もう一度、好きになってもいいですか?

 体育館の扉を開けた瞬間、熱気が押し寄せた。
 床を打つバスケットボールの音、シューズがこすれる音、そして歓声。
 試合はすでに始まっていて、スコアボードには「青陵高校 vs 東翔高校」の文字。

碧のチームは、青陵
優翔くんのチームは、東翔というチームだ。


「すごい人だね……!」


 隣で心葉が目を丸くしている。観客席には保護者や生徒がぎっしり。思わず息をのむ。


「うん……でも、来てよかったよ!」


 私は手にしたチケットを握りしめた。碧から渡されたもの。
「絶対、来て」そう言われた意味を、今、ようやく理解する。

 コートに目を向けた瞬間、視線が吸い寄せられた。
 青陵のユニフォーム、背番号「7」。俊敏なドリブルで相手をかわすのは——碧。

 普段はちゃらけて笑ってばかりなのに、その瞳は鋭く、ボールだけを見つめている。


「……あ」


 思わず声が漏れる。碧が華麗にシュートを決め、体育館中に歓声が響いた。
 だけど、すぐに別の名前が飛んできて、胸がざわめく。


「いけー!悠翔ー!」


 東翔のユニフォームを着て走る影。背番号「5」。
 高く跳び上がり、ダンクを叩き込んだのは、悠翔だった。

 力強くも華やかなプレーに、心葉が小さく「わぁ……」と声を漏らす。

 ——そうだ。悠翔と碧。
 同じコートに立つなんて、考えたこともなかった。

 試合は序盤から一進一退。
 碧は冷静に仲間を操り、パスとシュートで得点を重ねる。

 一方の悠翔は圧倒的な突破力と得点力で観客を沸かせる。
 まるで違うタイプ。
だけど、二人とも光を放っていて——目を離せない。


「碧くん、すごいね……かっこいい」


 気づけば心葉がつぶやいていた。
 私は返事をしようとして、胸の奥にひっかかりを覚える。
 ——そう。私だって、そう思ってる。

 コートの中では、二人の火花が目に見えるようだった。

 碧がシュートを放てば、悠翔が追いかけ、悠翔がゴールを狙えば、碧がブロックに飛び込む。

 互いの存在が、相手をさらに輝かせているように思えた。

 タイムアウトの間。
 水を飲みながらベンチに戻る碧の視線が、一瞬だけこちらを向いた。

 目が合った。
 ——ドクン。

 胸が鳴り、思わず息を呑む。
碧は何も言わず、ただ、少し笑ったように見えた。


「おーい!美咲、見てる?」


 心葉が急に私を覗き込んできて、慌てて首を振る。


「う、うん……すごい試合だなって」
「そうだね……。でも悠翔くん、ちょっと無理してる」


 心葉の言葉に、私は再びコートを見る。
 確かに悠翔は、無理やり相手を突破してばかり。
 焦っているように見える。

 その視線の先には——碧。

(……もしかして)

 ——悠翔も碧も、違うとこに意識が向いている?

 残り時間わずか。スコアは同点。
 ボールは碧の手に渡る。

 鋭いドリブルで相手を抜き去り、ゴールに向かう。
 その瞬間——悠翔が立ちはだかった。

 バシッ。

 碧のシュートを悠翔がブロック。大歓声が起こる。
 でも、その直後。
 こぼれたボールを碧が奪い返し、すぐにシュート。

 リングに吸い込まれた瞬間、ブザーが鳴り響いた。


「終了!」


 スコアは、わずか2点差で青陵の勝利。
 観客席が揺れるほどの歓声の中、私は手が震えていることに気づいた。

 ——勝った、碧が。

 でも、悠翔くんの悔しげな横顔も胸に刺さる。
 心葉はそんな悠翔を見て、唇を噛んでいた。


「……心葉」


 名前を呼ぶと、彼女は小さく首を振った。


「ううん、大丈夫。
 悠翔の頑張り、ちゃんと見てたから」


 その言葉に、私の胸もまた切なくなる。
 コートの中で、碧が笑いながら仲間と抱き合っている。
 その視線が、また一瞬だけこちらに向いた。

 ——何かを伝えるように。
 私は目をそらせなかった。
 この日、何かの歯車が、はっきりと動いてしまったのだ。


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