川島物語 ~食べ物友達と謎解きな僕~


・【05 ジェンくんの体調不良】


 登校してきて、教室に着くと、ロペスくんが一人でどんよりしていた。
 あれ以降、ロペスくんはクラスの人気者になり、やんわりと崇め奉られている感じなんだけども、今日は誰とも会話したくなさそうに、俯いていた。
 教室を見渡してもジェンくんがいない。いつも一緒のはずなのに。
 まあ僕は最初から友達だったので、グイグイいくことにした。
「ロペスくん、どうしたの?」
「ジェンくんが、病気に、なって、しまい、ました……どう、すれば、いいで、しょうか……」
 といつも以上にゆっくりな口調でそう言ったロペスくん。相当心配そうな顔をしている。
 僕はとりあえず、
「風邪なら雄二からパブロンもらおうか?」
 するとロペスくんは立ちあがって、
「場所、変えて、いいですか?」
 と言ったので、地球外的な話なのかなと思い、
「勿論いいよ!」
 と逆にできるだけ快活に言うと、雄二も登校してきていたみたいで、
「俺もええか?」
「勿論、です、二人の、意見を、聞きたい、です」
 と言って、三人で空き教室に移動した。
 ロペスくんは溜息をついてから、
「どうやら、ジェンくんは、地球の、病気に、やられた、みたいで、地球の、栄養素で、しか、治らない、みたいです」
 雄二は僕が思っていることそっくりそのまま、
「そんなことあんねんな、まあ地球外生命体やし、何かあるんやろな」
 ロペスくんはうなだれている。
 でも、ということは、
「地球の料理で、滋養強壮に効く料理を食べてもらえば治る、ということだよね? それならある程度は目星つくよね? 雄二」
「確かに。身体にええ料理って結構決まっとるからな……決まっとるか? 結構いろいろ栄養素あるやろ」
「まあそうかも。でも何かこれ試したほうがいいというモノは何種類かあるじゃん。漢方のハーブ系か、発酵食品か、って」
「ほな、ハーブも発酵食品もある、マルガリータとかええやん。バジルとチーズでめっちゃええ感じちゃう?」
「でもそれはちょっと美味し過ぎない? もっと良薬口に苦しというか」
「いや試せばええやん、今日の放課後にピザ屋行って買おうや。バジルいっぱいのマルガリータの店知っとるし」
 ロペスくんは急に雄二の肩を掴んで、
「とにかく何でもお願いします!」
 とめっちゃ早口でそう言って、自分の型を崩すくらいには心配なんだろうな、と悟った。
 というわけで僕たちは身体に良い料理を言い合って、休み時間を過ごしていった。
 やっと放課後になったところで、僕たちは早速、校門から出て、そのマルガリータの店へ行くことにした。
 雄二は「あっ」と声を出してから、スマホで店に電話して、
「ほな、二十分後にはイケるって、ゆっくり歩いていったらやな」
 と言って、こういうところはデキるなぁ、と思った。食べ物に関しては本当に雄二は優秀だ。
「ニンニクたっぷりにしたで」
 とニシシと笑い、バッチリっぽかった、その時だった。
 僕たち三人の目の先には畠山くんと知らない男子生徒三人いて、道端というかゴミ置き場からはみ出ている大量のカラーボールをそのうちの一人の男子が拾ったと思ったら、それを畠山くんに投げつけた。
 ゴミ置き場のカラーボールを勝手に投げるなよ、と思いながら見ていると、何か投げるノリになったみたいで、全員でそのカラーボールを投げつけ合い始めた。
 身体に当たったり、道に落ちたカラーボールはぼよんぼよんと跳ねて転がりまくり、あたりは一気にカラーボールまみれになっていった。
 それを見てぽかんと立ち止まっているロペスくんが、
「いいん、ですか?」
 と言えば、即座に雄二が、
「いやアカンやろ、道にカラーボールがこぼれ始めとるし」
 この道はあんまり車が通らない道だからギリギリいいけども(良くないけども)、本当こういうゴミ置き場にあるモノを使って何かするノリ、男子って好きだよなぁ、と僕も男子なのにそう思ってしまった。
 僕ら三人の進行方向はあの四人がいるほうだし、だからって巻き込まれたくないから終わるのを暗黙の了解で待っているわけだけども、なかなか終わらない。
 雄二がふと、
「逆に時間あって良かったわ」
 と言ったところで事件が起きた。
