川島物語 ~食べ物友達と謎解きな僕~


・【01 転校生】


 いつもより喧騒に溢れている教室内。
 それは勿論、昨日先生が「転校生がやって来る」と言ったからだ。
 うちのクラスのガキ大将的存在の畠山くんは、
「男だろうが女だろうが、どっちにしろ見た目が良いほうがいいよな!」
 というルッキズム全開の台詞を吐いて、仲間内では爆笑が起きて、周りの女子たちからはドン引かれていた。
 さて、僕はと言うと、いつも通り雄二と会話するだけだ。
「ホンマ、浮き足立ち過ぎて、身長の水増ししとるわ」
 と雄二がボヤくように言ったので、僕は本当にいつも通り、
「嘘の関西弁、有難う」
「そんな言い方もうやめてくれや、四歳までしか大阪にいなかったから変な関西弁になっている俺イジリはもうええねんて」
 と何週目かわからない僕のイジリにも丁寧にツッコんでくれる雄二。
 やっぱり僕は雄二との他愛もない会話が大好きだ。
 僕は初出のイジリかたをしてみることにした。
「転校生枠、移動しちゃうね」
「元々俺にそれ無いねん、変な喋りでちょっと嫌だなぁとしか思われてないねんて」
 いつもの低温の言いっぷりでツッコんでくれる。有難い親友だ。
 そんなこんなでホームルームのチャイムが鳴ると、雄二も他の生徒たちも自分の席に戻って、先生がやって来て、
「じゃあ転校生を呼び込むぞー」
 と言うと、シーンと静まり返る教室。
 そう、僕たちのクラスは内弁慶気質なので、いざ本当に来るとなると戦々恐々してしまうのだ。
 でも畠山くんだけは違う。
「デケェ声出せぇ!」
 という、方向性がよくわからない野次を飛ばした。
 だからだ。
 だからうちのクラスではガキ大将的ポジションにいれるのだ。
 こんなトンチンカンでも声だけはデカいので、なんとなく一番威圧感のあるヤツとして君臨できているのだ。
 先生は苦笑いしながら、招き入れると、なんと驚愕の事実が発覚した。
 なんと、その転校生は二人で、しかも二人とも外国人だったのだ。
 彫の深い顔と多分天然の金髪と青髪、金髪のほうは口がデカくておおらかそうな顔で、青髪のほうは目が鋭くて賢そうな顔だ。僕も心の中はルッキズム全開でやらせてもらっている。
 金髪のほうがややカタコトの日本語で、
「よろしく、お願いします、ロペスです」
 と頭をさげると、即座に青髪のほうが流暢な日本語で、
「おれはジェンです。これからよろしくお願いします」
 と少し高い声でそう言った。両方とも男子。
 挨拶もしたし、と思って拍手をしたんだけども、同じタイミングで拍手をしたのは僕と雄二だけだった。
 他のクラスメイトたちはあっけにとられてしまい、全くリアクションできず。
 内弁慶たるゆえんだなと思っていると、その二人は僕の後ろの席に座った。
 いつの間にか机が置かれていて、僕は一番後ろの席じゃなくなっていた。
 畠山くんも勿論内弁慶なので、ホームルームが終わって一限目までの休み時間になっても、チラチラこちらのほうを見るだけで、一歩も動けないでいる。
 ロペスくんのほうは友好的そうにニコニコしているけども、ジェンくんはやや緊張気味で目がより鋭くなっている。
 僕としては本当にどっちでもいい気持ちなんだけども、こういう時、さすが雄二だとは思う。僕は全然雄二がうちの大将だと思っている。
 雄二は颯爽と二人の間の前に立ち、
「で、どこの国なん? あっ、俺雄二、淀川雄二や、よろしく」
 そう言って両手を同時に差し出して、そんな同時握手なんてどこの世界の文化でもないだろ、と思いながら見ていると、ロペスくんはすぐに手を握って、
「改めて、ロペスです」
 慌ててジェンくんのほうも手を握って、
「ジェンです」
 と答えた。
 雄二は当たり前って感じで、
