目覚めたら大好きなアニメの悪役令嬢でしたが、 嫌われないようにしただけなのに全員から溺愛されています。

私がルクシア・ノクティスとしてこの世界に生まれてから、十日ほどが経った。

 相変わらず、私は眠るか抱き上げられるかの日々を送っている。
 けれど今日は、いつもより周囲が少し慌ただしい。

「奥様がお越しになります」
「身支度を整えて」

 その言葉に、侍女たちの空気が一気に引き締まった。

(……奥様?)

 原作の記憶が、自然と頭をよぎる。

 ――セレナ・ノクティス。
 ルクシアの母親であり、類まれなる美貌を持つ公爵夫人。
 けれど原作では、感情をあまり表に出さず、娘にも距離を置いていた人物。

(どんな人なんだろう……)

 そう思った、そのとき。

 扉が静かに開いた。

 差し込む光の中に立っていたのは、
 息を呑むほどに美しい女性だった。

 淡い金色の髪は絹のように艶やかで、
 整った顔立ちは冷ややかさすら感じさせるのに――
 その瞳だけは、柔らかく揺れていた。

「……この子が」

 小さく、震える声。

「ルクシア……私の……」

 その瞬間、空気が変わった。

 セレナ・ノクティスは、
 まるで壊れやすい宝物に触れるかのように、そっと私を抱き上げた。

「……なんて、綺麗な子」

 侍女の一人が、思わず息を呑む。

(――信じられない)

 彼女は、この屋敷に長く仕えている。
 奥様がこんな表情を浮かべるのを、初めて見た。

(いつもは凛として、隙なんて一切見せない方なのに……)

 乳母もまた、そっと視線を伏せながら思う。

(まるで……初恋をした少女のようだわ)

 セレナは、私の額にそっと口づけた。

「この子は……私が守るわ」

 その声には、迷いがなかった。

(……あれ?)

 私は、ぽかんとしながらその顔を見つめる。

(原作だと、こんなに……近かったっけ?)

 けれど、彼女の腕は確かに温かくて、
 抱きしめる力は優しくて――

 胸の奥が、またじんわりと熱くなる。

(……ダメだよ)

 期待してはいけない。
 ここは、いずれ私を断罪する世界。

 それでも。

「ルクシア」

 母の声で名前を呼ばれるたび、
 私は少しずつ、この温もりを覚えてしまう。

 ――愛されるということを。

 それが、
 どれほど甘くて、
 どれほど残酷なものなのかを、
 まだ知らないまま。