王子様を助けたら子供を授かり溺愛されてどこまでも追いかけてくる件

そしてリコーニ婆ちゃんの惣菜やは、サオリーナが13歳になった時に”リコーニ食堂“になった。

席は全部で10人ほど座れば満席になるほどの小さな店だったが、昼食と夕食を提供した。

ただしメニューはその日のお任せで、一つしかないのだ。選べないのだが、毎日昼も夜も満員で、三人は毎日働き詰めで、とうとうリコーニ婆ちゃんが倒れてしまった。

過労だったので大事無く1週間もすれば元気になるだろうという医者の見立てだったが、サオリーナは優しいリコーニ婆ちゃんが青い顔をしてべットに臥せっているのを悲しい思いで見つめるしかない自分に情けない思いだった。

水も風も土の魔法も何の役にも立たない。リコーニ婆ちゃんを楽にしてあげたいと切実に思うサオリーナだった。

そんな気持ちが働いたのかその時に、サオリーナは治癒の能力に目覚めた。

リコーニ婆ちゃんが倒れて2日目の朝目が覚めたらサオリーナは自分が人を癒せる力があるのに気が付いたのだ。

サオリーナはすぐにリコーニ婆ちゃんの側に行って両方の掌をリコーニ婆ちゃんの身体にあてて目をつぶり“早く良くなれ早く良くなれ“と心の中で念じた。その時に手のひらから出た光が、リコーニ婆ちゃんの身体を包んでいった。

するとリコーニ婆ちゃんの頬に赤みがさして顔色が良くなりゆっくりと目を開けた。そして

「ああ~っ、よく寝たなんだか体がすっきりして軽くなったみたいだわ。今なら畑を10周でもる走れ回れる気分よ」

そういって起き上がった。サオリーナとマリス爺ちゃんは顔を見合わせてにっこりと笑いあった。畑を10周もする必要はないけれど…良くなってよかった。

サオリーナの魔力については三人の秘密だったのだが、治癒の能力はもっと知られてはいけない。役人に知られれば国に召し上げられていいようにこき使われるだけだからだとマリス爺ちゃんは言っていた。

そういえば転生前に読んでいた異世界物で聖女がこき使われている話もよくあったなあと思いだす。くわばらくわばら。

それからはサオリーナは薬草にも真摯に取り組んだ。今までも何かわからないことがあると、頭の中にその答えが紙に書かれて現れるのだ。すごいです。異世界チートありがたし…

薬草についてもその効能や使い方、他の薬草と合わせることでどのような薬が作れるかなどの情報が紙に書かれて頭の中に現れるのだった。前世のパソコンのようなものが頭の中に入っている感じだ。ただ印刷はできない。残念!


この世界薬は高いのだ。そしてこの村に薬屋はない。医者が見てくれて処方箋を書いてもらっても、薬を買いに隣町の州都に行かなければならない。

乗合馬車に乗り3時間往復で6時間乗り場までの徒歩での往復を考えると半日があっという間に過ぎてしまう。だから病人やけが人は我慢するしかないのだ。

今回リコーニ婆ちゃんの件でサオリーナは身に染みてそれが分かった。サオリーナだから医者にもらった処方箋で薬は作れるが、知識のない村の人々には無理な話だ。

結局リコーニ婆ちゃんは薬を飲むまでもなくサオリーナの治癒の力で元気になったが…

サオリーナは毎日店に来てくれるお客さんや近所の気の良い村の人達や子供達がいざという時に安く薬が作れるようになりたいと思ったのだ。

畑の一角をもらって薬草を栽培するようになった。近くの森に出かけて行って薬草になりそうなものを採取したり、サオリーナは薬草作りに真剣に取り組んだ。

リコーニ婆ちゃんが倒れてから、店は週休2日にした。その休みの日を利用してマリス爺ちゃんは畑仕事に精を出し、サオリーナは薬草畑の世話と薬作りに費やした。

結局休んでないじゃないかとリコーニ婆ちゃんは笑っていたが、リコーニ婆ちゃんもその日に1週間分のメニューを考えたり、サオリーナと新しい料理の試作をしたりするのだ。

それからは傷薬や肌荒れを治す薬にやけどに効く軟膏、打ち身や腰痛などに効く貼り薬を作って店の一角に置くようになった。信じられないような低価格でとてもよく効くそれらの薬は毎日飛ぶように売れた。

薬だけを買いに来る人もいる。サオリーナはそんな人達にも快く薬を分けた。お金がなさそうな人には今度でもいいからと言って渡そうとすると、今渡せるだけ渡すと言ってなけなしのお金を払おうとする。この村の人たちは本当に誠実で正直者なのだ。

サオリーナは医者の処方箋で薬を作ったり、頭痛や胃痛などの粉薬や回復薬のドリンク剤つまり日本での”ファイト一発オロナインA“みたいな、飲むと体のだるさが取れたり病気も自分自身の治癒力にプラスになるような飲み薬を作りたいのだが、薬師の資格がなければ飲み薬は作る事ができない。

薬師の資格を取るには16歳にならなければ試験を受けることができないのだ。この世界では成人が16歳なのだ。

サオリーナは、転生前の川辺沙織としての人生を懐かしく思う事はあっても、そこに戻りたいとは思わなかった。

両親には高校卒業までは面倒は見てやるがその後は自分で働いて生活するようにと子供の頃から言われていた。

沙織は両親がなかなか子供に恵まれなくて遠い親戚から養子としてもらわれてきた子供だったのだ。それを知ったのは中学生の時だった。

沙織が小学校2年生になった時に両親は息子を授かった。戸籍上沙織の弟となるその子が生まれると目に見えて沙織を邪険にし始めた。

体罰を与えられることは無かったが学校の授業参観や運動会などにも来なくなったし家の中でも無視されることが多かった。

中学生になって戸籍を調べてみて自分が養子であると知ったのだ。それで両親の手のひら返しのような扱いが腑に落ちたのだった。

だから高校生になると土日はバイトでしっかり働いて夏休みなど長い休みにも毎日バイトにでて、なるべく家にいないようにした。

そうしてお金を貯めていった。成績は良かったので大学は返済不要の奨学金を受けて入学した。成績が落ちるとその枠からは外されてしまうので、必死に勉強しながら生活の為に働いた。

高校生の時にバイトで貯めたお金で学生用の小さな部屋を借りた。大学の斡旋のマンションだったので、保証金や保証人なども不要だった。両親は邪魔者が出て行ったので、ほっとしているようだった。

そして自分の希望通りに大手食品メーカーに就職することができた。仕事に関しては少し心残りもあったが、この異世界でマリス爺ちゃんとリコーニ婆ちゃんに愛されて家族になれて幸せだったからサオリーナとして生きている今がとても充実している。

爺ちゃんと婆ちゃんはサオリーナは天からの授かりもので宝物だと言って、とても大切に慈しんで育ててくれている。そんな二人がサオリーナも大好きなのだ。

だから16歳になったら薬師の試験を受けて、もっとたくさん薬を作れるようになって二人や村の人達の助けになりたいと思っている。

サオリーナは、16歳の誕生日を迎えると直ぐに薬師の資格試験を受けた。薬師は1級から3級まであるのだが、2級があれば上級の回復薬も作れるし処方箋で薬も作れる。3級は作れる薬に制限があるのだ。1級は王宮や研究機関で働きたい人には必要な資格だが、サオリーナはとにかく何でも薬が作れればいいので2級を受けることにした。

試験当日朝早くの乗合馬車に乗って州都にやって来た。リコーニ婆ちゃんもマリス爺ちゃんも心配だから、店を閉めて一緒に行くと言い張ったが、サオリーナはもう成人になったのだから一人で大丈夫だと言って涙ぐむ二人を振り切って家を出てきたのだ。本当に心配性なのだ。

試験は実技もある為終わるのは夕方遅くになるので、その日は州都に泊まるつもりだと言うと、リコーニ婆ちゃんは知り合いが調理場で働いていると言う宿を取ってもらうように連絡してくれた。

午前中の筆記試験が終わると昼の休憩には2時間くらいあるので、その時に荷物を宿に預けに行くつもりをしている。

試験は予想していたがとても簡単だった。ただこの国の薬師の歴史や過去の偉大な薬師の問題が出たのにはちょっと準備不足だったが、サオリーナの頭の中に浮かぶのは薬草だけではないのでなんでもわからない事は頭の中のコンピューターの様な物が教えてくれる。なので、知りたいことを思い浮かべて回答になる所を探すだけですべて解決なのだ。本当に便利なおまけをつけてもらって転生したのはラッキーというほかない。

試験は算数みたいな計算の問題もあったがこれは中学校で習うレベルの物だったので、サッサっと片付けて全問回答し一応見直しもしてサオリーナが席を立ったのは終了時間の30分前だった。

部屋を出ようとしたサオリーナに監督官が午後の2時からは実地試験があるのでそれまでに、この建物の裏にある研究棟に来るようにと言った。

サオリーナは分かりましたと言って頭を下げて、部屋を出て宿に向かった。

試験会場は州都の役場の会議室で、実地試験はその隣の建物の薬の開発などをしている研究棟で行われると言う事だ。どんな所か少し興味がある。サオリーナは晴れ晴れとした顔で州都の繁華街に向けて歩いて行った。

宿は思っていたよりも大きく高級感があった。宿代はもう払ってあるとリコーニ婆ちゃんは言っていたが、高かったに違いない。そして何か好きな物を買うようにとお金を持たせてくれた。

この世界のインフラは結構発達している。電気はないがガスや水道があるので、風呂にはお湯が出るようにもできるのだ。下水も完備されていてこの地方では汚水などはある程度浄水されて大きな川に流されている。

交通機関はそこまで発達はしていない。馬車や単騎の馬が普通の交通手段で、船が遠くに行く手段になる。船が作れるのだから鉄道も作れるのではないかと思うのだが、鉄道はないのだ。

飲み水は井戸を使っている所が多い。マリス爺ちゃんの畑にも井戸がある。前はそこから水をくみ上げて畑にまいていたが、今はサオリーナが魔法で水を撒けるので、もっぱら家で使うのと収穫した野菜を洗ったりするのに使っている。

サオリーナは宿に荷物を預けて実地試験にいる乳鉢とスリ棒すりおろしたものを入れておく小鉢や試験管やビーカー等別の袋に入れてある物を取り出して、それをもって昼ご飯を食べるために繁華街に歩いて行った。

タガリヤ州の州都タガリヤは東西に細長い州都で東には大きな川を下る船が発着する港がある。船は南下してこの国の王都の端まで航行している。大きな客船では500名位を一度に運んでいくそうだ。北上すると直ぐに隣国になる。

州都の行政の中心地、官公庁街は東西に長い地形の丁度真ん中あたりに位置していて東には大きな川、西にはなだらかな丘が森に続く風光明媚な所で温泉もわく観光地となっている。

サオリーナの住むフォブル村は州都の北に接しているそしてその奥は高い山に囲まれその山の向こうは隣国になる。隣国に行くには川を船で行くのが一番早いフォブル村とその大きな川の間にはもう一つ村がある。港はその村にあるのだ。隣国に行く最後の港がその村にある。そこで隣国まで航行する船の乗客はその村の港で国境を超えるための検査がある。

州都のちょうど真ん中あたりの繁華街にはたくさんの店が並んでいる。大きな広場が中心となって放射線状に道がありその道の両側にたくさんの店があるのだ。サオリーナの宿は繁華街から歩いて15分位の所にある。

宿屋は繁華街を囲むように徒歩10分から20分位の位置にあるようだ。西側の方は温泉が湧き観光の名所も多いので宿も沢山ある。

サオリーナは大きな広場に出ている屋台で、串焼きの肉やサンドイッチなどを買って食べたそしてちょっと自分に贅沢を許して、おしゃれなカフェに行ってみた。そこで焼き菓子とミルクテイーを頼んで甘い菓子を楽しんだ。

焼き菓子はクッキーのようなもので、ケーキやタルトはすごく高いのにびっくりした。

サオリーナは店でデザートに焼き菓子のクッキーやアーモンドパウダーを使ったパイのような焼き菓子を作って出しているのだが、フィナンシェやマドレーヌの様な物も作れるので、それを持ち帰れるように売ってもいいと思い付いた。

少し高いがフルーツのタルトを頼んで食べてみた。クリームの甘味とフルーツの酸味が合わさってとても美味しかった。そこで売っている焼き菓子やタルトを明日お土産に買う事にした。

午後からは実地の試験でレシピ通りに作る傷薬と、2級は自分で考えた何らかの薬を作ると言う2通りの試験だった。1級はそもそも試験の日にちも違う。今回は3級と2級薬師の試験なのだ。

自由に作る方は一番得意な回復薬を作る事にした。いつも治癒の魔法も込めて作るのだが、治癒能力があると知られたくないので治癒の魔法は封印して回復薬だけ作った。

傷薬と回復薬を提出して試験は終わった。結果は1ケ月後には届くと言う事だ。

次の日お土産のお菓子を買って雑貨屋で可愛いアクセサリーと髪飾りを自分用に買って予定の乗合馬車でフォブル村に帰った。乗合馬車の発着所ではマリス爺ちゃんとリコーニ婆ちゃんが迎えに来てくれていた。

「リーナお帰り。何事もなかったようだね。心配で昨日の夜は眠れなかったよ」
そう言ってリコーニ婆ちゃんはぎゅっと抱きしめてくれた。

「わざわざ迎えに来てくれたの?ありがとう」

「何、散歩のついでじゃよ」
とマリス爺ちゃんはバツが悪そうだ。散歩コースとは明らかに違っている。でも二人の気持ちが嬉しくて
サオリーナを真ん中にして3人で腕を組んでゆっくり歩いて帰った。

帰り道で州都の話や焼き菓子を食べたお店の話、試験の話などをしながら家路についた。

家に着くとお茶を入れて早速お土産のお菓子を3人で楽しんだ。

その1週間後には店で焼き菓子やタルトにマドレーヌが持ち帰り用として売られていた。

食堂なのに薬やお菓子が売られていると言うおかしなことになってしまったが、お客さんにはお菓子が好評でサオリーナは店が終わった後毎日お菓子を焼く事になった。

1ケ月後試験の結果が来てサオリーナは無事に薬師の試験に合格した。近所の人も村の人もみんなフォブル村に薬屋ができると大喜びしてくれた。皆の期待に応えて2級薬師として店の横に小さな薬屋を新たに開業した。と言っても窓口だけの小さな薬屋だが、それでも村の人はみんな喜んでくれた。

サオリーナは食堂と薬屋と大忙しになった。薬屋は食堂の調理場から行けるようにしたので、サオリーナは調理と薬屋を主にやる事にして、食堂の給仕をマリアという孤児院にいる女の子を雇い入れた。

マリアは14歳で後2年と少ししたら孤児院を出なければならないので、お給金を貯めて独り立ちする資金にするのだと言って頑張っている。16歳で成人になるので孤児院にはいられないと言う事だ。

そしてお給金のほとんどをリコーニ婆ちゃんに預けて貯金してもらっているようだ。孤児院に持って帰る事は出来ないらしい。最初に給金をもらって帰ってベットの下に隠して置いたらしいが次の日帰ったらなくなっていたそうだ。だからほんの少し自分の小遣い程度のお金だけ財布に入れて後は預けていると言っていた。

マリアはおとなしい子で、ある日村の広場で同じ年位の子供達にいじめられて棒で叩かれていたのをサオリーナが助けたのだ。家に連れて帰って風呂に入れ傷薬を塗ってご飯を食べさせて、サオリーナの小さくなった服を着せて孤児院に送っていった。

だからマリアはサオリーナを崇拝しているようだ。16歳になって孤児院を出ることになったらこの家に引き取ってやりたいとマリス爺ちゃんとリコーニ婆ちゃんにお願いするつもりなのだ。

その後生涯にわたってマリアとは主従の関係のように強いきずなが結ばれていく事になるのをまだ二人は知らない。

そんな風にしてマリス爺ちゃんとリコーニ婆ちゃんと三人で毎日忙しく働きながらも穏やかで明るい日々を送っていた。そして村人に感謝されながら薬屋と食堂の仕事を両立していった。

だがサオリーナが18歳になる年に突然の別れがやって来た。

マリス爺ちゃんとリコーニ婆ちゃんが、二人で王都の観光に行く事になった。結婚して50年の記念を祝ってサオリーナがその旅行をプレゼントしたのだ。団体の旅行だった。

でも二人は王都に着く前に乗っていた馬車が崖崩れに合い乗っていた人は御者も含めて全員助からなかった。仲の良い夫婦だったから死ぬ時まで一緒に逝ってしまったのだろうと近所の人は言っていたが、サオリーナは呆然自失状態だった。

マリアや近所の人が助けてくれて何とか二人を教会の共同墓地に埋葬することができたが、二人を埋葬した後サオリーナはこれからどうしていけばいいのか全く分からなかった。

1カ月程ぼーっとして過ごしていた。マリアは毎日やって来てくれた。何くれとなくサオリーナの世話を焼いてくれた。マリアはあと半年で16歳なる孤児院を出たらこの家に一緒に住むように部屋も整えていたのでいつ移って来てもいいのだが、16歳になり孤児院を退所するときに少しばかりだが独立祝金が出るそうなのでそれを貰ってからここに移ってくると言っている。

これからの事をゆっくりかんがえようと、秋の涼しいある日サオリーナは、近くの林を散歩していた。

色々な思考があっちに行ったりこっちに行ったりまとまりが無くなっていく。林の中の散歩道をぼんやり歩いていると、目の前に赤く色づいた葉っぱが落ちているのを見つけた。前の世界日本のもみじに似た形をしているが、かなり大きな葉っぱだ。

知識の能力を使ってみると“シャリの木の葉、実は止血や傷口をふさぐ効果があり葉っぱは解熱の効果があり紅く色づいた葉はその効果が高くなる。”とあった。

作り方も載っていた。実は乾燥させてすりつぶし水を加えてペースト状にしたものを布に張り付けて
幹部にあてておく。葉っぱは、ドクダミの葉っぱと混ぜて煎じて飲むものらしい。

乾燥させて保管しておいて必要な時に煎じて飲むとよいと書いてあった。

そして思わずその大木を見上げると陽の光が降り注ぎ高揚した葉っぱが真っ赤に透けて見える。少し離れて大木を見るとその1本だけが真っ赤に燃えているようだ。

しばらく呆けたように見つめていたサオリーナは、ほ~っと息を吐きだした。自分は無意識に息を止めて見入っていたようだ。

この大木はいつからここにいるのだろう。きっとサオリーナがこの世界に落っこちてきた何十年も前から、ここで秋になると葉っぱを紅葉させて皆を楽しませているのだろう。

この場所でず~っと沢山の人の人生を見てきたに違いない。10年前8歳でこの世界に落ちてきたサオリーナは、幸運な事に優しい老夫婦に拾われてこうして今も生きている。

18歳になったんだから、一人でも生きていけるはずだ。幸いにも二人は家も畑も持てる者すべてすをサオリーナに遺してくれた。村役場でそのように手続きがされているらしかった。

本当に二人には感謝しかない。

いつまでも悲しみに沈んで一人で途方に暮れているわけにはいかない。この先の一人で生きていくためにどうすればいいのか考えなければいけないと思い、少し遠回りをして、小川のほとりを散歩して帰ろうと川に向かった。