「んでもって、どこの国なん? めっちゃ外国人って感じで、新しい風やわぁ」
 向こうからしたら、雄二の変な関西弁のほうが余程新しい風だろうなと思っていると、ロペスくんが、
「ムシャモゲ島という、遠くにある島国です」
 と全く聞いたことのない島の名前を言って、これは激熱だなと思った。
 ジェンくんのほうも同調するように、
「日本からはかなり遠いし、無名の国なので知らないと思います」
 すると雄二は、
「せやな、でもそっちからしても日本なんて知らんだろうし、お互い様や。そっちの国で流行っていたことって何なん?」
 雄二のこの社交性、本当に僕と同じ中学生? って感じはする。
 言葉もすらすら出てくるし、会話が普通に続くし、一体何なんだ、と雄二のことを知りたくなってしまう。
 ロペスくんは少し困惑するように、
「流行っているとか、無いです。生きることで、必死です」
 と言ったので、僕も雄二もちょっと眉毛をあげて驚いたわけだけども、即座にジェンくんが否定するように、
「いやいや、全然おれたちが忙しかっただけです」
 と言ったところで、雄二が、
「すごっ、じゃあ何か仕事で転校してきたみたいなこと? 親の仕事というか自分たちもみたいなこと?」
 ロペスくんは強く頷きながら、
「それはそうです」
 と言うと、ジェンくんはちょっとハラハラしているような面持ちで、
「まあ、そういうこと、も、あるかなぁ……」
 と少し歯切れが悪くそう言った。
 でも雄二はまるで本物の関西人のようにおおらかなところがあるので、そういう機微はあんま気にしない。
「ホンマかぁ! 仕事なんてめっちゃ偉いわぁ! 俺らなんて毎日適当にくっちゃべってるだけやもんな!」
 と言って普通にこっちへ首を向けてきて、あっ、僕、会話の参加権持っていたんだと思った。
 いやここは何か喋ったほうがいいよなぁ、と思いつつ、
「僕は浦島圭吾と言って、雄二の友達です。まずはよろしくお願いします」
 と会釈すると、ロペスくんもジェンくんも頭をさげてくれた。
 まだ僕が会話のボールを持っていると思うので、
「そう。雄二とは適当に喋って、下校の時、軽く買い食いして、ね」
 と何かあわあわしながら喋ってしまうと、急にロペスくんが、
「買い食い! してみたいです!」
 と声量があがって、おっ、何か会話を成功させたかも、と無い日本語が頭に浮かぶと、ジェンくんも、
「おれたちも食べることは好きなんです」
 と同調して、この流れ、百パーセントこうなる、と脳内で予測がついたところで雄二がこう言った。
「ほな、今日の放課後一緒に買い食いしようや」
 思った通りのことを言った。もうそのまんま、本当にそのまんまだ。
 するとジェンくんが何か思いついたように、
「昼ご飯も一緒でいいですか?」
 雄二は嬉しそうに、
「ええよ、勿論やわ、ほなそろそろ時間やわ」
 と言ったところでチャイムが鳴って、雄二は自分の席に戻っていった。
 でもまだ先生も来ないので、僕は意を決してもう少し会話を続行することにした。
「仕事って何の仕事をしているか聞いていい?」
 ロペスくんは、
「はい、いいですよ」
 と答えはしたんだけども、それ以降の言葉が無く。
 ノータイムで仕事内容を言ってくれてもいいのに。
 僕もそれを催促していいのかどうかわからず、ちょっと待っていると、ジェンくんが、
「なんというか、おれたちは観光というか、日本を知ること自体が仕事なので、いろんなところに連れてってくれると有難いです」
 と可愛い後輩みたいなことを言って、僕はなんとなく先輩気分になった。
 でもロペスくんもジェンくんも僕(と雄二)は初めて触れ合う日本人というわけだから、しっかり礼儀を持って接さないとなと肝に銘じた。
