・
・【04 関係性】
・
さっきまでいた公園に場所を移したわけだけども、屋根のあるベンチのところへ行って、それぞれ四方向に座った。
僕の右隣が雄二で左隣がロペスくん、真正面がジェンくんとなった。
改めて、といった感じに口を開いたのはジェンくんだった。
「どこで気付いたの?」
間髪入れずに雄二が、
「いやいや、どないことやねんて」
と言ったわけだけども、それこそ”ソレ”で。
「ジェンくんやロペスくんは、今、雄二が言った意味、わかっている?」
雄二は溜息交じりに、
「何言うとんねん……」
と小声で言ったわけだけども、それを僕はスルーして、ジェンくんのほうをじっと見ると、
「そもそもどういうことなんだ? という意味に聞こえているよ」
僕はうんと頷いてから、
「多分そうなんだろうけども、まさしくそうなんだ。今の雄二の台詞は関西弁というヤツの亜流なんだけども、要は正しい関西弁ではないんだ」
雄二はツッコむように、
「こんな時に俺のディスやめぇい」
僕は雄二に対して制止する手のポーズをしてから、
「関西弁は勿論、正しい関西弁でもない雄二の言葉が理解できるということは本来変なんだ。絶対意味がわからないはずなんだ。でも理解ができているということは高度な、シームレスな翻訳機を使っているんじゃないかな、って」
雄二は目を皿にして驚いた。
ロペスくんもビックリしているようだった。
ジェンくんだけは冷静に、
「そうか、まさかそうだったなんて」
「勿論野球とか有名な固有名詞を知らないのに、雄二や僕のニュアンスのようなボケ・ツッコミを理解ができていたところもそうだよ」
ジェンくんは深呼吸してから、
「でもまさかこんなに早くバレるなんてね、ロペスくん」
そう言ってロペスくんのほうを向くと、ロペスくんはパクパクと口を動かすだけだった。
雄二はおそるおそるといった感じに、
「じゃあ、ロペスくんやジェンくんは地球外生命体ってことなん?」
ジェンくんが僕と雄二のほうを見ながら、
「地球人目線ではそうなるね」
沈黙が流れると、そよ風で揺れる木々の音が聞こえてくる。ざわざわと、まるで僕の心境のように。
ロペスくんとジェンくんの目的次第では全面戦争までいくだろう。でも僕はなんとなく一つ、答えが出ていたので、それをぶつけることにした。
「二人の目的は、食文化がメイン、だよね?」
ロペスくんが大きく空気を吐くように、
「そんなことまで……」
ジェンくんは同調するように、
「本当に圭吾くんの洞察力はすごいね、事件の謎を解くところもそうだし」
「事件の謎は置いといて、出会った最初の日に雄二が粉のパブロンを飲んだ時に、無反応だったことが少し気になってね。何で粉状の薬には無反応なんだろうって。ということは通常、ロペスくんやジェンくんはあういう粉だったり、タブレットのような錠剤を主に飲み食いしているんじゃないかな?」
ジェンくんは感嘆の息を漏らしながら、
「まさにその通りですよ」
僕は切り返すように、
「でもいつもそういったモノを食べている生命体が突然地球の食べ物を食べてもいいの?」
ジェンくんはハハッと笑ってから、
「そんな心配までしてくれるんですね。大丈夫です。元々はそういった自然物を食べていた生命体なので」
ロペスくんもうんうんと頷いていて、多分そうなんだろう。
すると黙り気味だった雄二が、
「で、今後どうなんねん。圭吾が不用意にバラした結果、どうなってまうねん」
不用意にバラした結果、か。
雄二は別にバカではないから、そこは気付くわけか。実際僕の懸念点でもあるわけだけども、好奇心が抑えられず、僕は質問してしまった。
さて、この二人はどんな言葉を出すだろうか。
ジェンくんが口を開いた。
「圭吾くんと雄二くんは、おれたちを捕まえようと思う?」
僕は即座に、
「いや、見た目は全然地球人と一緒だから捕まえるとか報告するとか特にしないよ、それに友達じゃないか、一緒にいたいよ」
雄二も拳を強く握りながら、
「勿論や、というか報告する機関とかも知らんし、一緒に学校生活謳歌しようや、四人でつるめば遊びの種類も増えるわ」