この川は大きな川の支流になる。結構川幅もあり、深さもあるようだ。

もう辺りは暗くなり始めていた秋の日は短い。

そう思って川を見て見ると、何かひらひらとしたものが岸の近くに揺蕩っていた。

よく見ると布だ。近くに寄ってみると、なんと男性が岸辺の岩にしがみついていた。布は彼の来ている上着が半分ちぎれて水にゆらゆらと流れていたのだ。

男性はまだ若く20代前半位だった。意識はないようだが胸が上下しているので生きているようだ。顔色は悪く全身ずぶぬれだが、しっかりとした体躯をしている。

サオリーナは彼を水から引き上げて、家までは歩いて20分ほどだったので何とか背中におぶって家まで連れて行った。

サオリーナは風魔法で彼の服を乾かして、足元に風をまとわせて少し持ち上げて背中に背負った。

風で浮かせているので重くはない、なんとか家まで連れて帰ってきた。

彼は、まだ意識がなくよくみると背中に怪我をしているようだ。服が切れてまだ血がにじんでいた。

サオリーナは一階の祖父母の部屋のベッドに彼を横たえて、窮屈そうな服を脱がせてマリス爺ちゃんの楽なズボンをはかせ背中の傷を見た。

刃傷のようだ。サオリーナは治癒の魔法で傷を防いだ綺麗に治ったので、服を着せようと思ったが、シャツは切れていて上着も袖がちぎれそうで身頃も裂けている。

仕方がないのでまたマリス爺ちゃんのシャツを探して着せたが、鍛えられた肢体をしていて胸筋が発達し腹筋も割れている。

目のやり場に困りながらシャツを着せたが、マリス爺ちゃんのシャツは小さいようで前のボタンが止まらない。

仕方がないのでそのままにして、布団をかけておいた。熱があるので熱冷ましの薬と回復薬をのまそうとしたが、なかなか瓶からは飲んでくれない。

仕方なくサオリーナは口移しで薬と回復薬をなんとか飲ませた。

水魔法で冷たい水をたらいにためて布を浸して額に当てておいた。

目が覚めたら何か食べさせたほうが良いのでスープを用意することにした。

サオリーナもお腹が空いていたのだ。

もう一度眠る男をみて、キッチンに立とうとして、その顔をまじまじと見つめた。

こんなにきれいな顔をした男の人は初めて見た。髪の毛は明るいブラウンのような金髪で目の色は分からないが切れ長の目を伏せた睫毛が長い。鼻はすっと通っていて高く唇は薄く引き結ばれている。右目の下に小さなほくろがある。本当に整った美しい顔をしている。

目を開けたら印象が変わるかもしれないが、優しそうな王子様のような風貌をしているのだ。明日マリアが来たら大騒ぎしそうだと苦笑した。

しばらく見惚れていたが、我に返ってキッチンに立ち一心不乱に料理をした。

このオルカイ帝国の民は黒髪に黒い瞳が一般的だ。時々、ブラウンの髪にブラウンの瞳をした人もいる。

隣国のサボイアリ王国の人は金髪で青い目の人もいると言う。彼は金髪に近いブラウンの髪で目の色は分からないが、隣国の出身の可能性もある。

とにかく彼が目覚めてみないと何もわからない。

サオリーナはもう一つのベットに座って、マリス爺ちゃんのシャツを解体して背中の部分に布を足して彼の為にシャツを縫う事にした。

マリス爺ちゃんのズボンも丈が短いが、彼の穿いていたズボンもあるので何とかなる。目が覚めて元気になったら自分で考えてもらえば良い。

シャツができたら彼の来ていた上着を繕ってやろうと思っている。

来ている服は平民が着るようなものではないのできっと隣国の貴族かお金持ちの商人の息子なのだろう。でも船が難破したとは聞いていない。不思議な人だ。

その夜遅くに、彼は目を開けた。

目を開けて自分がどこに居るかわからず、見覚えのない天井をじっと見つめていたが、

「気が付いた?川に流れ着いていたところを見つけて連れてきたの、私は薬師なので熱冷ましの薬と回復薬を飲ませたの。少し熱は下がったみたいだけどまだ熱はあるから、スープを飲んだらもう一度薬を飲んで眠ったほうが良いわ」

横のベットに座って縫物をしている女性がそう言って、部屋を出て行った。とても可愛い顔をしていた。自分よりは年下のような感じだが、自分は何歳何だっけ?

しばらくしてトレイにスープと柔らかいパンを乗せて部屋に戻ってきた。

「お腹が空いてるでしょう。少し体を起こせる?」

そう言ってベットに座るのを手伝ってくれた。後ろにクッションをたくさん置いてくれて、トレイは膝の上に置かれた。
スープを一口食べるとあまりに美味しくて、なぜか泣きそうになった。

「美味しい」そう言うのがやっとだった。

「よかった。食堂をやってたので料理は得意なのよ」

柔らかく笑った顔が天使のようだと思った。

パンも美味しかった。

彼女はサオリーナと名乗ったが、自分の名前はルカとしか思い出せなかった。もっと長い名前のはずだったのだが…

「僕はルカ、でもその他の事は何も思い出せないんだ。高い崖から背中を切られて川に落ちたと思っていたんだが、背中に傷はないから訳が分からない」

「えっ、住んでた所も帰る場所も覚えてないの?」

「うん、そうみたいだ」

「でも金髪のような髪に青い瞳はこの国の人ではないと思うの。隣国のサボイアリ王国の人じゃないのかな」

「ここはオルカイ帝国って事?」

「うんそれは分かるのね」

「そうだな。自分が何を忘れていて何を覚えているかよくわからない。混乱している」

「取り敢えず眠ったほうが良いわ。夜に考え事してもいい考えは浮かばない。明日明るい時に考えましょう。名前が分かっただけでもよかったわ、ルカ」

そう言うとサオリーナは水を持ってきて薬を飲むように言った。

ルカは薬を飲んでお腹が膨れたこともあり眠くなってあっという間に眠ってしまった。


サオリーナは背中の傷を治癒魔法で治してしまってよかったのかと少し思ったが、でも深い傷だったのでそれしか方法がなかった。きっと沢山血を流したはずだ。顔色がまだ病人の様だった。

サオリーナは2階の自分の部屋に行って、眠る事にした。ルカはもう大丈夫だろう若いし体も鍛えていたようなので、2~3日したら起き上がれるようになるだろう。

次の日の朝マリアがいつもの時間にやって来た。ルカはまだ眠っているようだ。

サオリーナは昨日ルカを川で見つけて連れて帰って傷を治して、マリス爺ちゃんのベットに寝かせていると知らせた。マリアはサオリーナが治癒魔法が使える事も知っている。

ルカに話すかどうかはもう少し様子を見ようと言う事になった。

サオリーナは食堂はまだ再開できないが、薬屋と菓子や総菜を売る店をまず再開しようと思っていると話した。

マリアは涙を流して喜んでくれた。サオリーナがこの一カ月死んだようになってしまっていたのを、心底心配していたのだと言った。

その時、がたっと音がした。ルカが起きたようだ。

サオリーナはルカの様子を見に行った。ルカはぼんやりしていたがベットに置きあがって座っていた。

「おはようルカ、熱は下がったかなあ」

額に手を当ててみると少し熱いがかなり良くなった。顔色も赤みがさしている。

「今、食事を作るわね。その前に水を飲む?」

そう言うと空のコップにすぐに冷たい水を貯めてルカに渡してくれた。

「サオリーナは水魔法が使えるの?」

「うん、少しだけね。たらいに水を張るくらいしかできないけど冷たい水は出せるの」

「すごいね。僕もなんか魔法が使えるみたいなんだ。体の中に魔力が巡るのを感じるから…でも何の魔法が使えるか全然わからない」

「そのうち思い出すわよ。トイレに行きたいなら階段のわきにあるわ。そこの扉を開けてすぐよ」

「うん、ありがとう。実は夜中に行きたくなってあちこち探して見つけたんだ。だから今はいい」

「わかった。じゃあ食事ができたら持ってくるね」

「嫌、起きて一緒に食べるよ。できたら声をかけてくれる?」

「わかったわ。昨日着せた爺ちゃんのシャツ小さすぎて前が止まらなかったから、そっちのベットの上に作り直したシャツを置いてあるからそれに着替えてね。もう一人レデイがいるから刺激が強いわ。その状態は」

サオリーナはケラケラと笑って出て行った。

ルカは自分の格好を改めてみたら、シャツは羽織っているだけで前は素肌をさらしてしまっている。自分の着ていたシャツはどうしたのだろうと思いながらもサオリーナに言われたようにシャツを着替えた。

そう言えば昨日目が覚めた時、彼女は何か縫物をしていたようだ。これを作ってくれていたんだ。 

ルカは改めて部屋を見まわした。ベットが二つ並んでいるので夫婦の寝室に違いない。サオリーナがよく言う爺ちゃんたちの部屋なのだろう。

ルカはシャツを着替えながら自分の事について思い出そうとしてみたが、頭の中に靄がかかったみたいで、ルカと呼ばれていた事、正確にはルカ様や殿下だったようなのだが、定かではない。ただ背中を切り付けられた痛みとその後崖の下の川に落ちて流されていく感触は覚えていた。

気を失ったら死んでしまうと言う恐怖からとにかく流れに身をまかせながら、流木を見つけてそれに取りすがった事までは覚えているのだが、その時までずきずきと気が遠くなりそうなほどの痛みを覚えていた背中の傷は今は痛みもしないしそこに存在もしていないようなのだ。

この事もサオリーナに確認しなければと考えていたら、食事ができたと言う声がしたので、起き上がったら少しふらついたが、しばらくしたらシャンと背筋が伸びたので、ドアを開けてダイニングと思しき部屋のドアを開けた。

自分のいる部屋の前は廊下になっていて。左手に階段があるその横にトイレがあって、部屋の目の前にもドアがある。そこがリビングやダイニングに続いているのだろう。

階段の反対側の突き当りにもドアがある。そこは何かは分からないが、初めての家でそれも助けてもらった人の家を勝手に見て歩くわけにもいかない。

取り敢えず目の前のドアを開けて中に入った。

そこはやはりリビングのようでソファーが置いてあった。その奥がダイニングとキッチンになっている広い空間だった。

ダイニングのテーブルに料理が並び二人の女性がキッチンで立ち働いていた。

「ルカ、そこに座って。体調はどう?まだ顔色が悪いわね」

「熱はもうないみたいだけど、まだ体がふらふらする。こんなに沢山用意してもらってありがたいけれど、食べられるかどうかわからない」

サオリーナはルカの側に来て額に手を当てた。水仕事をしていたようでひんやりとした手が気持ちいいと感じた。すると体の中の腹の真ん中あたりから温かい何かが巡っていく様で、気分がずいぶんよくなった。不思議な感覚に戸惑った。

するとサオリーヌと一緒にいた女性が、

「リーナ…」と責めるように言葉を発した。

「どうせわかる事だもの、彼を信じるしかないわ」

サオリーナはそう言うとその女性がマリアという名前で、通いで食堂や薬屋の手伝いに来てくれているのだと教えてくれた。

マリアは、少し照れたような様子でルカを見ると、何も言わずに頭を下げてくれた。

「マリアさん、僕はルカと言います。昨日サオリーナさんに助けてもらったようなんだけれど自分の名前くらいしか覚えてなくて…」

「話はあとにして温かいうちに食事にしましょう」

サオリーナはそう言うと、マリアを促してテーブルに着かせて三人で食事をとる。

料理はチーズや野菜が入ったふわふわのオムレツに野菜たっぷりのスープが今まで食したことがないような味付けの何とも言えず美味しい物だった。オムレツに添えられたサラダに掛かったドレッシングもニンジンをすりおろして作ったような甘酸っぱい味が絶品だった。

ルカは目を丸くして、

「こんなおいしい朝食を食べたことがない。このスープはどんな味付けをしたらこんな味になるんだ?」

独り言のように呟いたルカの言葉を、前に座る二人はにこにことして聞いていた。結局ルカは食事を完食してパンもお代わりして柔らかいバターロールというパンを、4個も食べてしまった。

「でしょう?リーナの作るお料理はこの国一番いいえ世界一美味しいのよ。私なんかここで働くようになって5キロも太ってしまったの。今ではここに来る前に来ていた服が全然入らなくて、リーナのおさがりを少し直さないと入らないのよ。ルカさんも気を付けてね。ここに居る間はしっかり体を動かさないとぶくぶく叔父さんになってしまうわよ」

そう言って笑っている。
えっ、叔父さんか!確かにマリアから見たら俺はおじさんになるのか…ちょっと傷ついた。

「マリアったら、大げさよ。マリアは本当にがりがりだったんだから5キロ太っても、まだ普通に細いわよ、ねっ」

そう言って相槌を求めてくるサオリーナ。

「うんそうだね。ちっとも太っては見えないよ。心配いらない」

「それとね、このスープは味噌という調味料で味付けしてあるの。大豆から作っているのよ。本当はここにお米のご飯があれば最高なんだけど、この国ではお米を栽培していないらしくてパンしかないんだけど、でも朝焼いたパンだから美味しいはず」

「みそ? 聞いたことがないなあ。でもお米はサボイアリ王国では栽培されてると思うよ。でも家畜の餌用なんだけど…だと思う」

「ええ~っ、知らなかった。マリア今度隣国にお米買いに行きたい、絶対行きたい」

「ハイハイ、どこでもリーナに付き合いますよ。地獄だろうと…なんのその」

「あはは、マリア本当に大げさ。地獄になんて行くはずないじゃん」。

「全然大げさじゃない。私もリーナに助けられたんだから、起き上がれないくらいひどくぶたれてもう死ぬんだろうなあって、なぜか冷静に考えていた時にリーナが颯爽と現れて、皆を蹴散らせてこの家に連れて来てくれたんだ。そしてここで雇ってくれてこんなに太らせてくれた」

「わかったわかった。でもルカなんでそれ知ってんの?やっぱりルカはサボイアリ王国から流れてきたの?」

「なんで知ってんだろうなあ。でも事実だよ、多分。覚えている事と忘れている事の境界線がいまいちよくわからないんだ。一番よく覚えているのは、背中を切られた時の痛みと崖から川に落ちた時の感触と流されながらも背中の痛みに気を失いそうになったけれど気を失ったらおぼれて死ぬと言う恐怖と何とか流木にしがみ付いていた事かな、その後気が付いたらここに居て、サオリーナさんが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。名前は崖から落ちる時に誰かが”ルカ”と呼んでいて自分の名前だと分かっていたからかな。でも背中に傷がないみたいなんだ。それが不思議でやっぱり夢だったのかなあ」

「ルカ、私の事はリーナでいいよ。私たちもルカって呼んでいい?ルカの着ていた服を見るとお金持ちかどこぞの貴族様かもと思うんだけど、ここではルカよ。いい?」

「もちろんだよ。そのほうが嬉しい。リーナにマリアよろしくお願いします。しばらく厄介になってもいいのかなあ?お金も持っていないようだし、思い出して帰る場所が分かるまで…僕にできる事なら何でもするよ。力仕事は任して」

「それは助かる。そして私達の事も共有したいと思うの。私はこの家でマリス爺ちゃんとリコーニ婆ちゃんと三人で暮らしていたの。つい1ケ月前に二人は馬車の事故で亡くなってしまったの。だから今は一人ぼっちになっちゃったの」

そこまで言うとサオリーナの目に涙がみるみるあふれてきた。マリアがそっと肩を抱いて背中をトントンしてやっている。

「ごめんね。まだ二人の事を思い出すと泣いてしまうの。大好きな大切な二人だったから、マリアは孤児院にいるの。でもあと半年したら16歳になるからそうしたらここに移ってくる予定なの。もう気が付いてるかもしれないけれど、私は水、風、土に関しての魔法が使えるのと治癒能力があるの。昨日ルカを川で見つけて背中におぶって帰れたのも風の魔法を使ったから。そして背中の傷も治癒したの深かったしまだ血が滲んでいたわ。だからルカの上着もシャツも切れていて着せられなかったのよ。でもこの事は爺ちゃんと婆ちゃんとマリアしか知らない。治癒の力があると役人に知れると、連れていかれて一生病人や怪我人の治療をさせられると二人は心配していたから…だからルカも秘密にして欲しいの」

「そうか、だから傷がなかったんだね。重ね重ねありがとう。リーナは命の恩人だね。もちろん魔法の事も治癒魔法が使える事も誰にも言わないよ。じゃあさっきも額に手を当ててくれた時体の中に温かい物が流れ込んできたんだけど治癒の力を使ってくれた?その後すごくすっきりして食欲もでたし」

「うん、そうね。まだ顔色が悪かったから、でも今はかなり良くなった。やっぱり食事って大切だね」

「そうだね。美味しい食事ならなおさら元気が出るよ。僕の方は何も話せることがないんだ。思い出したらすぐに二人に伝えるけど…この家にいてもいいのかなあ。マリアは通いならリーナと僕と二人になるけど周りの人の目もあるし良いのか?」

「私は気にしないわ。それなら婚約者と言う事にしようか?それなら問題ないと思う」

「それでリーナはいいの?まだ若いのに変な噂になったら困るだろう」

「結婚する気もないし私はマリアの2歳上で今18歳よ」

「ごめん僕は何歳かもわからない。さっきマリアに叔父さんって言われちゃったから皆より年上なのは間違いないだろうけど、何歳何だろう?」

「すみません。そんな年寄りに見えるわけではなくて、言葉の綾です」

マリアは申し訳なさそうに謝った。

「あはは、マリアさすがに叔父さんは可哀そうだったわね。ごめんねルカ。マリアってホント大げさなのよ」

「いや、別に気にしてはいないけれどちょっとショックだっただけで、自分の歳もわからないしそういえば自分の顔もわからない。後で鏡を貸してもらえるかな?」

そう言って情けない顔をするルカを見て二人とも噴き出していた。お腹を抱えて目に涙を溜めて大笑いする二人を見てちょっと拗ね気味なルカだ。

やっと笑いが収まってサオリーナが、真面目な顔で言った。

「1カ月も何もしないでぼ~っとしていたから、昨日林を散歩してこれからの事を考えていたんだけど、薬屋はまた開けないと皆が困っていると思うの。この村の人は皆親切で優しい人ばかりだから誰も何も言わないでいてくれるけど…」

「リーナは薬師なのか?」

「そうよ、2級薬師よ。ここで爺ちゃんたちと食堂と薬屋をやってたの。でも、薬屋はあまり利益にはならないの。村の人達が困っているのを見て薬師になって皆を助けたかっただけだから。この村に薬屋はなかったので州都まで行かないと医者に処方箋を書いてもらっても薬は手に入らなかったの」

「リーナは、本当に安い値段で薬を売ってるの。持ち合わせのない人にはお金ができた時でいいなんて言って代金も貰わない時もあるんだよ」

「だって、皆その日その日で精いっぱいに暮らしているんだもの、そんな人達からお金なんて取れないよ。それにその代わりに野菜やお漬物なんかを持ってきてくれるしね」

「本当にリーナは、優しすぎるんだよ。野菜は裏の畑で新鮮な物が取れるじゃない。それも困っている人や孤児院にくれるし」

「だから、食堂も再開しようと思っているの。昼食だけの定食にしてその後はカフェのようなお菓子と紅茶やコーヒーだけ出す感じで、そして夕方には閉めるの。それなら、私一人で調理して給仕は今まで通りマリアがしてくれればいいでしょう?お昼時だけは薬屋は閉めるけど」