 先生も来たので、前を向いて授業を受け始めたわけだけども、内心なんかそわそわしてしまった。
 そこからは結構授業&授業で移動教室も体育も無かったので、そのまま教室で、休み時間には軽く会話もしちゃったりして、僕の社交性悪くないのでは? とか思った。
 昼休みになり、雄二はお弁当を、僕とロペスくんとジェンくんはコンビニで買ったような菓子パンを開けて食べ始めた。
 すると雄二が、
「パンもええけど、メシ食もええねん」
 と言って、その場合はご飯食って言えばいいのに、とは思った。
 雄二がお弁当を開けると、ロペスくんがまるで宝石箱を見ているように「ふわぁ」と感嘆の息を漏らした。
 別に、普通のお弁当だけども、と思いつつも改めて雄二のお弁当を見たところで、僕は吹き出してしまった。
「また目玉焼きじゃん! 普通卵焼きでしょ!」
 雄二はそんなとこ粒立てるなという顔で、
「ええやん、俺は目玉焼きのほうが好きやし、作りやすいんや」
 そう、このお弁当はいつも雄二の自作である。
 自分で作って持ってくるのだ。両親は忙しいから、高校生の姉の分も雄二が作るらしい。
 するとロペスくんが目を輝かせながら、
「綺麗な色の、料理です」
 と言ったんだけども、雄二の今日のお弁当は白米と筑前煮とミートボールと目玉焼きしかなくて。
 この中で綺麗な色って目玉焼きしかないけどな、どれのことを言ってるんだろうか。
 雄二も小首を傾げながら、
「あんま今日綺麗な色の料理無いけども」
「これです」
 とロペスくんが指差すと、案の定というか、でも本命では決してなかった目玉焼きで。
 雄二は笑いながら、
「いや目玉焼きはさすがにどの国でもあるやろ、どんなボケかましてんねん」
 とツッコむと、ジェンくんは少し挙動不審そうにキョロキョロしてから、
「えっと、その、あんま無い文化だったかも」
 と言ったので雄二は目を丸くしながら、
「そんな国あるんやぁ」
 と言ったんだけども、いやでも確かに、
「もしかしたらロペスくんとジェンくんの国って、あんまり卵を生っぽく食べないのかもしれない。ほら外国ってそもそも卵は生で食べないと言うじゃん。雄二の目玉焼きは半生だし」
 するとジェンくんが渡りに船といった顔で、
「そうそう、そうなんです。卵は生で食べないんです」
 雄二はあんま納得いっていない表情で、
「いやでも生ちゃうし、焼いて黄身にも膜張ってるし」
 でも僕は、
「いやこれマジなんだよ、雄二。膜張ってても半生だから、外国って卵はしっかり火を通すものなんだよ」
「マジかぁ、知らんかったわぁ」
 と軽く上半身を反らせた雄二。リアクション大きいなぁ。
 ロペスくんはすごく興味津々で雄二のお弁当を見ていると、さすがにって感じにジェンくんがロペスくんの肩を軽く叩いたんだけども、ロペスくんはもう羨望の眼差しといった感じで雄二のお弁当を眺めている。
 すると、さすがに鈍感な雄二も気付くわけで、
「ほな、ちょっと食べてみる? まだ口もつけてへんし、俺もロペスくんが口つけたヤツとか気にせぇへんし」
「いいんですか!」
 と声のトーンがあがって、相当嬉しいみたいだった。
 でもそうか、目玉焼きの無い国なら当然食べたいだろうし、筑前煮とかも未知数だろうなぁ。
 ロペスくんは雄二からお弁当を受け取ったわけなんだけども、箸使えないかと見ていたんだけども、箸は意外とすんなり使えるみたいだ。
 雄二の目玉焼きは焼いている段階で塩を振っているという、少し変なこだわりがあるので、まあ味は付いているだろう。
 ロペスくんは目玉焼きの黄身の部分をそのまま箸で掴んで持とうとしたので、あっ、と思っていると案の定、少し浮かせたところでパァンと膜が割れて、黄身が溢れだした。
「あぁ! なんてことにです!」
