「さぁ、エルティナ。記憶があるとはいえ、聖法の訓練はやり直しですよ。」
手を差し出され。私はその手を取る。
「神官ライオネル様、お手柔らかに。」
これくらい触れるのを許してくれるかしら。
あなたとの時間。自分が聖女に相応しくないのは理解した上で。
聖女リセ様に少しでも近づきたい。だから、この想いは。
「神官ライオネル様、私が臆病になったら。また逃げようとするなら。あなたが私を殺して欲しい。」
手を引く後ろ姿のライオネル様は、足も止めず。
前を見つめたまま。返事はなかった。
私はもう涙は流さない。
泣いても未来は変わらなかった。
死ぬ度に繰り返すけれど。それももう終わり。
聖女リセ様は、この世界に一度しか来ていない。
それならあの人は。誰…………
「エルティナ!」
名を呼ばれ、霞む視界。
倒れたのか、横になっている自分。
神官ライオネル様の腕に抱かれ、上から注がれる視線。
その表情が悲しくて。
思わず手を伸ばし、ライオネル様の頬に触れた。
「ごめんなさい、疲れが出たのかも。前にも、顔色が悪いと注意を受けたような気がするわ。駄目ね、体調管理も出来ないなんて。」
「いいえ、まだあなたは幼いのですよ。記憶を積み重ねているとはいえ。無理をさせてしまったのは私です。」
腕の中。この時が少しでも続くことを願ってしまう。
駄目だ、私に願う権利などない。
「ライオネル様、あなたには役目がありますよね。ユニアミの未来回避。行ってください。時間を無駄にしないで。」
もう二度と繰り返さないと誓ったから。
国民の誰も死んでほしくない。
回避できるのなら。
私は目を閉じ、聖法を唱える。回復の祝詞。
「……エルティナ、私はまだ神官になっていない時期なのをお忘れなく。」
口に何かが触れる感触。
目を開けると、間近にあるのはライオネル様の顔。
触れたのは。
「な、何を。そんな事をしては。」
「ふ。だから言いましたよね。まだ、私は神官になる前の見習いだと。きっと女神レイラリュシエンヌ様も許して下さるでしょう。いえ、許して下さらなければ彼女の邪魔をするのも良いでしょう。」
何を言っているのか。
見習いだから許される事ではない。
「ライオネル様、このことはなかったことにします。」
「いいえ、起こってしまったことを取り消すことなどできません。でしょう?」
そう。なかったことに出来るのなら。
けれど、それとこれは。
「ふふ。さぁ、あなたをベッドまで運びましょう。残念です、神官にならない未来なら。」
「聞こえないわ。何も聞こえない!」
この幼い一時を。
私は願ってしまいそうになるから。
優しくしないで。この想いは絶たねばならない。
キスなど。忘れなければ。
ライオネル様は神官にならなければ。
これ以上、未来を変えるわけにはいかないから。
願ってはいけない。手に入れない。
……あれは偶然手に入ったものではない。
誰かが意図して私に持たせた。
それが誰だったのか、私の記憶にはなかった。