「じゃあ僕も手伝わせて、給仕の方は何とかなると思う。調理の方を出来たら手伝えればいいんだけど」

「ルカには畑の方の管理をお願いしたいわ。水をやったりするのは私の水魔法で一気にやれちゃうから、収穫や食堂で使い切れない者は市場に卸していたの。家の野菜はとても評判が良くていつも買い上げてくれるお店の人も待ってくれていると思うの。だから、そっちの方を主に担当してくれると助かる。空いた時間があれば給仕もやってくれると嬉しいけど…ルカがお店に出ると女性客がぐんと増えそうよね?」

「うん、間違いない。ルカ目当ての女性客がわんさか来るかもね」

「ええっ、なんで、僕って叔父さんなんだろう?」

「だから言葉の綾だって、マリアが言ってたでしょう。マリア鏡持ってきてあげて」

マリアが持ってきてくれた鏡を見ると、結構若い男の顔が映っていた。女性客がわんさか来る程かどうかは自信はないがそんなに叔父さんでもない。でも、見たことがない顔で変な気分だ。

自分の髪が金髪に近いブラウンで目の色は青いのは確認できた。

「ねっ、イケメンでしょう?金髪碧眼って男前の必修アイテムだもん」

マリアが嬉しそうに言った。さっき叔父さんって言ったくせに。

そう言うと、“ルカって根に持つタイプ?“と言い返された。

取り敢えず、明日からその為の準備をすることになり、しなければならない事を3人で整理したり野菜の管理の仕方も教えて貰った。やる事ができてルカは楽しく生き生きと動き始めた。昨日は死人のような顔をしていた人物とは思えないとリーナに言われてしまったが、今までにこんなに生きている事が楽しいと思ったことがないようなそんな気がしていた。

今、サオリーナとルカは近くの林にいる。昨日サオリーナが見つけたシャリの木の下に二人は立っている。

「ルカ、この木に登れる。無理なら梯子を持ってくる。このシャリの木の葉っぱと実が欲しいの。すごく貴重な薬草になるの。昨日これを見つけて落ちてる葉っぱは拾ったんだけどできれば真っ赤に色づいている葉っぱが欲しいし、実は止血や傷口を塞ぐ作用があるのよ」

ルカは分かったと言って、猿のようにするすると木に登って最初の木の股に腰かけて実を取ると下にいるサオリーナに放ってくれた。葉っぱも赤く色づいたものを何枚も取ってくれて、大収穫となった。

サオリーナはものの半時間程でかご一杯になったシャリの葉と実を見てご満悦だ。

「ルカ、ありがとう。もう十分よ。冬になる前にもう一度お願いするかもだけど今はこれで充分」

その後2人は林を抜けて昨日サオリーナがルカを見つけて連れて帰った川に行く事にした。ルカが見てみたいと言った為だ。

川に着くと
「ほらあそこの岩に、しがみ付いていたのよ」

そう言ってサオリーナが指さした先に見える岩までルカは行ってみた。何かきらりと光ったのを確かめたかったのだが、それは小振りの小刀だった。

鞘には宝石が嵌められている豪華な物だった。ルカはそれを拾ってきた。

「これが落ちていた。僕の物かわからないけれど一応持って行こう」

「昨日はもう暗かったから気が付かなかったわ。でも、鞘にはめ込まれているのは宝石よね。ルカの着ていた服と言いやっぱりルカってただ物じゃない気がする」

「ただ物じゃないって、何だよ。何も覚えていない叔父さんだよ」

ほんとに叔父さんにこだわって、根に持つタイプだわと、内心思いながらサオリーナとルカは家路についた。

明日から再開に向けて準備しなくてはいけないので、今日は早めに夕食を食べて、マリアは孤児院にサオリーナ達はそれぞれ部屋に引っ込んだ。

ルカには1階のマリス爺ちゃんとリコーニ婆ちゃんの部屋を使ってもらうつもりだ。

今日ルカの服を買ってきたが、マリス爺ちゃんの服で手を入れてきれるものがあったら見ておいて欲しいと、ルカに伝えておいたので、明日また足りなければ買いに行かなければならない。

カフェにもなるので、サオリーナは3人とも制服のようなものを着たいと思っているのだ。

白いシャツに黒いエプロン、ルカのエプロンは腰に巻き付けるタイプの前世で言うギャルソンエプロンを、サオリーナとマリアは胸当ての付いたやはり黒いエプロンで紐を前で結ぶタイプにしたいので、明日白いシャツとエプロンを作る為の黒い布を買いに行くつもりだ。

洗い替えに2枚づつは必要だ。マリアと頑張って作れば2~3日で6枚はできるだろう。

そして今はリコーニ食堂となっている看板も、リコーニカフェにしたいのだ。ペンキがあればルカがやってみると言ってくれた。

外観も少し手を入れておしゃれにしたいし、中も少し手を入れたい。

再オープンするのはまだ2週間はかかるだろう。でも、新たなサオリーナの出発なのだ。精一杯自分の気が済むようにしたいと思っている。ルカでできないようなら人を頼んでもいい。二人はかなりの貯えを残してくれていた。

2人の寝室のクローゼットの中にあった手提げ金庫に入っていたのだ。そこにはマリアの預かっている給金も一緒に保管されていた。

今はサオリーナの部屋にそれを持ってきているが、新しくなるお店の為に使いたいと思っている。二人とも天国から、元気に働くサオリーナを見てきっと喜んでくれるはずだ。いつまでもめそめそして2人を悲しませたくはない。

それから2週間後玄関ドアの上と通りに面する窓の上には赤と白のオーニングを付けてもらった。それを説明するのに凄く大変だったけれど、何とか大工のケレンが作ってくれた。

そしてドアの周りと窓の周りには細い板を張って貰ってルカに白く塗ってもらった。

ルカは2階の窓の下につけた看板を白で塗りつぶしてその上に赤のペンキで“リコーニカフェ“と描いてくれた。看板の周りは細い板をぐるりと回して、文字と同じ赤で塗ってくれている。

隣りの薬屋の窓口の上にもルカが“リーナのくすりやさん”という、可愛い看板を掛けてくれた。

カフェも薬屋もとても可愛い看板になった。そして玄関ドアの近くに置くA看板も新しく作ってくれたのだ。

表にはOPEN,裏にはCLOSEという文字を入れてもらった。これはどういう意味だと皆に聞かれたのでその文字の横に開と閉の文字も小さく書いてもらうと分かったようだ。

前世の日本の話はできないのでサオリーナの考えた飾りみたいなものと言っておいた。

OPENの下には今日の定食のメニューを書いたものをぶら下げて置けるようにした。マリアがかっこいい看板だと言って喜んでいた。作ったルカも大満足のような顔をしている。

そして中のテーブルクロスも赤と白の大きなチェックの布をかけた。

会計をする所の横には今日のケーキや焼き菓子を並べて、持ち帰りもできるようにした。

3人のエプロンもマリアと二人で頑張って作った。何とか間に合った。

そして今日は再開店の日だ。

OPENの看板を出す前に3人で動作の確認と今日のメニューの確認をした、お客様にメニューをきちんと説明してもらわなければならないからだ。
メニューは前の食堂でも一番の人気だった鶏のから揚げとオリジナルのドレッシングをかけたサラダとサツマイモのポタージュスープにクロワッサンが2個、食事の後に紅茶かコーヒーに今日のデザートが付く。

今日は、野菜のクッキーを3個付ける予定だ。ほうれん草にニンジンとカボチャのクッキーを昨日の夜作っておいた。ルカは味見と言って作る側から食べていくのでサオリーナは怒りながらも笑ってしまい最後にはルカにも手伝わせて大量に作った。

ルカは甘いものが好きだったんだと気付いたと言って喜んでいた。単純だ。

薬屋の方もいつもよく売れる傷薬や腰痛の貼り薬に回復薬などとルカが木に登って取ってくれたシャリの葉で解熱の飲み薬も作った。薬は毎晩少しづつ作り貯めておいたが、1カ月以上もお休みにしてしまったのできっと沢山の人が買いに来るだろうと思い。十分の数を用意しておいた。後1~2ケ月もすると手荒れの薬が出るようになるのでそろそろ作り始めなければならない。

そして11時の開店の時間になった。薬屋は10時からだからすでに何人かのお客様の対応をサオリーナは済ませていた。11時半からの2時間程は薬屋は閉めることになっている。

皆よく知ってくれているので、無理を言ってくる人はいない。

店を開けるとすでに何人かのお客様が待っていてくれた先頭にいるのは大工のケレンだ。家族4人で来てくれたようだ。外に並んでいる時にドアや窓のオーニングなどを父ちゃんが作ったんだ。かっこいいだろうと嬉しそうに子供達に自慢している。

あっという間に満席になり、少しテーブルを増やしたにもかかわらず。一時過ぎるころにはもう材料もなくなってしまった。

その後からの人には定食はもうないのである材料でサオリーナが何とか作った物を食べて貰った。

ルカは時々調理場にやって来てトレイに料理をのせたりスープをカップによそったりしてくれて、てきぱきと動いてくれてとても助かった。

結局後で3人の食事にと思ってとっておいた鶏もスープもクロワッサン迄なくなって昨日のバターロールにハムや野菜を挟んで食べられたのは1時半でそれも調理場で立ち食いしたのだった。

5時に閉店するときには3人ともぐったりしていた。これが毎日続くようだと1週間で音を上げてしまいそうだ。

そこで、店を閉めたと夕食を食べながら3人で話し合った。もう少し余裕をもって動けるようにするには、もう一人給仕の女の子または調理の補助ができる人を雇うか、提供できる定食の数を決めてそれ以上は今日はもうおしまいですと言う事にする。

そして、定食以外にバターロールパンにハムや野菜を挟んだサンドイッチを定番にすると言うのを、ルカが提案した。

今日の賄で食べた物がとても美味しかったので、それならバターロールパンをある程度用意しておけばすぐに作れる。せっかくお昼を食べに来てくれたのに食事になるようなものが何もないと言うのは、申し訳ないと思うのだ。

それなら、サンドイッチにスープを付けることにすれば定食に必ずつけるスープを多めに作っておけばいいので、そんなに手間ではない。

人を雇うのはすぐには無理なので、定食を限定数にして、スープ付きのサンドイッチをメニューに加えることにした。サンドイッチはお昼の時間だけではなく開店している間は出せるようにする。

そして、ルカにサンドイッチの作り方を教える事にした。自家製のマヨネーズやトマトソースを作っておけばそれをパンに塗って後は具を挟むだけなのでルカにもできるはずだから…

ルカは何にでも好奇心一杯で、楽しんでカフェの仕事をしてくれた。

定食は35食とした。こうすることによって初日のあたふたとした動きが無くなり、3人とも落ち着いて対応ができるようになった。

相変わらず昼の定食は人気で日替わりでメニューが違うので、毎日来てくれる人もいる。

また、マリアの言ったようにお茶の時間にはルカ目当ての若い女性のお客様で満員になり外に並ぶと言う変事が起きる日もあった。

ケーキは日替わりにしたが、野菜クッキーやパイ生地の焼き菓子、マドレーヌなどは定番にして、お持ち帰りのコーナーにいつも置いておくようにした。

定食のデザートは数を決めたことで、プリンやテイラミスやロールケーキなどきっとこの世界にはないであろうスイーツを出すことができて、ますます定食の人気が上がった。

極めつけはスイートポテトだった。今度いつスイートポテトが付くのかと何度も尋ねられて、日替わりのケーキにスイートポテトが加わった。一人何個までとしなければ一気に10個とか買っていこうとする人もいてびっくりさせられる。

定食も曜日でメニューを固定したので、準備がらくになった。

色々試行錯誤しながら、3人でカフェと薬屋を営んでいけるようになった。

一番混む日もわかったので、週に3回ほどお昼の時間に手伝いの人を頼めることができて、3人にも余裕が生まれた。週1回の休日にはルカと一緒に出掛ける事もできるようになった。

そして今日は2日間お休みにして3人で、隣国にお米を探しにやって来た。

隣りの村から船でサボイアリ王国に入って王都迄馬車で1時間あまり充分日帰りできるのだが、コメを探すのにすぐに見つかるかどうかわからなかったので、一応2日間の予定を組んだ。でも宿は決めていない。すぐに見つかれば日帰りできるからだ。

ルカの案内で王都の市場に行ってみた。ルカはサボイアリ王国の出身のようなのだが、市場の場所は知らなかった。それでも道行く人に聞いて連れて行ってくれた。マリアと二人だったら、王都の地図も頭に入っていないので通りの名前を言われてもわからなかっただろう

市場ではすぐにお米を売っているお店を見つける事ができた。なんと、家畜の餌コーナーにあったのには驚いた。でも本当にお米なのだ。日本に居たころ食べていたようなものより少し細長くて色も少し黄色いが、確かにお米がそこにあった。

サオリーナは懐かしいお米を見て泣きそうになった。サオリーナがあまりに感激している様子を見て店の叔父さんが、もう少し質のいいお米もあると言って見せてくれた物は、形もふっくらとして色も白く美味しそうだった。

そしてびっくりするくらいに安かった。この米を持てるだけ買っていく事にした。ルカが10マスサオリーナとマリアがそれぞれ5マス、1マスが1キロくらいなので合わせて20キロ位になる。

でも店に出すならこれでは全然足りないが、まず米を食べる事を皆に受け入れてもらえるかどうか試食してもらわなければならない。それで皆に好評ならその時は毎月50マスをフォブル村の店まで送ってもらえるか、聞いてみた所フォブル村なら、ほかに家畜の飼料や畑の肥料などを月に一回送っている所があるので、それと同じ日にしてもらえるなら可能だと言ってもらえて、サオリーナは安堵した。

とにかく今日は3人で20マス持って帰れるので、さっそく今日の夜に二人に試食をしてもらう事にした。

お店の叔父さんは家畜の飼料をほんとに食べるのかと言ってびっくりしていた。

サオリーナはもう早くお米を炊いて食べたくてせっかく王都に来たのに早く帰ろうと二人をせっついて呆れられた。

その夜、夕食にお米を炊いたご飯とミソスープに白身魚を煮た物とカボチャの煮物というザ・和食というメニューになった。二人には言っても意味不明だと思うので何も言わなかったが…

サオリーナは泣きそうなくらい嬉しくてほくほく食べていたが、ルカもマリアも最初は何だかもごもごすると言って食事が進まなかった。

でも少し食べ進むとルカは噛むほどに甘くなると言ってご飯の良さが分かってくれたが、マリアはパンのほうが良いと言って結局パンを食べていた。

サオリーナは白いご飯は好きな人と嫌いな人がきっと別れるのではと思った。やはり白いご飯は日本人のソウルフードなのだから、万人に受け入れてもらうのは難しいのかもしれない。

味を付けたご飯の方がきっと食べやすいのだろう。

次の日には炒飯にオムライスにガーリックライスと最後には炊き込みご飯におにぎりまで作ってみた。

でも、お米は腹持ちが良いと言う事に二人とも気付いたようだ。最終的にはパンの代わりにするなら、ガーリックライス、メインにするなら炒飯かオムライスと言う事になった。

そこで今度は次の休みの日に日頃お世話になっている近所の人や週3回来てくれている給仕のベラや大工のケレンを呼んでお昼に試食会をした。

実はサボイアリ王国の王都の市場でスパイス専門店を見つけてカレー粉を自作できないかと色々スパイスを買って来たのだ。

川辺沙織時代の大学生の時の栄養学の時間でカレー粉を自分の好きな材料を合わせて作る授業があり、用意されたのは20種類くらいのスパイスで、それぞれ役目別にわかるように先生はおいてくれていた。

例えば色を付けるための物これはターメリックが黄色いカレーの色なのだが、ほかにも香り付け、旨味付け、辛み付け等サオリーナは自分が作ったスパイスの8種類を覚えていたので、それを買って来たのだ。

帰りの船の中ではスパイスのきつい匂いに周りの人は怪訝な顔をしていた。

でもまだカレーの粉は完成していない。すべてスパイスは粉状になっていたので後は配合をどうするかだけなのだ。8種類のスパイスは覚えていたのだが、その配合迄覚えていなかったのだ。

まあ気長にやってみるしかない。と言う事でカレーはそのうち絶対に作って見せる。

試食会では一番人気がガーリックライス、次にオムライス、炒飯、おにぎりだった。それにみそスープも付けて食べて貰ったのだが、ミソスープは大絶賛だった。やはりご飯にはみそスープなのだ。とサオリーナは嬉しくなった。

試食会のメンバーは概ねご飯が定食に出る事は大歓迎だったが、ガーリックライスとパンが選べれば一番いいと言う意見だった。

その場合は両方用意しなければいけないのでサオリーナの負担が大きい。やはりカレーだ。

サオリーナはカレーの調合を急ぎ完成させるのを一番の目標として、当面はお米を使ったメニューは炒飯、おにぎり、オムライスという3つに絞った。

カレーの調合が完成すれば時間のかかるオムライスは外したいと思っている。試食会にはもう一つピザも出したのだが、悔しい事にこのピザが一番人気だった。

お米の料理の箸休め的に考えて出したものなのに、ピザが一番人気が高かった。でもピザも焼き上げるのに時間がかかり薪がまも一度に2枚が限界なので定食にはだせない。

やはり定食として出す物には縛りがある。下準備ができていればすぐに完成させられる事、一度になるべくたくさん作れる事、過程が複雑でない物など…週に2日はお米の料理が出せればうれしい。その内の1回はカレーにできたら、スピードよく出せるのでカレーの日は10食くらい多く設定しても大丈夫だろう。

そしてサオリーナはカレーの調合を成功させた。そして瞬く間にカレーライスはリコーニカフェの名物になった。カレーが定食として週一回では物足りないと言うお客様の意見を入れてカレーとサンドイッチは定番メニューになった。その分定食の数を減らして25食にした。

お昼時にはカレーや定食やサンドイッチに注文がばらけるようになり、ルカやマリアが調理場に入って作業することも可能になった。

サオリーナとしては大助かりだ。その分スイーツの開発やスイーツ作りに時間を回せるからだ。休みの日にはルカと二人で新しいスイーツ作りに夢中になって朝や昼がスイーツだけになってしまうこともある。

ルカはサオリーナといる時間を楽しんだ。マリアがここに引越して来たらこんな時間も持てなくなるのではと、少し焦ってしまう。サオリーナとの時間があまりにも楽しくて温かくてそこから抜け出せる気がしない

この頃では州都からわざわざカレーライスやスイーツを食べに来てくれるお客様もいる。カレーライライススやサンドイッチならルカでも作って出せる。と言ってもカレーライスはご飯をよそって一人分のカレーのルーをご飯にかけるだけだ。

付け合わせのサラダも作ってあるので、ドレッシングをかけるだけで出来上がる。カレーのスイーツは季節の果物にヨーグルトをかけて少しはちみつをかける果物は裏の畑でとれる物を使うことが多い。

今はルカが畑の管理をしている。初冬の今は柿とリンゴが取れる。

柿もリンゴもカフェで使い切れないものは市場に持っていく。それもルカの仕事だ。

カフェに余裕が出てくると三人にも暮らしに余裕が出てきた。だからなのかサオリーナとルカの距離も近づいて行った。

ルカは給仕よりも調理場でサオリーナを手伝っていることが増えた。畑の管理もきちんとやってくれてサオリーナにとって、いなくてはならない人になっていった。

ルカと調理場に立つのは心が落ち着いて忙しい時でもルカの顔を見るとホッとする。笑うと目じりによるしわが優し気で右目の下の小さなほくろがサオリーナは大好きだ。ルカの顔の中で一番好きな所だ。

