川島物語 ~食べ物友達と謎解きな僕~


・【02 歓迎パーティ】


 登校してくると、ロペスくんとジェンくんが三人くらいの男子に囲まれて、正直あわあわしているようだったので、すぐに駆け寄ってあげることにした。
「どうしたの?」
 と僕が聞くと、クラスのガキ大将的存在の畠山くんが、
「歓迎パーティ開くってさ! 漆原が!」
 と漆原くんの背中をバンバン叩きながらそう言って、漆原くんはかなりうっとうしそうな顔をした。
 漆原くんは早乙女くんのほうを見ながら、
「というわけで紙皿とか割り箸とか買いに行ってくれよ。おれはもう家で豚の角煮作っているからさ」
 歓迎パーティに豚の角煮? どういうセンス? と思いつつも、
「何で急にそんなこと」
 と僕が言うと、漆原くんは少し小声で、
「いやなんとなく」
 と吐き捨てるように言ってから、すぐに元の声の大きさで、
「ロペスもジェンも豚の角煮、知らないよな?」
 と聞くと、二人とも「知らない」と答えてから、ジェンくんがさらに、
「浦島圭吾くんや淀川雄二くんも一緒なら行ってみよう、かな?」
 と僕に目線をやってきたので、僕はすぐに応えるように、
「うん、僕は全然良いし、雄二に選択権なんて無いし、漆原くんもそれでいいならいいよ」
 漆原くんはちょっと困惑したような表情をしたけども、漆原くんが口を開くよりも先に畠山くんが、
「烏合の衆ならいくら来てもいいだろ! 全員で漆原の角煮の味、審判してやろうぜ!」
 とめっちゃ失礼な言い回しでそう言ってきたわけだけども、まあ畠山くんはバカなのでスルーしてあげることにした。
 すると漆原くんが、
「おい、畠山、失礼な言い方だし、オマエは角煮の味わかんないだろ、味音痴なんだから」
 すると畠山くんは「あー」と軽く声をダミらせてから、
「あんま漆原、調子乗んなよ」
 と声をイカらせてきて、雰囲気悪いなぁ、とは思った。
 ロペスくんとかジェンくんとか純粋そうだから、あんま日本人の嫌なところを出すなよ。
 そんな会話をしたところで雄二が来たわけだけども、特に漆原くんも畠山くんも早乙女くんも雄二に説明とかせず、その場を去っていき、雄二への説明は僕がした。
 雄二は「ええで」と言うだけだった。うん、コイツはそういうヤツだから。
 そこからはずっと雄二が野球の話をしていて、大谷翔平ってもうこの短期間で何回言う気だよ。
 授業&授業で午前は終わり、昼休みはまた一緒にご飯を食べ始めた。
 ロペスくんとジェンくんは食に興味がある風なのに、昨日と同じアンパンで、別のパン食べればいいのに。
 でもやっぱり興味津々のようで、雄二のお弁当をまた何口か食べさせてもらっていた。
 雄二もその気だったのか、ミニトマトが三個だったり、ミートボールが三個だったり、前提の数字になっていた。
 残りの時間は雄二がなんと二番目に好きだという相撲の話をし始めて、ちょっとおじいだな、とは思った。野球と相撲が好きはちょっと日本のおじい過ぎるな。
 そこから授業&授業で放課後になり、僕ら四人と畠山くんと漆原くんで、漆原くんの家へ行くことになった。中学校から徒歩圏内だ。
 早乙女くんは言われた通り、百円ショップで紙皿と割り箸を買ってから来るらしい。
 道中はずっと畠山くんのタバコを吸った話で、そんな違法の話、やめてくれぇ、とは思ったが、雄二が逐一ツッコミを入れて、笑いにはなっていた。
 最初ツッコまれた時、畠山くんは不機嫌そうで、場がピリッとしたけども、雄二が空気を読まずにやめないので、まさかの畠山くんが諦める形になっていた。
 漆原くんの家に着き、台所と繋がっている広めの居間に通されて、そこで床に座って食べる高さの机を出してくれたところで、早乙女くんがやって来た。速い。走ったらしい。
 早乙女くんがその勢いそのままに、全員分の紙皿と割り箸を配膳したところで、漆原くんが大皿に豚の角煮を入れて持ってきた。
 漆原くんが指で指示しながら、
