俺たちの青春の半分は恋でできている

「あの、それで……もしよかったら、俺と付き合ってください!」


 修学旅行の集合場所に到着するなり、俺は同じクラスの花沢芽衣に「今ちょっと話できる?」と声をかけ、いつもよりハイテンションで騒ぐクラスメイトの溜まり場からこっそり連れ出した。


「……ごめんなさい!」


 パッと頭を下げると、俺の方を一度も見ることなく遠ざかっていく背中。


 ……ちょっと待て。

 俺、フラれた……のか?

 えっと、これで何回目だっけ?

 9回目……は、たしか去年のクリスマス直前だから……。


「10回も撃沈して、まだ諦めてないんだー、桜輔(おうすけ)

 呆れたような声がして、後ろを振り返る。


 ま、見なくてもわかってるんだけど。


「うるさいよ。栞奈には関係ないだろ」


 っていうか、一番見られたくないヤツに見られてるし。

 あーサイアク。


 わしゃわしゃと髪をかきむしる。


 百瀬(ももせ)栞奈(かんな)とは中学から同じ陸上部で、陸部強豪校のここ桜坂(さくらざか)高校に一緒に進学した。

 けど、中学んときから、なぜか俺にだけ当たりが強いんだよな。

 なんか俺、栞奈の気に障ることでもしたか?

 全然心当たりないんだけど。


「まったく。どうすんのよ、今日から三日間。班の雰囲気、桜輔の色恋沙汰のせいでサイアクじゃない」

 胸の前で腕を組んだ栞奈がほっぺたを膨らます。


 ほらな。傷心の俺を労わる気なんて、ミリもないようなヤツなんだよ。


 けどさ、俺だって楽しみたかったんだよ。

 ハツカノと一緒に金閣寺とか清水寺行って、はしゃぎたかったんだよ。

 お揃いのお土産買って、最高の思い出にしたかったんだよ。


 ……ま、フラれたんだけどさ。


 っていうか、俺がフラれたってわかってんなら、ちょっとくらい慰めの言葉をかけてくれたっていいんじゃないのか?

 知らない仲ってわけでもないんだからさ。


 俺が黙り込んでいると、栞奈が小さくため息を吐いてから、もう一度口を開く。


「あのねえ、こういうのって、断る方も傷つくものなの。そういうことを考えない男だからフラれるって、いい加減気づきなさいよね」

「いや、どう考えたって俺の方が傷ついてるだろ。フラれてんだからさ」


 そんな俺の顔をしばらくの間じっと見つめていた栞奈が、はぁーーと盛大なため息を吐く。


「修学旅行中に猛アピールして、最終日前日の夜、もしくは帰り際に『修学旅行楽しかったな。今度また一緒に遊びに行かない?』みたいな流れで告白しようとか考えなかったわけ?」

「…………なんだよ。そういう裏技があるんなら、もっと早く教えてくれよ! フラれてから言われたって、遅いんだわ!」


 ひょっとして、それならうまくいったんじゃね?

 修旅一緒に楽しみたいからって、先走りすぎだろ、俺!


 俺が頭を抱えてしゃがみ込んでいると、「ほらっ」と栞奈が俺の目の前に右手を差し出した。


「ほんと……しょうがないから、やけ食いくらいなら付き合ってあげるわよ」

「……マジで神だな、栞奈」


 栞奈が輝いて見えるんだけど。

 ちょっと涙が出そうになったってことは、栞奈には絶対にヒミツだ。



 そして班長の栞奈が必死に盛り上げてくれたおかげもあり、班がヘンな空気になることもなく、京都での班分散を無事終え、初日の宿へと到着。


 そういえば、あんま知らないヤツらと同室だったっけ。


 小さくため息が漏れる。


 落ちついて落ち込む余裕もなさそうだ。


 誰だよ、クジ引きにしよう、なんて提案したヤツは。

 ま、クラス替え後の五月なんて、どうがんばってもほぼ初対面みたいなメンツになるんだろうけどさ。

 それでも去年同じクラスだったヤツとか、陸部のヤツとか……あー、どっちにしても、そんなに普段から仲いいヤツはいないか。


 渡されたカードキーを持って部屋に行くと、ベッドに寝転んだり、本を読んだり、すでに同室の他の三人は部屋でくつろいでいた。


「おー、最後の一人、やっと来たな」

「お疲れー」

「お疲れ様」

「お疲れ。俺の班が最後? 意外とみんな班分散終わんの早かったんだな」


 室内には、ベッド三台+エキストラベッドが一台。


 ……わかってる。一番遅かった俺が悪いんだよ。


 他の三台のベッドの足元に横向きに置かれたエキストラベッドの脇に荷物をどさりと置くと、ベッドに腰かける。


「そんなに変わんないって。オレらもさっき来たばっかだし」

 入り口に一番近いベッドに腰かけた長髪男子が、スマホに目を落としたまま返事をする。


 夏目(なつめ)海斗(かいと)。同クラや他クラスの派手めな女子で常にハーレムを築いているチャラ男だ。


「ふうん。そっか」

「「……」」


 ……会話、続かねーっ!

