初恋リメンバー



「湊くん、おはよう!」

「おはよう、菜々美」

いつもと変わらない朝のいつもの通学路。

私があいさつすると、私を待っていた湊くんもやさしくほほえみかえしてくれる。

それだけで眠気なんか吹き飛んでしまいそうなくらいに幸せな気持になるんだ。

私みたいな地味子の彼氏が湊くんだなんて、付き合いはじめてから半年たった今でも信じられないよ。


「今日はちょっと元気ないみたいだけど、どうかした?」


ほらね、かっこいいだけじゃなくって、こんなふうに気づかってくれる。

本当に私って幸せものだなあ。

クラスのみんなからもうらやましがられるもん。


「今日は数学のテストがあるからゆううつなんだ」

「菜々美は数学苦手だもんな」

「湊くんは数学得意だからいいよね。うらやましいなあ」


私が口をとがらせると、湊くんはまたやさしくほほえんだ。


「数学ができないくらいで、菜々美の魅力は減らないから、気にするなよ」

ちょ、ちょっと!

こんな道の真ん中で、そんなこと言われたら困っちゃうよ~。

そりゃ、もちろんうれしいけど……。


「もう、おだてても何もでないよ」

「おだててなんかないよ。本当のことだろ」

「菜々美、おはよう!」

そこに、後ろから声がした。

「あっ、璃子たちだ。湊くん、またね」

「勉強がんばって」

「うん、また昼休みにね」

湊くんに手を振ってわかれ、私は璃子たちと合流した。


「おはよう。璃子、結花」

「はよー!」

「ねえねえ、数学の勉強やってきた? やばいよー、あたし全然やってない」

「私もだよー。数学の問題集開いただけで眠くなっちゃうもん」

私がそう言うと、璃子はためいきをついた。

「あーあ、あたしにも湊くんみたいな数学の得意な彼氏がいたらなあ」
「ちょっと、璃子」

結花がぎょっとした顔になって、璃子をひじでつつく。

「あっ、ごめんね、菜々美」

「ううんいいの。気にしないで」

私は笑って首を横に振った。


湊くんのことでうらやましがられるの、いつものことだし……。




 *****



昼休み。

私と湊くんはいつものように屋上にいた。

本当は屋上は出入り禁止なんだけど、ドアの鍵が壊れてるのを湊くんが発見したんだ。

それ以来、ここは私たちの秘密の場所。



「聞いてよ湊くん、やっぱり数学のテスト、ボロボロだったよぉ。全然わかんなかった」

「おれがそばにいてやれたら教えてあげられたのに、ごめんな」

ねをあげる私を、湊くんはなぐさめてくれる。

本当に、湊くんは私にはもったいない彼氏だよ。


「湊くんは何も悪くないよ。もしかして朝の璃子たちの話、聞こえてた?」

「……うん」

「璃子たちに悪気はないの。許してあげて」

「おれは全然気にしてないから大丈夫。菜々美のほうこそ平気か?」

「私も平気だよ。だって、湊くんがついてるもん。ずっと、私のそばにいてくれるでしょ?」

「もちろんだよ。ずっとそばにいる」



湊くんの笑顔は、いつも私を元気にしてくれる。

湊くんの言葉に守られて、私は前を向けるんだ。



「ありがとう湊くん、うれしい」




  *****




その頃の教室。
璃子と結花はひそひそとささやきあっていた。


「菜々美、最近ちょっとおかしいよね」

「うん……スマホに向かって一人でブツブツしゃべったりしてさ」


「今朝もそうだったよね」


「やっぱり、湊くんがあんなことになったのがショックなのかな」


「そりゃそうだよ。だって彼氏が学校の屋上から飛び降り自殺なんかしたら……」





  *****




私がスマホのアプリ『リメンバー』を知ったのは、たまたま見たSNSの投稿がきっかけだった。 


――『リメンバー』ってアプリを使ったら、奇跡が起きました。事故で亡くなった妻が生前にやり取りしたLINEのチャットやいっしょに撮影した動画や画像を読みこませるだけで、まるで生きているみたいに笑って会話する妻がスマホの中にいました。

――『もちろんこれはAIだってわかっています。でも、ぼくにとってこれは妻そのものなんです。妻がいなくなった空白を、このアプリはうめてくれました。




私はすぐにスマホのアプリストアから『リメンバー』をダウンロードした。

湊くんとのLINEも画像も、たくさんたくさんあったから。



湊くんが死んだなんて、信じられなかった。

ずっとそばにいてくれるって言ったのに。

私も、湊くんとずっといっしょにいたいよ。




私のスマホの画面では、AIの湊くんがカンペキな笑顔で私を見つめている。

その湊くんが、笑顔のままで口を開いた。


「実はおれ、菜々美にずっと黙っていたことがあるんだ」


「えっ?」


何?


AIの湊くんが、こんなふうに自分から何かを言うなんて、はじめてだ。

いつもは私の呼びかけに答えるばかりだったのに。


「おれは自殺なんかしていない。誰かに殺されたんだ」


「ええっ!?」


「おれを殺した犯人を、いっしょに探してほしい」