「雄二と圭吾はそこの棚からコップ持っていって、冷蔵庫の中のコーラ開けて注いで。もう既に空いてるほうじゃなくて、新しいヤツ開けて。ロペスやジェンに良いコーラあげたいから」
 こまやかだなぁ、と思いながら、僕と雄二でコーラを注いでいった。
 どうやらロペスくんとジェンくんはまあ当たり前だけども、畠山くんも何もしていない。ふんぞり返っている。僕だったらこんなヤツと友達やらないけどな。まあ何か暴力チラつかせることもあるみたいだし、僕らに絡んでこないならいいや。
 コップを勝手にお盆に乗せて、持っていくと、どうやら漆原くんが先にそれぞれの紙皿へ豚の角煮を取り分け終えていたみたいだ。
 最後に僕の皿へ角煮の汁を垂らしていた。ざっと見ると、畠山くんの皿に一番角煮の汁を垂らしていて、汁ワガママとかもあるのかな、と思った。
「よっしゃ食うぜ!」
 とデカい声を出した畠山くんがガツガツ、汁を飛ばすくらいの勢いで食べ始めて、すぐに小さな声で早乙女くんが「小さい濡れティッシュも買ってくれば良かったかな」と言ったけども、その声はもう畠山くんには届いていないようだった。
 あまりの獣ぶりに、ロペスくんもジェンくんも若干ヒいてしまっている。すると漆原くんが、
「全然、普通に食べていいよ」
 と言ったんだけども、そもそもこういう歓迎パーティに豚の角煮ってどういうこと? 畠山くんの命令みたいなこと? いやさすがにこれは聞こう。
「豚の角煮にしたのは、畠山くんのリクエスト?」
 すると漆原くんが笑いながら、
「そんなんじゃないよっ、たまたま豚の角煮を作ろうとしていたら、ロペスやジェンが転校してきて、じゃあついででいいなって」
 でもその笑い方はちょっとだけ引きつったような笑い方で、何か違和感があった。
 まあいいか。
「僕もいただきます」
「俺もや」
 と雄二も食べ始めたわけなんだけども、割り箸でもほどけるくらい柔らかい豚の角煮みたいだ。
 甘さ由来の照りが濃く、これは正直ご飯がほしい感じだ、汁のとろみも普通の豚の角煮から比べると強く、片栗粉入れてとろみを強化しているかもしれない、そんなことを考えながら食べていると、雄二が、
「めっちゃ旨いやん、この濃さがめっちゃ最高や、漢の豚の角煮って感じがしてガツン飯や」
 いや、
「漢の豚の角煮って、豚の角煮でジェンダーするなよ」
 と僕がツッコむと、早乙女くんが爆笑した。
 ジェンくんにも軽くウケているようで良かったけども、これも理解できるんだ、とは思った。
 ロペスくんもゆっくりだが着実に食べていき、
「すごい美味しいです、ちょっと冷ましてあって、食べやすいですし、これがにくにくしい、ということ、なんですか」
 漆原くんは少し得意げに、
「まあなっ、豚そのものだからな!」
 とサムアップした。早乙女くんもジェンくんも美味しそうに食べていく。相変わらず何故豚の角煮感はあるけども、でも美味しく頂いているわけだから文句も無い。
「足りねぇ!」
 と叫んでもう食べ切ったのは畠山くんだった。
 いやなんというかデカい塊が五個ずつ配られていたし、足りないなんてことないだろ。タッパで持ち帰りたいくらいだよ。
 すると漆原くんが、
「じゃあおれの分やるよ、一個」
 と言って箸で持とうとすると、即座に畠山くんが、
「いや人の箸で触ったヤツとかいらねぇ!」
 と声を荒らげて、粗暴な感じのくせにそういうこと嫌がるなよ。いや別にいいけども。
 畠山くんは立ち上がり、なんと勝手に台所のほうへ行こうとしたので、さすがに家主の漆原くんが、
「あんま適当に歩くなよ!」
 と制止すると畠山くんが、
「クッキーとかない?」
「あっても出さんわ!」
 と漆原くんがツッコミの延長線上みたいな、ちょっとだけ語気の強い感じでそう言うと、畠山くんは舌打ちしてから睨むように、
「俺にそんな口の利き方すんのかよ」
 と言って、マジで苦手だぁぁああ。
 というかロペスくんとジェンくんの歓迎パーティなんだから、雰囲気悪くするような言動するなよ。
 畠山くんは立っていて、他のメンバーは座っているので、なおさら見下しているような威圧感がすごい。