 なんと急に畠山くんが強く頭を揺らして、その場に倒れ込んだのだ。
 僕は咄嗟にスマホでカメラをまわして、畠山くんの様子を遠目から撮影し、雄二くんとロペスくんは考えるよりも行動といった感じで畠山くんへ駆け寄っていった。
「ホンマ大丈夫か!」
 という雄二のデカい声が聞こえてきた。
 僕はうんと強く深呼吸してから、その四人へ近付いていった。
 畠山くん以外の男子は全員慌てていて、
「どうしたんだ!」
「マジでなんなんだ!」
「おい! 大丈夫か!」
 と一人の男子が倒れている畠山くんの肩を掴んで、強く揺さぶり始めたので、
「あんまそういうの良くないです!」
 と僕もつい声を荒らげてしまった。
 僕の声にビックリして、その肩を掴んでいた一人の男子は辞めたわけだけども、畠山くんからすぐにパッと手を放したので、そのまま畠山くんはまた後頭部をアスファルトに打ちそうだったけども、それはロペスくんがしっかりキャッチした。
「最後まで、しっかりです」
 とその一人の男子を睨みながら言って、その男子は少し反省するような顔をした、が、まあ反省しているはずないだろうな。
「貴方が、カラーボールを投げ始めた人、ですよね?」
 と僕がその男子に詰めるように言うと、その男子はトボけた顔で、
「あ、そうだけども……」
 と言ったわけだけども、僕はさっき撮ったスマホの映像を見せながら、
「貴方、カラーボールを一個、下水溝に捨てましたよね? そのボール、小細工したボールじゃないんですか?」
 雄二はすぐに下水溝のほうを覗き、
「水に流されずに落ちてるで」
 僕は語気を強めて、
「カラーボールは軽いから流れるはずなんですけどね。つまり、このカラーボールは細工がしてあって、中に梅干しの種のように芯が入っているということなんじゃないんですか?」
 ロペスくんが掴もうとすると、それを制止するように雄二が先に掴んだ。
 多分ロペスくんがジェンくんと同じように地球の病気に罹らないための配慮だろう。汚いところには自分が触る、と。
 雄二がそのボールを持ちながら、
「めっちゃ重いで、芯あるわ」
 と言ったところで、その男子は観念したような顔をしてから、
「だって畠山はさぁ! おれらを軽く見ていて、すぐパシろうとしてきて! 最低なんだよ!」
 そうか、クラスの中ではもうロペスくんのほうが強いとなったから、今度は僕たちが知らないような他のクラスメイトとか他校の人とつるむことにしたってわけか。
 まあなんというか、
「畠山くん、倒れているフリしているけどもさ、いい加減身のフリ考えたほうがいいよ」
 すると畠山くんがむくりと上体を起こして、
「まあおれは石頭だからな、とはいえ痛てぇし、油断したところをやっちまおうと思っていたんだけどな」
「そういうのもうやめなよ、だからこんな計画的に芯の入ったカラーボールを投げられるんだよ」
 畠山くんは反抗せず、軽く俯いた。
 僕は改めて、といった感じに、
「まあ畠山くんの中ではこれ喧嘩の範疇ってことでいいね? 訴えたりしないね?」
「いいよ、別にそれで」
 と小声で答えた畠山くん。
 僕は雄二とロペスくんに、
「じゃあいこうか、雄二は近くの公園で手を洗いなよ」
「そのつもりや」
 ロペスくんは何だかいたたまれないという顔でその場をあとにした。
 その後、マルガリータを買って、ロペスくんがそれをジェンくんに届けるため、その場で忽然と消えた。
 否、何か緑色の光に包まれてから消えていったので、いわゆるワープというものだと思う。
 地球から見たら、かなりのオーバーテクノロジーだ。雄二も目が飛び出るほどに驚いていた。
 ロペスくんから夕方にLINEで連絡が入り、結局それでは治らないということだった。
 僕としては一個何の料理が良いか浮かんでいるし、多分雄二も同じだろうけども、一体どうすればという気持ちがある。
 ジェンくんが本気で気絶したところで喉に流し込むとかじゃないとダメかもな、あの料理は。
 相変わらず、ジェンくんの病気は治らず、日に日にロペスくんがどんどん落ち込んでいく。
 実はもうその料理の提案をしたけども、ジェンくんがどうしても摂取できないという話だった。