口角を上げて色っぽく笑うルカも大口を開けておおらかに笑うルカもちょっと拗ねて口をぎゅっと結んでにらむルカもどんなルカもお気に入りではあるけれど…

ルカの端正な顔は見飽きることがない。ルカ目当てのお客様はルカが調理場にいると途端にがっかりするそうだ。

マリアは先月孤児院を出たのに友人と二人で間借りするのだと言って結局この家に住むことがなくなって今でもルカとサオリーナの二人で暮らしている。休みの日は朝も昼も夜も二人で食べる。

ルカはずっとサオリーナの事が気になっているのを自覚していた。

今日は近くの林にサオリーナと二人で来ている。前に木に登って葉っぱと実を取ったシャリの木のある林だ。

もう冬も近いので葉っぱが落ちてしまう前に良い葉っぱを取っておきたいと言うサオリーナの希望で、二人で林まで歩いて行った。

ルカは木の上の方まで登って行った。なるべく赤い葉っぱを取ってこようとしたのだ。前にサオリーナが葉っぱは赤い方が効果が高いと言っていたからだが、下でサオリーナは心配そうにおろおろしながらルカを見守っていた。

ルカは平気な顔をして木をから降りてきたのだが、

「もうルカ!あんなに天辺まで登って行って危ないじゃないの。上の方は枝も細くなってるし折れてしまうんじゃないかとひやひやしたんだからね」

とぷりぷり怒りながらいうサオリーナが可愛い。

「大丈夫だよ。高いところは平気なんだ。でも心配してくれてなんか嬉しいな」

そう言うとサオリーナの顔を覗き込んで、頬をするっとなぜた。サオリーナは真っ赤になって、目を大きく見開いていた。

サオリーナは美人というより可愛くて愛嬌のある顔をしている。だからなのか歳より若く見えるようだ。大きな目とコロコロと表情が変わる顔は見ていて飽きない。頬骨が高く涙袋のある大きな目が一番特徴的だが、ぽってりとした唇は色っぽくて口づけたくなってしまう。

大人の女と純粋でかわいい少女が同居しているようなアンバランスな所が魅力的だ。ルカはいまだに記憶を取り戻せていないが、今の暮らしが楽しくてサオリーナの隣は居心地がよくて、もう思い出せなくてもいいと思っているのだ。

この場所であの家でリコーニカフェを、サオリーナを助けてやっていけるのがルカの最高の幸せだ。今までこんなに充実した生活はきっとしたことがないと思う。

いつかサオリーナにこの気持ちを伝えたいと思っている。そして彼女の側にずっといられればいいと思わずにいられない。

サオリーナに助けられてからの日々は、ルカにとって温かい光にあふれた幸せな時間だったのだ。その幸せを逃したくないと思ってしまう。自分は欲が深いのかもしれない。でもサオリーナへの気持ちに蓋をするのがだんだん難しくなってきている。

林からの帰り道シャリの葉っぱが一杯入った籠を持っているルカの隣に並んだサオリーナの手に、ルカの手が当たるのを感じながら二人は距離を取れないでいる。

しばらくするとルカはサオリーナの手を握った。サオリーナはされるがままで顔は赤くなるが手を振りほどいてはこない。

ルカはサオリーナの小さくて暖かい手のぬくもりがあまりにも心地よくてたまらなくなった。その時その手がルカの大きな手をぎゅっと握り返した。

ルカはびくっとしてサオリーナの横顔を見つめた。

サオリーナはゆっくりと顔をルカに向けた。耳を赤くして恥じらいながらルカを見つめる少しうるん瞳がサオリーナの戸惑いと恥じらいと喜びを伝えてくれた。

ルカは思わずサオリーナを抱き寄せてその額にキスをした。

サオリーナはちょっとびっくりしたようだが逃げることもせずルカの胸に頭を寄せて二人はぴったりとくっついたままで、ルカは籠を地面にそっと置いてサオリーナを自分の腕の中に抱きいれた。

サオリーナが背中に手を回すのを確かめて、ルカは少し体を離して片方の手をサオリーナの後頭部に固定して唇を合わせた。

長い口づけだった。きっとサオリーナには初めての口づけなのだろう。息を継げないでいる。ルカは少し唇を離すと“リーナ鼻で息をしないと息を止めてはダメだ”と言って、もう一度口づけた。

鼻で息をするときにちょっと緩んだ口元にルカの舌が入り込んできて、サオリーナの口内を自由に温かい舌が嘗め回す。

サオリーナは頭が真っ白になって、ルカのシャツをぎゅっと握ったまま縋り付いていた。

何度も角度を変えて繰り返される口づけにサオリーナは腰砕けになってしまった。ルカはサオリーナをお姫様のように抱きかかえて、速足で家に向かった。

サオリーナは今まで人を好きになった事がなかったので確信はなかったが、胸がどきどきするこの気持ちがきっと人を恋すると言う事なのだろうと、ルカの腕の中で幸せをかみしめていた。

川辺沙織であった時も高校も大学も勉強と生活のためにバイトに明け暮れていたので恋愛どころかコンパにも行った事がなかった。社会人として働きだしても会社と家の往復で仕事に慣れることを一番に考えていた。そんな半社畜の人間だったのだ。

なぜかいつもルカを目で追ってしまう。するとよく目が合う。そしてさっと目をそらせてしまう。でもすぐにまたルカが気になる。そんな繰り返しなのだ。そんな自分の行動が自分自身ではよくわからなかった。

だれにも相談できずそんな自分の気持ちに悶々としていた。

そして今日林にシャリの木の葉っぱを取りに二人で行った帰り道ルカに深い口づけを何度もされて立っていられなくなったのだ。

ルカはサオリーナを横抱きにして家まで運んだ。そしていつもルカが寝ているベットにサオリーナを横たえると

「リーナ、君が好きだ。助けてくれたのがリーナでよかった。ずっとここでリーナと暮らしたい。ぼくをここにずっと置いてくれる?」

「うん、私もルカが好き。ずっとここにいて」

「リーナのすべてをもらってもいいか」

もうサオリーナは言葉が出てこない。ただコクコクと頭を縦に振りルカにしがみついた。

「私何もわからない。初めてなの」

かろうじて聞こえる小さな声でそう呟いた。

「僕に任せて何も心配いらない。優しくするよ。愛してるリーナ」

二人は生まれたままの姿で肌を合わせた。お互いの肌のぬくもりを心地よく感じながら、ルカはサオリーナを大切に優しく抱いた。

そして休みの前夜には二人は肌を重ねるようになった。ルカのベットかサオリーナのベットで二人で抱き合いながら朝を迎えるのが、最高に幸せだった。

そんな日々が1カ月も続いた時、隣国の近衛騎士でヨハンゼリスキー・グリシャム・バロッテンという一度では覚えられない長い名前の騎士が部下を5名ほど連れて“リコーニカフェ“に訪れた。

「このカフェの主にお会いしたい」

ちょうど昼が終わった所で皆ひと息ついている時だった。マリアが慌てて調理室に駆け込んだ。

「リーヌ、り、り、隣国の騎士が…」

「何よ、り、り、り、って、どうしたの?」

「とにかくきて」

とリーヌを引っ張っていく。店に入ると白い上着に金糸で刺繍を施された立派な身なりの騎士が背筋をピンと伸ばして立っていた。そして、サオリーナを通り越してその後ろの方を見て

「殿下、お探し申しておりました」

と震える声で言うと、片膝を立てて跪き首を垂れた、後ろに控えていた騎士たちも同じように口々に“殿下“と叫んで跪いている。

彼らの目の先にはルカがいた。 ルカは

「こんな所で迷惑だろう。サオリーナを奥を借りていいか?」

とサオリーナに許可を得た。サオリーナは言葉が出ずにうんうんと頷いた。

今店には客はいないのでとにかく今日は店を閉める事にした。マリアと手伝いのベラと共に閉店の準備をして調理室も洗い物や片づけを三人でする。

今日のケーキは日持ちしないのでベラに5個持って帰ってもらい。マリアとサオリーナでひとつづつ食べてルカたちにも紅茶と一緒に出すことにした。

ダイニングにはルカとヨハン何タラという長い名前の騎士が向かい合って座りほかの5人の騎士はルカの後ろに立っている。

サオリーナとマリアは7人分の紅茶とケーキをテーブルに並べた。

「皆遠慮なくいただけ美味いぞ、リーナのスイーツは一度食べたら癖になるんだ。リーナありがとう」

そういうと蕩けるような眼差しでリーナを見つめると食べ始めた。
「殿下、お毒見を」

と一人の騎士が言ったがルカはうるさそうに”必要ない”と言ってさっさと食べ始めた。

前に座っている騎士も皆に

「じゃあ遠慮なくいただきます。お前たちもせっかくだいただけ」

それからは美味いと言う声とこんなスイーツ初めて食べたと言う感動の声が飛び交った。

「だろう。リーナに感謝して食べろよ」

ルカはにっこり笑いながら言った。そしてサオリーナに横に座るように言って椅子を引いた。

サオリーナはルカの隣に腰かけた。そしてルカに静かに聞いた。

「記憶が戻っていたのね。いつから?」

「だんだんと色々思い出したんだ。リーナと暮らして、こんな風に穏やかな気持ちでいたことがないなってふと思った時、王宮の自分の部屋だったと思うんだがそこのソファーに腰かけて重いため息をついている自分の姿がふっと脳裏によぎったり、カレーを食べていて弟のボルドに食べさせてやりたいと言う思いがふと浮かんだりそんな脈絡のない記憶の断片がパズルのように浮かんでいたんだ。そしてほんの1カ月位前に全部が繋がったんだ。でもリーナに言えなかったと言うよりも言いたくなかったんだ。サボイアリ王国の第2王子で後継者争いに巻き込まれて第3王子つまり弟が放った刺客にやられて死ぬ所だったと言えなかった」

「そう、でも思い出したんなら国に帰らなければいけないわね」

「嫌だよ。あんな所に帰るつもりはないよ。王位継承権なんか興味ないし兄弟で殺し合うような家族の所に帰れって言うの?リーナは僕が居なくなっても平気なの?」

「平気なわけない。でも彼らはそのつもりでここに居るんでしょう?」

「殿下、お願いします。お帰り下さい。第1王子と第3王子がお互いに放った刺客によって亡くなられてしまいました。ルカ殿下が王太子として国を導いていただかなければならないんです。国王は最初から王太子はルカ殿下にと決めていらしたんです」

「僕はあの時背中を切られて崖から落ちて死んだんだ。今ここに居るのはカフェを手伝いながら野菜や果物を育てているルカというどこにでもいる叔父さんなんだ。リーナを愛するただの男なんだ。ここでリーナとゆっくりといつもみんなの笑顔に囲まれて暖かい光の中で暮らして行きたいんだ。どうかヨンお願いだ。ルカは死んだ事にしてくれないか?王位はボルドが継げばいいんだよ。僕が居なくても問題ないだろう」

「ボルド様はまだ16歳です。成人まで2年あります。国王はルカ様を何としても見つけろと言ってこの半年余り皆必死にルカ様のご無事を信じて探していたのです。死んだことになんかできません」

「ヨンは僕の幸せなんてどうでもいいんだね。リーナと離れたら僕は生きてゆけない。ここがいいんだ。リーナの側が僕の生きる場所なんだ。わかってよ、ヨン。お願いだ」

そう言うとルカはヨンに向かって頭を下げた。

ヨンは飛び上がって床に平伏し

「殿下、臣下に頭を下げられるなんてなんという事をなさるんですか、恐れ多い」

ルカの後ろに立っていた5人の騎士たちも全員平伏して“殿下お願いです。お帰り下さい。殿下”と頭を床にこすりつけて叫んでいる。

「ルカ、とりあえず二人でちゃんと話をしましょう」

「そうだな。まずはそれが一番だ。ヨン達は一度帰ってくれここに皆を泊める事もできないし。店の迷惑になる」

「国には帰りません。殿下と一緒でなければ帰りませんよ。どこか宿を探します。少し遠いですが港の近くには宿も何件かあったようです。また明日来ます。何時頃ならご迷惑になりませんか?」

「5時には店も閉めるからそれ以降だな。リーナ、カレーなら食べさせてやってもいい?」

「もちろんよ、カレーやサンドイッチやスイーツも食べて貰って。今日はもうカフェも閉めたからあっちで食べて貰えるように用意するね」

「よかったな皆、最高に美味しいカレーを食べてから帰れ」

「だから絶対に帰りませんよ。でもせっかくだからカレーと言う物をご馳走になります」

彼らはカレーやサンドイッチやサラダもスイーツもみんな美味しい美味しいと言いながら、綺麗に平らげて宿に帰って行った。

その夜マリアや騎士たちが帰って静かになった家でリビングのソファーに並んで座り、ルカと話をした。

「ルカ、このままここにいる訳にはいかないわ。それはルカもよくわかっているでしょう。私としては思い出した時にすぐに言ってくれなかった事は、悲しいわ」

「わかってる。ごめん。でもリーナに引かれたくなかったんだ。隣国の王子だなんて思ってもみなかっただろう?どうしていいかわからなかった。僕はここに居たいんだ。ここでの暮らしがとても温かくてリーナの隣は居心地がいいしあんな王宮なんかに帰りたくない。みんな自分の事しか考えてないし自分のために王族でも利用する事しか考えていないんだ。だから兄と弟が殺しあう事になってしまった。国王のせいでもある。放置していたんだから、でもそのおかげで僕はリーナに出会えた。それが一番の幸せだ。何物にも代えがたい」

「私もルカとここでずっと暮らしていたい。でもヨン様達の立場もあるよね。ずっと探していたとおっしゃっていたもの。きっとすごく苦労なさったのよ。私は王族や貴族になんかなれないしなりたくもないの。でもねルカを助けた時来ていた服や靴はすごく高級なものだったから、きっとすごくお金持ちの坊ちゃんか貴族だと思っていたんだ。まさか、王子様なんて思わなかったけど」

「リーナ、僕は父上に王位継承権を放棄して王家の籍からも抜いてもらって、何の爵位も地位もない一人の男としてここに帰ってくるから、待っていてくれる?時間がかかるかもしれないけど、なるべく早く帰ってこられるようにするから、ここで待っていてほしいんだ。きっときっと帰って来るよ。リーナやマリアとカフェや薬屋や野菜畑もやっていきたいんだ」

「わかったわ。一度帰らないとどうしようもないわね。あの騎士達はルカが帰ると言うまで毎日一日中外にいるよね。それも困るし…」

「そうだね、明日閉店後にヨンと話すよ。一人はリーナの護衛と僕の代わりにカフェを手伝うように残していくここにリーナ一人じゃ心配で仕方ない。マリアにもここに移ってもらえたらいいんだけど」

「マリアなら言えばすぐに移ってくれるわ。どっちにしてもあと2カ月ほどで今の所を出ないといけないらしいの。私達に遠慮してたのよ。邪魔しちゃいけないと思ったみたい馬鹿ね」

「馬鹿じゃないさ。ありがたいよ。明日は寝かせてあげられないかもしれない。次の日は休みだからいいよね」

「もう、明後日帰るときは送っていかないからね。きっと泣いてしまうから、もう泣きそうなのに」

そう言ってサオリーナはルカに縋り付いて胸に顔をうずめて静かに涙を流した。

そうしてその2日後ルカはヨン達と、サボイアリ王国に戻っていった。

ルカが去ってもう半月ぐらいたった。手紙を毎日書くと言っていたけど全然届かない。きっと、どこかで手紙は届かないようにされているのだと思う。だからサオリーナが出してもきっとルカの手元には届かないだろう。

一人残ってくれた騎士に、もうここは大丈夫だから帰ってくれていいと言ったのだけれど、命令なので勝手に帰れないと言う。

彼はジョージアと言って、隣国では子爵家の3男だそうだ。朝9時には来て店や前の道の掃除をしてカフェが営業すると給仕をやってくれているし畑の面倒も見てくれる。ルカがしっかりと教えていったのだ。

夜は夕食を一緒に食べた後九時ごろまで居てくれて宿に帰っていく。

マリアもルカがいなくなった次の日からここに移って来てくれたので心強い。

そしてこの頃、サオリーナの体調が悪いカレーのにおいが鼻について気持ち悪くなるし、食欲もない。

マリアはルカがいないからだと思っているようだが、サオリーナには予感があった。

騎士のジュージアに聞いてみると、ルカは次期国王として王太子教育が始まったらしい。

近衛騎士団の副団長であるヨンからの情報によると王太子にふさわしい令嬢と引き合わされているらしいと教えてくれた。

サオリーナはルカに帰るように言ったときにこうなる覚悟はしていた。でももうここにいる訳にはいかない事情ができた多分ルカとの子供を授かっている。

2人が何度も体を重ねた時、避妊はしなかった。前世のような避妊具があるわけでもないので、避妊をするなら体外射精するしかないがルカはそうはしなかった。サオリーナは子供ができたなら嬉しいと思っていたし、ルカもそのつもりだったと思う。

ルカが王子様だと分かった今では定かではないが、ヨンが言っている王太子教育とか令嬢との引き合わせとかは彼がサオリーナにルカを諦めさせるための嘘だと思っている。

ルカはそんな不誠実な男ではない。でも、この子がもしも男の子だったら王太子の子供引いては国王の落し胤となってしまう。もしも男の子だったらまたルカのように継承権の争いに巻き込まれるかもしれない。だから、ヨンの作り話を信じたように見せなければならない。

お腹が大きくなって妊娠がわかる前にここを逃げ出さなくてはならない。

どうすればいいか、マリアにはすぐに報告してここを閉める事になること、マリアがその気ならカレーの調合や作り方を教えるのでここでやってみないかと聞いてみたが、マリアはサオリーナと一緒に行くと言ってきかなかった。

これからお腹が大きくなっていくのに、サオリーナを一人にはできない。子供も自分は孤児院で赤ちゃんや小さな子の世話をやってきたから育児も手伝えると言って、エヘンと胸を張ったマリアを見て笑ってしまった。

“久しぶりにリーナの笑顔を見た“と言って、涙ぐむマリアを抱きしめて、サオリーナは何度も何度も”ありがとう“と言った。

そして二人で計画を練った。

まずヨンを呼び出すことにした。申し訳ないがあまりに長い名前でルカがヨンと言っていたのでそれしかわからなかったのだが…ジョージアに言ってルカには内緒でここに来てほしいと手紙を書いてもらった。

5日後ヨンはやってきた。そしてそこからはサオリーナの交渉術だ。

ルカはもうここには帰ってこないと思うが、私がいつまでもここにいては王家も目障りだろう。だから、どこか遠くに行くのでこの店を閉めるか誰かにこのまま譲るかしたいので、その為に力を貸してほしいと言った。

このカフェはフォブル村のみんなの憩いの場所でもあるので失くしてしまいたくはない。できれば誰かにこのまま買ってもらいたいとヨンに相談したのだ。

さすが騎士団の副団長、サオリーナをさっさと排除したかったのだろう。1週間で代わりの人を見つけてきてくれた。そしてその後2日ほどかけてそこの調理人となる人にカレー粉の調合方法だけ教えた。お米の炊き方も一度教えれば上手にできる。さすが料理人だ。定食やサンドイッチは彼が考えるだろう。