 と声を荒らげたロペスくんと隣で「わぁ!」と声をあげたジェンくん。
 雄二は大物のように頷いてから、
「それが目玉焼きや」
 と何だか満足げだった。
 ロペスくんはあわあわしながら、
「雑巾が、必要です」
 すると即座に雄二が、
「食えるんや、その黄身が醍醐味やから」
 ロペスくんはおそるおそる、
「食べて、いいんですか……」
 僕はジェンくんのほうを見てみると、生唾を飲み込んでいた。
 雄二が堂々と、
「目玉焼きの黄身というんやけど、めっちゃ旨いで」
 とロペスくんの目を見ながら言うと、ロペスくんは箸の先端にちょろっと付けて、口に運び、
「すごく……美味しいです……」
 声を荒らげるパターンじゃなくて感嘆の息というより域だった。ロペスくんは感動しているようだった。
 これが異文化交流というものか、と僕もちょっと嬉しかった。目玉焼きを初めて食べる人を目の前で見れるなんてラッキーだ。
 ロペスくんはコクンと頷いてから、
「ジェンにも食べさせて、いいですか……?」
 と言うと、雄二は余裕の顔で、
「ええで」
 と答えて、ロペスくんはジェンくんにお弁当を渡して、ジェンくんも器用に箸を使って、流れ出した黄身を少し大胆に、挟んで乗せるようにして掴んで食べると、
「これはすごすぎるよ……」
 と軽く体を仰け反らせてそう言った。
 でも確かに目玉焼きの黄身ってマジですごいかもしれない。いろんな料理あるけども、外食する場合は結局これがあると無いとでは百円違うから。
 雄二はかなり満足そうに、
「筑前煮という、その茶色いヤツも食べてええで」
 ジェンくんはすぐにロペスくんに戻そうとすると、ロペスくんが、
「ジェンが先でも、いいんです」
 と言って、ここってもしかすると若干の主従関係ある? って思ってしまった。
 どっちかが仕事の上司というか、同じ年齢だけどもそういう可能性もありそうな、会話だったなぁ。
 ジェンくんは筑前煮の鶏肉をとると、雄二は矢継ぎ早に、
「お目が高いわ、やっぱ筑前煮は鶏肉やな」
 とオマエの感性知らんよ、みたいなことを言うと、ジェンくんは少し戸惑ってしまい、箸で持って止まってしまったので、僕は、
「雄二はバカだからいちいち台詞気にしないで、食べていいんだよ」
 雄二は間髪入れず、
「バカちゃうわ、正しい情報を言ったんや、んで食べてええで」
 ジェンくんは呼吸を整えてから鶏肉を口に入れると、
「噛んで、噛んで、食べて、美味しい」
 という離乳食のキャッチコピーみたいなことを言った。
 ジェンくんはロペスくんにお弁当を渡すと、ロペスくんも、
「ぼくも、食べて、いいですか?」
「当たり前やろっ」
 と快活に笑った雄二。こういう明るいところはいいね、と俯瞰で思った。
 ロペスくんはレンコンを箸でとって、自炊の料理でレンコン入れる雄二ってレベル高いな、と感心した。
「シャキシャキして、でもしっとりで、美味しいです……味に深みがあって……濃さがいいです……」
「それな! やっぱ煮物は濃さもええねんて!」
 と雄二はデカい声を出して、どこでテンションあげてんだよ、と思ってしまった。
 まあお弁当のくだりはこんなもんかと思っていると、雄二がニヤリと笑ってから、
「筑前煮、黄身に付けて食べてええで」
 と言って、おいおい、初心者にそれはむしろハラスメントだろ。
 ジェンくんも、
「それはおれにはまだ早いかも!」
 と言ったんだけども、ロペスくんがどっしりとした物言いで、
「試させて、頂きます」
 と答えて、やっぱりロペスくんのほうが上司なのかもしれないと思った。
 ジェンくんのほうがハキハキ喋るので、頭の回転が速いのかなと思っていたけども、大切な決断はロペスくんのほうが正しい、みたいな。
