もう一度、好きになってもいいですか?

 週明けの塾帰り。

普段は気にしなかった、碧の通ってる男子校の体育館が目に止まった。

 オレンジ色の夕陽に照らされて、響くドリブルの音は妙に胸に残る。


「……バスケ?」


 つい足が止まった。
 フェンスの向こう、体育館の外にあるコートに数人の男子が集まっていた。
 その中でひときわ目を引く背中があった。

 ——碧。

 制服のシャツを脱いで、白いTシャツ姿になっている。
 伸びた腕が空を切り裂き、ボールは軽やかにリングに吸い込まれた。
 シュートが決まった瞬間、チームメイトたちの歓声が上がる。

 だけど碧は、それを気にする様子もなく、汗を拭うこともなく、淡々と次の動きに入っていった。
 無邪気に笑う碧しか知らなかった。
 でも今目の前にいるのは、真剣な眼差しで夢を追いかけている碧。
 知らない顔に、胸がぎゅっと掴まれる。

(こんな碧……いたんだ)

 ただの偶然で目にしたはずなのに、目が離せなくなる。
 何本も、何本もシュートを打ち続ける姿。
 仲間から「休めよ!」と声をかけられても、首を振って笑って、またボールを受け取る。

 その笑顔は、いつもの「おちゃらけた碧」とは違う。
 大人びていて、でもどこか切なくて。
 気づけば、手のひらがじんわりと汗ばんでいた。
 胸の奥がざわめく。

(もしかして……碧は、バスケが本当に大好きなんだ)

 そう思った瞬間、彼の姿が急に遠くに感じた。
 私の知らない時間を、彼はずっと過ごしてきたんだ。
 だからこそ、あんな表情をするんだろう。

 ——そのとき。


「……美咲?」


 声をかけられて振り返ると、フェンスの向こうから碧がこちらを見ていた。
 汗で髪が額に張りついて、息を切らしたまま。
 でも、向日葵みたいな笑顔を浮かべて。


「見てたの?」
「え、」

 慌てて言葉が詰まる。
 隠すつもりなんてなかったけど、見られたくなかった秘密を覗いてしまったようで、心臓が跳ねる。
 碧は少し照れたように笑い、頭をかいた。


「へへ。なんか、恥ずかしいな」


 そう言いながらも、目の奥にはほんの一瞬、寂しそうな影が揺れた。
 それが何なのか、まだ私にはわからない。


 でも、この日を境に——碧の“隠し事”に、少しずつ触れていくことになる。