川島物語 ~食べ物友達と謎解きな僕~


・【03 四人で公園で】


 僕たちの学区内にある公園は結構大きな公園で、休日はキッチンカーがよく来ている。
 まだ五月中旬で、気温も安定しているし、木々のおかげで日陰もあるし、放課後は勿論、土日もよくそこで遊ぶようになっている。
 今日はロペスくんとジェンくんと雄二と僕の四人で、だるまさんがころんだをすることにした。
 当然のごとく、ロペスくんとジェンくんはだるまさんがころんだのことを知らず、ルールの説明をした。でも”だるまさんがころんだ”という特異な名詞にツッコむことはしなかった。
 いちいちツッコむほど興味が無いということなのかな、それとも別に理由があるのかな。
 僕たちは木陰というか、まあだるまさんがころんだなので、木のあるところで行なっているわけだけども、ちょっと遠目というか、表情がギリギリわかるくらいの距離で畠山くんが一人で日向に立って、どうやら女子をナンパしているらしい。
 でも正直なところ、畠山くんは身長も顔もザ・中学生なわけで、汗垂らしながら必死でナンパしている人間に引っ掛かる女子なんていないわけで。
 よくわからないけどもナンパってもっと余裕のある男性だから、ギリギリ成立しているんじゃないのか? 汗かき中学生にどんな魅力があるんだよ。
 いやそんな話はどうでもいいや、僕はまず雄二が鬼をやる、だるまさんがころんだに集中した。
「だるまさんがぁーーーころんだ!」
 とオーソドックスな掛け声をしたのは、本当に最初だけで、
「ホンマにーーーーだるまさんがころんだ!」
 と、どこを伸ばしているんだというアレンジを加えだした。でもロペスくんもジェンくんも普通に対応している。
「だるまさんがころびよったで!」
 雄二の鬼は飽きるのが早いのか、アレンジしている自分が好きなのか、一体何なのかは判別不能だったけども、やや判定が甘いところもあり、ぐらぐらしながらも前に出るロペスくんにタッチされた。
「次からはレベル2やで!」
 と雄二が言った時に、どうやら判定の甘さはわざとだったようだ……と思ったら、
「ホンマ! ホンマ! ころんだ!」
 とアレンジに磨きがかかり、体がしっかり止まっていない判定が厳しくなるわけではなかった。こっち見ている時も実際はあんま見ていないって感じで、自分が次に言おうと思うアレンジを考えることで必死といった感じだ。
 早々に僕がタッチしたところで鬼交代ということにした。
 雄二は「レベル3もあんねん」と言っていたが、僕が交代をとにかく促して、最後に雄二は「圭吾のアレンジ、ホンマどんなもんか見ものやな」と捨て台詞を吐いて子のスタート位置へ行った。いやアレンジはしないけども。普通に判定厳しくするだけだけども。
「だるまさんがころんだ!」
 と僕がオーソドックスに言って振り返ると、相変わらずロペスくんはぐらぐら。ジェンくんは慎重過ぎて全然進んでいない。雄二も変なポーズで止まっている。
 まあ、
「ロペスくん、動いているよ」
「これ、ダメなんですか」
「普通はダメなんだよ、雄二が甘過ぎたんだ」
 ロペスくんがスタート位置に戻ったところでもう一回、
「だるまさんがーーころんだ!」
 と急に振り返ると、三人ちょっと動いたので、
「全員動いた!」
 と言うと、雄二が「厳し過ぎるやろ、仕事やん」と言ったところで、公園中にデカい声が響き渡った。
「山下パイセンじゃないっすかぁぁあああああああああ!」
 うるさっ、耳をつんざく、鼓膜をつんつんされて裂かれたみたいな。
 声の方向を四人で見ると、畠山くんがクーラーボックスを持っている女子二人組に絡んでいた。
 遠目から見ても、その女子二人組はウザそうな顔をしていた。
 早くどこかへ行きたそうな女子二人組と、それに気付かず、デカい声でまくし立てる畠山くん。
 パイセン、ということは先輩か、何年先輩かわからないけども、顔や身長から見る限り、四年くらいは先輩っぽい。高校一年生くらい?
 女子二人組のほうが畠山くんよりも身長が大きくて、相当大人びて見える。
 勿論身長が低くて可愛い男子というものも存在するが、畠山くんはそのタイプではない。
 粗暴な中学生丸出しな顔に、中学一年生の平均身長+2cmくらいで、まあなんというか一番可愛くない感じ。
 女子二人組は顔を見合わせてから、クーラーボックスを開けて、中から凍ったタオルのようなモノを畠山くんに渡して、逃げるようにいなくなった。
 何であんなに嫌がっている風だったのに、プレゼントをあげたのかは不明だ。茶色いタオルって何かの隠語?