ジェンくんはロペスくんのほうを見ながら、
「というわけなんですが、ロペスくんはどう判断しますか?」
どうやら、というかやっぱりロペスくんのほうが上司っぽい。
判断の部分はロペスくんに任せるみたいだ。ロペスくんはう~んと唸ってから、
「ぼくは、このままが、いいです」
するとジェンくんが矢継ぎ早に、
「でも母船にはこうなったという展開が伝わったと思います」
と言うと、即座にロペスくんが、
「でもそれと同時に、圭吾くんや、雄二くんが、こう言ってくれたことも、伝わっています」
「では上の指令にて、ですね」
「そうなると思います。でもきっとこのまま、地球の調査になると、思います」
僕はちょっと口を挟ませてもらうことにした。
「二人の目的というか、母船の目的は侵略なの?」
正直ロペスくんには隙がある印象だ。今回はあえてロペスくんの瞳を見ながらそう言った。
きっと侵略が目的なら、どう対応すればいいかわからず、あわあわすると思う。
するとロペスくんは一切動じず、
「そんなことありません、友好関係です。というより調査、ですよね?」
とジェンくんのほうを見ると、ジェンくんも強く頷いてから、
「そうです。調査をしてどう友好関係を築くか、ということです」
二人が嘘を言っているようには見えなかった。
雄二も同じように思ったみたいで、
「じゃあええやん、こっからもよろしくな」
と言ってその場は丸く収まった。
とにかくロペスくんとジェンくんは食べ物や地球の文化を学んでいるということらしい。
料理は勿論、テレビやネット、スポーツなどもその範囲らしい。
まあ今のところはこれ以上考える必要も無いので、これからまたロペスくんやジェンくんと一緒に仲良く生活できたらなぁ、と思った。
ある日の教室にて、事件が起きた。
でもそれはロペスくんやジェンくんに何かが起きたというわけじゃなくて、いつも通り、畠山くんがターゲットの事件だった。
起立礼着席のタイミングで、畠山くんがちゃんとイスに座れず、尻もちをついてしまったのだ。
さらには咄嗟のことで、畠山くんの前の席に座っていた女子が「大丈夫?」と言って近付いたら、畠山くんは何故かずっと舐めていた梅干しの種をそのタイミングで吐き出してしまい、その女子の額に梅干しの種がヒットして、その汚さにその女子が泣いてしまって、もうてんやわんや。
畠山くんが「俺が被害者だぞ! 松代がイスを引いたんだ!」と後ろの席の松代くんを指差して、松代くんも何だか泣きそうだ。
でもどう考えても、松代くんが畠山くんのイスを引くはずがないと思う。
畠山くんはクラスのガキ大将的存在で、その暴力性からクラスメイト全員から薄っすら嫌われている。
対する松代くんはいつも一人で読書していて、目立つことは苦手っぽくて、攻撃性の欠片も無い男子だ。
そんな松代くんが突然畠山くんのイスを引くはずがない。僕は爪先を伸ばして、畠山くんのほうを見ると、何か床にティッシュが落ちていた。
松代くんがティッシュを床に捨てるわけないので、畠山くんの鼻かんだティッシュだろうか。
そうなら触りたくないけども、何だか気になってしまい、畠山くんが怒鳴り散らしているのに乗じて、教室内を移動して、そのティッシュに手を掛けたその時だった。
「何かネバネバしてる、納豆?」
と僕が小声で言うと、畠山くんにも聞こえたみたいで、
「このタイミングでそのこと掘り下げてきてんじゃねぇよ!」
と怒号をあげたわけだけども、
「そうじゃなくて、何かここだけ床がネバネバしているって話。それを隠すようにティッシュが今落ちていたし」
そう僕は言いながら、ティッシュを剥がしてから、
「畠山くん、ちょっとイス貸してもらっていい?」
「なんだよ! 圭吾!」
「いいから」
と半ば強引にイスを掴んで、そのイスをネバネバ地帯に置いてから、
「畠山くん、イス引いてみて」
「何だよマジで!」
と言いつつも、イスを引いてくれたみたいで、畠山くんはハッとした表情をし、
「この感覚だ!」
と叫んだ。
つまり、
