家に帰って、部屋の灯りをつけた瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。
練習着のままベッドに倒れ込む。
天井がぼんやりと滲んで見えた。
「……ああ……」
枕に顔を埋めながら、今日のことが何度も頭の中で再生される。
あの、少しだけ寂しそうな横顔。
「先輩に……失礼なことしちゃった……」
呟いた声は、布団に吸い込まれていった。
ずっと憧れてきた人なのに。
リンクで誰よりも綺麗に滑って、私が目標にしきた先輩なのに。
そして最近、教えてもらうからちょっとは近づけたと思ったのに。
なのに私は――。
胸の奥がじんわり痛くなる。
後悔が波みたいに押し寄せてきて、息が少しだけ苦しくなる。
先輩のあの表情が、どうしても頭から離れなかった。
怒っていたというより、傷ついたみたいな、そんな影が見えた気がした。
「……ごめんなさい」
誰にも届かない謝罪を、布団の中でそっと呟いた。
でも、言葉にしたところで、胸の痛みは消えなかった。
夜の静けさが、余計にその後悔を大きくしていく。
私はそのまま、私は眠りに落ちた。
気づけば、練習着のまま、電気もつけっぱなしで朝を迎えていた。
翌日の先輩との距離は、まるでお葬式みたいに重くて暗い空気に包まれていた。
口数はいつもよりずっと少なくて、冬真先輩の指導の声も、どこか低くて、硬かった。
「……次、もう一回」
その声に怒気はないのに、胸の奥がざわつく。
私が……この空気を作っちゃったと思うたびに、体調まで悪くなりそうだった。
集中しようとしても、頭の中には昨日の先輩の表情がちらつく。
気持ちが邪魔をして、ジャンプのタイミングがずれていく。
跳んで、着く――はずだった。
「っ……!」
氷に足を取られて、そのまま転んだ。
衝撃が体に走り、全身が氷に打ち付けられる。
「うっ……」
痛みに顔をしかめた、その瞬間。
「梨桜!!」
光の速さってこういうことなんだ、と思うくらい、冬真先輩が一瞬で駆け寄ってきた。
さっきまでの冷たい空気が嘘みたいに、その声は必死で、心配が滲み出ていた。
「大丈夫か!? どこ打った!?」
先輩の手が、震えるほど急いで私の肩に触れる。
気まずさなんて吹き飛ぶくらい、先輩の表情は本気で心配していて――
でも、その優しさが、逆に胸に刺さった。
足を怪我した。
足を打ってしまい、冬真先輩に肩を支えてもらいながら、応急処置の部屋まで連れて行ってもらった。
スタッフの人に状況を伝え、手早く処置をしてもらう。
そしてリンクサイドに戻ったとき、梨桜の顔は涙でいっぱいになっていた。
それに、気づいていなかった冬真先輩は、梨桜の鼻をすする小さな音でようやく気づいた。
「そんなに痛いのか!?」
先輩の声は本気で心配していて、その必死さが胸に刺さる。
「ち、違います……本当に、ごめんなさい……怪我させたうえに……失礼なことまでしてしまったのに……」
言いながら、涙がまた溢れた。
その瞬間、先輩が息をのむ音がはっきり聞こえた。
冬真先輩はしばらく黙っていた。
そして、低く、震えるような声で言った。
「……違う。本当に……ごめん」
梨桜は顔を上げる。
先輩はどこか苦しそうに続けた。
「本当は……あの怪我、一年前のなんだ。
一年前の大会で転んだときの怪我が、ちゃんと治ってなくて……今でもジャンプすると、たまに痛くて。」
冬真先輩は、少しだけ視線を落とした。
その目の奥に、遠い記憶の影が揺れた。