カレーライスは今ではこのカフェの名物になっていて、遠くからでも食べに来てくれるお客様もいる。できれば続けて欲しい。

毎月米は隣国から50マス届くのだが、多いようなら量を減らすといいとも伝えておいた。

スイーツも自分で考えて作れるそうだ。むしろスイーツの方が得意らしい。野菜畑もそのまま引き継ぎたいと言ってくれたので安心した。

そしてサオリーナは店と家と畑を手放した。

マリス爺ちゃんとリコーニ婆ちゃんの大切な場所を売ってしまう事に罪悪感はあったが、この子を守るためだ。二人は理解してくれるだろう。

毎月二人のお墓にはお参りに行っていたがこれからはそういうわけにはいかない。明日立つと言う前日にマリアと一緒にお墓を訪ねて報告とお詫びをした。今度いつ来られるかわからないと思うと悲しくなってしまった。

でも、もう泣かないと決めたのだ。この子の存在がサオリーナを強くしてくれた。マリアも居てくれる。きっと大丈夫。この子とマリアと三人で暮らしていくと言う希望がサオリーナを明るく強くしていた。

お墓の掃除と花を供えてもらう事を月に一度やってもらえるように、店に手伝いに来てくれていたベスにお願いをした。お金を3年分だと言って渡した。

そんな物はいらないと言ったが、無理やり持たせた。お金はいくらあっても困らない。新しい店でも給仕の仕事をできるように根回しをしておいたのでベスも収入がなくなることもなく助かったと喜んでくれた。

家や店を売ったお金は思ったより沢山手に入った。それを貯蓄所に預けた。今の銀行のようなもので国がやっているので、どこでも引き出しや預け入れができる。

マリアの名前でマリアの給料を預かっていた分を預けた。それもかなりの額になり。通知書を見てマリアは”私ってお金持ちなんだ!“と言って大喜びしていた。

これから何があるかわからないので、二人で無駄使いしないようにと決めた。

マリアとどこに行くか悩んだが、木を隠すなら森の中と言う。ならば人が探しにくいのは人が沢山いるところだろうと、王都に行くことにした。

ヨンはどこに行くつもりなのかと聞いてきたので、隣の州の州都にしようと思うと嘘をついておいた。

大きなバック2個とマリアがもう一つ持てると言うのでそれには薬師として必要な道具と薬草を入れた。

シャリの葉っぱと実を見ると、ルカが大きな木に登ってとってくれた事を思い出して、泣くまいと決めたのにマリアに隠れて涙に暮れた。

シャリの葉っぱと実はどうしても持っていきたかった。裏の薬草畑の薬草も珍しいものだけは根を付けたまま持てるだけも持った。

服よりも薬草の方が多いくらいだ。服ならどこでも買えるが薬草はそう言う訳にはいかない。

服もこれからお腹が大きくなってくるのを考えてゆったりとしたワンピースなどを持った。全部は持っていけないので、あとの人に持っていけない物ばかりで申し訳ないが、いらない物は処分してほしいと頼んだ。

そうしてヨンに気づかれないように朝早くに馬車を雇って隣の村の港まで行ってそこから王都に向かった。

王都行く船は1日2便しかない朝早い便は他の港に2回寄るだけで王都に着くのは夕方で、一番航行時間が短い。つまりスピードを出して早く進むと言う事だ。乗船数も300と他の便よりも少ない。

二人はその日のうちに王都に着いた。港の近くに今日は宿を取り明日から本格的に住む処を探すつもりだ。

別に船に乗って座ったり時々デッキに出て歩いたりしていただけなのに、朝早かったので二人ともぐったりとしてしまった。

宿屋には大きなお風呂があって、何年ぶりかでゆっくりと湯につかった。この2週間あまりフォブル村を出るために色々な手続きや準備やらで慌ただしかった。そんな疲れが湯に溶けていく様だった。マリアもほお~っと長い息を吐きだして、気持ちよさそうだった。

マリアを巻き込んでここまで連れて来てしまった。何とか落ち着いて暮らせて子供を産み育てる場所を決めたい。後2ケ月もすればお腹も目立ってくるので、それまでには落ち着いていたい。

次の日は乗合馬車で王都の中心地に向かって移動した。宿も長逗留ができるような安全で綺麗な所を探して落ち着いた。

宿に大きなカバンを置いて貴重品だけは身に着けて、まずはどの辺に住む事にするかを決めるために王都を歩くことにした。

ところが全く初めての場所で宿で地図をくれたのだが、王都の中心地の繁華街の地図のみなので他の住宅街や治安のいい悪いもわからない。

そこで宿に戻って宿屋の主人に住むための家を探しているのだが、信用できる人を紹介してくれないかというと斡旋屋を紹介してくれた。

紹介状を持たせてくれて、宿の主人の名前が書いてあるので安心して行けばいいと言ってくれた。ちょっと中年太りでふっくらとした人のよさそうな主人だった。

斡旋屋の主人も誠実そうな人で、まず王都近辺の住宅街が分かる地図を見せてくれて、治安の良い所を教えてくれた。今は女二人なのだが、あとで旦那様が合流するのだと言う事や後半年もしたら子供が生まれるので産婆のいるような所だとありがたいと嘘に真実を織り交ぜながら話した。

また、2級薬師の資格があるので、薬屋も開きたいと言うと、それを早く言ってくれと叱られた。

なんでも医者や薬屋やなどは役所が優先的にいい場所を紹介してくれるし、開業にも力を貸してくれると言う事だった。

サオリーナとマリアは1週間もしないうちに、比較的中流階級の人が多く住む住宅街の商店が沢山集まる一角に前が薬屋だったと言う家を斡旋してもらえた。

そこは役所の所持する家らしく役所の希望の職種の者にしか貸さないらしく医者や薬屋だと賃料もぐんと安く借りられる。中は好きに改装しても構わないと言う事だ。

場所も夕方くらいまでは各お店も開いていて、飲み屋街はないので夜も安心だと言う事だった。

二人で見に行ってみると全く手を入れなくても薬屋としてそのまま店が始められそうだった。大きすぎるほどだ。裏には少しだけれど庭があり薬草を植えるのにはちょうどいい広さで、日陰を好む薬草が多いのでその点も丁度良かった。

前の薬屋が年のせいで辞めてしまって皆困っていたと言う事だった。この一帯には薬屋がないので少し離れた所からも買いに来ていた人もいたそうで、薬屋が入ってくれるなら大喜びだと近所のお店の人が入れ代わり立ち代わり寄って来ては、ぜひここに来て欲しいと言ってくれた。

調剤室も店の中にありサオリーナは子供ができたら目の届くところに居させたいので、そう言う空間も欲しかったのだが、この広さでは十分に可能だ。

棚などもそのままにしてあったが、子供の遊べる空間を作る為に少し店の中に手を入れた。

店から家に入るとキッチンがあり、ダイニングにはテーブルがその横にはソファーまで置いてあった。

家具付きと言う事らしい。1階に一部屋と2階に二部屋ある。風呂もシャワーもある。

シャワーは二人とも王都に来て初めて見た。夏はさっと汗を流せてとても便利だと感激したのだ。そのシャワーが風呂についていて、それもここに決めた要因だった。

王都に来て2週間後にはこの家に住む事が出来て、その2週間後には薬屋として店を開ける事ができた。

全く運がよかった。斡旋屋も宿の主人もいい人で、その後もよく薬を買いに来てくれる。

サオリーナは、店の名前を“シャリの木”とした。いつまでもルカが忘れられない自分が情けないが、ルカとの一番の思い出はやはりシャリの木に登るルカの姿なのだ。天辺近くまで登ってきらきらとお日様に金髪が揺れて下で心配するサオリーナに手を振るルカのはじけるような笑い顔が頭から離れてくれないのだ。

”ああ、ルカに会いたい“そして抱きしめて欲しい。ルカの均整の取れた肢体を思い出すと腹の底がうずく厚い胸板にしっかりと割れた腹筋、そしてサオリーナの大好きな色っぽい眼元、リーナと呼ぶちょっと低い声に胸を震わせた。

想っても二度と会えない人…それを覚悟でマリアと二人王都迄逃げてきたのだ。今はこの小さな命を守り無事にこの世に送り出さなければならない。弱音を吐いている場合ではないのだ。

サオリーナは顔を上げて自分の思念を振り切るように、両手で頬をパンと叩いて活を入れた。そうして薬作りに精を出す。王都は水が良くないのかお腹を下す人が異常に多いそのために腹下しを止める薬や腹痛の薬などが毎日作っても在庫がなくなっていくのだ。

サオリーナはとマリアは水道から出る水は洗い物くらいにしか使わない。いつもサオリーナが魔法で出した水を料理や飲み物にも使うのでわからなかったが、水道の水を飲むのはよくないのかもしれない。

これはみんなに注意喚起する必要がある。サオリーナは水道の水はそのまま飲まないように必ず一度煮沸したものを覚まして飲むようにと書いたメモを、マリアに何枚か用意してもらってお客様がきたらそのメモをつけて渡すようにした。

特に腹下しや腹痛の人には丁寧に教えた。できれば料理にも煮沸した水を使った方がいいと教えた。

それを毎日繰り返し1ケ月ほど過ぎると腹下しや腹痛の患者は少なくなってきた。やはり水道の水は十分にろ過できていないのだ。

今度役所の人が視察に来た時に話してみようと思う。その担当者も来るたびに大量の腹下しの薬を買っていくのだ。

毎月一度視察に来る役所の担当者に水道の事を伝えると、それは大変な事だと帰って上司に報告すると言ってくれた。彼にも水道の水は直接飲まずに煮沸して冷ましたものを飲むようにと書いた注意書きを見せた。

サオリーナは水道をガラスコップに入れてしばらく置いておいたものを担当の人に見せた。ガラスの底に沈殿物が見える。その正体はわからないがこれが腹痛を起こす原因なのではないかと思うと言うとびっくりして、これを持って帰ってもいいかと聞くので、持って帰らなくても役所の水道で同じように試してみればいいと提案した。

あたふたと帰っていった担当者は、また取って返して来て腹痛の薬をいつものように買っていった。

その後薬師の研究者たちによって水道のろ過に問題があるとわかり、浄水するための薬が開発されて水をためて各家庭に送られる浄水所の水に入れられるようになり、水道の水は安心して飲めるようになったが、煮沸して飲むのが一番いいことに変わりはないのでシャリの木のお客様は相変わらずそのようにしているようだ。

役所からも担当者が来て何とか水道の浄水ができたので今回の事は広めないようにしてもらえないかと言ってきた。役所や水道の担当の部署の不始末になるので一般に知られるとまずいのだと頭を下げられた。

いたずらに民の不安を煽る必要もないので是正されたのならそれでいい。もちろん誰にも言いませんと約束した。

そう言う事があった後、役所の待遇は非常によくなった。役所に薬を常備してほしいという事で毎月色々な薬を一定数常備しておいて無くなったらまた補充すると言う形式が取られるようになった。日本で言うなら“越中富山の薬売り“みたいだなあと、前世を思い出して笑ってしまった。

でもさらにいい事には常備する薬もすべて買い取りにしてくれた。役所は徒歩で20分くらいの所なので月に2度ほどマリアが出向いて追加の分を用意することになった。

役所には女性も沢山働いていると言うので、手荒れのクリームや肌につける保湿のクリームなんかも、マリアが行く時に持っていったら、飛ぶように売れるようになった。スキンケアからヘアケアまでそのうちラベンダーで香水も作ろうかとマリアと話している。本当に儲けさせてもらって二人でうはうはニコニコしてしまう。

薬もフォブル村で売っていた時の2倍くらいの値段をつけているのだが、それでもシャリの木の薬は安くてよく効くと評判で、サオリーナは薬作りに毎日励んでいるのだ。店に立ってお客様の相手をしてくれるのはもっぱらマリアの仕事になった。

処方箋の調剤も多いので、作り置きの薬やスキンケアや手荒れの塗り薬を作る合間には処方箋の調剤が入りサオリーナの一日はあっという間に過ぎていく。

でも、朝と夜は必ずきちんとサオリーナが作って食べている。ただここに来てからお米が手に入らないためご飯が食べられないのが悲しい。

そして、この頃は立っているのも苦痛なほどお腹が大きくなってきた。調剤中は座っていられるので何とか続けていけるが、出産したらしばらく店は閉めなければいけないだろうとマリアと話している。

初めての出産でいつ頃普通に動けるようになるのかわからない。マリアは子育ては自信があると言うが出産については全くの無知なのだ。ありがたいことに産婆は隣のおばあさんがベテランで若い産婆候補の指導もしていると言うから、二人とも大船に乗ったつもりでいる。

初めての出産では不安が大きいのだろうがサオリーナには全く心配はない。お婆さんの言うとおりにしていれば大丈夫という精神的な安定が妊婦生活を支えてくれていた。

産み月を迎えた気候の良い5月のある日、朝からお腹の張りを感じてもしかしてと思って気を付けていると昼過ぎから時々お腹が痛くなってきた。隣のお婆さんにはマリアが知らせてくれているので痛みの間隔が10分ほどになったら呼びに来るように言われている。

マリアはお婆さんにあらかじめ言われたように湯を沸かしベッドにぬれてもいいように布を敷いたりこまごまと動き回っておろおろしている。

「マリア、大丈夫よ。まだ時間がかかるから、ゆっくりしていて、そうだ今のうちにシャワーを浴びておこうかな、髪も洗いたいし」

「ええ~っ、シャワーなんか浴びていいんですか?お風呂で倒れたらどうするんですか、私も一緒にお風呂に入ります」

「何言ってんのよ大丈夫よ」

そういったが、マリアは風呂には入ってこなかったが風呂場の前でうるさいほど大丈夫か大丈夫かと言いながら行ったり来たりしていた。そんなマリアを笑いながらも、マリアがいてくれることに感謝してもしきれない。どんなに心強いか…マリアがいたからフォブル村を出る決意をしてここ王都で落ち着いて薬屋を営んでいられるのだ。出産に関しても心配なんかしたことはない。

その夜、サオリーナは元気な男の子を産んだ。金髪に青い目の世界一可愛い我が子にサオリーナはもマリアも取り上げてくれた産婆もメロメロになった。

「これまで100人以上取り上げてきたけれど間違いなくこれまでで、いやこれからもぶっちぎりで一番きれいな赤ん坊だ。こんなに美しい赤ん坊は見たことがない。きっと父親の色を引き継いだんだろうが、こりゃあ大きくなったら大変だ。娘っ子が放っておかないだろうな」

そんな恐ろしい事を言って産婆は処置をして帰っていった。お産は軽かったようだ。3日ほど養生すればいつものように動いても大丈夫だと太鼓判を押してくれた。

産婆が帰った後、マリアと二人で赤ん坊を眺めていた。乳を飲んで今は満足して眠っている。

「本当にきれいな赤ちゃん。ルカの色を引き継いだんですね。おまけに右目の下にほくろまで…これでは父親がだれかなんてルカを知ってる人には一目瞭然じゃないですか」

「そうね、男の子だしやっぱり王都に逃げて来て正解よね。この子の事が王家に知られたら取り上げられちゃうかも、それとも亡き者にされるかも…こんなに美しくてかわいい子なのに、きっと母さんが守って見せるわ。私の宝物よ」

「私たちの宝物って言ってくださいよ。私命に代えてもこの子は守り抜きます」

「ありがとうマリア、マリアがいてくれてどんなに心強いか感謝しかないわ。私たちの宝物二人で守っていきましょうね」

二人は両側からぷにぷにと柔らかい赤ん坊の頬をつつきながら涙目で見つめあった。
赤ん坊はルーカスと名付けられた。役所にも届を出して、正式にサオリーナはルーカスの母親になった。その時にマリアをサオリーナの妹として届を出して受理してもらえた。

「ルーカスは私の甥っ子になるんですね。嬉しい!私にも家族ができた」

「その前に私の妹になったことを喜んでくれなくっちゃ、そっちが先なのよ。私の妹になったからルーカスの叔母さんになったのよ。叔母さんよろしくね」

そう言うとルーカスがにこっと微笑んだ。その微笑みがあまりに気高く美しく可愛くてまた二人でメロメロになってしまった。日に何度もルーカスは二人をメロメロにしてしまうのだ。やはり産婆の言っていた通りに大きくなったら女の子に追っかけまわされるかもしれない。

店は結局1週間休んだだけで再開した。ルーカスはとてもいい子で店の中に作ったルーカスの場所で眠りベットで一人遊んでお腹減った時やおむつが濡れた時くらいしかぐずったりしなかった。

マリアはやはり赤ちゃんを扱うのがうまい。おしめもお風呂に入れるのもさっさと済ませてしまう。どっちが母親かわからない程だ。

マリアと二人でルーカスを育てながら、薬屋も営んでいる。閉店時間を4時までにした。今までは6時まで開けていたがルーカスをお風呂に入れたり自分たちの食事を作ったりするのも慌ただしいので、当分4時閉店にしたのだ。

薬屋は相変わらず盛況で特に女性のスキンケア用品やヘヤケア用品にラベンダーの香水と百合から作るホワイトリリーと名付けた香水が大人気なのだ。

香水の香油やエタノールは問屋で簡単に手に入るのに今まで香水がなかったのが不思議だ。

上流階級では他国の香水が色々出回っているそうなので、サオリーナは庶民が気兼ねなく使えるような値段で調合して売っている。

ただ薬の調剤室と香水の調香室はいっしょに使えないので香水は家の中で作るようにしている。

だからだろういつもサオリーナとマリアは良い匂いがするとよく言われるのだ。マリアも調香は得意なようなので時々マリアにもやってもらっている。新しい香水を考えていいと言っているのでマリアは楽しそうに調香をやっている。

三人の生活はルーカスが生後3か月になる頃には、無理なく余裕を持って暮らせるようになった。


そのころサボイアリ王国の王宮の自室でルカはやるせない日々を過ごしていた。父王に自分には愛する人がいるので王位を継ぐ気持ちは全くないと帰ってきてすぐに告げたにもかかわらず、誰も取り合ってくれない。それ以降は会って呉れようともしないのだ。

その上今日はどこそこの令嬢とお茶会だとか何度も予定を建てられているが、一度も出席したことはない。一度母上に二人でよく話しましょうと言われ、サオリーナの事をわかってもらおうと中庭の四阿に行ってみるとそこには着飾った香水をぷんぷん匂わせた令嬢がすました顔で座っていた。

ルカはすぐに回れ右をして自室に帰って来てカギをかけた。これではいつまでたっても誰も話を聞いてくれない。王宮から抜け出そうとしてもヨンがいつも張り付いていて、窓にはいつのまにか鉄格子がつけられていた。今はドアしか出入りできるところはない。軟禁状態なのだ。

ルカは両親と話し合う事は諦めてとにかくサオリーナに会いに行かなければと焦燥感に駆られているのだ。すぐに帰ってくるとサオリーナと約束したのにもう3ケ月近くたってしまった。なんとしてもここから抜け出して見せる。

そしてルカは浴室の天井に湿気抜きの格子がある事に気付き、それを外して自身が通り抜けられるように周りを切り取って夜のうちに天井裏を勘を頼りに這いずり回り明かりが見えた天井裏の格子を除くとそこは侍女たちの風呂場だった。
誰もいないことを確かめて格子を外し天井を少し切り下に飛び降りた。

そうして窓から外に出ようとしたら、裸で入ってきた次女と目が合った。当然すごい悲鳴が上がったが、そんな事には頓着せず窓から1階下のバルコニーに飛び移りそれを何度か繰り返して中庭に降り立った。