「誰かが畠山くんのこのイスを引く部分に粘着質なモノを設置したというわけだね。つまり後ろの席の松代くんがイスを引いたんじゃなくて、粘着質なモノを設置した人が犯人だ」
すると即座に畠山くんがデカい声で、
「オマエか! 圭吾!」
「僕のはずないでしょ、そうだったら謎解かないでしょ。隠すようにティッシュ置いてあったし、ここの近くの席の子でしょ」
「じゃあ松代か!」
「松代くんを犯人に仕立てているわけだから、松代くんのはずないでしょ。松代くん、さっきまでの休憩時間、この辺で何かしていた人いた?」
と僕が立ちながら、座っている松代くんに聞くと、急に何だか目線を逸らして、
「わからない……」
と言ったんだけども、後ろから雄二の声が飛んできて、
「今! 内海が松代にガン飛ばしてたで!」
内海くんは畠山くんの隣の席。まあティッシュの件から考えるに妥当な線だろう。
僕は座っている内海くんのことを睨むように見てから、また松代くんのほうを見て、
「ここは正直に言ってほしい。正直に言わないと、畠山くんから犯人扱いされちゃうよ」
と言ったところで、松代くんの隣の席の高見さんが、
「というかさ内海、松代に話し掛けてたじゃん、しゃがんだりもしていたし、それじゃね?」
内海くんは即座に立ち上がり、女子である高見さんに圧を掛けるように睨んだんだけども、ギャルの高見さんは我関せずといった感じにつまらなそうに髪の先をイジるだけ。
内海くんは「クソ!」と舌打ちしてから、
「あぁ! おれだよ! おれがやったんだよ! だって畠山! 毎日ニンニクくせぇんだよ!」
と言うと、何か畠山くんの周りの生徒がドッとウケて、結構そうだったんだとわかった。
でも当然、畠山くんの気がそれで済むわけでもなく、畠山くんが拳を強く握って、内海くんに殴りかかったその時だった。
バシン!
その拳を受け止めたのは、いつのまにかこっちのほうに来ていたロペスくんだった。
「そういうことは、良くないです」
といつものゆっくりな口調だけども、確実に強い語気で、そう言った。
「邪魔すんじゃねぇよ!」
と畠山くんが繰り出した左足の蹴りは、ロペスくんが右足をあげて、その左足の衝撃を受け止めつつ、絡めとるように畠山くんの左足を上にゆっくりあげていき、畠山くんは慌てながら、
「やめろやめろやめろ、こける、こけるから、バランス崩れてこけるから」
と言うと、ロペスくんもやめて、足を戻したところで畠山くんが、
「なんてな! じゃーん!」
とダサい言葉を発しながら、ロペスくんの鳩尾を殴ろうとしたんだろう。
でもロペスくんはそれを右手で掴んで、そのままグイっと引っ張って、畠山くんの体勢が崩れたところで、足を掛けて、机の無いところに転ばせた。
畠山くんはすぐさま立ち上がって、飛び蹴りをしたんだけども、その足を軽く掴んで、飛び蹴りした勢いそのままに墜落し、腰を強打した。
立ち上がれない畠山くんにロペスくんはこう言った。
「倒れた時に、追撃しても、本当はいいんですよ、本当のやり合いなら、全然踏みつけますよ」
そのロペスくんの低い、ドスの効いた声に畠山くんはビビり散らかしたみたいで、そのまま後方に座りながら移動したと思ったら、走って教室から出て行った。
その瞬間、教室中がワッと沸いて、
「すげぇ! ロペスくん!」
「やっぱ外国人って強ぇ!」
「畠山成す術ナシじゃん、すご」
「ロペスくん、ありがとう!」
と、めっちゃ歓声があがったところで、教室に来ていた先生が「まあまあ、このくらいは、ね……」と何かよくわからないことを言っていた。
結局畠山くん抜きで授業が始まった。ロペスくんが圧勝したところで、梅干しの種をぶつけられて泣いていた女子も泣き止んでいた。
ロペスくんが席に戻ってきた時に、ジェンくんが、
「無理はしないでくださいね」
と言うと、ロペスくんが、
「こっちの台詞です。ジェンくん、ちょっと体調悪いですよね? いつもならジェンくんが、飛び出すはずです」
と言っていて、ジェンくんも武闘派ということがわかった。
まあこういう調査に来るということは、当然強いというわけか。
・【04 関係性】
