ふたりの間に、長い沈黙が流れていた。
海鳴りだけが、遠くから寄せては返す。その音を聞きながら、男は言葉を探していた。けれど見つけられずにいた。
女は、すでにひとつの決意を抱いている。それがわかるからこそ、彼はそれを揺るがすような言葉を口に出せなかった。
風が少し強くなり、女の髪をはらりと巻き上げた。月の光に濡れるようにして、その頬にかかった髪を、彼女はそっと指で払った。そして静かに、男の方へ顔を向けた。
その手の中には、すでに男が見たことのある、あの鱗があった。
小さなひとひら。月の光に透けて、まるで海そのものを閉じ込めたように揺らいでいた。
「これを、あなたに預けたいの」
女の声はとても静かだった。けれど、その静けさの奥にあるものは、男の胸を深く打った。
「これは、わたしの一部。でも、ただの記念じゃない。これを……わたしだと思って、大事にして」
差し出されたその鱗を、男は両手で受け取った。手のひらの中で、ひやりとした感触がした。けれど、それは冷たさではなかった。言葉にできない、何か命に近いものがそこに宿っているような、そんな不思議なぬくもりだった。
彼女が自分を託すようにして差し出したこの小さなひとひらを、どうやって守っていけばいいのか。男は思った。それはただ物を大事にするという意味ではない。彼女が今この瞬間を、どんな思いで迎えているのか、そのすべてを受け取るということなのだ。
胸が痛んだ。なぜ彼女が、こんなにも静かに、何かを背負ったまま立っていられるのか。なぜ、自分にはそれを取り替える術も、共に行く道もないのか。
「……大切にするよ」
かすれるように出た声は、男の心の奥から搾り出されたものだった。
女は少しだけ微笑み、何も言わなかった。ただ、その微笑みが月の光と重なって、消えてしまいそうなほど儚く見えた。
男はその鱗を、指の間にそっと包んだ。手の中にあるそれが、彼女そのものなのだと思うと、重みすら感じられた。
そして彼は、ふと気づいた。
この夜は、終わってしまうのだと。何かが終わり、何かが始まってしまうのだと。けれど、抗うことはできなかった。ただ彼女が託してくれた想いを、しっかりと心に抱くしかなかった。
海鳴りだけが、遠くから寄せては返す。その音を聞きながら、男は言葉を探していた。けれど見つけられずにいた。
女は、すでにひとつの決意を抱いている。それがわかるからこそ、彼はそれを揺るがすような言葉を口に出せなかった。
風が少し強くなり、女の髪をはらりと巻き上げた。月の光に濡れるようにして、その頬にかかった髪を、彼女はそっと指で払った。そして静かに、男の方へ顔を向けた。
その手の中には、すでに男が見たことのある、あの鱗があった。
小さなひとひら。月の光に透けて、まるで海そのものを閉じ込めたように揺らいでいた。
「これを、あなたに預けたいの」
女の声はとても静かだった。けれど、その静けさの奥にあるものは、男の胸を深く打った。
「これは、わたしの一部。でも、ただの記念じゃない。これを……わたしだと思って、大事にして」
差し出されたその鱗を、男は両手で受け取った。手のひらの中で、ひやりとした感触がした。けれど、それは冷たさではなかった。言葉にできない、何か命に近いものがそこに宿っているような、そんな不思議なぬくもりだった。
彼女が自分を託すようにして差し出したこの小さなひとひらを、どうやって守っていけばいいのか。男は思った。それはただ物を大事にするという意味ではない。彼女が今この瞬間を、どんな思いで迎えているのか、そのすべてを受け取るということなのだ。
胸が痛んだ。なぜ彼女が、こんなにも静かに、何かを背負ったまま立っていられるのか。なぜ、自分にはそれを取り替える術も、共に行く道もないのか。
「……大切にするよ」
かすれるように出た声は、男の心の奥から搾り出されたものだった。
女は少しだけ微笑み、何も言わなかった。ただ、その微笑みが月の光と重なって、消えてしまいそうなほど儚く見えた。
男はその鱗を、指の間にそっと包んだ。手の中にあるそれが、彼女そのものなのだと思うと、重みすら感じられた。
そして彼は、ふと気づいた。
この夜は、終わってしまうのだと。何かが終わり、何かが始まってしまうのだと。けれど、抗うことはできなかった。ただ彼女が託してくれた想いを、しっかりと心に抱くしかなかった。