 ってか何しゃべればいいんだよ、このメンツで。

 普段はまったくといっていいほど接点がないヤツばっかだぞ?


「あー……、そうだ、風呂どうする? 大浴場行くよな。晩飯前に行っとく?」

「いや、俺は部屋の風呂でいい」

「お、おう、そっか」


 真っ先にそう返事を返してきたのは、窓際のベッドに腰かけて本を読んでいたメガネくん。

 風紀委員長で、えーっと名前は――。


冬島(ふゆしま)(しゅう)だ」

「ああ、冬島な、冬島! いやさすがにわかってるってー」


 やべっ。とっさに名前出てこなかったのバレたか?


「せっかくだから、自己紹介でもしとく? お互いあんま知らないしさ」

 夏目が、スマホから顔を上げ提案する。


「いいんじゃない? せっかく同じ部屋になったんだし、お互い知らないままじゃ寂しいしね」


 そう言いながら、寝転がった状態からぐいっと上半身を起こしたのは、学校イチの有名人といっても過言ではない人物。

 サッカー部の爆モテエース、秋山(あきやま)(かえで)だ。


 サッカーをやってるときは、他を蹴散らすほどのガチ攻撃的プレイヤーらしいんだけど、今俺の目の前にいる秋山は、柔らかい雰囲気で、ほわほわした笑みを浮かべている。


 なるほどな。そのギャップがたまらんってことか。

 そういえば、ずっとサッカー一筋で彼女を作らない主義だったはずなのに、最近ついに彼女ができたとかいって、二週間くらい前に女子がギャーギャー騒いでたっけ。

 ま、秋山くらいのヤツなら、作ろうと思えばいつでもできたんだろうけどさ。

 ああ、なぜか目から汗が……。


「じゃあ俺からな。夏目海斗。帰宅部、彼女募集中」

「マジで⁉ おまえも彼女いないのかよ」


 あんなに毎日女子に囲まれてるから、絶対一人や二人……いや三人くらいいるかと思ってたわ。


「いや俺、秋山ほどモテねーし」

 食い気味に突っ込んだ俺に、夏目が苦笑いする。


「秋山、最近すげー美人の彼女できたらしいじゃん。一年の」

「あー……ここだけのオフレコにしてほしいんだけどさ」

 秋山が言いにくそうに言葉を濁す。

「なんていうか……ニセカノ?」

「は? ニセカノってことは、ガチで付き合ってるわけじゃないってことかよ」


 いやいや、俺も二人でいるとこチラッと見たことあるけど、ガチ美人だったぞ?

 向こうもニセカノだってわかってて、秋山と付き合ってるフリしてるってことだよな?

 え、それでいいわけ?


「僕としては、今のところサッカーのことしか考えられないんだけどさ。周りがあまりにうるさくて」

 秋山がうんざりしたような顔で肩をすくめる。


 なるほどな。こいつくらいになると、そんな悩みもあるってわけか。

 くぅっ、うらやましい……!


「向こうもおんなじで。自分は恋愛に興味ないのに、周りがうるさいからって。つまり、利害が一致したってこと」

「でもそれさ、相手がウソついてるって可能性はないわけ? 『ウソカノでもいいから秋山くんと付き合いた~い』ってさ」


 俺が女子の声マネを交えてそう言うと、秋山が笑いながら手を左右に振る。


「ないない。即レスとかムリだから、連絡先の交換もしたくないっていうようなヤツだし」

「おー……、それはさすがにガチっぽいな」

「でしょ?」

 そう言って笑う秋山の笑顔が、なんだか寂しそうに見える。


 あれっ? ひょっとして、ウソカノのつもりがガチになってるの、秋山の方なんじゃね?

 一見悩みのなさそうな人間にも、それぞれ悩みはあるってことか。


「冬島は? なんかおもろいネタ持ってねーの?」

 ずっと本に目を落としたままの冬島に、夏目が話を振る。


 おー、そこで冬島に行けるのか。

 意外とチャレンジャーだな、夏目。


 風紀委員長の冬島は、生徒規範が具現化したみたいに、いつでもキッチリ制服を着込んでいて、すっと背筋の伸びた立ち姿で校門前に立たれると、こっちまで背筋がびしっと伸びる気がする。

 悪いことをしてるわけじゃないのに、冬島が通りかかっただけで妙にドキドキしたり。

 ……そうか、あれだ。

 街中で、巡回中のおまわりさんやパトカーに出くわしたときみたいなドキドキ感。


 パタンッと本を閉じた冬島に、思わずビクッとする。

 ほらほらほらほらぁ~、読書を邪魔されて怒ってんじゃね?


