もう一度、好きになってもいいですか?

 少しの沈黙のあと、碧がふっと視線を逸らす。

「……そういえば、最近どうしてるんだ? 学校も、部活も」


 問いかけは柔らかいのに、どこか真剣さが混じっている。


「えっと……まあ、普通かな」


 なんとなく言葉を濁す。
でも本当は、バスケ部の試合や、友達との時間も、全部碧に話したくて仕方なかった。


「そうか。相変わらず、忙しそうだな」


 そう言いながら、碧は軽く笑った。
 でもその笑顔の奥には、どこか遠くを見るような影がある。


 ——何かを隠しているのかな。


 その瞬間、子どもの頃の記憶がふわりと蘇る。
 放課後に一緒に鬼ごっこをして、笑い転げたあの日。
 あの頃の碧は、何も怖くなくて、ただ笑っているだけだった。
 でも今は……笑いながらも、背中に何か背負っている。


「……そうだ、今度の週末、また会わない?
 バスケの試合あるんだけど…」


 碧の提案に、胸が跳ねる。
 軽い誘いのはずなのに、心臓がばくばくして、どう返せばいいかわからない。


「うん、いいよ」


 自然と頷くと、碧は満面の笑みで頷き返す。
 その無邪気さに、やっぱり胸が甘く揺れる。
 でも、少し照れたように彼が俯く瞬間、また大人びた一面が見える。
 まるで「笑っていたいけど、抱えてるものがある」と言わんばかりの影。


「……美咲さ、俺といると、少し安心する?」


 不意に碧が尋ねる。
 言葉の端は冗談っぽいけど、瞳は真剣で、ちょっと子どもっぽく期待しているように見える。


「……うん、もちろん」


 思わず素直に答える。
 その瞬間、心臓が跳ね、胸の奥が甘く締めつけられる。
 ふたりの間に再び静かな時間が流れる。
 夕陽が傾き、影が長く伸びる。
 でも、隣に碧がいるだけで、心は温かく、安心できる。
 ——たとえお互いに言葉で全部を伝えられなくても、こんな時間だけで十分だった。
 やがて、碧がふっと肩をすくめて笑う。


「じゃあ、また次もさ、こんなふうに笑えたらいいな」


 その声に、無邪気な響きが混じる。
 大人びた低い声なのに、どこか子どもっぽく、甘くて、胸をくすぐる。
 その瞬間、美咲は心の奥で気づく。


 ——やっぱり碧が好きだ。


 怖くても、不安でも、胸がこんなに高鳴るのは、碧だけだって。

 だけど、まだ告白はできない。

 だから、目の前の笑顔を胸に焼きつけながら、そっと思う。


——恋が怖くても……
       碧への想いは嘘にしたくないなって。