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さっきまでいた公園に場所を移したわけだけども、屋根のあるベンチのところへ行って、それぞれ四方向に座った。
僕の右隣が雄二で左隣がロペスくん、真正面がジェンくんとなった。
改めて、といった感じに口を開いたのはジェンくんだった。
「どこで気付いたの?」
間髪入れずに雄二が、
「いやいや、どないことやねんて」
と言ったわけだけども、それこそ”ソレ”で。
「ジェンくんやロペスくんは、今、雄二が言った意味、わかっている?」
雄二は溜息交じりに、
「何言うとんねん……」
と小声で言ったわけだけども、それを僕はスルーして、ジェンくんのほうをじっと見ると、
「そもそもどういうことなんだ? という意味に聞こえているよ」
僕はうんと頷いてから、
「多分そうなんだろうけども、まさしくそうなんだ。今の雄二の台詞は関西弁というヤツの亜流なんだけども、要は正しい関西弁ではないんだ」
雄二はツッコむように、
「こんな時に俺のディスやめぇい」
僕は雄二に対して制止する手のポーズをしてから、
「関西弁は勿論、正しい関西弁でもない雄二の言葉が理解できるということは本来変なんだ。絶対意味がわからないはずなんだ。でも理解ができているということは高度な、シームレスな翻訳機を使っているんじゃないかな、って」
雄二は目を皿にして驚いた。
ロペスくんもビックリしているようだった。
ジェンくんだけは冷静に、
「そうか、まさかそうだったなんて」
「勿論野球とか有名な固有名詞を知らないのに、雄二や僕のニュアンスのようなボケ・ツッコミを理解ができていたところもそうだよ」
ジェンくんは深呼吸してから、
「でもまさかこんなに早くバレるなんてね、ロペスくん」
そう言ってロペスくんのほうを向くと、ロペスくんはパクパクと口を動かすだけだった。
雄二はおそるおそるといった感じに、
「じゃあ、ロペスくんやジェンくんは地球外生命体ってことなん?」
ジェンくんが僕と雄二のほうを見ながら、
「地球人目線ではそうなるね」
沈黙が流れると、そよ風で揺れる木々の音が聞こえてくる。ざわざわと、まるで僕の心境のように。
ロペスくんとジェンくんの目的次第では全面戦争までいくだろう。でも僕はなんとなく一つ、答えが出ていたので、それをぶつけることにした。
「二人の目的は、食文化がメイン、だよね?」
ロペスくんが大きく空気を吐くように、
「そんなことまで……」
ジェンくんは同調するように、
「本当に圭吾くんの洞察力はすごいね、事件の謎を解くところもそうだし」
「事件の謎は置いといて、出会った最初の日に雄二が粉のパブロンを飲んだ時に、無反応だったことが少し気になってね。何で粉状の薬には無反応なんだろうって。ということは通常、ロペスくんやジェンくんはあういう粉だったり、タブレットのような錠剤を主に飲み食いしているんじゃないかな?」
ジェンくんは感嘆の息を漏らしながら、
「まさにその通りですよ」
僕は切り返すように、
「でもいつもそういったモノを食べている生命体が突然地球の食べ物を食べてもいいの?」
ジェンくんはハハッと笑ってから、
「そんな心配までしてくれるんですね。大丈夫です。元々はそういった自然物を食べていた生命体なので」
ロペスくんもうんうんと頷いていて、多分そうなんだろう。
すると黙り気味だった雄二が、
「で、今後どうなんねん。圭吾が不用意にバラした結果、どうなってまうねん」
不用意にバラした結果、か。
雄二は別にバカではないから、そこは気付くわけか。実際僕の懸念点でもあるわけだけども、好奇心が抑えられず、僕は質問してしまった。
さて、この二人はどんな言葉を出すだろうか。
ジェンくんが口を開いた。
「圭吾くんと雄二くんは、おれたちを捕まえようと思う?」
僕は即座に、
「いや、見た目は全然地球人と一緒だから捕まえるとか報告するとか特にしないよ、それに友達じゃないか、一緒にいたいよ」
雄二も拳を強く握りながら、
「勿論や、というか報告する機関とかも知らんし、一緒に学校生活謳歌しようや、四人でつるめば遊びの種類も増えるわ」
