目覚めたら大好きなアニメの悪役令嬢でしたが、 嫌われないようにしただけなのに全員から溺愛されています。

柔らかな布に包まれながら、私はぼんやりと天井を見つめていた。
 さっきまで確かにあった、身体の周りを漂う淡い光は、今はもうどこにもない。

(……やっぱり、夢じゃない)

 視界の端で、大人たちが静かに、けれど慌ただしく動いている。
 小声で交わされる会話は、どれも緊張を帯びていた。

「今の光……見間違いではありませんね」
「ええ。確かに、この子から……」

 内容は分からなくても、
自分が“普通ではない存在”として見られていることだけは、
はっきりと伝わってくる。

(目立たないようにしたいんだけどな……)

 そう思った瞬間、
そっと、誰かの指が私の頬に触れた。

 大きくて、温かい手。

「……小さいな」

 低く落ち着いた声が、すぐ近くから聞こえた。
 不思議と怖さはなく、胸の奥が少しだけ落ち着く。

「この子の名は――」

 その一言で、空気が変わる。
 周囲のざわめきが静まり、
全員の意識が、私に向けられたのが分かった。

「ルクシア・ノクティス」

 その名を告げられた瞬間、
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。

(……やっぱり、この名前)

 何度も見て、何度も聞いた。
 原作の中で、誇り高く、傲慢で、
最後には断罪される――悪役令嬢の名前。

(私が……ルクシア・ノクティス)

 そう理解した途端、
嬉しさと不安が、同時に押し寄せてくる。

 周囲からは、次々と声が上がった。

「なんて可憐なお子……」
「光に祝福されたような……」
「この子は、きっと――」

 そのどれもが、
嫌悪や警戒ではなく、
驚くほど柔らかく、温かな視線だった。

(……あれ?)

 原作では、
この家は冷たく、
彼女は幼い頃から孤独だったはず。

 なのに。

「ほら、ルクシア様」
「小さな手……本当に愛らしい」

 抱き上げられ、撫でられ、
私は完全にされるがままだ。

(距離、近くない?)

 でも、
その腕の中は、思っていたよりもずっと安心できて――
胸の奥が、じんわりと温かくなる。

(……嫌われないように、だよね)

 それだけを目標にしていたはずなのに、
名前を呼ばれるたび、
私は少しずつ、この世界に縛られていく。

 ルクシア・ノクティス。

 それは、
破滅へと続くはずだった名前。

 けれど今はまだ、
優しく呼ばれるその響きが、
少しだけ――心地よかった。

 私はまだ知らない。

 この名前が、
やがて“溺愛”と共に呼ばれるようになることを。