「ごめんな、読書の邪魔し――」

「おもしろいネタかはわからんが、付き合ってるヤツはいる」

「……へ?」

 俺の口から間抜けな音が漏れる。


「おー、マジかよ! 相手、誰?」

 夏目が興味津々で身を乗り出す。


「同じクラスの如月(きさらぎ)望愛(のあ)

「「「如月ぃ⁉」」」

 三人の素っ頓狂な声が重なる。


 いやいやいやいやマジかよ。

 風紀委員とは完全に敵対関係だろ。

 ガチギャルで、全身違反だらけのヤツだぞ?

 しょっちゅう生徒指導室にも呼び出されてるって話だけど?

 いやその前に、夏目の取り巻きの一人だと思ってたんだけど?

 どうやったら冬島と如月がそんな関係になるんだよ。

 天と地がひっくり返ったってありえないだろ。


「おまえさあ、それ、ダマされてね? 金品巻き上げられたりしてねえの? 何かアイツ、ヤバいヤツらともつるんでるってウワサ聞いたんだけど」

 夏目が遠慮がちに口にする。


「人を見た目で判断すべきじゃない」

 冬島にギロリと睨まれ、夏目が思わずぶるっと身震いする。


「そ、そうだよな。悪い」

「が、ヤバいヤツらとつるんでいたというのも間違いじゃない」

「そ、そうなのか? で、おまえは大丈夫なのかよ」

「大丈夫だ。問題ない」

 冬島はどこまでも淡々と受け答えしている。


 いや、さすがの俺でも、そんな訳のわかんねーヤツらとつるんでる女とは付き合いたいと思わねえよ。


 けど、冬島はきっと強いんだろうな。

 もちろん武闘派ってわけじゃなく、心が。

 そういうヤツらにとっちゃ、冬島みたいなタイプが一番怖いのかもしれない。


「すげーんだな。尊敬するわ、冬島のこと」

 俺がしみじみとした口調で言うと、冬島がすっと俺の方を見た。


「俺もおまえのことは尊敬している。あんな衆人環視の中で告白するとは、意外と度胸があるんだな」

「しゅ……⁉ マジで⁉ そんなに見られてたのかよ」

 情けない声で叫んで頭を抱える。


 誰にも見られてないつもりだったんだけど。

 ……まあ、栞奈には見られてたみたいだったけどさ。

 けど、それだけだと思ってたぞ、今の今まで。


「まあ、あれだ。一回くらいフラれたからって、そんな気にすんな」

「そうだよ。きっと春田くんにピッタリの子が他にいるって」


 二人の慰めの言葉がグサグサと胸に突き刺さる。


「……10回目なんだけど」

「え? ごめん、よく聞こえなかったんだけど」

 ぼそぼそと口の中でつぶやく俺の方に、秋山が耳を傾ける。


「……フラれんの、10回目なんだけど、俺ぇ!」

「お、おー……そっか、そっか。まあ、そんなこともあるよな」

 夏目が曖昧な笑みを浮かべて俺のことを見る。


「そんな同情するような目で見んなよお!」

 思わず両手で顔を覆う。

「自慢じゃないけどさ、小学校んときなんか、足速いってだけでけっこーモテたわけ。けどさ、いざ彼女ほしーなーって歳んなってみると、足速くたって『それが?』ってなんだろ? それ以外の取り柄なんて俺なんもないし。どうすりゃいいんだよ」

「あー、そういや春田って陸上部だっけ?」

「去年表彰されてたよね。じゅうぶんすごい特技だと思うけど」

「マジで? それ普通にすげーじゃん」

「所詮県大会止まりだけどな。俺より速いヤツなんて、普通に数えきれないくらいいるし」

 なんて謙遜しつつも、持ち上げられて悪い気するわけがない。

 我ながらチョロすぎるだろ。


「とにかくさ、春田はすげーよ。いや、特技もだけど、そうじゃなくて。オレなんか片想い歴五年……いや、六年か? とかだからさ」

 指の間から夏目の方をチラッと見ると、ほんのり頬を赤く染めて頭をかく夏目と目が合った。


「夏目が? 片想い?」

「だからっ! オレ、そんなモテねえんだって、さっきも言ったろ? つまりだなあ、好きなヤツにモテなきゃ意味ねーんだよ」

「夏目……おまえ、意外と一途なんだな」

「うるせえよ。10回も恋ができるおまえが心底うらやましいわ」

「軽くディスっただろ、今」

「ちげーって。ただ……フラれんのが怖くて告ることもできねーんだよ、オレは。すごい勇気あるよな、おまえ」

「お、おう……」


 これは褒められてんのか? それともけなされてんのか?

