もう一度、好きになってもいいですか?

土曜の夕方。

蝉の声が少しずつ静まり、代わりにひぐらしの声が響き始める。

あの公園に、一歩ずつ足を踏み入れるたび、胸が高鳴っていった。
 ブランコは少し錆びついて、ベンチのペンキはさらに剥げていた。

 でも、ここに流れる空気は、あの頃と変わらない。
 夏の匂いと、思い出が入り混じって胸を締めつける。
ベンチに腰かけている碧を見つけた瞬間、息が止まった。

背が伸びて、雰囲気も少し大人っぽくなっていて。

指先でペットボトルの水滴を拭う仕草や、落ち着いた横顔に、知らない時間を感じる。

でも振り返ったときの向日葵のような笑顔は、昔のままだった。


「……美咲」
「……碧」


 声が重なった。
 それだけで、視界がにじんでしまう。
 会いたかった。
 この瞬間を、ずっと心のどこかで願ってたんだ。


「なんだよ、その顔。泣きそうじゃん」


 碧が照れたように笑う。
 改めて声を聞くと、中学の時より断然低くなって、
 ほんの少しだけ落ち着いた言葉づかいに、知らない碧がいるみたいで不思議だった。


「……泣いてないよ」


 声が震えてしまって、言葉が自分に嘘をついているのがわかる。

 彼の前では、どんなに隠しても伝わってしまうのに。
 それでも嘘をつくのは、ただの強がりだろう。

 隣に腰を下ろした碧の距離が、たまらなく近い。
 肩が少し触れただけで、心臓が跳ねる。

(なんで、こんなドキドキしてるんだろう。
 “あの”碧だよ?バカで能天気なヤツなのに…)


「……久しぶりだね」

「うん。めっちゃ久しぶり。でも……なんか安心した」


 自然と本音がこぼれる。
 碧は不思議そうに首をかしげた。


「安心?」

「……うん。
 碧と会うと、なんか昔みたいで。ホッとする。」


 その言葉を口にした瞬間、胸の奥の痛みが疼いた。
 ——好きだった人に、振られたあの日の記憶。
 あのときの寂しさや悔しさが、まだ完全には癒えてない。
 でも、今、隣に碧がいることで少しずつ溶けていくのがわかる。
 碧は一瞬、真剣な顔になった。


「美咲……誰かに泣かされた?」

「えっ……」

「だって、そういう顔してる」


 小さく笑いながらも、声は優しかった。
 昔はただからかうだけだったのに、今は心の奥を探るように見てくる。
 大人びた眼差しに、知らない碧をまた見つける。

「……少しね。でも、大丈夫」

「ふーん。俺ならそんなことしないのに…」

「な、なにそれ……」

「なんのこと?
 …ただの冗談だよ……半分くらいは」

 照れ笑いしながら、いじわるそうに言った。

 無邪気な仕草が混じって、あの頃の碧が重なった。
低くなった声は頼もしいのに、軽口の拙さはやっぱり子どもっぽい。

 そのアンバランスさに、胸が甘く揺れる。

「……やっぱり碧はずるいよ」

「ずるい?」

「そう。昔から、私が泣きそうなときに限って、ちゃんとそばにいるんだから」


 碧が一瞬黙って、それから照れくさそうに笑った。

 夕陽に照らされた横顔はどこか大人びて、
 でも笑った瞬間に、昔のままの無邪気さが顔を出す。
 そのギャップが、余計に愛おしい。

 その瞬間、思った。
 碧といる時間が、やっぱり一番息がしやすい。

 安心と、切なさと、胸の奥をくすぐるような甘さ。
 全部、碧と一緒にいるから溢れてくる。

 単純なんだろう、私は。
 失恋したとたんに恋に堕ちる。


 ……でも、それでも。
 この気持ちは“ほんとう”だって言い切れる。
 気づけば、心の中でささやいていた。

 ——もう一度、新しい恋をしてもいいですか。