ベッドの隣は、昨日と違う人

26話 帰れない夜







「え、電車止まってるって?」

店内の誰かの声で、みいなと大地は、同時に顔を上げた。

「は?マジで?」

二人してスマホの画面をのぞき込む。

「ちょっと俺らも調べようぜ」

大地の指が素早く画面を滑る。
カチカチと無音の操作のあと、短く息を吐いた。

「……あ、ほんとだ。人身事故だって」

「え……」

「ほら、ニュースにも出てる。
俺らの路線、全部止まってるな」

みいなは画面を覗き込みながら、眉をひそめた。


急いで店を出ると、夜の空気が一気に肌に触れた。
さっきまでの店内の熱気が嘘みたいに、風がひんやりしている。

人通りの多い通りを並んで歩きながら、ふたりとも無意識にスマホを確認していた。
足音と、遠くの車の走行音だけが続く。


「わ、駅……」

顔を上げると、改札へ向かう通路の先が、いつもよりざわついているのが見える。
人の流れが妙に滞っていて、声も多い。

「タクシーも……やばそうじゃね?」

「うん……」

駅前に近づくにつれて、その“やばさ”がはっきりしてきた。

改札前の電光掲示板には、無機質な文字が繰り返し流れている。

《事故の影響により、運転を見合わせています》
《再開時刻は未定です》

「……マジか」

大地が低く呟く。

視線を移すと、駅前のロータリーには長い列。
タクシー待ちの人が、折り重なるように並んでいる。

「これは……無理だな」

「うん……」

みいなは、ふっと肩の力を抜いた。
焦るより先に、妙な諦めが来る。

「終電も近いし、再開待ってても厳しそうだな。
タクシーも……いつ乗れるか分からねぇな」

大地は周りを見渡してから、みいなの方を見る。

「……俺んち、ここからなら歩いて30分くらいなんだけど」

一拍、間が空いた。

「嫌じゃなかったら、うち来るか?」

その言い方は、押しつけがましくもなく、軽すぎもしない。
選択肢を置いただけ、という声音。

「……うん」

みいなは小さく頷いた。

駅前の喧騒を背にして歩き出すと、さっきまでのざわざわが、少しずつ遠ざかっていく。
街灯の間を抜ける夜道は静かで、さっきまで飲んでいた店の喧騒が嘘みたいだった。

(……帰れない夜、か)

でも、不思議と不安はなかった。
大地の隣を歩いているせいか、足取りは自然で、気持ちも落ち着いている。

失恋の話をした夜なのに。
ちゃんと終わった、と自分の中で区切りがついている夜だからかもしれない。

みいなは、前を歩く大地の背中を見ながら、静かに息を吐いた。