 いや筑前煮に黄身付けて食べるだけの話でこんなこと考える僕もおかしいけども。
 ロペスくんは人参を掴んだところで、雄二は一瞬不満そうな顔をした。
 僕でも理由はわかる。絶対鶏肉を掴んでほしかったんだ。
 筑前煮ってまあ煮ているから、鶏肉なのか豚肉なのかわかりづらいからね、見た目だけでは。あと鶏肉を遠慮した可能性もあるし。言うてもお弁当の器分しかないから、もう鶏肉が見えている範囲限りだと考えたかもだし。
 人参に黄身を付けて食べて、ロペスくんが一言。
「こんなに、変わりますか……!」
 言ってほしいことを言ってくれるロペスくんに雄二もこの笑顔。僕も笑顔になったと思う。
 ロペスくんがしっかり咀嚼してから、
「まろやかな、膜が張って、でもこの食材、自体が甘くて、こんな組み合わせ、のある食事が、あるんですね」
 と食リポしてくれて、雄二もこの笑顔。さらに笑顔。笑顔の重ね塗り。
 そこからはお弁当を雄二に戻して、普通に食事していった、わけなんだけども、ロペスくんとジェンくんは自分で買ってきたと思われるアンパンを食べても普通に驚いていて、一体何なんだとは思った。
 食後、雄二が軽くスマンと手刀で空を軽く切ってから、
「ちょっと朝から喉が少しだけ痛いねん、パブロン飲むわ」
 と言って粉状のパブロンを取り出して、持ってきている水筒で流し込んだ、わけだけども、それに対しては一切反応を見せなかったロペスくんとジェンくん。
 いやまあ薬は普通にあるもんか、どんな島国でも。一瞬パブロンを食べ物と同じカテゴリーで考えてしまった。これは僕がおかしい。
 そこから昼休みはずっとロペスくんとジェンくんに日本で流行っているモノの話をした。
 なんと二人とも、野球もサッカーも知らず、野球好きの雄二は野球をプレゼンし、サッカー好きの僕はサッカーをプレゼンした。
 とはいえ、野球もサッカーも知らない国って本当にどういう国なのだろうか。もしや真っ直ぐインド?
 昼休みも終わり、授業&授業で放課後になり、早速四人でどこか買い食いをすることにした。
 僕は何気なく、
「アイスとか食べたことある?」
 と聞くと、ロペスくんもジェンくんも頭上に疑問符を浮かべているようで。
 何で島国出身なのにアイスを知らないんだ? 北国の島国ってあんま無いような。
 まあいいか、
「じゃあ今日はみかづきでサンデーでも食べない? 雄二はお金無いだろうからソフトクリームでもいいし」
 雄二はすかさず、
「何で俺だけ金欠設定やねん、どう思わせていこうと計画してるんや。あるわ、同じモノ頼ませてほしいわ」
 ロペスくんは伺うように低姿勢で、
「お金、無いん、ですか」
 雄二は笑いながら、
「あるわっ、圭吾が勝手に言うとるだけや」
 ロペスくんは全然顔を崩さずに、
「親切に、してくださって、いるので、お金、あげます」
 と言ったところで即座にジェンくんが、
「そういうのは良くないから! ゴメンなさい! ロペスはちょっと浮世離れしていて!」
 とすごい速度で頭をさげた。
 僕はつい思ったまま、
「ロペスくんってもしかすると王様? 比喩的な意味じゃなくて、本当に王家ってこと?」
 ロペスくんはジェンくんのほうをチラチラ見て、何だか助けを求めているようだった。
 ジェンくんは深呼吸してから、
「まあちょっと、なんというかお金持ちって感じで」
「そうなんだ」
 と僕はできるだけ普通に返事しておいたんだけども、疑念というか怪しさは正直満点だ。
 何で怪しく思っているのかと自分の中で自分で問うならば、日本語が完璧過ぎるからだ。
 実はジェンくんの”浮世離れ”という言葉に僕は突っかかっていた。
 浮世離れという日本語は知っているのに、野球を知らない? 比喩的な意味という日本語を理解できて、野球を知らない?