 漆原くんが折れるのかなと思っていると、
「じゃあもうちょい何か作るから、待っててよ」
 と言って漆原くんも立ち上がった。
 そんな漆原くんが畠山くんの傍を通ると、また畠山くんがガンつけながら舌打ちして、本当に嫌過ぎる、と思ったところで急に畠山くんが、
「何か……めっちゃ……腹痛いかも……」
 と言ってその場にしゃがみ込んだと思ったら、間髪入れずに、デカいオナラの音がして、何なんだと思っていると、畠山くんがぐふっと一人で怪しく笑ってから、
「ヤベェ、ウンコ漏らしたかも」
 と言って、場が固まった。
 いやマジかよ、せめてというかなんというか腹痛からノータイム過ぎる。
 漆原くんが腕を震わせながら、
「もう帰れよ!」
 と叱責を浴びせると、さすがの畠山くんも恥ずかしそうに、
「まっ、今日のところは」
 と言って、いそいそといなくなった。何このほんのり匂う感じ。立つ鳥跡を濁す典型過ぎる。
 畠山くんが帰ったところで雄二が、
「漏らしたというか即出しだったやん」
 と言うと早乙女くんが爆笑した。
 漆原くんも笑いながら「だな」と言って、あんま快活な笑いではないけども、場は和んだのでまあいい感じか。
 漆原くんが開けていなかった窓も開けて、空気の入れ替えをしてくれている。
 五月中旬の風はまだまだ爽やかで、昨日今日と晴れているので、すごく空気が気持ち良い。
 とはいえ、マジでノータイムで漏らし過ぎでは? ちょっと病的で、あんなヤツだけどもちょっと心配になる。
 その後、漆原くんの家での歓迎パーティは本番といった感じになり、テレビゲームもやったりして、盛り上がって終わった。
 案の定、ロペスくんもジェンくんもテレビゲームというものに触れることも初めてらしかったけども、最近のテレビゲームはわかりやすく作られているので、すぐに覚えた。
 僕と雄二とロペスくんとジェンくんの四人は漆原くんの家とバイバイして、早乙女くんはまだ漆原くんの家で遊ぶという話だ。
 さて、このまま帰路にそれぞれ着くのかなと思っていると、ロペスくんがふと立ち止まって、こう言った。
「それにしても、漏らすまでが、早かったです」
 ジェンくんもうんうん頷きながら、
「何か下剤の速度だったよね」
 と言った時に下剤は確かにありえるな、と思った。
 でもどうやって下剤を仕掛けたのか。畠山くん以外はなんともなっていないわけだし、豚の角煮に何か仕込んでいたわけではない。
 すると雄二が、
「別に畠山が事前に何か食っていたんちゃう? うちらは豚の角煮食ってもなんともないわけだから」
 ともっともらしいことを言ったわけだけども、どこか引っ掛かる。
 ジェンくんが「あっ」と言ってから、
「早乙女くんが紙皿買ってきて配ったけども、紙皿のほうに何か仕掛けがあったんじゃない?」
 雄二がジェンくんを指差しながら、
「ありえるわ、鋭いわぁ、ジェンくんって」
 でも僕は、それさえも漆原くんの術中って感じがする。
 僕はやっぱり豚の角煮で歓迎パーティをしようと言った漆原くんが一番いろいろ仕掛けやすいような……そうだ、
「そもそも何で歓迎パーティに豚の角煮なんだ……?」
 と僕が言ったところで近くに公園があったので、なんとなしに四人で公園の中に入って、ベンチに座った。あの時と同じ並び順で。
 改めて僕が、
「歓迎パーティに豚の角煮って珍しいよね」
 するとロペスくんが、
「そうなん、ですか?」
 ジェンくんも、
「珍しかったんだ」
 と相槌を打った。
 雄二はう~んと唸ってから、
「でもありえる範囲ちゃう? 肉でパーティすることは」
 僕は軽く否定するように、
「普通に焼き肉とかにならない?」
「でも元々豚の角煮ありきだったって言うてたやん」 
「そうだけどさ」
 豚の角煮を選ぶ理由ってなんだ、味が濃いよな、豚の角煮って、そう言えば畠山くんは味音痴とか言っていたような、味音痴でも濃いはわかるというか味音痴は濃いの好きなイメージある。
 そう言えば、畠山くんの豚の角煮に一番汁が掛かっていたよな……!
