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・【02 食欲が無いツバツさん】
・
「いらっしゃいませ!」
カフェに入ってきたのはツバツさんだ。見た目は柔和なおばあさんといった感じだが、実際の年齢は一切分からない。
まあミツバツツジというお花のあやかしさんらしく、四月中旬頃に元気が最高潮になる。
ミツバツツジのあやかしさんたちは決まって、その最盛期に元気がマックスになる。
今は五月の終わり。
御多分漏れず、ツバツさんは徐々に元気さが弱くなってくる時期だが、今日はいつもより元気が無い。
一体どうしたのだろうか。
ツバツさんは溜息交じりに、
「どうも、美園ちゃん、今日も元気ですねぇ」
「逆にツバツさんは元気無いみたいですけども、どうしたんですかっ?」
という一言一言にも、琢磨は突っかかってくる。
ちょっとトゲトゲした言い方で琢磨が、
「逆にて、そんなに自分を主語に入れ込むな、自分自分だな、オミソは」
「いや私がそう言われたんだからいいじゃないの!」
この言葉を皮切りに、琢磨は素早いテンポで、
「自宅の部屋、自分のポスターいっぱい貼ってそう」
と言ってきたので、私は私で言い返さないと気が済まないので、
「全然そういうナルシストじゃないし! 自己愛よりもみんなを愛すほうだし!」
「愛すという名の毒舌な」
「そういうあえて敵役になってあげて文句を言うみたいな面倒なヤツじゃないし! 普通の愛情だし!」
琢磨は流暢に、
「オミソの愛情は何かドロドロして茶色の愛情っぽい」
と、どんどん言ってくるので、負けじと私も、
「味噌じゃないし! というか味噌の愛情もいいじゃん! 真心込めた温かいスープじゃん!」
「ワカメが全然スープを吸わなくて、ずっとワカメがカチカチの味噌汁」
「そんな特殊なワカメ仕入れてないし! 歯がイタタタタってなるワカメ仕入れてないし!」
と言い合ったところで、ツバツさんがフフッと優しく笑ってから、
「いやぁ、二人とも元気で仲良いですなぁ」
いや仲は良くないけどもっ。
ツバツさんは窓から外を眺めながら、
「外で遊んでいる子供はキックボードで走り回っていいですねぇ、私もあれで遊ぶほどの元気がほしいですねぇ。妻籠宿は坂が多く、また階段もあるから持ち運びしやすいキックボードがいいですからねぇ」
いやツバツさんの姿は観光客からは見えないので、キックボードだけが動いているように見えてしまう。
だから、
「いやツバツさんがそれで遊んでいたら観光客の方々が驚いちゃいます!」
と私が柔らかく指摘するように言うと、琢磨が笑いながら、
「ほどの元気がほしいという例えだから、本当に遊ぶと仰ったわけじゃないから」
とチャチャを入れてきたので、私はムッとしながら、
「分かってるよ! それくらい!」
「いやオミソは絶対遊んでいる絵を想像し、また腰を抜かす観光客を想像し、その驚いた表情をニヤニヤしながら写真を撮る自分を想像したはずだ」
「そんな驚いた表情を集めるみたいな悪趣味無いし!」
「驚いた表情のポスターだらけの自室」
「ナルシストよりヤバくするな! そんなことより! ツバツさんどうしたんですか! いつものこの時期よりもずっと元気が無いですよ!」
と私はもう琢磨のことは無視して、ツバツさんのほうへ顔を向けると、
「実は最近食欲が無いんですよねぇ、もう歳ですかねぇ」
そう言って控えめに俯いて、少し物悲しい表情をしたツバツさん。
いや! あやかしさんの歳とか考えたことないから分からない!
どう言えばいいか困っていると、琢磨がズイッと前に出てきた。
何なに急に?
急に私の顔に顔を近付けてどうしたのっ?
