ベッドの隣は、昨日と違う人

29話 大地との日






拓也と焼肉を食べた日以来、こちらから連絡していない。
向こうからも、特に何も来ないまま。
気づけば、あっさりと時間だけが過ぎていて、大地との約束の日が来た。


約束の13時少し前。
桐ヶ丘駅の改札前に着くと、休日の駅特有のざわつきが耳に入る。
行き交う人の声、改札の音、どこか甘いコーヒーの匂い。

視線を上げた、その先に──大地がいた。

(……大地の私服、久しぶりかも)

スーツ姿しか見慣れていなかったから、余計にそう感じる。
ラフすぎないシャツに、きちんとしたパンツ。
仕事帰りとは違う、肩の力が抜けた雰囲気。

(土日に会うことなんて、なかったもんね)

ほんの少しだけ、胸の奥がざわつく。
理由は自分でもよくわからない。

(なんか……前より、かっこよくなってる気がする)

そんなことを考えているうちに、大地がこちらに気づいた。

「……大地ー!」

手を振りながら、小走りで駆け寄る。
ヒールが軽く音を立てた。

「よっ」

大地は片手を軽く挙げて、いつもの笑顔で迎えてくれる。

「おう。悪いな、付き合わせて」

照れ隠しみたいに、視線を少し逸らしながら言うその感じが、妙に変わらない。

「え? わたしの2次会のためなんだから、むしろわたしがありがとうだよ」

そう返すと、大地は一瞬だけ黙ってから、小さく息を吐いた。

「……そっか」

それから少し真面目な顔になって、

「でも今日は、いいの選んでくれよ。頼むな」

その言い方が、思ったよりまっすぐで。
冗談半分みたいなのに、どこか本気が混じっている。

「……うん。ちゃんと、選ぶよ」

自分でも驚くくらい、自然にそう答えていた。

並んで歩き出す。
駅前の通りは、休日らしくカップルや友達同士で賑わっている。
肩が触れそうで触れない距離。

(わたしたちも……そう見えてるのかな)

ふと、そんな考えが浮かんで、すぐに打ち消す。

ガラス張りの店先に、整然と並ぶスーツ。
マネキンの前で足を止めた大地が、ちらっと振り返る。

「ここだな」

「……うん」

店のドアを開ける前、ほんの一瞬だけ深呼吸するみたいに息を吸って。
みいなは、もう一度だけ大地の横顔を見た。



お店のガラス扉を押すと、空気がふっと変わった。
外のざわつきが一枚隔てられて、静かで、少しだけ緊張感のある匂い。

濃い色のスーツが並ぶ店内。
柔らかい照明の下で、生地の質感がはっきり分かる。

「お、すげぇな……」

大地が思わず声を落とす。

「こういう店、来るの久しぶりだわ」

「そうなんだ」

みいなは店内を見渡しながら、少しだけ背筋を伸ばした。
なぜか分からないけど、ここでは適当に振る舞えない気がした。