「僕、わかったかも」
 雄二は目を丸くしながら、
「何がというかホンマに何が? 歓迎パーティに豚の角煮を出した理由?」
「というか畠山くんが病的に一気に漏らした理由だよ」
 ロペスくんは生唾を飲み込み、ジェンくんはおそるおそる、
「もしかするとやっぱり下剤みたいなことなの?」
 僕はうんと頷いてから、
「そう、畠山くんの豚の角煮には下剤が入っていたんだよ」
 雄二が「えっ」と声を出してから、
「じゃあ早乙女の紙皿ということ?」
「ううん、漆原くんが用意した豚の角煮だと思う」
 即座に雄二が、
「いや俺らなんともなってへんやん、まず大皿で持ってきたんやで」
「でも取り分けているところ、ちゃんと見ていないでしょ。僕も雄二も、多分早乙女くんも準備していて。で、ロペスくんとジェンくんには元々の豚の角煮の知識が無いからちょっと違和感があってもわからないと思う」
 雄二は矢継ぎ早に「でも」と言ってから、
「だからって下剤にまみれた豚の角煮があったとして、他の豚の角煮と触れていたらアウトやろ」
「だから目玉焼きのように膜が張っていたんよ」
「膜ぅ?」
 と声のキーをあげて言った雄二に僕は答えることにした。
「オブラートに包んだ豚の角煮があったんじゃないかな? あの豚の角煮って既に少し冷めていて食べやすかったでしょ? オブラートって水分には弱いけども、熱にはある程度耐性があって。とろみも何か強いくてオブラートを溶かしにくそうだったし。大皿に全部盛ったあと、最後に一個オブラートに包んだ下剤まみれの豚の角煮を皿というか肉の上に乗せたんじゃないの?」
 すると雄二が何かに思いついた顔をしてから、
「いや待て、畠山が気付くやろ。オブラートに包まれた豚の角煮なんかあったら」
「いや、意外と気付かないんじゃないかな、オブラートも基本でんぷんで柔らかいし、だからこそとろとろな豚の角煮を料理に選んだんじゃないかな、汁もいっぱいかけていたし」
「とはいえなぁ」
「それは料理が好きな雄二だからだよ、畠山くんは最初になんて言われていた? 味音痴だって。しかもあのガツガツ食べているペースなら『ん?』と思っても食べると思うよ」
 ジェンくんは感嘆の息を漏らしながら、
「それは十分ありえると思います。すごい勢いで食べていましたからね」
 ロペスくんも深く呼吸してから、
「浦島圭吾くん、すごいです……」
 雄二も納得したような顔で頷いた。
 ということで、
「犯人は漆原くんだね」
 と言ったところでジェンくんが、
「明日言って処罰するの?」
 僕は首を横に振って、
「いやその直後に言わないとダメなことだったと思うし、そもそも畠山くんの横暴は目に余るから、天罰の範囲じゃないかな」
 でもロペスくんとジェンくんは真面目そうだし、それはダメだと言うかもしれないと思っていると、ジェンくんが、
「確かに、畠山くんは野蛮でしたね」
 と同調してくれて、どうやらその感性もあるみたいだ。
 僕たち的には謎も解けてスッキリしたといった感じで、バイバイして、家路に着いた。
 とはいえ、僕はまだまだロペスくんとジェンくんにはモヤモヤしている。
 その言葉を知ってる知っていないの話だ。
 ここまで日本語がわかれば、ニュアンスでも何でも伝われば、名詞というか固有名詞をもっと知っていてもいいはずなのに。