えっ? 何かするの? 私の顔にっ。
「分かりました、ではツバツさんが元気になるような料理を作ります」
……あっ、ツバツさんに近付いただけだったのか……私とツバツさんは近かったので、ツバツさんに近付いた結果、私に近付いたように見えた、的な。
いやまあそれで別にいいんだけども。でも、
「そんなこと言って大丈夫? そういって田中さんや溝端さんに言うの?」
「田中おじさんやお母さんを頼るんじゃなくて、俺たちで料理を作るんだよ」
「いや、まだあんまりしたことないじゃん」
と私は自信無い感じでそう答えた。
そう、あんまり。
ちょっとはしたことがある。
私たちが小学五年生になった時に、パパやママから厨房に入ることを許されたのだ。
だから簡単なドリンクなどは、暇な時間帯に、あやかしさんのほうで提供させて頂いているわけだけども。
でも本格的な料理はまだまだだ。
「琢磨、適当に言ってやっぱりダメでしたとかは良くないと思うよ!」
「ダメにしなければいいんだよ、頑張って二人で考えようぜ。きっと俺とオミソとならできるって」
そう言って私の手を握ってきた琢磨。
いや、そんな、急に手を握るな、手を。
ビックリするじゃんかっ。
手を離した琢磨は踵を返し、何かブツブツ独り言を言いながら、窓のほうへ歩いていった。
考えているフリか、それとも本当に考えているのか。
それを見ていたツバツさんは少し慌てた様子で、
「いやいや、そんな無理はしなくていいですからねぇ、ただ食欲が無いだけかもしれないですから」
そうツバツさんが言った瞬間にまたこっちのほうへ振り向き、
「いや! 作らせて下さい! もしかしたらおいしくないかもしれませんが、俺たちの成長のために付き合って下さい!」
その時の琢磨は、窓から差し込む光りに包まれて、妙にカッコ良く見えた。
いや、いやいや、カッコ良くないし、というか、何で琢磨ばっかりカッコつけてんの。
それならさ、
「私も頑張って作ります! 是非挑戦させて下さい!」
「いやいや、むしろこっちのほうがお願いするような内容ですからね、よろしくお願いしますよっ」
とツバツさんは後ろ頭を掻きながら、そう言ってくれた。
ここから私と琢磨の最初の料理が始まった。
・【02 食欲が無いツバツさん】
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「いらっしゃいませ!」
カフェに入ってきたのはツバツさんだ。見た目は柔和なおばあさんといった感じだが、実際の年齢は一切分からない。
まあミツバツツジというお花のあやかしさんらしく、四月中旬頃に元気が最高潮になる。
ミツバツツジのあやかしさんたちは決まって、その最盛期に元気がマックスになる。
今は五月の終わり。
御多分漏れず、ツバツさんは徐々に元気さが弱くなってくる時期だが、今日はいつもより元気が無い。
一体どうしたのだろうか。
ツバツさんは溜息交じりに、
「どうも、美園ちゃん、今日も元気ですねぇ」
「逆にツバツさんは元気無いみたいですけども、どうしたんですかっ?」
という一言一言にも、琢磨は突っかかってくる。
ちょっとトゲトゲした言い方で琢磨が、
「逆にて、そんなに自分を主語に入れ込むな、自分自分だな、オミソは」
「いや私がそう言われたんだからいいじゃないの!」
この言葉を皮切りに、琢磨は素早いテンポで、
「自宅の部屋、自分のポスターいっぱい貼ってそう」
と言ってきたので、私は私で言い返さないと気が済まないので、
「全然そういうナルシストじゃないし! 自己愛よりもみんなを愛すほうだし!」
「愛すという名の毒舌な」
「そういうあえて敵役になってあげて文句を言うみたいな面倒なヤツじゃないし! 普通の愛情だし!」
琢磨は流暢に、
「オミソの愛情は何かドロドロして茶色の愛情っぽい」
と、どんどん言ってくるので、負けじと私も、
「味噌じゃないし! というか味噌の愛情もいいじゃん! 真心込めた温かいスープじゃん!」
「ワカメが全然スープを吸わなくて、ずっとワカメがカチカチの味噌汁」