 そっちのオーバーテクノロジーでなんとかならないかと聞いたが、その料理は向こうのテクノロジーとの相性最悪で、どんなにコーティングしてもそのコーティングを溶かしてしまうということだった。
 それだけ強い料理なので、きっと治せるという太鼓判はもらったけども、ジェンくんが受け付けないのならば仕方ない。その料理……というか”納豆”ってまさかここまで強い食材だったとは。
 正攻法として冷たい水で一気に流し込むとか考えたんだけども、ジェンくんはどうしても身体が受け付けない匂いらしく、そのまま全部吐き出してしまうらしい。
 一体どうすればと考えていた時に、突然ジェンくんの席に座った畠山くんからこう言われた。
「今日の放課後、暇なら一緒に遊ばね?」
 まさかの急な誘い。そして暇じゃない。
 でも畠山くんには何らかの心境の変化があったらしい。なんというか、今までで一番穏やかだ。
 畠山くんが改心しそうというのは手に取るようにわかった。
 ジェンくんのことのほうが勿論大切だけども、畠山くんが変わりそうなタイミングを逃すことも、それはそれで良くないと思った。
 畠山くんはここから三月まで同じクラスなわけだし、温厚になりかけている今は分水嶺だ。
 僕はロペスくんと雄二の顔を見てから、
「いいよ、あんま長く一緒にいれないけどね、ジェンくんが病気でお見舞いに行かないといけないから」
 畠山くんは納得したように頷いてから、
「わかった。お見舞いにおれは邪魔だろうし、ちょっとだけ遊んでくれよ」
 と言ってから畠山くんは自分の席に戻っていった。
 そこからはどうやってジェンくんに納豆を流し込むかの研究会話。
 ハーブソルトをめっちゃ掛けてみるくらいはまだ良かったけども、後半は完全に案も尽きてきて、ものすごい水圧の機械で押し出て流し込むとか、雄二が言い出して、料理が得意なオマエがそれを言ったら終わりだろ、とは思った。
 放課後になり、畠山くんについていくと、なんと畠山くんのうちに着いたみたいで、三人で中に入っていった。
 中に入ると殺風景というか、モノが全然無くて、家庭環境に難があることはさすがにすぐわかった。
 とはいえ、学校や外であんなにあらぶっていいという理由にはならないけども。
 畠山くんは自分のバッグを投げ捨てて、すぐに、
「じゃあオマエらも時間無いみたいだし、料理を振る舞うわ」
 と言った。テメェらじゃなくてオマエらになっているところも改善されている。
 というか料理するんだ、いや料理するか、家庭環境的になんとなく畠山自身で料理しないとダメっぽい感じがしている。
 畠山くんがフライパンを温めながら、
「中坊でもバイトできればいいんだけどな、姉貴はずっとバイトでさ」
 と身の上話をしてくれている。
 何か力になれることが無いかなと思っていると、雄二が、
「野草摘みとかええんちゃう? 金は出ないけども、食費は少し浮くで」
 畠山くんは頭上に疑問符を浮かべながら、
「野草? 雑草か?」
「雑草とはちゃうねん、いや雑草やけど、ちゃんと調べて料理して食ったら美味いんやで。何なら俺と一緒に野草摘みして、畠山んち庭あるんだから育てればええやん」
「そんなんもあるのか」
「シソはメジャーやし、シソ育てたら毎年シソとれるで。レモンバームも多年草やし、みょうがも根が張ればずっとや。キクイモも毎年掘れて旨いで」
 畠山くんはフライパンに植物油を入れて、食パンの耳を焼き始めた。あの食パンの耳はいわゆるパン屋でタダで配っているヤツだと思う。
 雄二は続ける。
「ただ急に素人が一人で野草はアカンで。毒草に似てるのあるし。俺も暇やし、近くに小川も流れとったし、クレソンとかもええんちゃう? めっちゃ身体にいいで。一緒に苗引っこ抜いてきて近くで育てようや」
 料理や食べ物の知識は正直雄二には敵わないし、雄二も既に畠山くんの状況を察しているようで、芯を喰ったことを喋っている。
 すると畠山くんが、
「じゃあ雄二、今度暇な日に付き合ってくれよ、そういうの興味ある」
 と言いながら冷蔵庫を開けると、ずっと冷蔵庫の中をさぐり始めた。無いなら別に無いでいいのに、貴重な食料だろうし。
 なんとか奥からとろけるチーズを取り出したわけだけども、輪ゴムで閉めてあって、既に開けているものだった。何か賞味期限心配だな。
 それをぱらぱらと上から掛けたその時だった。
 パン!
