ってうなずいた。オーナーも笑っている。
「ワンドリンクぐらいは付けるぞ」
「……勝手にしてください、もう」
多井先生は完全にすねてしまった。私たちは遠慮……することなく、各々が飲みたいジュースを注文した。
「そういえばキミたちは大雀中学校なんだよね?」
ジュースを運んできたオーナーの質問に私たちはそろって「はい」とうなずいた。
「じゃあ、本田くんと同じ中学なわけだ。あ、でもキミたちは一年生なんだっけ? 学年がちがうか」
「本田くん……?」
私が首をかしげながら頼んだコーラを受け取ると、オーナーはニッと金歯をのぞかせながら「そう」と言った。
「うちの甥っ子なんだ。プロが来るかもって伝えておいたし、今日も来ると思うなあ……」
するとオーナーはほかの卓から呼ばれた。
「じゃ、しずかに見学してってくれよ」と軽快に去っていく。
「本田くん……?」
私はひとり、しずかにくり返していた。
早乙女さんが化粧室からでてくると、待っていた三人が「じゃあ、よろしくお願いします」と言って、ひとりが卓の中心のボタンを押した。するとスッとキレイに並んだ麻雀牌が現れて、早乙女さんたちはそれを慣れた手つきで並び変え始める。
牌をはじめてみた私はその模様の多さに圧倒された。それまで(トランプみたいなものかな?)と思っていた私にとって、その牌の形や模様の美しさは言葉にできないほど。
「きれい……」
「だろ? 触り心地も良いんだ。ジャラジャラと混ぜるとき。配牌をきれいに並べるとき……牌に触れるだけで自然と高揚するもんだ」
となりに腰かけていた多井先生がにんまりとしている。でもそんな表情になるのも分かる気がする。私はルールが分からないから、四人がどういう決まりの中で動いているのかまったくわからない。それでも混ざってあの牌に触れてみたい、と思った。
家族での麻雀経験があるカンカンとチーも、プロの手つきを見るのははじめてらしく、まるでピアニストがピアノの鍵盤を愛でるような流れる動きに圧倒されて目を奪われていた。
「今が東場で、親が一周すると南場にうつる。そしてもう一周親が回って半荘。だいたい一ゲームが半荘だな」
「いきなり用語ばかりで、むずかしいです」
私は多井先生に向かって顔をしかめてみせると、先生は「ははっ、そうかそうか。まあ、見て学べ。なんとなく雰囲気でも理解してくれれば良いから」と笑った。
四人からたまに「リーチ」「ポン」「ツモ」「千二千」などの単語が飛び交う。その言葉の意味もこれから私たちはゆっくり勉強していくのか……そう思っていると、店の入り口が開いた。しずかに開いたから私以外だれも新しい来店客の存在に気づいていなかった。
少年だった。私たちと同じくらいの年齢だ、と思った。
「…………」
その少年と私は目が合った。まるですべての時空から切りとられたかのような錯覚に陥った……。
「あ、本田じゃないか。へえ、お前がここのオーナーの甥っ子か」
「……あれ、多井先生だ。こんにちは」
私からとなりの多井先生へ視線をずらす、この少年こそが先ほどオーナーが教えてくれた甥っ子なのだと理解した。つまり、同じ中学の二年生。そうか、彼が……。
ふわっとした黒髪が天井のライトに照らされてすこし茶色がかって見える。多井先生に向けてあいさつをしながらほほ笑んだ、その口のわずかなすき間から見えた八重歯にクラッとした。
カランカラン――だれかが受け取った点棒がはずみで床に落ちたらしい。けれどその音が私には〈恋に落ちた音〉に聞こえた。
〈本田シオン〉先輩。私は彼に追いつきたい、となりに並んで堂々と麻雀を打ちたい――そう志して奮闘する物語は、今日はじまったんだ。