ジェンくんはロペスくんのほうを見ながら、
「というわけなんですが、ロペスくんはどう判断しますか?」
どうやら、というかやっぱりロペスくんのほうが上司っぽい。
判断の部分はロペスくんに任せるみたいだ。ロペスくんはう~んと唸ってから、
「ぼくは、このままが、いいです」
するとジェンくんが矢継ぎ早に、
「でも母船にはこうなったという展開が伝わったと思います」
と言うと、即座にロペスくんが、
「でもそれと同時に、圭吾くんや、雄二くんが、こう言ってくれたことも、伝わっています」
「では上の指令にて、ですね」
「そうなると思います。でもきっとこのまま、地球の調査になると、思います」
僕はちょっと口を挟ませてもらうことにした。
「二人の目的というか、母船の目的は侵略なの?」
正直ロペスくんには隙がある印象だ。今回はあえてロペスくんの瞳を見ながらそう言った。
きっと侵略が目的なら、どう対応すればいいかわからず、あわあわすると思う。
するとロペスくんは一切動じず、
「そんなことありません、友好関係です。というより調査、ですよね?」
とジェンくんのほうを見ると、ジェンくんも強く頷いてから、
「そうです。調査をしてどう友好関係を築くか、ということです」
二人が嘘を言っているようには見えなかった。
雄二も同じように思ったみたいで、
「じゃあええやん、こっからもよろしくな」
と言ってその場は丸く収まった。
とにかくロペスくんとジェンくんは食べ物や地球の文化を学んでいるということらしい。
料理は勿論、テレビやネット、スポーツなどもその範囲らしい。
まあ今のところはこれ以上考える必要も無いので、これからまたロペスくんやジェンくんと一緒に仲良く生活できたらなぁ、と思った。
ある日の教室にて、事件が起きた。
でもそれはロペスくんやジェンくんに何かが起きたというわけじゃなくて、いつも通り、畠山くんがターゲットの事件だった。
起立礼着席のタイミングで、畠山くんがちゃんとイスに座れず、尻もちをついてしまったのだ。
さらには咄嗟のことで、畠山くんの前の席に座っていた女子が「大丈夫?」と言って近付いたら、畠山くんは何故かずっと舐めていた梅干しの種をそのタイミングで吐き出してしまい、その女子の額に梅干しの種がヒットして、その汚さにその女子が泣いてしまって、もうてんやわんや。
畠山くんが「俺が被害者だぞ! 松代がイスを引いたんだ!」と後ろの席の松代くんを指差して、松代くんも何だか泣きそうだ。
でもどう考えても、松代くんが畠山くんのイスを引くはずがないと思う。
畠山くんはクラスのガキ大将的存在で、その暴力性からクラスメイト全員から薄っすら嫌われている。
対する松代くんはいつも一人で読書していて、目立つことは苦手っぽくて、攻撃性の欠片も無い男子だ。
そんな松代くんが突然畠山くんのイスを引くはずがない。僕は爪先を伸ばして、畠山くんのほうを見ると、何か床にティッシュが落ちていた。
松代くんがティッシュを床に捨てるわけないので、畠山くんの鼻かんだティッシュだろうか。
そうなら触りたくないけども、何だか気になってしまい、畠山くんが怒鳴り散らしているのに乗じて、教室内を移動して、そのティッシュに手を掛けたその時だった。
「何かネバネバしてる、納豆?」
と僕が小声で言うと、畠山くんにも聞こえたみたいで、
「このタイミングでそのこと掘り下げてきてんじゃねぇよ!」
と怒号をあげたわけだけども、
「そうじゃなくて、何かここだけ床がネバネバしているって話。それを隠すようにティッシュが今落ちていたし」
そう僕は言いながら、ティッシュを剥がしてから、
「畠山くん、ちょっとイス貸してもらっていい?」
「なんだよ! 圭吾!」
「いいから」
と半ば強引にイスを掴んで、そのイスをネバネバ地帯に置いてから、
「畠山くん、イス引いてみて」
「何だよマジで!」
と言いつつも、イスを引いてくれたみたいで、畠山くんはハッとした表情をし、
「この感覚だ!」
と叫んだ。
つまり、