 そもそもどうやら顔見知りは顔見知りっぽかったので、畠山くんが休日この公園でナンパしていることは知っているんじゃないか? じゃあ近くを通らなきゃいいのに。
 僕たちのクラスメイトもロペスくんとジェンくん以外は知っていると思う。
 何故なら畠山くんが四月の始め頃、俺は公園でナンパしているから遊びたいヤツは来いということが書かれたチラシを配っていたから。
 勿論自作のチラシで、フォントが本当にダサいヤツ。意味無く影付きでちょうどダサい組み合わせの色のヤツ。意味無く虹のグラデーションになってる文字のヤツ。
 まあいいか、マジでまあいいので、今度はジェンくんを鬼にして、だるまさんがころんだをし始めた。
「だるまさんがころんだ!」
 と真面目に、というか基本に忠実にジェンくんがだるまさんがころんだを行なう。
 だるまさんがころんだは必死で前に出なければ、脳内はマルチタスクができる。
 基本的にロペスくんとジェンくんが楽しめれば合格かなと思っているので、僕はふと畠山くんのことを見て考えてしまう。
 ピンと張った真っ直ぐの凍ったタオルを持ってナンパしているヤツが成功するはずないだろ。
 凍ったタオル持ってナンパするのマジで見たこと無い。創作物でも見たこと無い。その時点で男らしさというかマッチョイズムが無い。
「だるまさんがころんだ! ロペスくん! 動き過ぎ!」
 前を見ると、ジェンくんはロペスくんを指差している。
 ロペスくんはさっきからよくぐらぐらしている。動きが全体的に遅いのに、結局動いているみたいな。
 法定速度よりも遅い速度走って信号無視している自動車みたいだ。例えの治安がやや悪かったか。まあ僕の脳内だけなのでいいだろう。
 雄二が笑いながら、
「ロペスくん、だるまさんが転んだは弱めやな」
 と言ったその時だった。
「中学生になって、だるまさんがころんだ? ガキ過ぎるだろ」
 この声は、と思いながら振り返ると案の定、畠山くんだった。
 多分ナンパが全然上手くいかなくて、こっちに絡みにきたんだろう。最悪だ。汗もすごいし、何かクサイ。
 こういう、悪口とかでクサイと言うのは本当に良くないことだけども、マジでクサイのだ。口に出していないから許してほしい。
 畠山くんは既に溶けてきたタオルをぶんぶん、ライブのように回しながら、
「てめぇらがガキ過ぎて、こっちにガキのパワーがきて、モテねぇじゃねぇか」
 何そのキモイ理屈、ガキにそんな強いパワー無いだろ、と、考える僕を追い越すように雄二が間髪入れずに、
「自分の喋りの下手さをこっちのせいにすんなや」
 と言って、そんな抉るようなことは言うなよ、とは思ってしまった。味方だけども。
 畠山くんは当然キレそうな目で、
「なんだよ、てめぇ。変な口調で昔っからムカついていたんだよぉ?」
 すると雄二は即座に、
「そんなん誰でもそうやろ、俺の口調が好きじゃないヤツ大勢いるやろ、ただの大多数や」
 と言って、メンタルが強い。
 畠山くんからしたら想定外の返しだったらしく、言葉が詰まってしまい、本当に喋りが下手なのかよ。
 雄二が溜息交じりに、
「というか畠山、ちょっとクサイわ。何の匂い?」
 と超煽り言葉を発して、畠山くんは一気に怒髪天といった感じで、
「何がクサいだごらぁぁあああ!」
 と右手で拳を作って、振りかぶろうと手をあげると、雄二は首を横に振ってから、
「ちゃうわ、汗クサイとかちゃうくて、マジで何かめっちゃクサイけども、何かドブに落ちた?」
「落ちてねぇぇえええよ!」
 と言いながら、左手に持っているタオルで自分の右腕をバンバン叩きだして、なにそれ自傷行為? とか思っていると、何かタオルが豚の角煮のようにとろとろしているような気がして、
「畠山くん、そのタオルの匂い嗅いでみて」
 と僕ができるだけ冷静そうに言うと、畠山くんはこっちを睨みつつも、
「何なんだよ一体」
 と言った刹那、
「くっさぁぁあああああああああああ!」
 と叫んだ畠山くん。
 雄二は表情一つ変えずに、
「ほらやっぱやん、汗クサイとかちゃうやろ?」
 畠山くんはノータイムで、
「いや! てめぇらがクサい液掛けたんだろ! クソがぁぁあ!」
 と言い出したので、ちょっと俯瞰する位置に立っていたジェンくんが、
「誰も何もしていないですよ」
 畠山くんは牙があれば牙を見せるような口の開き方で、
「てめぇらが何かしたんだろうが! このタオルは山下パイセンからもらったヤツでなんともなかったし! むしろフローラルな香りがしたわぁ!」
 僕はちょっと考えてから、
「そのタオル、凍っていたよね?」
 畠山くんは怒り心頭といった感じで、
「そうだよ! それがどうしたんだよ!」