 いや、夏目はけなしてる気はこれっぽっちもなさそうだけど。

 まあ、見た目チャラいけど、めっちゃいいヤツじゃん。


「やっぱりさ、こうやって話してみないとわからないことって多いよね」

「だな」


 ほんと、みんな勝手にイメージだけで思い込んでた感じと全然違うし。

 知らないヤツばっかと同室でめっちゃユウウツだなんて思ってたけど、意外と楽しい夜になりそうだな。


「ところでさ、冬島。どうやって告ってうまくいったわけ? ちょっと参考に教えてほしいんだけど」


 ナイス、夏目!

 そうだよ。

 うまくいったヤツがこんな近くにいるんだから、ここはアドバイスでももらって次に備え――。


「どうって、別に。進級ヤバいから勉強を教えてくれって頼まれて。気づいたらそういうことになってただけだ」

「ひょっとして、如月の方から告ってきたってこと?」

 俺が尋ねると、冬島が少しの間考えるような顔をする。

「まあ、そうだったのかもしれないな」

「そうだったのかもって、なんだよそれ」

「付き合おう、みたいな直接的なやりとりをした覚えがない」

「え、それってホントに付き合ってんの? じゃあ、好きって言い合うとかさ、ほら……そういう、なんつーか、付き合ってるカップルがしそうなこと? とかしたりしてるわけ?」


 ……って、俺は誰に向かってこんな質問してんだ?

 相手は風紀委員長様だぞ。

「不純異性交遊など風紀の乱れの最たるもの」とか言われて終わりじゃね?


「……それを聞いてどうするつもりだ?」

 案の定冬島にジトッとした目で見られて、超居心地悪いんだけど。


「べ、別に言いふらしたりするつもりじゃねーからな⁉ オフレコってヤツだよ。それが一応こういう場での礼儀ってもんだろ」

「それなら……まあ、特に変わったことはしていないと思うが。高校生なりの付き合いをしているだけだ」


 ……それってやっぱ、きっ……とかはもちろんしてるっつーことだよな?


「はぁーー……聞かなきゃよかった」

 あまりのショックに、ベッドにバタンと倒れ込む。


「聞いておいて『聞かなきゃよかった』は失礼だろうが」

 冬島が若干ムッとした声音で言う。


 いやまあ、そうなんだけどさ。

 そうだけどよぉ~。


「まあまあ。ケンカしないでよ、二人とも」

「ケンカをしているつもりはない」

「春田はうらやましいんだよな! 冬島のことが」


 夏目ぇ、それフォローになってないから。


「うぅ……そうだよ。うらやましいんだよお~。俺の運命の相手はどこにいるんだよ~~!!!!」

 俺の魂の叫びが狭い部屋の中にこだまする。


「そんなに彼女ほしいんなら、オレらが力になってやるって。だから元気出せ。な!」

 夏目が俺のベッドに腰かけると、俺の肩をトントンと叩く。


「何ができるかはわからないけど、僕も相談くらいには乗るよ」

「俺にできることがあれば、手を貸さないでもない」

「……なんだよ、おまえら。めっちゃいいヤツじゃん」


 あー本気で泣きそう。

 10回目だからって、失恋が平気になるわけじゃない。

 むしろ一生運命の相手なんかにめぐりあえないんじゃないかって、本気で思い始めてるくらいだ。


 ぐいっと目もとを拭うと、のそりと上半身を起こす。

 そんな俺の肩を、夏目ががしっと抱いた。


「よしっ。そんじゃ『春田桜輔に彼女を作る会』結成だな!」

 そのまま俺の肩をバシバシ叩きながら、夏目がニッと笑う。


「……ごめん、夏目。率直な感想言っていい?」

「なんだ? なんでも言ってみ?」

 夏目が、ホメられるとでも思っているのか、ワクワクした顔で俺を見る。


「ネーミング、ださっ」

「う、うん。それはさすがにちょっとね」

「もうちょっとマシなネーミングにできなかったのか?」

「おいおい、全員異議ありかよっ。重要なのは中身なんだから、名前なんてどーでもいいだろうがっ」

 夏目が大げさに顔を歪めて不満の声を漏らす。


 そんな夏目の顔がなんだかおかしくて。


「……ぷっ。ごめっ……ふはっ!」

「ったく。何笑ってんだよ、春田。つーか、秋山も……冬島もかよ!」


 なんて文句を言う夏目がまたおかしくて。

 腹を抱えて笑っていたら、最終的には夏目まで涙流して笑い始めて。


 なんだよ、俺めっちゃクジ運よかったんじゃね?

 こいつらと同室でマジでよかったわ。

 一人で落ち込む時間よりも、みんなで笑い転げる時間の方が何倍も救われる。


 ――ありがとな。


 俺は、心の中で三人に感謝した。