正門からは出られないだろうと思い一番見張りの少ない西門から森に入って逃げるつもりだった。

しかしすでにすべての門には騎士が10人ほど配置されていた。ルカは西門を守る騎士に

「そこをどけ、今気がたっているんだ。いう事を聞かなければそなたたちを切り伏せても通してもらう」

「殿下、どうかお戻りください。お願いします」

そういう騎士たちを剣で脅しつつ、大きく跳躍すると塀の上に手をついてそのまま乗り越えて素早く走って、森の中に逃げ込んだ。

オルカイ帝国に行くには船が一番早いのだ。しかし港はすぐに見張られることになるだろう。

だからルカは森に入り弟がさし向けた暗殺者に背中を切られて川に落ちた崖から飛び込んで大きな川を流されてフォブル村への支流に入っていくつもりなのだ。

支流に別れるところはサオリーナが教えてくれた。飛び降りるときにしがみつける木の枝があればそれにしがみついて川を下れるはずだ。

ルカは森に隠れて暗くなるまで待った。お金も持ってきたのでこの前のように何も持たないわけではないから途中で何かあっても切り抜ける自信がある。サオリーナに会いたいその一念だった。

あれからもう3ケ月は経った。今は11月初め何とか川を下れるだろうと、ルカははやる気持ちを抑えて森に隠れていた。今夜は満月だ。月の光がルカを導いてくれているようだ。

すっかり暗くなったのでルカは崖の上から川に飛び込んだ。腕にはしっかりと丸太を抱えて…

そうして次の日の早朝に支流からフォブル村の方に入って行って、浅瀬から陸に上がった。ずぶぬれだった。

ルカは服を買わなければならずまだ店が開くには早すぎるので、川辺で拾った枝を集めて火魔法で焚火をして団を取った。はやる気持ちはあるが久しぶりの再会でずぶぬれはないだろう。きっとサオリーナが心配する。

陽も昇り服も着替えたルカは、意気揚々とサオリーナのカフェに向かったカフェはそのままそこにあったが、ルカの書いた看板の名前が違っている”フォブルカフェ“となっていたのだ。

ルカは半信半疑で店のドアを開けた。中には中年の男がコック帽をかぶりレジの横にスイーツを並べていた。店の中はほとんど変わっていない。

「すみません。サオリーナを呼んでいただけませんか?」

恐る恐る尋ねるルカにその男は

「ええっ、サオリーナって前の持ち主だな。もういないよ。ここは俺が買ったんだ。隣国のヨン何たらというやたら長い名前の男が仲介してくれてね。彼女は俺にカレーの調合まで教えてくれて助かったよ。カレーは飛ぶように売れて米も定期的に届けられるし最高の買い物をしたよ。サオリーナに会ったらよくお礼を言っておいてもらえないか?村の人も皆喜んできてくれるしな」

ルカは最後まで聞いていなかった。“サオリーナはもうここにいないという事だ。ヨンめ!殺してやる。僕のサオリーナをどこに隠してしまったんだ“

ルカは近くの林のシャリの木の根元に座り込んで放心していた。サオリーナに頼まれてこの木に登って葉っぱや実を取った。2回目に登った時には天辺の方にしか赤い葉っぱがなくて昇って行ったら、下でサオリーナが危ないと言って大騒ぎしていた。二人きりの楽しい時間だった。そしてその日初めてサオリーナと結ばれたのだ。

“リーナの明るく屈託のない笑顔、真剣に料理に取り組む凛とした横顔、フォブル村の住民の為に薬師になってみんなに安く薬を分けていた優しいリーナ、僕の腕の中で蕩けたようになって眠るリーナ、リーナの肌のにおいが今でも鼻をくすぐる。会いたい、会いたい、どこにいるんだリーナ”頭を膝にのせて呆然としていると

「殿下」と呼ぶ声、ヨンだ。

ルカはさっと立ち上がると前に蹲るヨンの胸倉を捕まえて引っ張り上げた。

「ヨン、お前!殺してやる。リーナをどこにやった。死にたくなければさっさとリーナの居場所を言うんだな」

そう言うと、ヨンの腰から剣を引き抜いて首筋に充てる。10人ほどの騎士達は息をのみみんな一斉に両手をついて蹲った、

「殿下、お願いです。どうか、どうか気をお鎮になってください。副団長から理由を、理由をお聞きください。何か事情があるのです。どうかお願いします」

そう言ったのはジョージアだ。

「お前、リーナのもとに残したやつだな。お前から聞こう。知ってる事を話せ。俺はリーナに必ず帰ってくるから待っていてくれと言ったんだ。手紙も毎日書いたのに,一通も返事が来なかった。手紙は着いていたのか?」

「いいえ、殿下からは手紙は届いていません。サオリーナ様も毎日手紙を書いていらっしゃいましたが、それも届いていなかったのですね」

「ああ、一通もな…ヨンお前の仕業か」

ルカは首筋に充てた剣に力を込める。ツーっと一筋ヨンの首筋に赤い血が流れた。

「殿下、どうぞお願いです。刀を置いてください」

騎士たちの懇願の声がルカの気持ちを逆なでする

「いいえ、それで殿下の気が済むなら私の首など飛んでも構いません。どうぞ私の事が憎いでしょう。殿下にお預けした命です。どうとして頂いても悔いなんかありません」

ヨンはそう言うと目をつむって毅然と立ち尽くしていた。

「サオリーナ様は殿下が去った後2週間くらいした時に体調を崩されました。カレーのにおいが鼻について食欲がないと言って何度も吐かれていました。だんだんやつれて行ってみて居られませんでした。そして、俺に殿下には内緒で副団長を呼ぶように言ったのです。そのころから店は閉めてしまわれました。だからその後の事はよくわからないのですが、副団長が来てくださってから10日ほどした頃、この店は今の人のものになっていて、その後サオリーナ様のお姿は見ていません。ある日朝早く馬車で出て行ってしまわれたようです」

ジョージアはそう言うとヨンを見つめた。

「サオリーナ様は殿下から連絡もないし令嬢との婚姻も勧められていると知っていらして、ここにいると王家も目障りだろうから消えてあげるから、お店を引き継げる人を探して来てと私に命じられました。それで今の人を紹介したのです。彼の提示した金額は少し低いように思ったので私がお金を上乗せして、サオリーナ様が早急に決断できるようにしました」
ルカは剣を放り投げて、何も言わずヨンを殴りつけた。ヨンは倒れてもすぐに立ち上がり何度も何度も殴られて、口や鼻から血を流しながらもルカの前に立ち続けた。部下の騎士達は皆見て居られなくて頭を地面にこすりつけて

「殿下、どうかお許しください」

と言って慟哭していた。

ルカも握った手から血を流していた。手だけでなく心の中でも血を流していたのだ。

ルカが諦めて膝をついてもヨンはしっかりと真っすぐ立っていた。

「リーナはどこに行ったんだ」

「隣の州の州都にでも行くと言われましたが、その朝早く雇われた馬車は港まで行っただけです。隣の州なら反対方向です。たぶんそれは嘘だと思います。あの方は徹底的に身を隠す覚悟で去って行かれたのだと思います」

「リーナ」と呟くとルカは意識を無くした。

次に目が覚めたのは王宮の自分の部屋だった。ルカはその日から一歩も外には出ず食事も一切食べなかった。かろうじて水のみ摂取した。

それが5日になるころにはもう立つ事もできなくなっていた。実はヨンもルカの部屋の前で同じように食事を断っていたのだ。彼ももう立ち上がる事ができなくて座り込んだまま剣を抱きしめて首を垂れていた。

国王は根負けした大事な息子と忠義の騎士を失うわけにいかなかったのだ。ルカの部屋のドアを蹴破り入った国王は痩せこけて目を閉じてベッドに横たわる息子に

「ルカ、お前の想いはよくわかった。きちんと話をしよう。でもそんな起き上がれもしない状態では話もできないだろう。食事をして声が出るようになったら話に来い。ヨンもお前が食べるまではと同じように食事を抜いてドアの前で座り続けておる。死んだらお前の大切な彼女には二度と会えなくなるのだぞ。儂は愛する息子と忠義の騎士を無くすわけにはいかん。わかったな、ルカ」

ルカは目を開けてぎゅっと目をつむってわかったと言う意思を伝えた。

すぐに医師が呼ばれて、スープの汁から飲み始めるように医者の細かい指示が侍従に伝えられた。ヨンにも同じように措置がされた。

そうして3日後起きて話しができるようなったルカは、父王と母上にサオリーナに命を助けてもらった事から、記憶を無くしていたことも含めて順に話をしていった。

ルカがサオリーナと一緒にいることがどんなに幸せだったのか,3人でカフェをやり始めてどれだけ充実していて楽しかったのか話して聞かせた。でも、サオリーナはここに連れてくるわけにはいかない事彼女の翼を折ってしまう事はしたくない。だから僕をサオリーナの所に行かせてほしいのだと懇願した。

でも、先日王宮を抜け出してフォブル村に行ってみたら彼女はそこに居なかった。ヨンが余計なことをしてサオリーナを去らせてしまったのだ。

でも、絶対に見つけ出す。だからどうか僕はあの時弟の刺客に切られて川に落ちた時に死んだことにしてほしいと、床に手をついて頭を床にこすりつけて頼むルカに、国王夫妻を掛ける言葉がなかった。

「ルカは、この国を見捨てると言うのだな。民も親も兄弟も見捨てると言うのだな」

「兄弟で殺し合いをさせたのはだれの責任なんです。王太子の座を巡って醜い争いをしたのはあなたたちの子供ではありませんか?僕も本当にあの時サオリーナに会わなければ死んでいたんです。彼女がいなければ死んでいたんですよ。彼女にもらったこの命を彼女に捧げるただそれだけの事です」

「では彼女にここに来てもらえ。そうしてお前を支えて王妃としてこの国を治めてもらえばいいだろう」

「だから、彼女はこんな窮屈な王宮に居る人ではないんです。自由に町の人の中で人々の為に生きていく人なんです。僕はそんな彼女の側に居て支えてあげたいんです。僕を支えてもらうのではなく僕が支えたいのです」

「ではこの国はどうなるのだ。優秀なお前が王になるのがこの国の為には一番いいんだ」

「ボルドがいるじゃないですか。彼なら父上の後を任せるに足る王子ですよ」

「だがあいつはまだ16歳じゃ」

「あと1年したら17歳になりますよね。国王としての教育も今から始めればボルドなら大丈夫ですよ。とても優秀なんですから18になったら王太子として指名して戴冠してやってください」

「おいボルド、ルカがこう言っておるぞ、お前はどうなんだ」

ルカはびっくりして、後ろを振り向くとそこに末の弟のボルドが立っていた。ちょっと怒ったように口をとがらせてルカをにらんでいる。

「兄上、僕は一番下なんで国王になるなんて思っても居ませんよ。急に僕に責任を押し付けないでください」

「責任を押し付けているつもりはない。僕だって第1王子が王太子になるもんだと子供のころから思っていたんだ。だから僕は兄上を補佐できるように色々勉強してきたけどそれは王になる為ではない」

「じゃあ、僕が王太子になったら兄上が僕を助けてくれますか?僕の補佐をしてくれますか?そして僕が王になったら宰相として仕えてくれますか?それなら王になってもいいですよ」

ルカはぐぐーっと唸ってしまった。それならルカはサオリーナの隣に行くことはできない。

「ルカ、今ボルドが言ったことをよく考えてみてくれないか。儂もそれなら安心して王座を降りることができる。4人の息子のうち優秀で頼りになる二人が残って二人で力を合わせてくれるなら、儂の治世よりもずっと安定していい国を守っていってくれるだろう。うん、それは良いな。ボルドいい考えだ。よく言った」

王はご機嫌で謁見の間を出て行った。床に座ったルカは

「ボルド、覚えてろよ」

と恨めしそうにつぶやいた。

「でも兄上、王位継承権を放棄して公爵に降下すればこの王宮に住んでいなくてもいいんだし、王都のどこかに屋敷を構えてサオリーナさんを呼べばいいんじゃない?別に公爵夫人としての公務なんかはしなくてもいいんだし、それを納得してもらって口説き落とすのはルカ兄さんの腕次第だよね。僕も譲ったんだ。本当は王なんて面倒な者になりたくはないよ。後はルカ兄さんの覚悟次第だね。じゃあねえ、ゆっくり考えて」

そう言うと後ろ向きで手を振りながら出て行った。

ルカは肩を落として自分の部屋に向かった。部屋の前にヨンが待っていた。

「殿下、どうでした。国王は王位継承権を放棄して市井に下る事を許して下さいましたか?」

「ボルドが、僕に補佐や宰相になれって言うんだそうすれば王になってもいいって…結局僕がリーナの隣にいてやる事はできないんだ」

「でもそれなら継承権は放棄して公爵に降下されれば王都に屋敷を構えてサオリーナ様を呼べますよね」

「お前もボルドと同じことを言うんだな。リーナが公爵夫人になんてなってくれる気がしない」

ヨンはまだ顔色が悪いルカを心配してドアを開けて、部屋の中にルカを通した。

はーっとなんとも物悲しく深いため息をついてルカは部屋に入ってソファーに腰かけて目を瞑って何事か考え始めたようだ。

ヨンはこんなにも殿下がサオリーナに執着して溺愛しているとは思わなかったのだ。きっと国に帰って城に戻ればいつもの殿下に戻ってくれると思っていたのだ。

第1王子と第3王子がお互いが差し向けた刺客に暗殺されてしまって、あっけなく王太子争いに決着がついたとヨンに知らせが入ったが、その時点ではルカを探し出せていなかったのだ。

でもヨンは絶対殿下は生きていると信じていた。大きな川の流れはそんなに早くはない。おぼれて死んでいれば必ず死体は上がるはずなのだ。

ヨン達近衛騎士団は総力を挙げて川の支流になる町や村をルカの絵姿を持って捜し歩いたのだ。

そしてやっと見つけた殿下は何とも満ち足りて幸せそうな様子でフォブル村の小さなカフェで働いていた。そして絶対に帰らないと言い張って死んだものとして欲しいとまで行ったのだ。

今まで自分のわがままを通すことなく第1王子の補佐に回るのを当たり前のように思っていた殿下は、物静かで大きな声を上げずいつも皆の事を気遣ってくれる優しい殿下だったのだ。

それなのにサオリーナ様の事は絶対にあきらめようとしなかった。王宮を抜け出してフォブル村のお店に行ってそこにもういない事が分かった時の殿下の絶望に青ざめた顔と荒れた様子に、ヨンは自分が間違ったことをしてしまったのを痛感した。

サオリーナ様に店を売って欲しいと言われた時にきちんと殿下の耳に入れるべきだったのだ。

いやその前に二人の手紙を握りつぶしたのがそもそもの間違いだったのだ。それも自分で勝手に判断した結果だ。

あの時大きな木の下で殿下を見つけた時ヨンは悟ったのだ。殿下にとってサオリーナ様は生きる希望だったのだ。あの時激昂する殿下に殺されなかったのは運がよかったのだ。

国王に話を聞いてもらうために殿下は食事をとらず命を懸けて抗議したのだ。

殿下が戻ってから国王は最初の日に生きていてくれてよかったと殿下を抱きしめてはいたが、その後は軟禁状態だったのだ。そして、高位貴族の令嬢を薦めるばかりで、最後には騙すようにして無理やり会わせようと画策されていた。

サオリーナ様の所に返してくれと言うばかりでとうとう逃げ出した殿下に、国王はひどく腹を立てていた。傷心の殿下を見舞う事もなく会おうとしなかった。その為に殿下は命を懸けて国王に物申したのだ。

だからヨンも殿下に準じたのだ。臣下の者が主に準するのは当然だ。ヨンもまた命を懸けて国王に無言の圧をかけていたのだ。

そうして国王が折れた。今日やっと話し合いができたようだ。

国王はたぶん最初から第2王子殿下を王太子にと思っていたのではないかとヨンは思っている。第1王子はその器ではなかった。

全てにおいてルカ殿下に敵う事がなかったのだ。でも殿下が補佐されるならそれで何とかなるだろうと国王は考えたのだろう。

それなのにまさか第3王子の刺客が殿下を狙うとは我々も完全にスキを突かれたのだ。殿下は決して剣においても引けは取らない。駆けつけた時には崖から落ちてしまわれた後だった。

刺客は取り押さえたが、それが第3王子の手の者だと分かって唖然とした。部下が崖下の川に飛び込んでいったが殿下を見つけることはできなかった。

そしてその2週間後にはお互いを狙った刺客に第1王子も第3王子も弑されてしまったのだ。

ヨンは殿下がどういう結論を出されるとしてもサオリーナ様を諦めることは無いだろうと確信している。

今部下に命じてサオリーナ様の行方を追っている所だ。ジョージアに指揮を取らせている。彼が志願してきたのだ。

殿下のお姿を見て、サオリーナ様をみすみす行かせてしまった事に責任を感じているのだろう。彼もまたサオリーナ様に心酔しているようだから、あの人は周りの人をみんな虜にしてしまうのかもしれない。皆惹かれてしまうのだろう。

かくいう自分も、毅然として美しい眼差しで“王家も私がここに居ては目障りでしょう“と言うサオリーナ様の胆力に恐れ入ったのだ。そしてフォブル村にはこのカフェが必要だから引き継いでくれる人を探してと自分に相談した。いや命令したのだ。本当に真っすぐな目で見つめられて自分の心を見透かされているようで肝が冷えた。

殿下がどういう判断を下すのかは分からないが、どういう事になっても自分が殿下をお支えすることに変わりはないし、サオリーナ様に関しては自分で勝手に判断してはならないと肝に銘じている。

ヨンは再び自分が命を懸けて守ろうと思える主の部屋の前で護衛にあたった。

ルカはその日一日部屋の中でソファーに座ったまま考え込んでいた。サオリーナを諦める事なんかできない。何度も自問したが、命より大切で愛しい人なのだ。彼女が隣に居てくれるなら自分はきっと王にでもなれるだろう。

でも王妃なんてサオリーナがうんと言うはずがない。公爵夫人ならサオリーナの自由な暮らしを自分が守ってやれば実現できるかもしれない。ボルドが言ったように屋敷を王都のなるべく端に構えて自然の多い区域に屋敷を持てば…

ルカはすっと立ち上がった。今できる事は全力でサオリーナを口説き落とす事だ。そのためには彼女の居場所を見つけなければならない。サオリーナを諦めるわけにはいかない。自分の命なのだから…

ルカはヨンを呼び、二つの命令を下した。

王位継承権は辞退して公爵として降下することにしたので、王都のなるべく自然の多い区域に屋敷を探してほしい。なければ屋敷を作る。そして今すぐサオリーナの行方を探し出す事、彼女を行かせてしまったのはヨンの責任なんだからヨンが絶対に見つけ出せ。僕も時間を作って手を尽くすがもう3か月以上が経過してしまった。見つけることができるだろうか?」

ルカは力なく項垂だれた。

「殿下、サオリーナ様の行方については今ジョージアに指揮を取らせて探させてはいます。お屋敷の目処を付けたら私もジョージア達に加わります。絶対に見つけますのでしばらくお待ちください」

「そうか、わかった。必ず見つけてくれ」

ルカはそういったが隣国の事なのだ。そう簡単にはいかないだろう。でも港に行ったなら寄港するどこかで下船しているはずだ。

ルカはヨンに朝早い船の寄港先をまず調べてみてほしい。そしてきっとサオリーナは薬屋を立ち上げているか、大きな薬屋で働いているに違いない。寄港地周辺の薬屋を当たるのが近道だと伝えた。