 割と僕は言語でセンスを見せたいほうなので、わかりやすい日本語を使っているわけではない。
 なんなら雄二だって、ニセ関西弁というかなり不必要に高度な方向の言葉を使っている。
 何でそれがわかって、野球を知らないんだ? 勿論サッカーもそうだけども。
 まああんま疑ってかかってもしょうがない。
「じゃ、早速みかづきへ行こう! スーパー新津でいいよね!」
 と僕が先導して、そっちへ向かって歩き出した。
 道中は基本的に雄二が野球の良さを熱弁している。
 そう、おかしいのだ、やっぱり。
 単語単語を理解できてしまっているのだ。
「ゲッツーが巧いんや」
 なんて雄二の言葉、初心者に言う台詞じゃない。
 でも理解しているように頷いている。二人とも。今日初めて野球を知った人はゲッツーをノータイムで理解しない。
 それとも聞いているようで、実は適当に頷いているだけなのだろうか。でもそんな適当な二人にも感じられないというか。
 そんなこんなでスーパー新津内のみかづきに着き、早速サンデーを注文することにした。
 下にコーンフレークがあって、上にソフトクリームが乗っていて、さらにその上からチョコレートソースとカラフルな砂糖が掛かっているヤツ。
 みんなオーソドックスなバニラソフトクリームを選択したところで、ロペスくんが、
「ここは、やっぱり、僕がお金を、出します」
 と言って、財布から普通に一万円札を出したので、雄二がツッコむような感じで、
「デカ過ぎや、二千円以内やん。今日は俺が奢るわ、俺が貧乏じゃないこと証明するわ」
 と制止しながら、さっさと雄二が千円札を二枚出して、お金を払った。勿論同時にみかづきのクーポンを出していた。
 ポカンとしているロペスくんに僕は、
「一応お金はすぐに戻したほうが吉」
 と言っておくと、すぐにロペスくんはお金を財布の中に戻した。
 さて”吉”もわかるか、これは本当にどういうことだ? 翻訳ソフトでも使っているのだろうか。
 だからってこんな高速でやり取りできる翻訳ソフトなんてなくないか?
 こっちのイントネーション・ミスや、それよりもニセ関西弁なんて特に難しいのでは?
 まあいいか、僕たちはスーパー新津内の近くのベンチに座って食べることにした。
 和気あいあいと、奥から、ジェンくん・ロペスくん・僕・雄二と四人並んで座っている。
 ロペスくんが特大の声で、
「これが! 甘い! ですか!」
 と叫ぶと、雄二がツッコむように、
「別に甘いは知っとるやろ、味覚なんやから」
 僕は一応補足するような感じで、
「でも甘いって割と人工物だから、未開拓地には無いかも」
 すると即座に雄二が、
「未開拓地って失礼なやっちゃな」
 と肘で僕の胴を小突いてきて、ジェンくんは「でも」と言ってから、
「あんま文明は無いというか違うかもです」
 雄二はハハッと笑ってから、
「いや桃とかあるやん、甘いという味覚なら」
 僕は首を横に振って、
「桃は万国共通じゃないよ、果物とかも無い国かも」
「そんな国あるはずないやん」
 といつもの抑え目の声でツッコんだ雄二なわけだけども、ロペスくんとジェンくんは顔を見合わせてから、ジェンくんが、
「あんまり無いかも……」
 と言いづらそうに言うと、雄二が、
「ホンマかぁ……じゃあ俺の見識が狭かったんやわぁ……」
 と肩を落とすと、すぐさまロペスくんが、
「わからないことはわからないので、気にしないでくださいっ」
 といつもより早口でそう言った。
 いつもはのんびり言葉を区切りながら喋るのに。ちょっと焦っているみたいだった。
 さてさて”見識が狭い”という言葉は理解できる上に、だ。何で雄二が飲んでいた粉のパブロンには無反応だったんだ? 文明が無いのならパブロンで驚かない? 薬は別腹というか、薬は別なの?