「誰かが畠山くんのこのイスを引く部分に粘着質なモノを設置したというわけだね。つまり後ろの席の松代くんがイスを引いたんじゃなくて、粘着質なモノを設置した人が犯人だ」
すると即座に畠山くんがデカい声で、
「オマエか! 圭吾!」
「僕のはずないでしょ、そうだったら謎解かないでしょ。隠すようにティッシュ置いてあったし、ここの近くの席の子でしょ」
「じゃあ松代か!」
「松代くんを犯人に仕立てているわけだから、松代くんのはずないでしょ。松代くん、さっきまでの休憩時間、この辺で何かしていた人いた?」
と僕が立ちながら、座っている松代くんに聞くと、急に何だか目線を逸らして、
「わからない……」
と言ったんだけども、後ろから雄二の声が飛んできて、
「今! 内海が松代にガン飛ばしてたで!」
内海くんは畠山くんの隣の席。まあティッシュの件から考えるに妥当な線だろう。
僕は座っている内海くんのことを睨むように見てから、また松代くんのほうを見て、
「ここは正直に言ってほしい。正直に言わないと、畠山くんから犯人扱いされちゃうよ」
と言ったところで、松代くんの隣の席の高見さんが、
「というかさ内海、松代に話し掛けてたじゃん、しゃがんだりもしていたし、それじゃね?」
内海くんは即座に立ち上がり、女子である高見さんに圧を掛けるように睨んだんだけども、ギャルの高見さんは我関せずといった感じにつまらなそうに髪の先をイジるだけ。
内海くんは「クソ!」と舌打ちしてから、
「あぁ! おれだよ! おれがやったんだよ! だって畠山! 毎日ニンニクくせぇんだよ!」
と言うと、何か畠山くんの周りの生徒がドッとウケて、結構そうだったんだとわかった。
でも当然、畠山くんの気がそれで済むわけでもなく、畠山くんが拳を強く握って、内海くんに殴りかかったその時だった。
バシン!
その拳を受け止めたのは、いつのまにかこっちのほうに来ていたロペスくんだった。
「そういうことは、良くないです」
といつものゆっくりな口調だけども、確実に強い語気で、そう言った。
「邪魔すんじゃねぇよ!」
と畠山くんが繰り出した左足の蹴りは、ロペスくんが右足をあげて、その左足の衝撃を受け止めつつ、絡めとるように畠山くんの左足を上にゆっくりあげていき、畠山くんは慌てながら、
「やめろやめろやめろ、こける、こけるから、バランス崩れてこけるから」
と言うと、ロペスくんもやめて、足を戻したところで畠山くんが、
「なんてな! じゃーん!」
とダサい言葉を発しながら、ロペスくんの鳩尾を殴ろうとしたんだろう。
でもロペスくんはそれを右手で掴んで、そのままグイっと引っ張って、畠山くんの体勢が崩れたところで、足を掛けて、机の無いところに転ばせた。
畠山くんはすぐさま立ち上がって、飛び蹴りをしたんだけども、その足を軽く掴んで、飛び蹴りした勢いそのままに墜落し、腰を強打した。
立ち上がれない畠山くんにロペスくんはこう言った。
「倒れた時に、追撃しても、本当はいいんですよ、本当のやり合いなら、全然踏みつけますよ」
そのロペスくんの低い、ドスの効いた声に畠山くんはビビり散らかしたみたいで、そのまま後方に座りながら移動したと思ったら、走って教室から出て行った。
その瞬間、教室中がワッと沸いて、
「すげぇ! ロペスくん!」
「やっぱ外国人って強ぇ!」
「畠山成す術ナシじゃん、すご」
「ロペスくん、ありがとう!」
と、めっちゃ歓声があがったところで、教室に来ていた先生が「まあまあ、このくらいは、ね……」と何かよくわからないことを言っていた。
結局畠山くん抜きで授業が始まった。ロペスくんが圧勝したところで、梅干しの種をぶつけられて泣いていた女子も泣き止んでいた。
ロペスくんが席に戻ってきた時に、ジェンくんが、
「無理はしないでくださいね」
と言うと、ロペスくんが、
「こっちの台詞です。ジェンくん、ちょっと体調悪いですよね? いつもならジェンくんが、飛び出すはずです」
と言っていて、ジェンくんも武闘派ということがわかった。
まあこういう調査に来るということは、当然強いというわけか。