しかしその後サオリーナの行方は杳として知れなかった。すでにサオリーナと別れてから1年半が過ぎた。

ルカは公爵に降下して王都の郊外で裏に林がある敷地を購入して屋敷を完成させた。サオリーナの調剤室や隣には薬屋も開けるように土地を開けてある。サオリーナがそうしたいならできるようにあらゆる可能性を考えて広い敷地を持つ屋敷を作ったのだ。庭も広く薬草畑もフォブル村の家の倍の広さの薬草畑があり、花を植えるより先に庭師に言って薬草畑を整備してもらった。もちろん調理室はサオリーナ用と屋敷のシェフ用に二つ作ってある。いつサオリーナが来てもいいように、ルカは心を込めて屋敷を建立したのだ。

ルカは裏手に広がる林を歩きながらシャリの木はないかと探していた。捜し歩いていたが、こんなに沢山の木ばっかりではどれがどれかわからないと苦笑しながら、屋敷に戻ろうとしてはっと気が付いた。

“木を隠すなら森の中“いつか何の話をしたときかは忘れたが、サオリーナが言った言葉を思い出した。

それなら人を隠すなら最も人が多いところだ。ルカはすぐにヨンを呼び寄せた。2日ほど前にヨンが隣国から帰ってきたのを知っていたので今は王宮にいるはずだ。

ヨンが急いでやってくると

「ヨン、王都だ。リーナはきっと王都にいる。早朝の船は王都が最終寄港地だったはずだ」

「そうです。でもなぜ王都だと…」

「木を隠すなら森の中だ。僕も行く。きっとリーナは王都にいる。王都は広くて人も多い。だから王都に居るはずだ。」

そして二人は二日後王都に向けて出発した。王都でジュージアたちと合流したのだ。

今ルカはオルカイ帝国の王都の中央役所に来ている。薬屋の名簿を見せてもらっているのだが、さすが王都だ。薬屋は100件以上もある。その一軒一軒をしらみ潰しに捜し歩くつもりだ。

ルカたちはお忍びで来ているので、長い剣は持っていない短剣はそれぞれ服の中や靴の中に忍ばせている。
服もオルカイ帝国の一般の人が着るような楽な服を着ている。2月なのでまだ寒さが残るうえに船の旅に備えて厚手のコートも羽織っている。

部下に薬屋の名簿を書き写させている間にルカはヨンと二人でぶらぶらと役所の中を歩いていると、女性の姿も多くみられる事に気付いた。

「ヨン、オルカイ帝国では女性の社会進出が進んでいるな、これはわが国でも見習わないとな。服装も動きやすいものを着ている女性が多いし、役所には制服のようなものがあるみたいだ。勉強になるな」

お忍びで来ているので色々聞けないのが残念だと思いながら、歩いていると前を歩く二人連れの女性達の会話が聞こえてきた。

「ねえ、今日ってシャリの木の薬屋さんがチェックに来る日よね。先回来た時に保湿クリームと髪の毛の香油を頼んでおいたんだ。あとで一緒に行ってみる。確かマリアさんて言ったよね。いつも来る人」

「そうね、もうそろそろ来るんじゃない。あっ、ほら来た来た」

ルカは“シャリの木”と聞いた時から耳をそばだてて居たのだが、マリアという名前が出てヨンと思わず顔を見合わせた。そして女性達の見ている方向を確認すると、そこにマリアがいた。

ルカはヨンの制止を振り切って駆けだした。「マリア」と叫びながら…

マリアは「ルカ」と呟くと固まってしまった。

「マリア、ずっと探していたんだ。リーナは、リーナは元気にしている?会いたいよ」

震える声でそういうルカをじっと見つめて

「ルカ、遅かったわね。もうリーナの事忘れてしまったのかと思っていたわ。一年半よ。何してたのよ」

「ごめん。忘れる訳がないよ。でもなかなか見つけられなかった。見当違いの所ばかり探していたんだ。シャリの木っていう名前の薬屋なんだね」

「そうよ。リーナにとってとてもいい思い出のある木なんだって、ちょっと変じゃないって言ったのにどうしてもその名前にするって言って、きっとルカとの思い出でしょう?」

「うん、リーナはどこにいる?すぐに連れて行ってくれるよね?もう待てないよ」

「1年半もほっといてもう少し位待てるでしょう?役所の皆さんに頼まれたものがいっぱいあって、それを届けないと帰れないの」

“じゃあ場所を教えて”とルカが言うので、簡単な地図を書いて渡した。歩いて20分位よと言ったがきっとルカは走っていくだろうから、10分以内には着くだろうとマリアはルカの焦った顔を見て思った。

「私はここの用事が終わったらすぐに帰るから、リーナに何を言われても引いてはだめよ。もうリーナを離しちゃだめよ」

そして“頑張って”と言うと、手を振って行ってしまった。

ルカは地図を見ながら脱兎のごとく駆けだした。ヨンが後ろから”殿下、殿下“と呼んでいるが構ってはいられない。

ルカはマリアの地図を見ながら商店が並ぶ一角迄走ってきた。”シャリの木“はすぐに見つかった。結構大きな店構えだ。

ルカは息を整えて、店に入って行った。店には一人客がいてサオリーナが相手をしていた。ルカは1年半ぶりに見るサオリーナから目が離せない。ちょっと大人っぽくなって色っぽくなったと思う。髪も伸びたのだろう後ろの高い位置で括っている。

白いうなじが丸見えでルカは気が気ではなかった。今の客もサオリーナのうなじを見ている気がして、焦るルカだった。
客がお金を払って店を出て行った。その時サオリーナがルカに気付いた。

「ルカ」そう言ってやはり固まっている。

「リーナ迎えに来るのが遅くなってごめん。でも絶対迎えに来るって言ったよね。なのに、なぜフォブル村で待っていてくれなかったんだ。探して探して1年半もかかってしまった」

サオリーナは、話す事もできない程びっくりして動揺している。

ルカはサオリーナの前まで行くとその手を取ってそっと包み込んだ。

「リーナどうかお願いだ。一生僕の側に居てくれないだろうか。リーナが自由に生きたいのもそして誰に頼らずとも自分の力で生きていける事も知っている。薬師としても料理人としても優秀なリーナだから…僕は王子なんて言う立場なんか捨ててしまいたい、リーナと共に生きられるなら王子という立場も捨てる事に何の躊躇もないんだ。でもサボイアリの国民を見捨てるのかと王や部下に言われれば、自分の恋の為に我儘を通す事もできない。リーナを諦めなければと何度も思ったけどできないんだ。リーナの面影が僕の頭や手や胸にこびりついているんだ。こんなに情けなくて弱い男なんだ。きっとリーナに愛想をつかされるかも知れないけど、リーナを忘れようと何度も何度も足掻いたんだでもダメなんだ。いっそ死んだほうがましだと思えるほど辛い日々だった。僕にできたことは王位継承権を放棄して公爵に降下することぐらいなんだよ。でも、リーナは公爵夫人なんてなりたくもないよね。わかっているんだ。でもどうかお願いだ。サボイアリに来て僕の側で生きてもらえないか?できるだけリーナが自由に暮らせるように僕が守ってみせる。公爵夫人としての社交や公務なんかしなくていい。家で好きな料理をして薬師として民のためにその力を発揮してくれればいいと思っている。僕の側に居てくれるだけでいいんだ。リーナのしたいようにできるよう僕が頑張るから、どうか僕を捨ててどこかに行かないで、他の男のものにならないで僕だけのリーナでいてくれないか」

サオリーナの手を取って涙を流して乞い願うルカを突き放せない。ルカの心の叫びのような言葉を聞いてサオリーナはどうしたらいいかわからない。

そこに突然、“かあしゃま”という子供の声がした。

サオリーナはびくっとして声のした方を振り向いている。

ルカは調剤室らしいドアの横にスペースがあり策で囲ってあるその中の赤ちゃん用の小さなベットに、今まで眠っていたのだろう。少しボーとしてもう一度“かあしゃま”と呼ぶ1歳くらいの男の子の姿を見つけた。

ルカより遅れて駆け付けたヨンもその子に気付く。そしてその顔を見ると二人とも息を止めた。

サオリーナはベットに近づいてその子を抱き上げた。

「ルーカス、“こんにちは“できる?」

「うん」と元気よく答えると 「ちわ」と言って可愛く頭を下げた。

「もう、笑っちゃうぐらいルカにそっくりでしょう?金髪に青い目に右目の下のほくろ迄一緒なんて、言い逃れはできないわね。ルーカスって名付けたの。ルカの名前を貰ったわ。よかったら、抱いてあげて」

「いいのか?」と今にも泣きそうな震える声でルカが尋ねた。

「もちろんよ。ルカが父親になるつもりがあるならね」

「ないわけない」

ルカはゆっくり二人に近づいて行った。

サオリーナは、ルーカスに

「ルーカス、あなたのお父様よ」といった。

「かあしゃま?」とルーカス

「いいえ、とう様よ」

まだルーカスは言葉がうまくしゃべれない。サオリーナの事は“かあしゃま”と言いマリアの事は“まあ”という。あとは、まんまくらいしかはっきりとしゃべれないが、本人は一生懸命何かをしゃべっているつもりなのだろうが、まだ拙くて判読が難しい言葉もあるのだ。

ルカはそっと優しくルーカスを抱き上げた。頬ずりするとキャッキャと笑って身を捩っている。

ルカはルーカスのわきの下に手を入れて、高く持ち上げてやった。そしてくるっと一周した。ルーカスは普段そんなに高い所から皆を見下ろすことがないので、すっかりその高さを気に入ったのかルーカスはルカに“たあ~い、たあ~い”と言って何度も何度もねだっていた。

そして今は肩車をしてもらってご満悦だ。

サオリーナやマリアでは決してやってやれない事だ、ルーカスは男の子なのだとつくづく思った。男の子だから王家に知られてはいけないとそう思って逃げていたのだ。

ルカは王家の争いに巻き込まれて命を落としそうになったのだ。ルーカスがそうならないと言えるだろうか?それが一番怖い。ルカは

「争っていた二人の王子が亡くなってそう言う争いは終息したんだ。今は弟の第4王子が成人したので王太子として先日戴冠した。もうそんな心配はないんだよ。僕は今ボルドって言うんだけどその弟の補佐をしている。弟が王になったら僕は宰相として彼を支えると約束したんだ。ルーカスは公爵家の嫡男になるけど継承権は放棄できる。だから安心して僕と一緒にサボイアリに来てくれないか?絶対にリーナとルーカスを守ると誓うよ」

今二人は家の中で、ルーカスを真ん中に挟んでソファーに座り静かに話し合っている。先ほどマリアがジョージア達を連れて帰って来たのでマリアに店を閉めてもらい家に入ってきたのだ。

ヨンも居間に居てルカの後ろに控えている。ジョージア達護衛の騎士は外で待っているらしい。

サオリーナはまだ決めかねていたのだ。ルカをルーカスの父親だとは認めたが、公爵や宰相や国王やらそんなものに関わりたくはないしあまりにも身分が違いすぎる。

公爵夫人になんて成れないに決まっているのにルカは何を言っているのか理解ができない。

「リーナ、ルカにこれだけ望まれているのに何を迷っているの?ルーカスには父親も必要よ。親の勝手で取り上げてはいけないわ」

親に捨てられたマリアだからこその言葉なのだろう、サオリーナは何も言えなかった。

「私がついてる。どこまでもリーナとルーカスの為に私が必要ならどこにでもついて行くから心配しないで、リーナなら公爵夫人でも王妃様でも平気よ。きっとやりこなすわ」

「マリアありがとう。心強いよ。きっとリーナもそう思ってるよ。また三人で今度はルーカスもいるから4人だね。一緒に暮らそう。ルーカスの成長を僕にも見守らせて、1年間の成長を見損なってしまったけど…」

ルカはルーカスごとサオリーナを抱きしめた。

「王都の郊外に屋敷を建てたんだ。家の中には調剤室もあるし、リーナ専用の調理室もあるんだよ。庭には薬草畑も作ったよ。とりあえず一般的な薬草を庭師が管理して育てているんだ。今度温室も作ると言っている。薬草畑はフォブル村の家の薬草畑の倍はあるんだ。庭師はリーナがどんな薬草が欲しいと言ってもすべて取り寄せてみせると言ってるよ。だから心配しないで…それにサボイアリには米もあるしスパイスも市場に売っているの知ってるだろう」

「もう、ルカってその気にさせるのがうまいのね。そんな人だったかな?記憶をなくしていて性格までなくしてたのかなあ」

とサオリーナは笑いながら言った。

「そんなことは無いよ。絶対サオリーナを離さないと決めてるだけだ。だから僕にできることは何でもするつもりなんだ。敷地も広いし…そうだ、裏に林があるんだけど、そこにシャリの木に似た木があるよ。シャリの木かどうかはわからないけど、フォブル村のシャリの木程は大きくはないんだけど葉っぱが似てる気がする。見に来ない?」

ルカはちょっとそこまで見に来ないかという感じで言ってくるけど、隣国の王都まで行くには2日はかかる。でもシャリの木があるなら見てみたい。

「でも、ここを閉めるわけにはいかないわ。皆やっと薬屋ができて喜んでくれているし,役所にもたくさん買ってもらっているのよ」

「その辺は任せてヨンが何とかしてくれる。次の人を見つけてくるのは得意なんだから、なっヨン」

ヨンはグ~っと唸ってしまったが、ルカはきっとフォブル村のカフェを引き継いでくれる人を1週間足らずで見つけて来て、サオリーナを逃がしてしまった事を当て擦っているのだろう。

「わかりました。早急に引き継ぐ人を見つけます」

「ルカ、ヨン様に無理ばっかり言ってはダメよ」

「いいんだよ、ヨンがリーナを逃がしてしまったのは間違いないんだから。大変だっただろう。マリアと二人で何事も無くて良かった。もしリーナに何かあったら僕は一生ヨンを許さなかったよ」

「サオリーナ様、私の事はヨンと呼び捨てでお願いします。ルカ様を呼び捨てにして私に様を付けられると、また殺されます」

「あはは、そんな訳ない。でも、ヨンって呼ぶわ。私の事もリーナでいいのよ。さあ、皆で食事にしましょう。マリア手伝ってくれる?外にいるジョージア達も中に入って貰ってね。ルカはルーカスのお守をお願い」

「うん、うれしいな。ルーカス何して遊ぼうか」

ルーカスはジョージアの背中に乗ってお馬さんごっこをしている。ルカは横に立ってルーカスが落ちないように支えている。

お馬さんごっこなんて初めてしてもらっている。男の子の遊びは大胆だなあとサオリーナもマリアも呆れて見ていた。

ルーカスはうどんが大好きで今日もうどんの予定なのだが、皆は食べたことがない料理で大丈夫かなあと思いながら、騎士達には唐揚げや作り置きの煮豚やかぼちゃの煮物などを出した。ルカは久しぶりのサオリーナの手料理が嬉しくてにこにこしながら食べている。

さっき泣きながらサオリーナを口説いていた時とは大違いの機嫌のよさだ。ルーカスを膝に抱いてうどんを食べさせている。

唐揚げや煮豚やかぼちゃの煮物はフォブル村でもよく作っていたので、ルカは懐かしいと言って喜んでいたがうどんは初めてなので、興味津々といった様子でルーカスに食べさせながら自分も食べてみて、“美味しい!“と言ってお代わりをしていた。

騎士のジョージアはカフェを手伝ってくれていた時に何度かサオリーナの料理を食べていたので、また食べられるのが嬉しいと言って他の騎士に料理の説明をしながら楽しそうに食べていた。

食事の後ルカがルーカスとお風呂に入っている間に、サオリーナはヨンに話しかけられた。

「ルカ様がリーナ様に執着されるのが、少しわかる気がします。リーナ様がフォブル村からいなくなった時ルカ様は絶望されて、その原因である私はもう少しで殺されそうになりました」

「まあ、ヨンの責任ではないのに…妊娠したのに気が付いたから、男の子だったらまたこの子も命を狙われるんじゃないかと思って、とにかく逃げなくっちゃと思ってヨンに頼んだのは私なのにごめんなさいヨン」

「いいえ、その後ルカ様は何とか王家から籍を抜きたかったようですが、国王陛下は許されませんでしたので、話を聞いてもらうために5日間食事を一切取られなかったのですよ。命を懸けて国王陛下にリーナ様への深い思いをお示しになったのです。それで国王陛下が折れられて話し合いをされたのです。その結果公爵に降下することを認めてもらえたのです。但し第4王子の補佐をすると言う条件で…リーナ様の為に平民に成りたかったのでしょうが、そこまでは認めてもらえなかったのです。でも、王宮ではなく王都の郊外の自然の多い区域に広い土地を買われて、リーナ様といつでも住めるように、色々考えて屋敷を建てられたのです。リーナ様お願いですどうかルカ様のいちずな思いに寄り沿っていただけないでしょうか?ぜひ、お屋敷と裏庭の薬草畑や林をご覧になって欲しいです。ルカ様のお心を見てあげて欲しいのです」

ヨンは深く頭を垂れた。

サオリーナは腹をくくるしかなかった。公爵夫人なんて務まるのかわからないけれど、ルカとルーカスの為にやってみよう。ルカの隣に立つために努力してみようと決心した。

オルカイ帝国は貴族制度が少し前に廃止され領地を治めるのは貴族ではなく領主と言う事になったのだ。だから領主は領地に引っ込んで領地を管理するのが一番の役割になった。王都に屋敷を構えていても大きな夜会や社交などは無くなってお茶会や小さな身内のパーテイがあるくらいだ。

身分が無くなった貴族たちの国への不満が反乱を招くことになるかもと危惧されたが、貴族たちは社交や政治的な駆け引きに疲弊していたのだ。ドレスや宝石を買う必要もなく見栄を張る必要もなくなった。貴族達は領地を守り良き差配をすれば領地は富み自分の暮らしも楽になるのだ。そしてそういう領地経営に面白みを見出していった。

当時の国王は先見の明があったのだろう。上手に貴族達を領地経営で競争させることに成功した。女性のドレスも簡素になりコルセットも無駄に布の多い服もすたれて、動きやすい服を皆好んで着るようになり、女性の社会進出も進んだのだ。

女性が仕事を持って働く事が受け入れられて、文官や事務官に女性が登用されるようになり、彼女たちの細やかな心遣いや丁寧な仕事が評価されるようになってきた。そして、官僚にも任命される女傑も現れた。

商売も女性の目線で運営して成功している商館も多い。

そんな国に暮らしていたサオリーナは貴族や王族がどんなものかあまりよくわかっていなかった。でも元来前向きであまり細かい事を考えて気に病む性格ではなかったので、ルカの国サボイアリ王国に行く決心ができたのだろう。

ヨンは今度も薬屋の後継者をあっという間に見つけて来て2週間後にはサオリーナとマリアとルーカスはサボイアリ王国からの迎えの船に乗せられていた。

服などは向こうで全部用意するから、薬と薬草だけ持っていくようにと言われてその準備もほとんどがジョージア達騎士がやってくれた。

そして連れてこられたのは大きな林に囲まれた立派な屋敷だった。歩いて行ける所に植物園や美術館に小動物が放し飼いされている公園もあると言う事だ。

ルーカスを連れて行ける所が徒歩で行けるのは嬉しかったが、サオリーナが一番心を惹かれたのは屋敷の裏に広がる林だった。そんなに深い林ではなくその向こうはまた住宅街になっていると言う事なので、獣の住む林ではない。