 すると雄二が急に立ち上がって、
「アカン、立って反省や」
 と言ったその時だった。
「雄二、ウンチ漏らした?」
 と僕が問うと、雄二は呆れるように、
「反省漏らしなんてせぇへんわ」
「いや反省漏らしなんて言葉、マジで知らないけども、お尻に何か茶色いの付いてるよ」
 そのタイミングでロペスくんが声を荒らげた。
「何か! 付いてます!」
 ジェンくんもうんうん頷きながら、
「汚れですか?」
 と言ったところで、雄二が座っていたベンチのほうを見ると、なんとベンチの背もたれ側というか奥の座るところに何か汚れがあった。
 僕はそこに顔を近付けると、雄二が、
「ウンチだったらアカンやん」
「いや雄二がウンチじゃないと言ったから信じてるだけだよ。というかこれチョコだね、雄二、チョコ漏らさないでよ」
「チョコ漏らしてへんわ、アイドルちゃうねん、お尻からはチョコしか出ないと言ってるアイドルちゃうねん」
「そんなアイドルはいないけども。相場はいちごだけども」
「そんな相場は知らんわぁ」
 とやるせない声をあげた雄二。
 でも、というか、
「このチョコ、サンデーのチョコとは違うくない?」
 と僕が言うと、ジェンくんは首を伸ばして、雄二の座っていたところを見ながら、
「確かに。色がちょっと違いますね」
 と言ったところで僕も立ち上がって、
「ちょっと食べてる途中だけど一旦みんなでさ、みかづきで違うチョコソース使ったりしているか聞いてみない?」
 と言うと、即座に雄二が、
「ええわ、俺だけ聞きに行くわ」
 と言ったんだけども、僕は軽く自分のバッグをあさりながら、
「まあ仲良しカルテットの初陣だからさ、四人で仲良く聞きに行こうよ」
 するとロペスくんもジェンくんも立ち上がって、ロペスくんが、
「ぼくも、早く、知りたいです」
 と落ち着いた声で言ったので、雄二も渋々って感じで、
「ホンマはゆったり食べていてほしかったけども、まあ聞きにいこかぁ」
 というわけで四人でみかづきのほうへ歩いていき、店員さんに聞くことにした。
 雄二が早速といった感じで、
「何かここのチョコソースって、二種類以上使っていますか?」
 すると店員さんは小首を傾げながら、
「チョコ味のソフトクリームとチョコソース、とかじゃなくてですか?」
 雄二はコクンと首を縦に振ってから、
「そうですね、チョコソースだけで考えてください」
 コイツ、目上の人には敬語使えるんだよな、と思いつつ、僕は軽くさっきバッグから出してポケットに入れていた手鏡を取り出して、前髪チェックをしていると案の定、雄二が、
「いやこのタイミングで前髪チェックすな」
 とツッコんできて、視野が広いなぁ、と思いつつ、僕は、
「イケメンなんで」
 と言えば、雄二が少し強めに、
「中学生で自称イケメンとかまだ中二病の範囲や」
 と合ってるのかどうか微妙なツッコミをしてきた、ところで、僕はめっちゃ高速で後ろを振り返り、すぐに走りつつ、
「雄二! 今ベンチにいるヤツを捕まえて! 別方向走れ!」
「走れって犬ちゃうねん!」
 とツッコミつつも走り出してくれた雄二。こういう時、反射人間で助かる。
 ロペスくんとジェンくんは多分ぽかんと立っているんだと思う。それ以外の派手な足音しないし。
 見事、雄二が捕まえたところで、
「なんやこいつ! チョコソースのスポイト持っとるで!」
 と叫んで、仕事が早くて助かるぅ、と思いながら、その雄二のもとへ行くと、あとからロペスくんとジェンくんもやって来た。
 僕は雄二が捕まえている男性に、
「この人がイヤガラセでベンチにチョコソース垂らしていました」
 と言うと、その男性が、
「向こう見てたのに何でわかったんだ!」
 と言ってきたので、そこは普通に、
「手鏡で見てたよ」
 と答えると、唇を噛んだ犯人。
 さてさて、
「何でそんなイタズラしてるの?」
「憂さ晴らしで……」
「もうしない?」
 と語気を強めて聞くと、その男性は「もうしません、ゴメンなさい」と謝罪したので、さっさと返してあげた。
 するとロペスくんがちょっと怖い顔で、
「処罰、しなくて、いいんですか?」
 と言ってきたので、僕はできるだけ普通の感じで答えた。
「別にそこまでする必要無いでしょ、被害者が雄二だったし」
「そりゃそうやけどもさ」
 と間髪入れずに言った雄二。
 処罰、ねぇ……ロペスくん、何かちょっと、マジで鋭い目つきになっていたけども、別にこれくらい、ねぇ、とは思っている。
 その日は、そんな感じでバイバイして、それぞれの帰路に着いた。