「そんな特殊なワカメ仕入れてないし! 歯がイタタタタってなるワカメ仕入れてないし!」
と言い合ったところで、ツバツさんがフフッと優しく笑ってから、
「いやぁ、二人とも元気で仲良いですなぁ」
いや仲は良くないけどもっ。
ツバツさんは窓から外を眺めながら、
「外で遊んでいる子供はキックボードで走り回っていいですねぇ、私もあれで遊ぶほどの元気がほしいですねぇ。妻籠宿は坂が多く、また階段もあるから持ち運びしやすいキックボードがいいですからねぇ」
いやツバツさんの姿は観光客からは見えないので、キックボードだけが動いているように見えてしまう。
だから、
「いやツバツさんがそれで遊んでいたら観光客の方々が驚いちゃいます!」
と私が柔らかく指摘するように言うと、琢磨が笑いながら、
「ほどの元気がほしいという例えだから、本当に遊ぶと仰ったわけじゃないから」
とチャチャを入れてきたので、私はムッとしながら、
「分かってるよ! それくらい!」
「いやオミソは絶対遊んでいる絵を想像し、また腰を抜かす観光客を想像し、その驚いた表情をニヤニヤしながら写真を撮る自分を想像したはずだ」
「そんな驚いた表情を集めるみたいな悪趣味無いし!」
「驚いた表情のポスターだらけの自室」
「ナルシストよりヤバくするな! そんなことより! ツバツさんどうしたんですか! いつものこの時期よりもずっと元気が無いですよ!」
と私はもう琢磨のことは無視して、ツバツさんのほうへ顔を向けると、
「実は最近食欲が無いんですよねぇ、もう歳ですかねぇ」
そう言って控えめに俯いて、少し物悲しい表情をしたツバツさん。
いや! あやかしさんの歳とか考えたことないから分からない!
どう言えばいいか困っていると、琢磨がズイッと前に出てきた。
何なに急に?
急に私の顔に顔を近付けてどうしたのっ?
えっ? 何かするの? 私の顔にっ。
「分かりました、ではツバツさんが元気になるような料理を作ります」
……あっ、ツバツさんに近付いただけだったのか……私とツバツさんは近かったので、ツバツさんに近付いた結果、私に近付いたように見えた、的な。
いやまあそれで別にいいんだけども。でも、
「そんなこと言って大丈夫? そういって田中さんや溝端さんに言うの?」
「田中おじさんやお母さんを頼るんじゃなくて、俺たちで料理を作るんだよ」
「いや、まだあんまりしたことないじゃん」
と私は自信無い感じでそう答えた。
そう、あんまり。
ちょっとはしたことがある。
私たちが小学五年生になった時に、パパやママから厨房に入ることを許されたのだ。
だから簡単なドリンクなどは、暇な時間帯に、あやかしさんのほうで提供させて頂いているわけだけども。
でも本格的な料理はまだまだだ。
「琢磨、適当に言ってやっぱりダメでしたとかは良くないと思うよ!」
「ダメにしなければいいんだよ、頑張って二人で考えようぜ。きっと俺とオミソとならできるって」
そう言って私の手を握ってきた琢磨。
いや、そんな、急に手を握るな、手を。
ビックリするじゃんかっ。
手を離した琢磨は踵を返し、何かブツブツ独り言を言いながら、窓のほうへ歩いていった。
考えているフリか、それとも本当に考えているのか。
それを見ていたツバツさんは少し慌てた様子で、
「いやいや、そんな無理はしなくていいですからねぇ、ただ食欲が無いだけかもしれないですから」
そうツバツさんが言った瞬間にまたこっちのほうへ振り向き、
「いや! 作らせて下さい! もしかしたらおいしくないかもしれませんが、俺たちの成長のために付き合って下さい!」
その時の琢磨は、窓から差し込む光りに包まれて、妙にカッコ良く見えた。
いや、いやいや、カッコ良くないし、というか、何で琢磨ばっかりカッコつけてんの。
それならさ、
「私も頑張って作ります! 是非挑戦させて下さい!」
「いやいや、むしろこっちのほうがお願いするような内容ですからね、よろしくお願いしますよっ」
とツバツさんは後ろ頭を掻きながら、そう言ってくれた。
ここから私と琢磨の最初の料理が始まった。