「そのタオルは茶色いし、例えば納豆とかを刻んで練り込んであるんじゃない?」
「それだったら最初から気付くだろうがぁっ!」
「だから凍ってあって、溶けてきたことによりクサさが出ているんじゃないの?」
「……!」
 黙った畠山くん。
 すると雄二が、
「あの女子二人組、嫌な顔してたで。それでプレゼントとか、意図した攻撃ちゃう?」
 畠山くんは黙ったまま、踵を返して、僕たち四人から離れていった。
 ロペスくんが何か言いそうになったけども、それは近くにいたジェンくんが制止して、事無きを得た。
 あんまこういうので笑うの良くないことで、ロペスくんやジェンくんの手前、品行方正で行こうと思ったので、畠山くんのことをとやかく陰口言うことは辞めた。雄二と二人っきりだったら、めっちゃ言っていたと思う。
 その後、だるまさんがころんだを軽くまた再開してから、午前十一時くらいになったところで、雄二が、
「そろそろご飯食いに行くか」
 となり、僕たち四人は歩いて、レストランへ行くことにしたわけなんだけども、ロペスくんがふと、
「納豆って何ですか?」
 と言った。別に畠山くんへのディスとかじゃなくて、純粋に知らないといった感じだったので、軽く説明すると、
「食べてみたいです」
 と言ったので、ということは、と和食のレストランへ入っていった。
 そこでロペスくんが納豆定食を選び、僕らは一切付き合わず、納豆以外の料理を選んだ。僕と雄二が納豆を選ばなかったのを見て、ジェンくんも納豆以外にした。
 まず第一に、僕も雄二も納豆が苦手だ。嫌いと言っていいだろう。あんなクサイのは御免だ。
 ジェンくんは僕らが納豆を選んでいれば自分も納豆にしたっぽいけども、僕らが速攻で選択肢から外したところを見て、避けたみたいだ。
 さて、ロペスくん、ちゃんと食べられるといいんだけども、と思っていると、普通にダメだった。
「こんな、クサイ食べ物、無理です、食べ物状でも、全然、クサイです」
 そう言って隣に座っているジェンくんにパスした瞬間に、ジェンくんが、
「わー! クサイ!」
 と言って、ロペスくんよりも無理っぽかった。
 ロペスくんが申し訳無さそうな顔をしながら、
「残すしか、ないん、でしょうか……でもそれは、いけない、ことです……」
 と言ったわけだけども、僕も雄二も無理だしなぁ、というか多分雄二は僕よりも無理っぽい感じだ、小学生の頃に給食で出た時に見ていたけども。
 ロペスくんが大きな溜息を出したところで、雄二がこう言った。
「一貸しやで」
 すると雄二は手を伸ばして、納豆を奪い取り、なんとガツガツと喉に流し込んだのだ!
 一気に胃に入れたところで、僕の飲み物である、ウーロン茶をうがいしながら飲み込み、一気にゼロにしたらしい。というか、
「僕のウーロン茶なんだけども」
「ええやん。この一貸し、圭吾にやるわ」
「一貸しの流しなんて初めてだよ」
 ロペスくんは目を輝かせながら、
「ありがとう、ございます、雄二くん、圭吾くん……」
 ジェンくんは口をあんぐりして驚いていた。
 さて、とはいえ、一貸しもらってしまったというわけで、ここは一回、チャレンジしてみようかな。
「じゃあ一貸しもらったんで、ここで使っていい?」
 僕がそう言うと、ジェンくんがハッと我に返ってから、
「えっ、何っ? でもうん、圭吾くんの頼みだったら元々何でもするよっ」
 雄二は僕を肘で突きながら、
「もう使うなんてやるやん」
 と笑っているわけだけども、実は結構笑いごとじゃないかもしれないんだ、ゴメンね、雄二。
「僕が使う一貸しは質問、正直に答えてほしいんだ」
 ロペスくんはうんうん頷きながら、
「それくらいは、余裕です」
 と言ったところで、僕は満を持して言うことにした。
「ロペスくんとジェンくんは、島国からの引っ越しと言ったけども嘘だよね。もしかしたら高度な文明を持った国とか、何なら惑星出身じゃないの?」
 今度は雄二、そしてロペスくんが口をあんぐりさせた。
 でもジェンくんだけは冷静な表情で、
「わかるよ、圭吾くんは鋭いもんね、場所変えて話そうか。まずはご飯だ」
 と言って、ジェンくんは眉一つ動かさずに、自分が頼んだ料理を食べ始めた。
 ロペスくんはジェンくんのほうをチラチラ見てから、いつもより早い箸の動きで残りのご飯と味噌汁を食べ始めた。
 雄二は小声で、
「どういうことやねん……」
 と言ったわけだけども、誰も何も反応しなかったら、黙々と料理を食べ始めた。
 もしかしたら関係性が変わってしまうかもしれないけども、どうしても言いたかったのだ。
 これは完全に僕の好奇心。もしかしたらロペスくんやジェンくん、そして別角度で雄二にも変化が訪れることかもしれないけども、聞かずにはもういられなかった。