驚いたことにこの林も公爵家の敷地内だと言う事だ。この林でルーカスは走り回って遊ぶことができるだろう。厩舎も林の中にあり広い馬場もある。ルーカスが大きくなったら馬にも乗れるようになるだろう。

屋敷の中には調剤室や薬草の保管室そしてサオリーナ専用の調理室もある。申し訳ないほどにサオリーナの為に心を尽くしてくれているのを感じる。

2階にはルカとサオリーナのそれぞれの部屋の間に二人の寝室がある。サオリーナの隣にはルーカスの部屋がありその横にマリアの部屋がある。それでも部屋はまだ余っている。

1階には大きなリビングや家族用の食事室とお客様を呼んでの食事会もできる大きな食事室もある。ダンスホールのような大広間や応接室に談話室に図書室まであるのだ。

住み込みの屋敷の使用人や護衛の部屋は一階の廊下から繋がった別棟になっている。

ジョージア達もここに住んでいるらしい。ヨンは自分の屋敷から必要な時に来ると言う事だ。騎士団の副団長なのでそちらの仕事もあるのだろう。ルカもほとんど毎日王宮に出仕しているのでヨンとは王宮でも話ができる。

ルカはサオリーナ達が来てからは週に一日は必ず休みにしていて、午後に帰ってくる日もある。

ルーカスはすっかりルカに懐いてルカが家に居る時は“とうしゃま、とうしゃま”と言ってトコトコ後をついて回っている。

そして、サオリーナ達が一ケ月程してルカの家に落ち着いた頃。ルカに連れられて王宮に行く事になった。国王夫妻つまりルーカスの祖父母に会いに行くためだ。

国王夫妻はそわそわしてルカたち家族を待っていたようで、謁見の間ではなく国王夫妻の居間に招き入れてくれた。二人はルーカスを見ると涙を流して抱きしめてくれた。

ルカとそっくりだと言って、二人でルーカスを取り合っている。おもちゃも沢山用意してもらって、ルーカスはご機嫌だ。今日までに一生懸命練習した“お爺さま、お婆様”は、結局”じっしゃま、ばっしゃま“しか言えなかったが、二人はその言い方が可愛い可愛いと言ってもうルーカスにメロメロになっていた。

その時突然国王陛下がしゃがみこんで動けなくなった。びっくりしたサオリーナが駆け寄ると、この頃時々急に足の親指の付け根が痛むと言う。痛みは3~4日で少しづつ引いて行くらしいが、痛みの酷い時は歩くのもままならないと言う事だった。

サオリーナは痛風を疑ったので

「陛下、少し痛む部位を拝見してもよろしいでしょうか?一応オルカイ帝国の薬師の資格がありますので、お役に立てるかもしれません」

ちょっとふっくらとした国王はお腹もはち切れそうで明らかに体重オーバー気味だ。

国王陛下は、椅子に腰かけて侍従に靴と靴下を脱がせてもらっている。今のところ右足の親指だけのようだ。

やはり付け根が少し腫れて赤くなっていた。前世の日本の大学で栄養管理士の資格を取ったので、病気によって食べて良い物悪い物があるのをよくわかっている。

痛風に関しては卒論で研究した病気の一つで痛風に似た病気なども調べてその食事の献立とかを考えて卒論に組み込んだりしたので、ちょっと詳しい。

やはり贅沢病と言われる痛風を患っている人はフォブル村でも王都でもサオリーナの周りには居なかった。

「陛下、この症状はよく知っています。陛下は麦酒を好まれて飲んでいませんか?」

国王陛下の体形は完全にビール腹のようだ。

「うん、さすが薬師殿だな。医者に診てもらっても原因不明と言われたのだ」

「たまたま私のおじいちゃんが陛下と同じ症状だったのです。おじいちゃんの病気を治したくて薬師になったのです」

ちょっと嘘をついてそれらしい理由を付けておいた。この時代に痛風なんて言う病名はないので、オルカイ帝国にはたまに見られるのだと言っておいた。

「どうしたら痛みは無くなるのか、痛みをなくす薬は作れるか?」

「はい、痛み止めは簡単に作れますが、根本を絶たなければいつまでも痛みは襲いますそしてだんだんと痛みは強くなって足首や膝にも痛みが現れます」

「それは困った、サオリーナ嬢は根本を絶つ方法を知っているのか?知っているなら教えて欲しい」

「リーナ、僕からもお願いする。父上はこのところこの親指の痛みで公務ができずに困っておられる」

ルーカスが国王陛下の所にやって来て足の近くにしゃがみ込んで、

「いちゃいのいちゃいのバイバ~イ」

と言って心配そうに陛下の脚を見ている。その可愛さに皆が悶絶してしまった。

その後サオリーナは、陛下に食べて良い物悪いものなどの説明をして、王宮の料理人に国王陛下に出す食事の指導もすることになった。

今日帰ったら痛み止めを調剤するのでそれを飲んで痛みが収まったら、毎日朝と夕方にまずは30分の散歩をする事、そしてしばらくはおやつや麦酒は我慢して、お酒はワインをグラス2杯迄、肉も牛ではなくなるべくマトンや豚肉の油の少ないヒレやモモ肉にする。牛肉は週に1回だけ肉は量をしっかり管理する。後は野菜中心の健康食にしてもらわなければならない。果物も食べて良い物を教えてそれを工夫することでスイーツにもできるので、そのレシピを作ると王宮の調理人頭に話を通してもらった。そしてもう一つとても大事な事だが、水をたくさん飲む事運動の前後、食事の前後、執務の間にもなるべく水を飲むようにお願いした。

この時代痛風の原因であるプリン体や尿酸の話をしてもわからないだろう。血液検査もできないのだから…

国王陛下は余程痛みに弱いのだろう。痛みが少なくなるならとサオリーナの食事指導を嫌がらずに受けてくれた。王妃様も陛下に付き合って朝夕の散歩をして、食事も陛下と一緒の物を召し上がるようになり、お目付け役をして下さるようだ。

サオリーナは、時々ルーカスを連れて王宮に上がり国王陛下の食事を作ったり、野菜のクッキーや牛乳プリンなどのスイーツを差し入れた。二人ともルーカスに会えるのが嬉しくて行く度に大歓迎してくださった。

特にご飯はパンと比べると脂質やカロリーの点でも痛風には向く食事なので、小さなおにぎりを作り薄く焼いた卵焼きで包んだり、湯がいたホウレンソウで包んだり見た目の彩りをよくすることでご飯に慣れていってもらった。

白身魚の身をほぐして味を付けた物やダイコンの葉っぱをみじん切りにして油で炒めて少し甘辛く味付けた物などをふりかけのように白いご飯にかけて食べるのも国王夫妻のお気に入りになった。

パンよりご飯の方が断然腹持ちが良いので、量を抑える事ができるのだ。

そして1ケ月後には国王陛下は見た目もスリムになり、服も今までの物がぶかぶかになってしまい嬉しいサイズダウンになったようだ。それに王妃様迄若い頃の体重に戻ったと言って大いに喜んで下さった。

今では国王陛下は馬に乗って公爵邸までルーカスに会いに遊びに来られるようになり、ルカが自分の留守に勝手に上がり込む陛下に少々お冠のようだ。

マリアも最初はびっくりしていたが、国王陛下の気さくな人柄に触れて今ではすっかり仲良しでルーカスと3人で薬草畑の手入れまで手伝わせている。土いじりなどした事がなかったのにすっかりはまってしまったようで毎週必ず一度は王宮を抜け出してくるようになった。

マリアはサオリーナの妹という立場になっている。呼び方もリーナでは示しがつかないのでリーナ姉様、ルカ兄様と呼ぶようになった。でも二人でいる時はリーナと呼んでいつもの調子で接してくれる。

王妃様は国王陛下が自分だけルーカスに会いに行くのが許せないらしく必ず馬車で後を追って来るのだった。そして、その日はサオリーナの手料理を食べるのが国王夫妻の楽しみになった。

ルカは早く帰って来て週に一度の国王夫妻の晩餐会には必ず家にいるようにしているようだ。

ルーカスやサオリーナが、国王夫妻に獲られるようで嫌なのだと、まるで子供の様だ。自分の両親なのにといつもマリアに揶揄われている。

ルカはサオリーナへの溺愛がすごいそれを隠す素振りもなく家でもルーカスの前でもすぐに抱きしめて来て隙あらばキスをしてくるのだ。ルーカスに見つかると、“ルーも“と言って二人の間に割り込んできて、どちらにもキスを強請り頬にチュッとキスをしてやると大満足している。

ルカが言っていたシャリの木に似た木はシャリの木ではなかったが、もっとすごい効能のある木が沢山ある事が分かった。

日本の桜のようにたくさんの黄色い花を咲かせる木を見つけて、頭の中の百科事典で調べるとレンジョウという木で黄色の花は美肌効果と保湿効果があると書いてあった。そしてそれにリュウコウという貴重な薬草なのだがそれを混ぜて作ると効果が倍増すると書いてあった。

リュウコウは香りもよく化粧品にするにはばっちりなのだが、どこで手に入るだろうと思案して庭師に聞いてみると、温室にたくさん植えてあると言うではないか、驚いて温室に行ってみると隅の方に雑草のように下草のように蔓延っているのが貴重な薬草のリュウコウだと庭師が教えてくれた。

たまたま、いつも苗を仕入れている所で珍しい物が手に入ったと聞いたので見に行ってみると貴重な薬草のリュウコウだったので、サオリーナが五日欲しがるかもと思って苗を買って植えて置いたそうだ。温室の中で育てるものらしく順調に増えて行ったと庭師は嬉しそうに語ってくれた。

サオリーナは庭師に何度もお礼を言ってレンジョウとリュウコウを使って美肌効果抜群の保湿乳液を作り出した。

まず自身とマリアそれに屋敷の女性使用人にも使ってもらって感想を聞くことにした。

自分も使ってみて大満足だった。夜寝る前にルカにも塗ってあげると二人してとてもいい匂いに酔わされて、ルカに朝まで離してもらえなかった。これはちょっと失敗したと反省するサオリーナだった。

でもルカもその効果を実感した様で、商品化に協力してくれた。リュウコウは一年中あるがレンジョウは3~4ヶ月位しか花は咲かない。でもその間は花を摘んでも次々に花を咲かせてくれるのでその時期に大量に作って無くなればまた次の年に買ってもらうと言う形にする事で希少性があって余計に人気に火をつけた。


マリアは香水の調香が得意なので、3種の香水を作り出した。

そうして“マリーナ”として、化粧品として売り出すことになった。

王都の繁華街に化粧品と薬の両方を置くお店を出した。公爵夫人が運営するお店で王妃様も御用達の化粧品に騎士団御用達の回復薬や傷薬と言う事で、毎日お店は大盛況になった。

ルカは敷地に工房を作ってくれて、ルーカスがジョージアと元気よく走り回る様子を見ながらマリアと一緒に工房で仕事をするのが日課になった。

3歳になったルーカスはルカにポニーを贈ってもらって今はポニーに夢中だ。ジョージアに乗り方や世話の仕方を習っている。ジョージアはルーカスの護衛騎士になった。

1年前に国王夫妻に勧められてルカとサオリーナは王都の教会で慎ましい結婚式を挙げた。ルーカスはサオリーナの花嫁姿を見て“母様、お姫様”と言って喜んでくれた。ルーカスは言葉もきちんと話せるようになった。

その時のサオリーナのドレスは自分でデザインしてシンプルな真っ白のマーメードラインのドレスにした。

王妃様が送ってくださった素晴らしいテイアラがあったので、長いレースのベールをかぶった。

後は庭師が庭に咲いている花でサオリーナの注文通りの見事なブーケを作ってくれた。

背が高くすらっとしたサオリーナにとても似合っていた。騎士の正装を着たルカも美しかった。騎士の正装は華やかだ。特にルカは王子でもあったので勲章も両肩の肩章も付いたものを着用していたので、サオリーナのシンプルなドレスは両方を引き立ててみる人を釘付けにしたほどだった。

それまで、結婚式のドレスはコルセットやパニエを付けて、ボリュームのある華やかなドレスが主流だったサボイアリ王国では、白という色もシンプルで上品なデザインに宝石で飾り立てるのではなく可憐な花でブーケを持つ花嫁が羨望の眼差しで受け入れられた。

それからは結婚式の花嫁のドレスは白でデザインもシンプルなものが多くなっていった。そして、ブーケも当たり前になったのだ。

サオリーナの普段の服もオルカイ帝国で来ていたような動きやすいシンプルなものにサボイアリ王国の華やかな要素も取り入れた独特のデザインを考えて服屋に作って貰っていたので、コルセットもパニエも付けない。

調剤や料理をするのに横にこれでもかと広がった重い窮屈なドレスなんか来ていられない。

そんな働く公爵夫人の姿が、女性の考え方や生き方に影響を及ぼした。

王妃様でさえ普段はサオリーナのデザインした服を着るようになり、まず王宮の女性達から服装が変わっていった。身軽になった女性達は社会に進出していった。

丁度ルカがオルカイ帝国の王都の役所で目にした働く女性が多い事に感銘を受け文官や事務官に女性を採用するように働きかけている事もあり、サオリーナのスタイルがルカの政策を後押ししたようだ。

ルカは王太子のボルドと話し合って何年かすると貴族という身分制を廃止したいと思っているようだ。今ボルドはオルカイ帝国の最高府の学校に留学している。日本で言えば大学のような所だ。

オルカイ帝国で貴族性の廃止を勉強してくると言うのが目標らしい。そこで知り合った女性とボルドも恋愛結婚するようだ。彼女も留学生で彼女の国の王様の姪だと言う事で身分にもなんも問題もなかったので、王家の人は皆ほっとしたようだ。

マリアとジョージアも結婚した。いつの間にか二人も愛を育んでいたようでルカは驚いていたがサオリーナは気付いていた。

マリアとジョージアは公爵家の敷地内にルカが家を建てて住まわせた。ルーカスが大好きな二人といつでも会えるようにと言うなかなかに親ばかな措置ではあるが…

そしてルーカスが5歳になった時ルカとサオリーナに第2子の女の子が授かった。彼女も金髪に青い目というルカの色をまとっている。目の下のほくろはない。それを確認してほっとしたサオリーナだった。

皆右目の下にほくろがあるなんてちょっと怖いものがある。とにかくルカの色というより王家の色が濃いのだ。

第2子の女の子はサブリナとルカが名付けた。リーナの名前が入るように考えてくれたようだ。

国王陛下が自分に名前を付けさせろと言ったが、頑としてルカは頭を縦に振らなかった。次に子供ができたら父上に名付け親になってもらうからという事で納得してもらったようだ。

しかしそれからは次の子はまだできないのかとやいのやいの言われて、ルカもサオリーナもしばらく国王陛下を避けていたのは内緒の話。

女の子と言う事でまたも国王夫妻は大喜びしていた。その少し前にボルドが結婚したので、国王は王位をボルドに譲りたいと言ったが、ボルドはまだまだ元気なのだからあと3年待ってくれと言ったそうだ。

孫と遊びたいばっかりの国王夫妻は、勝手に公爵家の敷地内に自分たちの隠居の為の屋敷を作る事にしたと言って屋敷を建て始めてしまった。

王宮から馬車で20分もしたら来られるのに屋敷まで作ってしまうとは恐れ入る。ルカは大反対していたがそんなことはどこ吹く風の二人は屋敷ができると週の半分はこちらにいるようになった。

公務もここでやっているらしい。ルカはほんとにあの二人は孫バカでサオリーナに申し訳ないと謝ってくれるのだが、サオリーナは本当の両親のように思えて、少し邪魔くさい所のある二人だが結構好きなので気にしなくてもいいと言ってルカを慰めている。

ルカはあの二人サオリーナとの結婚を反対して策略を巡らせて令嬢と会わせようとしていたくせにと憤慨している。

今では王妃様はサオリーナの大ファンでマリーナの化粧品や香水を愛用しているし、自分の普段の服はサオリーナに相談してデザインをしてもらっているのだ。

でも王妃様は薬草畑や温室の花の世話なども庭師に倣って楽しそうにやってくれているし、サブリナを本当に可愛がってくれるのだ。でもきちんとダメな事はだめという礼儀や作法などサオリーナでは教えられない事をサブリナに教えてくれているようで安心している。

男の子ばかり4人産んでそのうち二人は殺し合ってしまった悲しい事を乗り超えて、いつも明るい国王夫妻は初めての女の子と言う事で余計にサブリナが可愛いのだろう。

ある日王妃様は眠るサブリナを腕に抱きながら、二人の息子がお互いに差し向けた刺客に相次いで殺されてしまった時本当に心が壊れるかと思ったそうだ。そんな時ルカが生きていたことを聞いて本当に嬉しかったのだと言った。そしてルカのいちずな思いに感動したのだと。命を懸けてもサオリーナとの愛を貫こうとしたルカに感動した。そしてとうとうサオリーナを見つけてこの国に連れて来てくれて、私に娘と孫を授けてくれた。そうして心の痛みは少しづつ癒されていったのだと涙を流して話して下さった。

サオリーナが癒しの能力がある事を知っていても国王夫妻はそれを利用して人を癒せとは言わない。あなたが本当にそうしなければいけないと思った時にその力を使えばいいのよ。ルカを助けてくれた時のように、だから私達はそれを強要するつもりはないのとも言って下さった。

サオリーナの癒しの力は薬を作る時に込めているのだ。だからサオリーナの薬はよく聞くと言われるのだろう。

これからも皆の為によく効く薬や効果のある化粧品を作る事で役に立ちたいと思うサオリーナだった。

サブリナが2歳になった時3人目の子供が授かった今度は男の子で、約束だと言って国王陛下が名前を付けて下さった。マエル・オルファード・サボイアリと名付けられた。

サオリーナはルカに愛されて幸せな結婚生活を送った。子供はその後に女の子が生まれて4人の子供に恵まれた。

最後の女の子の名付け親は王妃様だった。その時はもう王位をボルド王に譲って二人で公爵領の敷地に建てた屋敷に住んで4人の孫たちと毎日会って仲良く暮らしていたので、王妃様ではなかったが…

ボルド王は即位した翌年に貴族制度を廃止して各領地を州として領主を州知事として新しく任命した。

ルカは宰相としてボルド王を支えのちの歴史では愛妻家の名宰相として名を残すことになった。実は州知事という名前を提案したのはサオリーナだった。

賢王ボルドとそれを支えた名宰相ルカの2人の成し遂げた事は、その後のサボイアリ王国の礎となりサボイアリ国になった100年後にもしっかりとした経済の基盤を持った大国として栄えていったのだった。

そんな名宰相の陰には愛妻のサオリーナがいた。彼を支え前世の記憶や頭の中のなんでも辞典でルカに知識を提供した。

そして周辺諸国よりも頭一つ抜きんでた豊かな国として発展した。サオリーナの提案で鉄道を敷いたのも周辺諸国では一番早かった。だから、その技術を周辺諸国に提供すると言う技術料で国庫はとても潤っていった。

26歳で日本から異世界転生をしたサオリーナは、その記憶を持ったまま8歳の少女からこの世界で生きてきた。彼女は前世で恵まれなかった家族との絆をこの世界ではしっかりと紡ぎ、愛する人と一生の親友と4人の子供達に恵まれて幸せな人生を生きた。

              完