 と、何かが跳ねてきたところで、畠山くんが、
「チーズが跳ねるわけねぇ! なんかやっただろ! おい!」
 と急に激昂し始めた。
 すると雄二が冷静に、
「ちゃうわ、冷蔵庫の奥に入っていたということは中身が結露して凍ってたんやろ、その水分がよく熱されたフライパンで跳ねたんや」
「水分か……!」
 と気付いた顔をした畠山くん。それはわかるんだ、と言っても僕は料理に疎いのでわからなかったけども。
 畠山くんがフライパンの火を止めて、
「中身結露しているようなチーズ使った料理、食わせるわけにはいかねぇか」
 と肩を落とした。
 雄二がうんと頷いてから、
「せやな、賞味期限気になるし、そもそも畠山んちの大事な食べ物やからそんないらんわ、腹も減ってへんし」
「そうだよな、おれもあんま聞かずに作りだしちまった……なぁ」
 と落ち込んでいるような瞳で声を出した畠山くんは、意を決したような面持ちでこう続けた。
「おれの何が悪い、おれは一体何がそんなに悪いんだ、オブラートに包まず言ってくれ」
 雄二が即座に答えた。
「すぐ怒るとこや、誰かのせいにし過ぎやねんて、もっと一旦引っ込めればええんちゃう? 喧嘩に自信あんなら、すぐに殴りかからなくても勝てるやろ、強いんなら余裕持てや」
 僕は正直『おぉ』と思った。あまりにも寄り添った答えだったから。中でも”喧嘩に自信あるならすぐに殴りかかるな”は、かなり響く言葉だと思う。ちゃんとそういう強さを尊重しつつ、改善点を述べているわけだから。
 畠山くんは深呼吸してから、
「そうだよな、すぐに手を出すのは何か雑魚みたいだよな」
 と納得するように頷いた。
 雄二は続ける。
「もうちょい対話したほうがええで。怒鳴るのも格下みたいやろ。どっしりやればええねん。自信持ってけや」
 畠山くんはその言葉をしっかり刻むように呼吸していた。
 結局たいして何かするわけでもなくて、僕たち三人は畠山くんの家をあとにする流れになったんだけども、雄二が、
「ほな、俺も毎日圭吾たちと一緒にいなきゃいけない理由もないんやから、いつでも声掛けてくれてええで。いつでも野草採取いこかぁ」
 と言って、畠山くんは小声で、でもしっかりと通る声で「恩に着る」と言った。
 これで畠山くんも少しは温厚になってくれるといいけどなぁ、いやなるだろうな、雄二が真摯に答えたからきっとなると思う。
 雄二は料理も得意だし、案外畠山くんと仲良くなるかもしれない。そうなったら僕は野草の試作品食べまくりかな、うん、悪くない……じゃなくて、そうか、何で思いつかなかったんだ、向こうのテクノロジーじゃダメでも、こっちの包み込むやり方があったじゃないか。
 そう”オブラートに包まず言ってくれ”でお馴染みのオブラートだ。
 納豆を梅干しの種みたいに芯にして、オブラートで包んで、とろけるチーズで流し込めばいいんじゃないか?
 畠山くんの家から出たところですぐにその案を言った僕。
 早速試した結果、ジェンくんは見事流し込むことに成功し、次の日には体調不良が治ったのだ。