ベッドの隣は、昨日と違う人

27話 何もなかった夜






部屋に入ると、外より少しだけ暖かい空気が迎えてくれる。

「シャワー、先どうぞ」

「え、いいの?」

「どうせ俺、いつもすぐ入んねぇし」

貸してもらった部屋着は、少し大きくて、
袖が手の甲にかかる。

(……大地の服、着てる)

そう思っただけで、変に意識してしまう自分に気づいて、みいなは軽く首を振った。

リビングに戻ると、大地が毛布をソファに広げている。

「俺、ここで寝るから。みいな、ベッド使って」

「え、いいよ。明日も仕事でしょ?」

「だからだよ。
みいなをソファで寝かすと逆に気になるから」

そう言って笑う顔は、いつも通りで。
押し付ける感じが、まるでない。

「……ありがとう」

その一言が、自然に出た。



ベッドに横になると、知らないはずの匂いがふわっとした。

(……大地の、ベッドで寝てる)

そう思っただけで、少しだけ胸がざわつく。
他人の部屋。
他人の寝具。
それなのに、身構える感じはなかった。

シーツはきちんと洗われていて、柔軟剤の匂いがうっすら残っている。
それに混じって、ほんのりと、大地の生活の気配。

(……変な感じ)

嫌じゃない。
むしろ、落ち着く。

天井を見つめながら、みいなは小さく息を吐いた。

(男の人の家に泊まってるのに……)

すぐそばのソファで大地は横になっている。
同じ空間にいるのに、距離はきちんと保たれている。

(ほんとに……何もしてこないんだ)

触れられもしない。
近づいてもこない。
気配だけが、ちゃんとそこにある。

男の人と同じ部屋で寝るのに、
こんなに神経を張らずにいられるのは、初めてかもしれない。

(……大地、だから、かな)

安心、という言葉が一番近い。
でも、それだけじゃない気もして。

大地が「何もしない」ことを、信じられる。
その事実が、静かに胸に残る。

(……変なの)

そう思いながら、目を閉じる。

ソファの軋む小さな音が一度だけ聞こえて、
それきり、部屋は静かになった。

いつのまにか、みいなの意識はそのまま、深い眠りに落ちていった。




朝、目を覚ますと、部屋にはもう大地の気配がなかった。
キッチンの方から、小さな物音がしている。

テーブルの上には、簡単な朝ごはん。
焼いたパンと、インスタントだけど丁寧に入れた感じのスープ。

「起きた?先に食ってていいからな」

それだけ言って、急かす様子も、気まずさもない。
本当に、ただの朝だった。

(……何も、なかった夜)

改めてそう思う。
触れられることも、探るような視線も、沈黙に意味を持たせるような間もなかった。

男の人の家に泊まったのに——

(安心、してた)

家に泊まって、同じ空間で眠って、
それでも心が揺れなかった夜なんて、初めてだったかもしれない。

今まで、それをただ「何もなかった」で片づけていた。
でも……違う。

(大地、だからだ)

何もしてこなかった、じゃない。
何も奪おうとしなかった。

それが、どれだけ大きなことだったのか。
当時の自分は、ちゃんとわかっていなかった。

(安心って……こういうこと、だったんだ)

忘れていたというより、
知らないふりをしていただけなのかもしれない。

大切なことだったのに。
ずっと前に、もう受け取っていたのに。